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NPCにお任せください  作者: 沙谷星持
第一章
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15話 危険な優等生たち

エバン·プルートーは困る。授業終わった金曜日の午後である今、学院の業務はすべて終了だし、学生も教職員も週末を過ごすために帰ったので、久々の平和を満喫できるはずなのに、それでもエバンは今すごく困る。


 何が彼をこんなに困らせるのか。どこか危険な優等生たちからの招待状が彼を困まらせているのだ。


'私を抱き込むつもりならやめた方がいい。'


'抱き込むなんてそんなのはもっと階段を踏んでからしましょう。妾はただ我々の立場をよく理解して声を出してくれる指導員が切実に必要な学生ですわ。'


'それを抱き込むというんだ。'


'もう少し考える時間を差し上げます… いや、違いますね。妾にもう少し期待する時間をお与えになれますか?今週の土曜日まで返事がなければ、お断りに決めたと承知いたしまから。’


 最初の招待状は亜羅漢(アラハン)という留学生から届いた。自分を留学生会の東邦代表であり、袞龍会(こんりょうかい)の首長と紹介した彼女は月食(ルナカリプス)学院の東邦人留学生たちを団結させる求心点のような存在である。


 亜羅漢は教職員たちがどいつもこいつも貴族学生のご機嫌うかがいに忙しいのが気に入らないし、そんな貴族たちが学院の秩序の主導権を握るのを防ぎとめるための手札(てふだ)が必要でエバンに近づいた。でも実は学院の秩序なんてあくまでも2番目、もしくは3番目、もしくはそれよりも後ろにある理由で、本当の目的は東邦人の権益と地位を高めるためだけど。


 高校生とは思えないほど妖艶な色気をほこるこの少女は自分の集団の利益のためにエバンに学生と指導員のあいだ以上の親交を提案してきた。


'損することはないと思いますけど。他の学生たちは指導員さまを不愉快に思うが、ここには嬉しくあなたを歓迎する少女たちが沢山いますから。みんな恥ずかしがり屋で普段はあんな表情するけど、実は小さな好意でもすごく喜ぶんですわ。'


'それはお前も同じか?'


'それはどうでしょうかしら。'


 提案といっても具体的に彼女がエバンに何を期待しているのかは分からない。提案を受け入れて東邦人たちの側に立つとどうやって報いるかも何一つ明確に約束してくれなかったし。ただ巧妙に表情を隠して、時々扇子の向こうから妖しい微笑みを見せるだけだった。


「全く、これだから東のタヌキたちとは話が通じない。」


 そして2回目の招待状はプリル·ルエリアから届いた。この小さいけれどしっかりした学生はエバンが聞かせてくれたアーミン語の話がよほど気に入ったようだ。積極的に付いてエバンと個人的に会う約束まで貰えた。


'もしよければ今週末に合えますか?約束の場所はここにして。'


'週末に私なんかと一体何するつもり?休日に人件費ももらえない補習なんて、もう勘弁してよ。'


'あっ!ああ、すみません。私があまりにも自己中心で先生の立場で考えなかったんでした。ごめんなさい。'


'あのな、こちはただ一言ぶつぶつ言ってみただけなのに、君がそんな風に受けたら流石に私がクズになっちゃうじゃん。'


 'いいえ、そうではありません。先生の言う通り、人の苦労をただで取ろうとするのは悪いです。授業料をちゃんと支払わないと。先生、どうぞ。'


'金色12枚がポケットから···?!'


'月食学院の教授たちの講義1時間当たりの授業料を計算してみると、およそそれくらいでした。足りなければまた何枚のせましょうか?'


'のせるって何だ?!どんぶりか?!'


'先生の本社で定めたS級NPCの依頼料に合わせて支払う方が良いですか?'


 プリルはいったいどこで手に入れたのか分からない≪No Problem Company派遣協約マニュアル≫のページをめくっていた。


'君、まだ学生なのにこんな大金をポケットに入れてるんじゃねぇよ。'


'大金?'


'.....'


'先生?どうしたんですか?'


'なんでもない。返すぞ、持って行け。'


'ええぇ?なんで?なんで授業料を貰わないんですか?'


'何が授業料だ?私はお金なんか要らない。'


'お金が嫌でしたら、どうやって誠意を見せればいいですか?'


'あのな、一体どうしてそこまで私と週末をすごしたがるの? 理解できないけど。'


'そんなにいやですか...?そうですね、せっかくの休日なのにムリヤリ時間を割いて貰うのも先生に困るでしょう。失礼しました。それではまた来週...'


'ああぁ、もう、分かった、分かったから!一日くらいなら付き合ってあげるから、そんなに落ち込むな。'


'本当ですか!! 本当ですよね?!'


'そうそう。 代わりに今回だけだから。'


 そうやってプリルと話を済んだばかりなのに今度は意外の人物から招待状が届いた。ずぶ濡れの制服から水をポタポタと垂らしながらトボトボ寮に帰るエバンをユリア・リリスが呼んだ。


'エバン·プルートさん。ちょっとよろしいですか?'


'いや、全然よろしくないと思うけど'


'あなたならそう答えると分かっていました。···はぁ?ちょっと、ひどい格好ですね。なんでそんなずぶ濡れなんですか?どこかで生徒に嫌われて水流魔法にやられたりしたんですか。'


'そんなことねぇよ。お前、私をバカにするのもいい加減にしろよ。'


'じゃあ、この学院のどこで、どうすればそんなに水をかぶれるんですか?'


'噴水台に2回ほど飛び込んだ。'


'そっちの方がさらにバカみたいですけど。それよりも、1回は前をちゃんと見なくぼっとして歩いたせいで足を滑らしたとしても、どうやったら2回も落ちるんですか? 噴水台に。'


'足すべらして噴水台に落ちるなんて私そんな頭おかしい人じゃねぇよ。あくまで自分の意志で飛び込んだのだから。'


'さらにおかしいんじゃないですか? とにかく噴水台の話はここまでにしましょう。 こんな栄養もないおしゃべりをするためにあなたを探したのではありません。'


'それは残念だね。まぁ、いいから言ってみろ。私になんの用?'


'生徒会の役員たちに大まかな報告は伝え聞きしました。寮の中でオルトスの生徒会とルナカリプスの元生徒会が交渉したということも、構内食堂での騒ぎについても。そして、留学生会があなたに近づいたということも。'


'私がなんか問題になるようなことでもしたのか?’


'いいえ、むしろ規定通りにうまくやってくれました。そもそも私はあなたを詰問(きつもん)するつもりなどありません。あなたが指導員の立場で判断して措置をとったのなら、私がそれに対して勝手に口出ししてはいけないでしょう。’


'じゃあ、何の話がしたいの?怒るに来たのではないし、だからといっても誉めるに来た顔でもないけど。’


'亜羅漢があなたにどんな話をしましたか?'


'私に接近したのは留学生会なのに、すぐ亜羅漢の名前が出てくるな。'


'留学生会は亜羅漢の指示なしには動きませんから。亜羅漢は留学生会を動かすだけで直接姿を現すことはほとんどありません。それで、彼女があなたにどんな話をしましたか?'


'大したことはなかった。五目並べしながらつまらないお茶会をしただけで。'


'詳しくはお聞きしません。ただし、指導員の役割以上の好意や不適切な関係などはご遠慮ください。亜羅漢だけでなく誰を相手にしてもです。まあ、私が注意しなくてもそれくらいは分かってるんですよね?S級プルートーさん。'


'そう言ってるにしては、あんまり信頼の目線ではないけど。とにかくそれを言いたくて呼んだのか?'


'ロゼ嬢と亜羅漢が私のことも言いましたか?'


'ああ。アイツらが口を開けたらお前の名前は必ず出てきたぞ。'


エバンの言葉を聞いたユリアの顔色が暗くなった。


'状況はなんとなく分かっている。お前も本当に大変だね。'


'私が選んだ道だから私が耐えなければならないです。お気遣いはありがとうございます。彼女たちが私についてどんな話をしたかは予想つきますが...ただ...'


'ただ?'


'ロゼ嬢があなたを相手にする時だけは異例に消極的になるのも、亜羅漢があなたに興味を持って自ら顔を見せたのも、私にとっては気になります。'


'なんで?私がアイツらとグルになってお前の悩みを増すか心配なの?'


'それはあくまでも2番目、もしくは3番目、もしくはそれよりも後にある悩みで、他にも気になるのは山積みです。'


'お前ってまだ若いのに、なんでそんなに悩みいっぱいなのかよ?しかめ面になりすぎてしわが出来たら美人が惜しいじゃん。すこしは頭を冷やして楽になれよ。'


'気持はそうなりたいんですが、なかなかできませんね。イチゴ牛乳でも飲めば少し楽になれると思うけど··· はっ?!今のは忘れてください。'


'生徒会に余計な世話じゃなければ、私から何か手伝ってあげようか?'


'今···私に優しくするのですか?'


'何だ、その反応は···。お前がストレスを減らす方が私にも楽だろう?'


'ふむ。では一つだけお願いしてもよろしいですか?'


'なに?'


'今週末、私に少し時間を割いてくださいませんか。'


'ちょっと失礼。'


'どこへ行くんですか?''


'噴水台。もう一回飛び込んでからくるぞ。すぐ戻るから。'


'変なことしないでちゃんと聞いてください。'


'週末に私と何をするつもり?'


'この学院であなたが特別に注意すべきことを言っておきたいと思います。あなたなら私が言わなくてもすぐ分かると思ったけど... こんなに早くあなたが"彼女たち"に関われてしまうとは。休日なのにすみませんが、よろしいですか?'


'分かった。どうせ私もこの学院について理解しないといけない。'


'ご協力ありがとうございます。'




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「それで何がそんなに困るのかと思ったら、一日にデート誘いを三回も受けて自慢していたんですね。」


 困る、困る言いながらソファでダラダラしているエバンに舎監エリアが一言言った。


「なに言ってるの?! こちは本気で困るのに!」


「困るのはともかく、なぜあなたの部屋じゃなく私の執務室でそうダラダラしながら人の仕事の邪魔をしてるんですか?」


「あれって部屋じゃなくて、ただの空き倉庫じゃん?それに比べてここはこんなに暖かいし、いい香りするし、ソファーもふんわりだし。お前、どうせ仕事終わったら当直室に行くから、それからは私がここを使っていい?私って舎監代理だからそれくらいはいいだろうな?」


「よくありません。」


「なぁ、そんなこと言うんな。この前くれたロクムのことを考えて。」


「ダメなのはダメなんです。ルナカリプスの指導員をキャンディで買収できると思うのですか?」


「チッ、わかった。」


 エバンは再びソファーで横になった。このまま寝れないのが残念だけど、起きるまではこのふんわりさをできるだけ味っておくことにした。


「それよりも、あなたの言う通り、本当に困る状況ですね。よりによってプリル、ユリア、亜羅漢の3人があなたに興味を持って動いたとは。」


「どういう意味?」


「この帝国が魔法という学問を崇めますが、みんな同じ道を歩む魔法使いではありません。アーミン帝国の痕跡を積極的に探して飛躍的な発展と文明の復興を図る≪開拓者≫たちがいれば、分不相応(ぶんふそうおう)な力を手に入れて繰り返される悲劇にあきて魔法の発展に懐疑的な態度を取る≪沈黙者≫たちもいます。 面白いのは、このような対照的な違いは大人の学者たちだけではなく学生たちにも表れます。生徒会長のユリア·リリス嬢は代表的な≪沈黙者≫です。そしてプリル・ルエリア嬢は≪開拓者≫の先鋒です。」


「それであの二人は仲が悪いの?」


「少し複雑ですね。現在、ユリア嬢の生徒会長としての支持率はかなり下落した状態です。一部の貴族組みの牽制も原因でありますが、それよりは学生たちの間で開拓者の性向の割合が大幅に増えたせいでしょう。」


「出身と身分に続いて、今度は学問的性向の派閥か?ずいぶん楽しく遊んでるじゃないか、コイツら。」


「開拓者性向の増加により、プリル嬢を次の生徒会長にしようとする声が次第に高まってるし、生徒会を取り戻そうとする貴族たちは機会を逃さないためにこんな動きを煽っています。再選に挑むべきのユリアと有力な次期会長のプリル。お互いに悪感情はないけど、不便な関係になってしまったんです。」


「じゃあ、亜羅漢は?」


「終戦宣言と平和協定の証として東の世界から派遣された留学生たちがルナカリプスに入学することになりました。でもアグルス帝国と東邦の敵対関係が表向きでは終息したんですが、まだまだその歴史を乗り越えるには早いでしょう。」


「確かにね。あれほど沢山の人々が死んだ戦争だから。」


「十年前までは敵国だった不慣れな土地で差別に対抗するために東邦の学生たちは驚くほどの絆で結束してます。そして彼女たちの忠義を一身に受けているのが亜羅漢です。」


「それくらいに支持を超えて忠義を受けるというのは、それなりの正統性がある人物という意味だろう。ここに来る前に東邦ではかなり要注意の人物だったと思われる。」


「どうですか?あなたと一緒に週末を過ごしたいという危険な優等生たちは大体こうなんですけど、少しは私の説明が役に立ちましたか?」


「ああ。困ったのに、お前のおかげでもう具体的に困る。ありがとう。」


「どういたしまして。それで、あなたはこれからどうするつもりですか。」


「そんなの決まってるだろ?」


 ソファーに横たわっていたエバンが起き上がった。


「こんな子供たちの政治ごっこに私がビビると思うのかよ?このNPCに任せておけ!」


 エバン·プルートーはこれからどうなるか知らないのに謎の自信に満ちて叫んだ。


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