16話 週末のお出掛け
清水を降り注いだような青空が果てしなく広がる晴れた週末。まだ完全に暖かくなってはいない冬の末だけど、せっかちなつぼみはもはや咲き始めそうな春らしい風景が真っ最中であるここはヌルワ。のどかな土曜日を楽しむために訪れた人々を誘うためめ、たくさんの店からお菓子の甘い匂いが絶えなかった。
「ヌルワという名前通り空気からも甘いな。この前来た時より屋台も多いし。やっぱり週末だからかな。」
エバン·プルートーは豆粒リンゴ飴を口の中で転がしながら喋た。そのまま飴を噛み潰すと果汁の爽やかさが溢れ出てくる。
「お前も食べてみたら?このリンゴ飴、思ったよりいいな。」
「要らないんです。飴なんか食べようとあなたの週末をもらったわけじゃありません。」
「甘いもの苦手か?」
「そんなことはないんですけど···」
ユリアはちらりと周りを見る。いい天気の週末、にぎやかな商店街。この組み合わせならカップルは付き物だ。あちこちで手を繋いだり、くっついたりした男女が飴よりも甘い時間を満喫するに夢中である。
「こんなんじゃ私たちの関係も誤解されそうで···」
「バカかお前は?」
「は....?!」
「何そんなの意識してるの?バカ言わないでちゃんとついて来いよ。」
「バカってなんですか?こちは本気で心配しているのに。もし今の私たちを他の生徒に見られたらどんな噂が回るか分からないんですか…って?!ちょっと!話し聞いてますか?! 無視してるんですか?!」
エバンはユリアに返事もせずに独りで行っちまった。ユリアがさっそく後についた。
「エバン·プルートさん。そろそろ私たちが今どこに向かってるのか教えてくれますか?」
「さっきも言ったじゃないか。 甘ったるい物を食べに行くんだって。」
「今まで思う存分食べたではありませんか。」
「違う。今まで食べたのは甘い物で、今は甘ったるい物を食べに行くところで。」
「意味分からないんですけど。とにかく、ここで用がなければすぐ学院に戻りましょう。できるだけ速く。」
「ユリア、お前は今楽しくない?のんびりした週末、のどかな天気、おいしいお菓子。こんな中でそう鬱陶しい顔をするのが逆にすごいな。」
「本当、あなたの指摘通りですね。こんなにも幸せな空間で独りだけの憂鬱に陥っている自分がバカみたい。」
「いや、そこまでは言ってないけど···」
だが、ユリアはどうしてもこの風景に混じることができなかった。みんなが感じている余裕、安らぎ、幸せ、楽しみ、甘さ…。そのすべてに共感しようとすると、何に感情が遮られ、一瞬に無気力の真空に墜落してしまう。
まるで頭の中の雑音が堅固な壁を築いているようだ。
「私は静かな場所の方が好きです。」
「そうか。こんなリア充臭いでにぎやかな街を選んだ私のセンスのせいにしよう。」
「どうせ私のことを考えて選んだ場所ではないじゃないですか。自分が甘い物食べたかっただけで。」
「何それ、私のことを分かり過ぎじゃん。」
エバンの足取りが、ある小さなチョコレート屋台の前で止まった。大きい釜の液状 チョコレートを長い棒でかき混ぜるたびに濃厚な匂いがしてたまらない。
「すごく濃い。食欲をそそる香りですね。」
「なんだか甘い匂いがするとエリアのことを思うようになる。」
「それはプロポーズですか。」
「なんでそうなるのかよ?」
エバンはいくつかの硬貨を出した。
「ここで一番売れるヤツで。」
商人はアンズほどの大きさのチョコボール8玉をだした。
「お前は買わないの?」
「無意味な消費は控える主義ですので。」
「無意味なんて。お前今こんなに熱心にチョコレートを漕ぐおじさんの苦労を無視してるのか?」
「反論する価値もないですね。買いもの済んだら早く行きましょう。」
彼女はまたエバンに振り回されないように冷笑的に言ってから前に進んだ。しかし、エバンはユリアが向かっている方向と正反対の路地に向かって歩きだした。何気なく自分を捨てていくエバンの後ろ姿をユリアが呆れたように立ち止まって見つめた。エバンはそんなユリアをまたからかう。
「何してるの?どこに向かってるのかも分からないのにそんなに先立ってて?」
「....」
またからかわれて顔が赤くなったユリアが素早く距離を縮めてくるたびに、彼女のヒールがカチカチ足音を鳴した。
「本当にあなたは...」
「落ち着いて、これ一緒に食べよう。」
「お断りします。」
「じゃあ、私一人で全部食べてしまうぞ。」
「好きにすればいいじゃないですか。」
エバンはチョコボール一玉を口に入れた。舌の上で何回転がしただけで甘くて濃い汁が溶けてくる。チョコレートの甘さの他にも何か異質な香りが潜んでいる。
「中に何か入ってるみたい。練乳とかキャラメルならいいんだけど、そんな香りじゃない。何だこれ?」
エバンは奥歯の間にチョコボールを挟んでそのままかんだ。潰れたチョコボールの中から隠しクリームが正体を明かした瞬間、鼻にツーンとくるような爽やかさが口いっぱいに満たされ、喉の奥まで貫く。そうだ、これはミントだ。
「うぇっ!!ぺっ!ぺっ!これチョコミントじゃん! 」
「そんな吐き出したらどうするんですか?!」
「だってチョコミントじゃん?お前は歯磨きしてから歯磨き粉ぜんぶ飲むの?!」
「そこまで言う必要はないでしょう。チョコミントも誰かにとっては好みかもしれないのに。」
「ミントは色であって食べ物ではない。なぜ人々はその境を崩そうとしているのか分からない。 ああ、もしかしてユリアはチョコミント好き?」
「好きかと言われたら、いいえ、ミントティーはよく飲むけど、チョコレートとはちょっと。」
エバンはまだチョコボールが7玉も残っている箱をユリアの手に握らせた。
「これ全部あげる。」
「はっ?!なんで私に押しつけるんですか?」
「押し付けるなんてひどい言葉遣いね。私はプレゼントしてるのよ、プレゼント。」
「要りません!」
ユリアがチョコボールをエバンに返そうとしたが、彼は必死に拒否した。そうやって道の真ん中で相手にチョコレートを与えるために競っている二人を周りの人たちがおかしいという視線で見ていた。周りの視線を意識したユリアが、エバンの上着ポケットを開いてチョコボールパックを入れた。
「自分が買ったものは自分が最後まで責任とりなさい!」
「私は無責任な人だけど!」
「何そう堂々と叫ぶんですか?!」
「でも…これをどうすりゃいいかな?」
「どうしてでも食べられないもんなら捨てたらいいじゃないですか。」
「捨てるって、そう簡単に言えるのかよ?やっぱりお前は重たい棒でチョコをかき混ぜるおじさんの苦労を無視してるよな?」
「本当に面倒くさいひとですね!だったらルエリア嬢やエリア舎監にプレゼントしたら?」
「駄目だ、そんなの。食べかけのチョコミントみたいなものをあげるなんて、傷付いたらどうする?」
「何ですって?!私は傷ついても構わないんですか?!」
「そんな風には言ってないよ!」
ユリアはもともと話しの相手が少ないため、誰かとこう騒ぐのはこの前のプリル·ルエリアとの討論を除けば極めて久しぶりだ。しかし、その相手がよりによってエバン·プルートーだなんて、それも大した話題でもない、チョコボールなんかでこんなにもめているとは。ユリアのプライドが潰れる音は、どうやらエバンの耳には届かないようだ。
「ついたぞ。チョコミントで汚された味覚に癒しを与えよう。」
「こんな路地裏にいい店があるのですか?見えるのあの雪国風の麺屋だけですし。」
「麺屋じゃないよ。立派なお菓子屋だ。入るぞ。」
エバンは天雪屋のドアを開き、まだもじもじしているユリアの腕を引っ張った。
「店長、また来たぞ。」
あいさつするエバンを迎えるのは体格のいい筋肉質の男性だった。
「相変わらず丁寧な言い方はアーミン帝国よりも深い奥にあるようですね、あなたは。」
「そうよ、いまさらすくい上げるのも面倒だし。それより、お店のデザイン何とかしたらどうだ?麺屋かと思ったって。客が少ないには理由があったんだな。」
「一発殴ってあげたいですが、綺麗なお連れ様を見て我慢しときます。どうぞお座りください。お待ちしている方がいますので。」
「お待ち?ああ....」
先に来たプリル·ルエリアがテーブルについてエバンが来るのを待っていた。エバンを見つけたプリルの表情が明るくなったのもつかの間、彼女はエバンの横に冷たい表情で立っているユリアと目があった。
「どうしてルエリア嬢がここにいるんですか?」
「どうしてってなんだ?プリルはお菓子食べたらダメなのか?」
「じゃあ、偶然出くわしただけというんですか?」
「いや、私が呼んだ。」
ユリアは小さくため息をついた。エバンはユリアに'ついて来い'と手招きしながらプリルのいるテーブルに向かった。
「よっ、プリル。待たせたな。」
「いいえ!!そんなこと...」
エバンがプリルと一緒に座ろうとすると、プリルは水が流れるように自然に隣のテーブルに移って距離を持った。ユリアはプリルと同じテーブルについたが、プリルと向き合わないようにした。結局、赤の他人よりもぎこちない様子になった。
「何だこれは?3人で4人用テーブル2つ占めるのはないだろう?ほらよ、もっと仲良くぐっついて座ればいいじゃないか?」
「....」
「....」
「そういえばお前らは同じクラスじゃない? クラスメート同士で仲よく話したらはどう?」
「エバン·プルートーさん、私たちは初等部の子供ではありません。高等部になったなら誰と親しくして、誰と疎遠になるかは自分で決めます。」
ユリアはきっぱりと言い切って,プリルは黙っていた。大変な雰囲気になって戸惑った店長がメニューを置いて、逃げるようにその場から離れた。
「さあ、さあ、いいから、とりあえず何か食べよう!甘い物を食べたら少しは楽になって円満に話し合えるかも....」
エバンがメニューを開いたが、ユリアがすぐ閉じてしまった。
「買い食いするために週末を割いたのではないと何回言いましたか? 最初からプリル嬢にも会うつもりだったんですね?」
「一人ずつ会わなければならない理由はないじゃないか。」
「ルエリア嬢が聞く前で話すような案件ではないことくらいご存知じゃないですか? そうでなくても聞く耳のない場所が必要だから学院の外で話すのは嫌だったのに。何よりもこうするつもりなら事前に私とルエリア嬢の意見を聞くべきではないですか?」
「えっと、それがね。お前ら二人だけじゃない。」
「ええぇ?」
「それはどういう意味ですか? まさかまた誰か来るというんですか?」
「たぶん。」
「何ですか。その曖昧な言い方は?」
店のドアに付いている鐘がガラガラと鳴りながら、また他の客が来たことを知らせる。店に入ったのは一人ではない。数多くの連れを帯同したので,あまり広くない店がすぐ人いっぱいになった。その群れから一人の女が姿を現す。
「亜羅漢?」
扇子で顔を隠していたが、目だけ見でも不機嫌だと分かる。そばにいた他の東邦人が椅子に座るように勧めたが、亜羅漢は遠慮した。
「妾の好意にこんな風に答える人はあなたが初めてで...また最後であってほしいですわ。」
亜羅漢は紙片を取り出した。内容は簡略だ。'もしよければ、ヌルワにある"天雪堂"という店に来い'と書かれている。
「婀仙さんから、これがあなたからの返事だと伝えてもらったのですが、こんな適当に書いたメモ1枚だけありました。」
「でも私は確かに、'お前一人で来い'って書いたけどね。まだアグルス文字がちゃんと読めないのか?」
「無礼だな!!恐れ知らずが....!」
腰に佩いた刀を抜こうとする学生を阿羅漢が止めた。硬い表情を扇で隠した亜羅漢、刀を佩いている大勢の学生たち、慌てたプリル、静かに首を横振るユリア、深刻な表情の店長…
「どうも、留学生会の代表さん。あなたが自ら姿を現わすなんて珍しいですね。委員会の総会の時も、毎回直接参加せず、虚雪さんを代理として参加させたのに、どんな風の吹き回しで、こんなところにまで来たでしょうか?」
「あらら?リリスさんこそ教職員とイチャイチャしながら週末を過ごしているなんて、青春の楽しみ方がわかる方だとは思いませんでしたのに。」
「私の母の故郷も東邦の国なんですが、そこには人の商売の場でこんな危険なおもちゃを持って暴れる風習などありません。」
ユリアが腰に刀を佩いた学生たちを見ながらそう言うと、亜羅漢も言い返した。
「危険な物を用いて人の地で暴れるのは私たちではなく、アグルス帝国の侵略者たちの特技ではありませんか。あぁ、リリスさんは半端なハーフだから分からないかも。ここでは純血のアグルス帝国人に聞いてみないといけませんね。そうでしょう、プリル・ルエリア嬢?」
プリルはアラハンの挑発に答えず、無表情、無反応、無感情で対応した。
「頭いたいな、これ。」
エバンは再び難色を示した。彼らの関係があまり良くないことは既にエリアから聞いて知っていたが、まさかこれほど刺々しいとは思わなかった。同級生同士にすぎない十代の少女たちが、ここまで殺伐に睨み合うのは想像さえしがたいことだ。
「お前らは一体なにがあってそんなに仇をなしているの?」
「犬猿の仲という東邦の諺をご存知ですか?私たちは必然的に葛藤を避けられないように生まれただけです。帝国も、東邦も、誰もこの因果の鎖を断ち切れません。もちろん指導員さまあなたさえも。」
「言葉だけはうまいヤツだな。とにかく、そう刀佩いた格好で集まっていると商売に邪魔だから、注文しないつもりならさっさと出て行け。」
「そうですね。妾だって顔を向かい合って茶会を楽しむ気はないんです。お菓子が無事に喉を通じるとは思えないので。」
亜羅漢が手招きして後ろ向くと、多くの学生たちも彼女の後に続いた。東邦人の群れが店から出ると、不愉快な表情で座っていたユリアも席を立ち上がった。
「お前はどこに行くの?」
「さっき言ったではありませんか?商売の邪魔だから注文しないつもりならさっさと出て行けと。」
「お前まで出て行ったらどうするんだ?」
「そんなの私に聞かないで、ルエリア嬢と相談にのってください。それでは私は先に失礼します。お二人は楽しい週末を過ごしてください。」
ユリアも店から出て行ってしまった。静かな店に2人だけ残されたエバンとプリル。
「先生は私とユリアさんと亜羅漢が仲よくなってほしかったんですか?」
「仲よくなるまでは期待もしなかったけど、私から見ればまだ子供たちなのに、大人から受け継いだ蟠りのせいで憎しみ合うのは辞めて欲しかった。何があったとしても、お前らのせいじゃないじゃん。」
「その通りですね。でもやっぱり…まだ私たちには時間が必要です。」
プリルは無理やり重い話しを続ける代わりにメニューを持ち出した。
「緊張していたら甘い物が食べたくなりました。先生はどうですか?」
「そうだね。素敵なヤツをお勧めするぞ。アイツらも味わってみたらよかったのに。」
「また今度集まったときにはもっと仲よくなっていたら良いですね。」