17話 寄せ影
土曜日の午後の寮は寮生たちの不在で閑散としている。金曜日の授業まで終ったら馬車に乗って両親がいる実家に帰宅したり、ラクイルに用意した私宅にゆっくり休みに行くため、ほとんどの寮生が留守だからだ。
寮に残って週末を過ごす寮生たちも今なら久々にぐっすり寝込んでいたり、ヌルワなどに出かけている。
そんな見る目が最も少ない時間に寮を訪れた招かざる客たちがいる。
「見つけた?」
「いや、ここにはない。」
「くっそ、しっかり隠したな。」
2人の怪しい男が部屋をくまなく探し回ったせいで、ユリア·リリスの部屋が散らかっていた。探し物が全く見当たらなくて一言悪口を言っていたその時、男の通信機から信号がかかってきた。
[お前ら、何グズグズしてるんだ?舎監にバレる前に速く'物'を探して来い。]
「いや、物が見えないから出ないじゃん。こっちも遊んでいるわけじゃねぇんだよ。」
[そんな狭い部屋の中に隠したものも探せないのか?]
「なんならお前が来て直接探したらいいじゃん。」
「ベッドのマトリックスの下とか、トイレの換気口とか、本棚やクローゼットの裏まで全部見たか?]
「バカにしてるの?既に隅から隅まで見たぞ。やっぱり部屋に置かずに全部身に帯してるみたい。」
[余計に賢くて人の苦労を増やしてるな、あの小娘。こうなったら、あの小娘を探しに行くしかない。もういいから、そこから出て来い。]
「ついでにこの子のパンツ一枚お持ち帰りしようか?お前こういうの好きじゃん。」
[ふざける暇ないから速く動け。]
「わかった、わかった。これからどうするつもりなの?」
[借りの時間だ。アムピルにオーダーしろ。既に指令を受けて待機中だからオーダー入ったらすぐにネズミを放すだろう。]
「ネズミ?いくら女の子一人捕まえるのだとしても相手は魔法使いなのにネズミたちでうまくいけるの?」
「魔法使い?ふん。どうせ温室育ちの小娘だから怖がる必要なんかない。ネズミで十分さ。]
「っんじゃ、アンぴルに連絡してネズミ放すぞ。」
◇◇◇◇◇◇◇
エバン·プルートーが自信満々でお進めした天雪屋というお菓子屋は、ヌルワの路地裏の近くにある。店から出たユリア·リリスはすぐに大通りに出ず路地裏を一人で歩いた。このまま真っ直ぐ学院に向いたら途中で亜羅漢たちに遭って不便な状況になるかもしれないし、すこし頭を冷やしたかったので路地裏を散歩した。
'買い食いするために週末を割いたのではないと何回言いましたか? さっき言ったではありませんか?商売の邪魔だから注文しないつもりならさっさと出て行けと。それでは私は先に失礼します。'
こちはエバンのことが心配でちゃんと話し合いたかったのに、勝手に話題の人々を呼び出して仲直りの下手くそな子供扱いするなんて、やっぱり腹立つ。
でも、そこまで冷たいこと言って席を立つ必要まではなかったかも。エバンにもそれなりの計画があるかもしれないのに、少しは彼の話しを聞いてから判断しても遅くはないのに。こんな風に一方的に出たのも流石に自分勝手かも。
反省しているうちにどこか変な気分になった。だってユリアは今まで感情を表したことがあまりなかったのに、エバンが学院に来てからは自分の気持ちを声にすることが増えた気がする。やはりエバンは変な人だ。
「...」
ユリアは向こうの道に一人で立っている通行人をちらっと見た。
「...」
あの帽子を被ってる人、間違いなく何度も見た人相だ。ラクイルの晩冬の季節とはそぐわない着衣で、立ち振舞いも不審。3度目に会った瞬間からは、気のせいとか偶然の行きずりではないという確信がついた。
'尾行か。'
ユリアは行き先を急に曲げて反対側の路地に入った。尾行の影は依然として彼女の後を追いかけていた。バレたと気づいたのか、もはや密かに動くつもりもなさそうだ。ユリアの足取りが更に速くなった。
最も明るい光を浴びる所の影が一番暗い。だから帝国の栄えから一番離れて廃れた場所も都市開発が進んでいない郊外ではなく、むしろ都心の周辺である。浮浪者たちが巣くうための"えさ"が多いから。
名門魔法学院は、アグルス帝国の各地から上流階層の青少年たちをラクイルに導いた。そして彼らが零す落ち穂を拾うために貧民階層が集まるので、都心や繁華街の周辺には秩序なく絡んだスラム街が形成される。
こんな路地裏は≪ドブネズミ≫と呼ばれる不良者たちの最適の生息地である。ただし、ラクイルのドブネズミたちは魔法学院の学生にだけは絶対に牙を剥けない。学生たちが零すものを拾って暮らしを立つネズミだから、学院の気に障ったら生計が大変になるし、最悪の場合に捜査官が出動したら、ドブネズミ巣窟が路地ごとに一掃されてしまう。
なのに路地裏で魔法学院の学生、しかも生徒会長のユリア・リリスに牙を剥けるなんておかしい。
ユリアは完工もできず捨てられたある廃屋に入った。彼女が廃屋に身を隠してから間もなく尾行の影もその廃屋の前で足を止めた。彼が合図すると、仲間と見える他の不審者2人がついてきた。
3人の中の1人が大きい包丁を取り出して廃屋の前に立つと、仲間たちが注意した。
「おい、気をつけろよ。殺してしまったら大変だから。」
「何言っているんだ?魔法使い相手に手加減なんか言える?」
「女の子を相手にビビってんじゃねぇよ。 」
「誰がびびったというのかよ!」
「二人ともだまってついて来い。先に入るぞ。」
ナイフを持ったドブネズミがドアをぱっと開けて廃屋の中に進入した。
待っていたかのように襲ってきた謎の手がドブネズミのこめかみをぎゅっと握った。
「な、なに?!」
どこかに隠れていると思ったユリアはドアのすぐ後ろに立って待機していた。ユリアはドブネズミが入ってくる途端、手を伸ばして彼のこめかみを片手で掴んだ。すると、激しいノイズがこめかみを通じて頭の中に入り込み、意識をかき乱した。
「クアアアアッ?!!」
ドブネズミが声を限りに悲鳴をあげながら倒れた。彼は古いガラクタの上に転がりながら苦しんだ。
「な、今何がおこったんだ?!」
「知るか?!いいから速くあの女をどうにかしないと!」
仲間の2人のシグルマネズミが慌てて凶器を取り出したが、ユリアは淡々とした表情で彼らの方に一歩近寄った。
「あなたたち。私が誰だと思ってこんなことをするのですか?」
「ユリア・リリスだろ?百華商会の会長の娘。全部知ってるから来たわけよ。それにお前の家柄なんてどうでもいい。俺たちには何の関係もねぇ。」
「やはり外から来たドブネズミたちであるに違いないですね。ここのネズミたちは噛んではいけないものの見分けくらいはきちんと弁えていますから。」
「うるせぇ!! お前みたいなガキにまでネズミなんか言われたくねぇ!!」
「と言いながらもドブネズミらしい声で鳴いてますね。しかし、この路地裏のネズミになりたかったなら、まずはこの路地裏の掟を調べておくべきでした。」
ユリアが手を振ると彼女の手からまた不吉なノイズが跳ね散った。ドブネズミたちが凶器を持ってユリアに襲いかかろうとしたが... 先ユリアに不意打ちされて倒れたドブネズミが、自分の仲間の足をぎゅっと引っ張った。
「おい、お前何してんだ!邪魔だから放せ!」
仲間の足を引っ張るそのドブネズミは空ろな目で呟きながらぶるぶる震えた。
「声...この声をどうにかして... 聞こえないようにしてくれよ!!」
「何いってるの?! ふざけんな、早くこれ放して起きろ!」
「囁きが耳もとから離れない…うるさすぎる…頼むからもう静かにしてくれ!!頭おかしくなりそう!!」
幻覚に食われてつぶやいていたあのドブネズミは落とした自分のナイフを取り上げて仲間の足を刺した。
「くああっ!お前なにを、気でも狂った?!!」
足を刺されたそのドブネズミも倒れた。まだ気が抜けて暴走するドブネズミは引き続き仲間を攻撃した。
「おい、もういい加減に正気に戻れ!! お前もジロジロ見てんじゃなくて速くどうにかしてみろ!」
ユリアは入り乱れて戦う3人をほっておいて廃屋から抜け出した。そのまま路地裏を抜けようとしたユリアは、すぐに自分の狙ってる不審な視線に気づいた。数がかなり多かった。
ユリア気をしっかりつけて歩みを速めた。