12話 婀娜な仙女
ルナカリプスでの昼食時間の過ごし方は普通3つある。寮内の食堂を利用したり、構内食堂と売店を利用したり、日当たりのいいところでお弁当を食べたり。ヌルワに出かける選択肢もあるけど、いちいち校務部から外出証を取るのも面倒だし、護衛や召使もなしに一人で出かけるには上流階層としての体面が許さないので、特別な用事がない限り学生たちは皆学院の中で食事を解決する。
エバン·プルートーは寮生のための朝食として提供されるお弁当で朝食、昼食、場合によっては夕食まで解決しているが、それももうウンザリなので構内食堂を訪れた。
「思ったより広いね。売店にもいろいろあるし。ハムパイがないけど、それ以外はうちの本社の食堂よりも立派じゃないか。」
エバンは売店で買った食べ物と寮の朝食の残りの熟柿をテーブルの上に並べた。周りの学生たちが食事をしてる風景を見たエバンは、何だかの違和感に気づいた。
「そういえばここは外国人ばかりだね。帝国の貴族でありながら売店でパンを買って食べるにはさすがに面子が許さないのかな。」
構内食堂を利用しているのは雪国人、東邦人などの留学生の群れだった。帝国人の学生たちを追い払って占めたのか、それとも元々帝国人の学生たちがあまり訪れないため自然に留学生たちの憩いの場になったのかは分からない。とにかく学院のすべての留学生たちがみんなここ構内食堂に集まっているようだった。
雪国の学生の群れはまともなダイニング・テーブルと椅子がすぐそこにあるのに、片隅にヤンキー座りして集まって炭酸飲料のガラス瓶でタフなラッパ飲みをしていた。そして東邦の学生の群れは、一体どこで手に入れたのか分からない大きい鍋の周りに集まって、寄せ鍋と見られる何かをみんなで食べていた。
雪国人たちも、東邦人たちも構内食堂に訪れた見知らぬ客であるエバンを見ていた。エバンはあちこちで警戒心に満ちた視線を浴びたが、場所を変えるのも面倒だから無視することにした。
構内食堂は留学生の間での暗黙のルールによって雪国人と東邦人の席が分けられていて、お互いの領域を侵犯しないための動線まで定められていた。エバンが留学生たちが集まっているパターンをよく分析して見ると、今、自分は東邦人たちの領域に座っていることが分かった。
ルナカリプスの制服の代わりに東邦の服装を改良して着た学生がエバンに近づいてきた。近くで見た彼女の顔は帝国に定着した移住民のハーフではなく、本物の純血東邦人の目鼻立ちをしていて、南部のイスティアから来たルミリよりもずっとも異国的な印象だった。
「そこのあなた。ちょっと失礼します。」
エバンに声をかけたその東邦人は、とても流暢な帝国公用語で話しかけてきた。領域を侵した部外者に対して退去を要請しに来たのかと思ったら、彼女の視線は他のところに向いていた。
「その柿、どこから得たんですか。」
彼女の視線はエバンが持ってきたかごの熟柿にじっと向いていた。
「ああ、これ?寮の朝食の残りよ。捨てるのはもったいないから持ってきたんだけど。」
「この貴重な柿を捨てるんですって?」
「欲しいなら持って行け。どうせ私は飽きるまで食べたから。」
「本当ですか?もらっていいですか?」
エバンが熟柿をかごごとそっと渡すと彼女は大喜び、仲間たちの所に持っていった。東邦人たちは和気あいあいと熟柿をおすそ分けして食べた。空気を読んでみると彼女たちはエバンを追い払うつもりなど最初からなさそうだった。微妙な視線で状況を見守っていた雪国人たちも摩擦が起らないことを知ると、もうエバンの方を気にしなかった。
'雪国人も、東邦人も、よそ者に対する警戒心が強いけど、先に触れない限りには大体おだやかだ。ところでアイツら、たかが木の実であんなに喜ぶとは。あれがそんなにおいしいのか?'
東邦人たちは熟柿のかごをすぐ空にした。先ほどエバンに話しかけた東邦人がかごを返しに来た。
「お隣に座ってもよろしいですか?」
「もちろん、どうぞ。」
エバンの隣に座った彼女は半分食べた熟柿を手に持っていた。エバンが恵んだ好意のおかげで警戒心を緩めたのか、初めて声をかけた時とは違う雰囲気と明るい顔をしていた。
「婀仙、俺等の名前は婀仙といいます。今回来た新しい指導員ってあなたでしょう?」
「そう。寮の担当になったので、お前ら留学生と会う機会があんまりなかったな。」
「大丈夫ですよ、これからもここに来るとたくさん会えますから。今日みたいにささやかな誠意を用意して来たらすぐに親しくなれると思いますよ?うちのお姉ちゃんたちって恥ずかしがり屋で普段はあんな表情するけど、実は小さな贈り物でもすごく喜ぶのです。ああ、これはもちろん俺等も同じですよ。」
そう言いながら、婀仙という名の東邦の少女は熟柿を一口かじった。
「柿の木が多い東邦とは違って、ここアグルスでは柿の栽培がすごく難しいらしいです。そんな柿が危うくゴミになって捨てられるところだったとは。これだからアグルスの嬢ちゃんたちは!誰か飢えを教えてくれたら食べ物の大切さを覚えるでしょう?そうじゃないですか?」
「うちの寮の生ゴミ排出量は確かに大目に見られないくらいだな。しかし、寮生たちのせいにするのではなく、朝食提供の体系に一度手を加えなければならない問題と思う。」
「いいえ、全部彼女たちの業です。生きている時に食べ残して捨てた物は輪廻の扉の前で全部食べなければ転生できないから!」
「高価で美味しいものだけ食卓に上がったヤツらだけど。転生する前に極上の晩餐を用意してくれるのかよ?」
「全部かき混ぜてからくれるでしょう!」
「それなら戦略的に計算して残さないとね。味の組み合わせを考えてさ。それって寄せ鍋にしてもらえるの?」
「まさか普通に口で食べられると思うのですか?輪廻を甘く見ないでください!鼻で全部飲めないといけないんですよ!熱い鍋を!」
「それは流石に恐ろしいな。」
「でも指導員さんは他の人と分け合うことができる優しい方なんだから、たぶん輪廻も大目に見てくれるかもしれませんよ。」
「へぇ、以外と融通が利くヤツだな、輪廻って。」
「明日も今日みたいに良いものを持ってきて積善すれば、輪廻さんが絶対大目に見てあげますよ。」
「さん付けかよ、っていうか知り合い同士なの?」
適当にお礼を言ってから帰ると思ったのに彼女はエバンの隣に居座って、くだらない話をずっとも並べた。先ほど初めて挨拶したばかりの人とは信じられないくらいだった。一人で静かに食事をするつもりだったエバンには、この人付き合い良すぎるおしゃべり屋さんが面倒だったけど、それでも好意を持って近づいてきた学生だから、適当に相手しながらパンを食べた。
その時、構内食堂の中に学生3人が入ってきた。表情から印象まで典型的な帝国貴族の空気をまとっていた。その貴族学生たちが入った瞬間、和気あいあいと熟柿を食べていた東邦人も、片隅に座って雑誌を読んでいた雪国人も、皆の雰囲気が冷ややかになった。空気を読んだエバンが今日も静かに昼食を解決することなどできないと直感した。
「話は何度もお聞きしましたが、まさかこれくらいとは。」
不愉快そうに顔をしかめた貴族一人が、傲慢な声で言った。
「これだから生徒たちが売店を利用するのが不便だというのです。一刻も早く掃除をしなければならないですわね。」
「掃除ですか?」
「ええ。いくら清掃員が掃いたり洗ったりしても無駄ですわ。'異物'がこんなに沢山集まって悪臭を放っているもんで!」
貴族学生がわざと聞かせるための大声で話しながら留学生たちを睨むと、留学生たちの方からも敵意の視線を送った。帝国のものでない言葉で話し合っていた構内食堂の中は静かになり、いつどこから冷たい短刀が飛んで来るか分からないくらい冷淡な雰囲気に支配された。
「まったく!性に合わなくテーブルについている様とは。本性に相応しく地面に皿を置いて這いながら食う方がよいのに。」
貴族学生の暴言の度が過ぎたが、エバンはこれから留学生たちがどうするか観察るために、まだ動かずに座ってパンを食べた。一番先に行動に出たのは婀仙だった。エバンの隣でおしゃべりしていた彼女はいつの間にか貴族たちの前に立っていた。
手を伸ばせば届くほど近い距離を置いて向かい合った貴族たちと婀仙。彼女はこれからどうするか。丁寧な言い方で退去をお願いするか、謝りなさいと怒るか、留学生たちも構内食堂を自由に利用する権利があると論理的に主張するか。
正解は
がちゃん!!!
正解はちゃぶ台返し。婀仙が貴族たちの近くのテーブルを豪快にひっくり返すと、ドタバタ大きな音とともに、テーブルの上に置かれたナプキンをはじめ、品物が転んだ。
「こ、この!!なにするの!」
「地べたに皿置いて食べようって言っただろう?聞いてみたら、それも悪くないと思ってさ。まずはお前らから先にどうぞ。」
「この!!」
貴族学生が怒りだしたが、ロゼが彼女を制止した。彼女は物静かに、上からの目線で見下すように婀仙を見た。婀仙も帝国の貴族相手に挑発的な表情をして話した。
「ロゼ、いくら最近友達たくさん失ったとしても、ここまで来てお遊び相手を探すのは流石に醜いと思わない?」
「相変わらず下品な本性が隠せずに行動に出てくるわね、貴様は。これでは獣と何が違うかな?」
「何も違わない。何も。だからやたらに手を出したら噛まれるくらいは知ってるよ。ならば俺等みたいな獣が、貴様らより一枚上じゃないかな?噛まれず育ってきたから分からないもんなら俺等が教えてやる。」
婀仙の袖から指導員たちの所持品検査にも見つからなかった刃物が現れた。突然刃物が現れるて貴族たちが後ずさりするほど驚いたが、ロゼだけは刃先を目の前にしてからも瞬きさえしなかった。
東邦人の群れが席を立ち、婀仙の近くに合流した。東邦人たちが囲んできたが、ロゼは依然として高圧的な姿のままだった。遠くから雪国人たちが楽しい見物をしてるように口笛まで吹いた。
エバンはパンを食べながら様子を見守った。ついさっきまでは彼のそばに座って喋っていた陽気な子が、今はあんなに目を剥いて刃傷沙汰を起ろうとしている。
'雪国人も、東邦人も先に触れない限り大体おだやかだ。しかし、相手が少しでも線を越えた瞬間、どこまでも攻撃的になれる。特に東邦人は名分さえ正当だと判断すればなんの罪悪感もなく手段を選ばない。'
エバンは売店で買った牛乳をゆっくり飲んで喉を潤した。そして、婀仙の刃物を目の前にしたロゼの方も見た。脅すだけで実際刺すのは出来ないと思っているのか、それとも刺しても打ち返す自信があるのか、"出来るもんならやってみろ"という顔をしていた。
'親のお陰だけのお嬢ちゃんではなかったな。あんな類いの帝国人は公私を問わず簡単に相手できない。'
「騎士や公務員の血筋たちが私たちと肩を並べようとしてるのもあっけないのに、もはや南部や東邦から来た異物まで堂々と頭をもたげるとは。ユリア・リリス、あの商人の女が生徒会長の腕章をしてから、学院の綱紀が乱れになったわ。」
「知るもんか?こっちはただ構内食堂にいただけよ。貴様ら帝国人が構内食堂に来るか来ないか全然気にしない。ムダ口たたかずに黙って買い物したらさ。」
「貴様らの居場所などここにはない。構内食堂のことを話しているのじゃない。この学院、いやこの帝国に貴様らの居場所はないんだ。覚えておけ。機会さえあれば貴様らみたいな異物をこの校庭から全部取り除くから。」
「待つ必要があるのかよ? 俺等がちょうど良い機会を作ってあげる。」
刃物を握った婀仙の手が動き、ロゼも動き出した。二人の間の緊張感が絶頂に達し、 衝動的に爆発したその瞬間
タッ!エバンが婀仙とロゼの間に割り入った。彼は手袋をはめた手で婀仙の刃物をつかみ、他の手では見えないの力を放ってロゼを軽く押しのけた。一騎当千でもする勢いだったロゼはエバンが前を塞ぐと、数歩も引き下がって距離を置いた。
「放せ。」
エバンがそう言うと婀仙は刃物を握った手を放した。エバンは校則に従って婀仙の刃物を押収した。それでも婀仙はエバンが来たのを友軍の参戦だと思って嬉しそうだった。しかし、そんな婀仙を待っていたのは
ドン!!
「いたっ?!」
頭にげんこつだった。婀仙はズキズキする頭を手で包み、エバンを見た。
「どうして···?」
エバンはひっくり返られたテーブルを指差した。
「お前がやったもんだから、お前が責任とって片づけろ。」
「でも! アイツらが先に喧嘩をうったのに···」
「それじゃ、私が片づけようか。現場にいたのに、すぐ仲裁せず様子を見ていた私にも責任がある。」
「いええ!俺等がやりますよ。うぅ…」
婀仙を指導したエバンは今度はロゼの方を見た。ロゼは視線をそらした。言うことを聞くはずはないけど、エバンは一応ロゼにも一言言った.
「お前はさ、もういい加減に問題起こすの辞めてよ。こんなに何度も顔みたら情がわきそうだ。」
「.....」
ロゼは何も答えず、他の貴族たちを連れてその場から離れた。
状況を整理したエバンが席に戻ると、婀仙が仲間たちからの手伝いを断って、一人でテーブルの片付けをしていた。
エバンは残った牛乳を飲み干した。構内食堂で昼食をしようとしたら、こんなことになってしまったのがついていないのか、むしろちょうど良かったのか、分けがつかなかった。