第132話 日本史ライダー、史跡巡り。神奈川県編
ということで、東京都・千葉県と来て、次は神奈川県。ということは、恐らく次は埼玉県でしょう。
ただ、神奈川県自体、史跡はいっぱいあるので、ここでは厳選します。
①山下公園(横浜市)
ご存じ、色々な物語の舞台になった、有名な公園。
横浜港に面して約750メートルにわたり、約100メートルの幅があります。その面積は約7.4ha。
元々は、1923年(大正12年)の関東大震災で発生した、大量の瓦礫の捨て場を埋め立てて、1930年(昭和5年)に開園しています。
オシャレなスポットとして、デートスポットとしても有名。
沖合に、氷川丸という船が係留されていることでも有名。
②記念艦三笠(横須賀市)
戦艦「三笠」は日露戦争で、東郷平八郎がロシアのバルチック艦隊を破った、日本海海戦を勝利に導いた船として有名。
実は三笠は、除籍された後、完全放置されていたようで、終戦後、日本が連合国軍の占領下にあった時期に、日露戦争で敗北したロシア帝国の後継国家である、ソ連のクズマ・デレビヤンコ中将からの要求で解体処分されそうになっていたそうです。
しかし、知日派だったアメリカ陸軍のチャールズ・ウィロビー少将らの尽力によりこれを逃れたそうです。
また、東郷平八郎を敬愛していたアメリカ海軍のチェスター・ニミッツ元帥は東郷の乗艦であった三笠の状況を知ると激怒し、海兵隊を歩哨に立たせて三笠を護ろうとしたとも言われています。
それらのアメリカ人のおかげで、記念艦として、復元され、現在も固定博物館となっています。
つまり、船としての形状は残していますが、三笠は今は船としての機能は持っておらず、あくまでも海上に「固定化」されているわけです。
ただ、戦後、左翼が強烈になり、右翼が叩かれまくった日本においては、貴重な戦史を伝えるもので、実際、博物館になっている船内は、日露戦争の説明を始め、見どころが満載です。
③小田原城(小田原市)
かつて、戦国時代にはめちゃくちゃ巨大で、難攻不落の城と言われた、北条氏の本拠地として知られています。
現在の小田原城は、だいぶ小さくなってはいますが、国の史跡に指定されています。また現在残っている天守は鉄筋コンクリート構造によるもので、小田原市当局の要望により天守最上階に高欄が取り付けられ、天守の本来の姿を忠実に再現するものだそうですが、これには小田原城がたびたび震災に遭い、そのたびに天守が壊れたことが理由だそうです。
現在、老朽化した天守の木造復元計画もあるそうです。
関東の入口にある場所として、今でも小田原城は、目立ってますね。
④箱根神社(箱根町)
温泉の町、観光の町として有名な箱根町にある神社。
かつては箱根権現、三所大権現とも称されており、祭神は「箱根大神」。これは瓊瓊杵尊、木花咲耶姫命、彦火火出見尊の御三神の総称だそうです。
また、神社前の芦ノ湖の上に「平和の鳥居」と称される鳥居が建っています。これは1952年(昭和27年)、サンフランシスコ講和条約締結の時、当時の皇太子であった明仁親王の立太子の礼を記念して建立されたものだそうです。
パッと見、広島県の厳島神社の大鳥居のように見える、水の上に建っている鳥居です。
⑤平山橋(愛川町)
最後は、めちゃくちゃマニアックな橋を紹介します。
神奈川県愛川町。田舎にあり、中津川に架かるこの橋、実は「歴史の生き証人」です。
ここは、歩行者用のトラス橋で、1913年(大正2年)、左岸側(北側)1/3を鋼製トラス橋、残りを木橋として開通。1926年には木橋部分を架け替え、3連の鋼製トラス橋として完成してます。
ここで有名なのが、以下の出来事。1945年(昭和20年)7月10日、アメリカ軍の飛行機の機銃掃射を受け、橋上やその周辺で死傷者が出ました。その際の銃痕は、現在でも欄干に残っています。
これを見るため、わざわざバイクで行きました。
歩行者用なので、バイクを降りて、実際に橋を渡ると。
確かに弾痕のような痕がちゃんと橋に残ってました。
ということで、神奈川県編でした。
本当は、神奈川県と言えば、古都鎌倉の鶴岡八幡宮や、鎌倉大仏、江の島など有名どころはいっぱいあるんですが、私はあの辺にはまず行きません。
理由は、「人が多すぎる」から。
一大観光地というのもあり、最近はインバウンドのせいもありますが、鎌倉なんて特にひどくて、地元民が買い物で動けなくなるくらい混雑してます。
湘南地域は、基本的にいつ行っても混んでるので、あの辺り、そもそもバイクで走りたくない、という理由があり、今回避けました。
神奈川県なら、宮ヶ瀬湖か、ヤビツ峠か、丹沢の山にでも行った方がよほど快適なのです。




