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NPCにお任せください  作者: 沙谷星持
第一章
14/18

13話 龍の子、縁の娘

月食(ルナカリプス)学院には色んな指導員たちがいるが、ほとんどは放課後になったら仕事を仕上げて帰る。しかし、寮の指導員であるエバンは反対だ。学生たちが授業に入っている間は余裕だが、授業終った学生たちが寮に戻ると、本格的にエリアを補佐しなければならない。


 エバンの立場から言うと、一人で学院の雑務をする方が楽だった。仕事自体は寮の方が簡単で舎監からの待遇も良いけど、それとは別に寮生たちと会うたびにお互い不便な空気になるのがいかにも面倒だった。


 彼女たちの気持ちは分かってる。思春期の子供たちを相手に怒りながらプライドを守るほど狭くないし。いつかはこの子たちもユリアとルミリのように少しずつ心を開いてくるだろうか。


 そんな明るい楽観回路を回しながら頭の中に虹がかかった花園を描くには構内食堂で起こった騒ぎが気にかかる。あれはこの学院では日常だろうか。それとも、学院の統制(ルール)が次第に弱まったり、あるいはもはや学生たちを放任した結果現れる異変だろうか。


 現時点のエバンには何も分からない。エバンはひとまず、この学院について出来る限り早く把握すべきだと判断した。そうすれば本社が学院と協約を結び、わざとS級ともなるNPCを派遣した理由も分かるかも。結局、今のエバンは学生たちをもっと理解しなければならない。学院について把握するためにも、そして本社からの1ヶ月の猶予の間に学院の信頼を得るためにも。どちらにしても容易いことではなさそうだ。


「失礼ですが, しばらくお時間いただけますか?」


 トボトボ寮に戻る途中だったエバンに見知らぬ女の子が付いてきた。ルナカリプスの制服ではない異国的な服装。確かに先ほど構内食堂で見た東邦人たちが着ていた服装と同じだった。


 でも彼女は構内食堂で見たことない顔だ。(うるわ)しくて凛々しいおかっぱの女の子で、同じ東邦人である婀仙(あせん)の明るさとは全く正反対の印象だ。


虚雪(むなゆき)と申します。東邦の留学生たちの引率の役に努めております。寮の新しい指導員というのはあなたでございますか?」


「そうだけど。私に何の用でこんなに押し寄せてきて人の帰り道を遮るのかよ?」


「押し寄せるってどういうことですか?今ここには私と指導員さま二人だけですが。」


「私、馬鹿じゃないから試すつもりならやめておけ。あっちこっちで睨み付ける視線でくすぐったい。」


「おっしゃる事が分かりませんが。」


「12人。お前まで含めて。」


「......」


 虚雪が軽く手招きすると、すぐにどっかから飛び降りた数人の女の子たちが一斉に着地し、速かに隊列を組んでエバンを取り囲んだ。構内食堂で見た顔も多かった。しかし、今、彼女たちの腰には龍の紋章が刻まれた短剣がそれぞれ不穏な自己顕示をしていた。


「はぁ...そうじゃなくても安月給だから給料の分だけ働かせてよ、頼むから。」


 腰に刀を佩いた群れに囲まれてもエバンは"また面倒なことに巻き込まれた"とため息ついた。虚雪は機械のような表情なしの顔でエバンを見ながら、感情なしの声で言った。


「首長があなたにお目を注ぎになさる理由が少しは分かりました。どうやって気づいたんですか? それも具体的な人数まで。魔法を使う気配は見えなかったのに。」


「何か自分が納得できないことが起きたらすぐ魔法を使ったと思うのはとても悪い習慣よ。魔法じゃなくても、人を騙す方法などいくらでもあるから。」


「いい教えですね。 耳に留める気はないが。」


「とにかく、お前らは何者だ?"首長"っていうのは何だかの集団てことだろ?」


「ここは真剣に話し合うに適当ではないから、場所を変えてから話しましょう。それに、あなたと話しする相手も私ではなく....」


「指導員さん!」


 突然ひびいた唐突な声が虚雪の言葉を遮った。婀仙の声だった。彼女はつんとした顔でエバンの前に飛び出して言った。


俺等(おいら)の刀を返してください!我々にとってその刀は自尊心ですよ! なのに俺等一人だけ腰に刀がないなんて…今俺等は完全にたてがみを剃られてしまった獅子なんです。」


「たてがみ生えるのは雄だけど。」


「えっ?ええ、あれ?と、とにかく! あの刀は我々≪袞龍会(こんりょうかい)≫の一員であることを表す重要な印なので、必ず返してもらいます。 いくら指導員さんだと言っても問答無用ですよ! だめだと言うなら力でも...ううわゎっっ?!!!」


 虚雪が婀仙の首の後ろを掴んで強く握った。婀仙の首ねっこを掴んだ虚雪が無感情な顔で何も言わず手に力を入れると、婀仙が苦痛に身をもだえながら悲鳴を上げた。


「ヒヤァァァッ!痛ッタッタッ!痛い!お姉ちゃん、いやお姉さま、いや先輩、いや尊敬すべき虚雪先輩!俺等が悪かったから、もう許してくれるんですぅぅっ!!」


 虚雪が手に力を抜けて放すと、婀仙はうめきながら退場した。虚説は咳払いをしてから言った。


「失礼しました。とにかく場所を変えましょう。あなたとお話ししたいお方がいますので。」


「お前らの首長か。」


「左様でございます。」


「悪いけど、私は正座でお茶すするのは好みじゃないし、ようかんも口に合わないんだ。だからお茶会に付き合ってくれる人を探してんならお断りするよ。じゃあ、私はもう行ってもいいか?」


「首長はつまらない用件であなたをお探しになさっているのではありません。」


「ならば本人から直接来て話せ。首長、首長言ってもお前らのお頭だし、私にまで首長かよ?私にとってはただの留学生なのに、学生が指導員をこんな風にお呼びするのか?」


「そんな無礼を犯すつもりは決してありません。どうかご了解いただけますよう。いくつかの話だけ聞いてくださればいいです。それでも気が進まなかったり、お忙しい用事がございましたら仕方ありませんが···。」


「案内しろ。お前らの首長の顔でも見てみよう。」


「再考に感謝いたします。」


「代わりにくだらない話をすると思ったらすぐ帰るぞ。」


「分かりました。それではご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」


 虚雪が先頭に立ち、彼女のすぐ後ろにエバン、そして他の少女たちがエバンの周りについていった。エバンが逃げられないように取り囲んでいるようだ。虚雪の態度からしてみると怪しげな事を企んでいるようには見えない。エバンは様子を見続けながら虚雪についていった。


 そうやって到着したのは国際交流館という新築の建物だった。名前通り、帝国の外から来た留学生たちが学院からもらったカリキュラムを遂行する場所である。留学生全員を収容するには不十分だけど、それなりに生活空間まで備わっている。


 国際交流館は大まか半分に分かれた構造の建物で、正門から入ると中央ホールがあって、中央ホールから階段を上って2階に上がると雪国人が使う施設、そして1階の廊下に沿って奥に入ると東邦人のための施設がある。


 長いマーブル廊下を通じて東邦人のための空間に入ると、そこからはもう帝国の面影が全くなかった。まるで東の世界に足を踏み入れたかのように神秘的な景色の木造廊下が伸びていて、廊下に沿って並んでいる紙灯が僅かな灯火を揺らめいていた。


 廊下には東邦の留学生たちが直接育てる植木鉢と盆栽が露と雲を含んでいて、壁には様々な書道作品が並んでいた。東邦では達筆の人を教養人と見ているそうだが、留学生たちの首長もその資質を証明するために、書道に対する深い造詣(ぞうけい)を求められているようだ。


 エバンは廊下を歩きながら壁にかかっている書道作品をじっくり鑑賞した。文を見ればそれを書いた人の性向を推し量ることができる。それが筆者の瞑想を入れ込んだ書道ならさらに深く量れる。壁の書道作品たちはたった一つの書体にこだわらず、様々な書体で力強く書かれて浩然の気概が込められていたが、それと同時に執着とも言えるほど極度に節制された濃淡からは妖邪(ようじゃ)ささえ感じられる。


 短く鑑賞したエバンが廊下の端にある紙障子の前に着いた。虚雪がひざまずいて正座してから言った。


「首長、虚雪でございます。仰せのとおり例のその指導員さまをお連れいたしました。」


'私の扱いは"例のその指導員さま"か。(さま)つけてくれたことをありがたく思わないとな。'


「入りなさい。」


 向こうから声が聞こえてくると、虚雪が障子を開けて丁寧に挨拶をしてから体を起こした。エバンが虚雪の案内で部屋に入ると、そこはかなり広い東邦風の執務室だった。


 執務室の主人と見られる女の子一人が応接用のテーブルに座ってエバンに意味深な笑顔を見せていた。陽気な婀仙や凛々しい虚雪とはまた違う印象だった。一言に形容するのはできないけど、明敏さと獰悪(どうあく)さが同時に映る眼と、扇子で口元を隠して相手に自分の表情を見せない狡猾さ。第一印象だけでも東邦人の群れのリーダーであることがすぐ分かる少女だった。


「あなたが廊下に入った瞬間から、ここの流れがねじれるような気がしました。こんな感じは初めてですわ。」


"首長"と呼ばれる少女がエバンをじっと見ながら言った。


「虚雪。指導員さまにお茶を出しなさい。」


 虚雪はエバンを席に着くようにしてから紅茶を出してきた。エバンは虚雪が用意した茶碗には目もくれず、自分の向かい側に座っている少女を見つめた。


「冷めないうちにどうぞ。何か変なものに入れたりはしないからご心配なく。食べ物でいたずらをするのは我々の趣味ではありませんから。」


「こちもお前らの趣味に合わせるに来たんじゃねぇよ。人を呼んだら上品ぶる前に自己紹介からしたらどうだ?」


「あら、失礼しました。そういえば自己紹介が遅くなりましたね。(わらわ)は留学生会の東邦側の代表、阿羅漢(アラハン)と申します。この学院の東邦人のみんなを代表して歓迎のご挨拶を申し上げます。」


「それでお前の名前は何だ?」


「……」


 彼女は静かに細目をあけてエバンをじっと見つめた。そして先までとは違う、ずっと重く沈んだ声で言う。


「他の教職員とは違って… 東の世界について門外漢ではないようですわね。」


「匿名希望か?」


「ハン。妾のことをハンと呼んでください。」


 阿羅漢(アラハン)は茶碗を持つために扇子を置いた。彼女がお茶を飲むために扇子を置いてから、やっと彼女の顔を全部見ることができた。傲慢な帝国貴族とは違う色気が感じられる印象だ。


「留学生会の代表なら代表と呼べばいいのに、どうして首長なんかに呼ばれるのか? そっちの方が格好よさそうで?」


阿羅漢は返事の代わりにそっと上を見上げた。天井には東邦人たちが腰に佩いていた短刀の紋章と同じ龍の絵が大きく描かれている。


「我々は…すなわちこの学院の東邦人はみんな≪袞龍会(こんりょうかい)≫に属しています。そして妾が袞龍会を率いる首長でありますわ。」


袞龍会(こんりょうかい)?何、それ。 ≪死龍世界≫の中でそんな分派は聞いたことがないけど。」


「そこまでご存じとは。やはり寮の洗濯機を直してくれる人が必要で雇われた指導員ではないですわね。はい、おっしゃる通りです。我々は≪死龍世界≫とは関係ありません。だって、我々は"東邦から去って"帝国に辿りついたのではなく、"東邦が送って"帝国に来たもの。それがどんな意味を持ってるか指導員さまなら十分ご存知だと思いますわ。」


「ふむ……」


「この度はうちの子たちが失礼を犯したとお聞きしました。責任者としてお詫びいたします。」


「お詫びなんか言うためにわざと呼んだんじゃないよね?」


「すぐ本論に入るのが好きな性格ですわね。」


 エバンと阿羅漢の間には正方形の木材の板が敷かれていた。格子模様が描かれているのを見るとそれは碁盤だ。虚雪が小さな碁笥(ごけ)を二つ持ってきた。


「少し空気を和らげたいのですが、囲碁はかなり時間がかかるから五目並べでもしながら話しましょう。」


 阿羅漢は黒石の入った碁笥をエバンに渡した。


「黒は指導員さまに譲りますわ。指導員さまによく似合ってる色だから。」


「要らない。」


 エバンは白石の碁笥を選んだ。


「かなり自信ありそうですね。自慢ではないですが、妾は結構うまいですが。」


「わかったから早く始めよ。」


「その威勢、気に入りましたわ。じゃあ、妾が黒をもらいます。ただ、連珠の規則に従うので、三三、四四、長連は指導員さまだけ可能です。」


 阿羅漢は碁盤の真ん中に黒石をそっと置いた。


「さあ、見せてくださいませ。妾を期待させたから責任取って失望させないように。」


 エバンは白石を取り出した、そして、ためらわずに碁盤に置いた。エバンが布石のために選んだのは阿羅漢が置いた石とはかなり離れた、そしてまったく突拍子もない位置だった。


 碁盤の隅っこ。


「…。」


 阿羅漢はエバンの布石による戦略をすでに数手後までも計算していたのに、碁盤の隅っこに置かれた白石が彼女のすべての戦略を台無しにした。それもややあっけない意味で。


 それでも阿羅漢は落ち着いて黙々と白石を並べて、これからエバンがどうするかを見た。


エバンは石を持ち上げなかった。その代わり、人差し指と親指でデコピン手を作って、碁盤の隅っこに置いた自分の石を弾き飛ばした。エバンの弾碁で軽快な音とともに阿羅漢が置いた2つの黒石が碁盤から飛ばされてしまった。


 阿羅漢の石を全部飛ばしたエバンは碁盤の中央に威風堂々と独り残った白石を持って碁笥に入れた。阿羅漢は"ふざけるな"とか"真面目にやりなさい"などの反応を一切見せず無表情で沈黙していた。エバンがこうする意図が彼女には分かったからだ。エバンは碁笥のふたを閉めながら一言言った。


「こんなお遊びで人を試すつもりなら、これが私の答えだ。」


「…片付けなさい。」


 阿羅漢が言うと虚雪が慌てて碁盤と碁笥などを全部片付けた。首長の機嫌に逆らうエバンの行動に袞龍会の少女たちがものすごく困惑していた。だが阿羅漢は感情を抑えた声で話した。


「おもしろいですね。本当におもしろいですわ。こんなに妾の予想を外れた人は久しぶり。とても面白くてあなたの無礼ささえ楽しいですわ。」


「お前が先からずっと雲をつかむような話ばかりするから、こちから単刀直入に訊くぞ。今日構内食堂であった騒ぎのことなんだけど。 それってこの学院では普通なのか?」


「そうです。この最近になってからは。」


「この最近になってから?」


「本格的になったのはたぶん今年からかもですね。今年の1学期からロゼのような熱心党を中心に集めた貴族組みが我々留学生に敵対したり、今日の如く挑発することが多くなりました。きっかけが何だと思いますか。」


「ユリア·リリスの生徒会長選挙当選だな。」


「正解です。まだこの学院に来たばかりなのに、すごい洞察力ですわね。はい、そうです。もともと生徒会は貴族学生たちの物であって、生徒会を独占した貴族たちは学院の支配者を自任しました。しかし、《月食(ルナカリプス)の暴君》と呼ばれ、絶対的な権力を振るった元生徒会長が色々理由があって休学することになり、その空白を埋める人を探せなかったわけです。」


「突然の暴君の空白、そして絶対的な適任者であったその暴君に代わる者としての資質と正統性について絶えずに甲論乙駁(こうろんおつばく)。その結果、貴族たちが分裂して生徒会は瓦解。ユリア政権の勝利。そういう流れだね。」


「理解が速いですね。説明の手間を省いて助かりますわ。そうです。機会を逃さずに生徒会長になったユリアは計算が早くて手並みが頼もしい人、例えば商人とか公職者の出身の学生たちを生徒会の役員にして生徒会を完全に官僚化させました。」


「なるほど。」


「ならば生徒会から追い出された今も我々をこんなに迫害するあの貴族たちが生徒会を掌握して、学院の支配者を自任していた頃には、一体どれほど我々を苦しめたと思いますか?」


「苦しめる?あの時は留学生なんか眼中にもなかっただろう。」


「また正解です。」


「留学生たちを学院から追い出そうとか、騎士や商人、官僚の娘たちに身の程を教えてひざまずかせようとか、異物を取り除いて学院の純粋性を取り戻そうとか… そんなの全部ばらばらに分散した貴族勢力を集結させるための宣伝にすぎないじゃん。」


「今日、構内食堂での騒ぎ、そしてこの学院で起るほとんどの事件は、この世の中を小さく縮めた光景だと言えます。乱暴な帝国、歯ぎしりする東邦、傍観する雪国。」


「この学院にこんな交流館があるのも不思議だな。あの戦争が終わってからわずか12年くらいしか経っていないのに、帝国の上流階層の学院、それも戦争の英雄が設立した学院から東邦人を留学生として受け入れているとは…。」


「目的が何だと思いますか?世界の平和と和合への願い? 異文化に対する理解と包容的観点の涵養(かんよう)?」


「そんなわけねぇだろ。」


「そうでしょう?我々はこんな立場なんです。誰が生徒会長になっても、どうせ我々とは不便な関係だし、学院で行われている国際交流カリキュラムというものも信頼できないし、教職員たちの態度とか帝国の学生たちの視線から感じれる差別…そんな中,指導員さまが現れました。」


「私?」


「あの人も無げなロゼが2回も尻尾を巻いたとお聞きしました。ここの指導員たちは皆、貴族の学生の前では一言もちゃんと言えないくだらない連中ばかりなのに。」


「私を抱き込むつもりならやめた方がいい。」


「抱き込むなんてそんなのはもっと階段を踏んでからしましょう。妾はただ我々の立場をよく理解して声を出してくれる指導員が切実に必要な学生ですわ。」


「それを抱き込むというんだ。」


「指導員さまに損することはないと思いますけど。他の学生たちは指導員さまを不愉快に思うが、ここには嬉しくあなたを歓迎する少女たちが沢山いますから。みんな恥ずかしがり屋で普段はあんな表情するけど、実は小さな好意でもすごく喜ぶんですわ。」


「それはお前も同じか?」


「それはどうでしょうかしら。」


 状況を大まかに把握したエバンがもう冷めてしまった茶碗を下ろす。


「お前が期待する返事はできないかもな。」


「お気にならず。今日はこうやってお越しいただいただけでも十分ありがだいですもの。でももう少し考える時間を差し上げます… いや、違いますね。妾にもう少し期待する時間をお与えになれますか?今週の土曜日まで返事がなければ、お断りに決めたと承知いたしますから。」


「なんか自分に良い話しする時ばかり丁寧な敬語つかってるな。」


 もう話は終わったし、これ以上ここにいる必要がないと思ったエバンが席を立った。そのまま外に出ようとしたところ、阿羅漢がエバンを呼ぶ。


「指導員さま。」


エバンが振り向くと、阿羅漢は扇子を下ろして顔を完全に現わした。


「妾はあなたに目を注いでいますわ。妾の期待に応じてくだされば、もっと素直になりますから、どうか我々を見守ってください。」


 そう言った阿羅漢は再び扇子を広げて表情を隠した。エバンは返事をしなかった。


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