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4+  作者: SSー12
朱梨ハッピードロップ
8/35

#7  戯れあいと幼馴染

 ゴールデンウィークも過ぎ去り、月曜日。


「――ん?」


 学園に登校した輝夜はいつものようにクラスメイト達と挨拶を交わし、自分の席に着いて鞄から教科書等を取り出し机に入れようとして、それに気付いた。

 手を伸ばして取り出してみると、それは二つに折りたたまれた紙で、可愛らしいシールで紙が開かないように止めてあったそれを開くと、中には文章があった。――つまりは手紙だ。

 輝夜は先にやりかけていた動作を済ませると、手紙に目を通す。手紙には放課後学園内にあるカフェテリア、止まり木(perch)で待っていると書かれており、差出人の名前は無かった。

 また告白の類なのだろうかと輝夜は思考を巡らせて小さく息を吐くと、ひとまず鞄にでも仕舞っておこうと手を動かして、声を掛けられる。


「藤咲?」


 顔を上げるとそこにあったのは、作り笑いを浮かべたクラスメイト達の姿。輝夜は何処か違和感のある彼等の形相に空恐ろしさを覚えながらも応える。


「えっと、なにかな?」

「今仕舞ったのはなんだい?」

「……手紙だけど」


 別段隠しだてをする必要はないだろう、と素直に輝夜が応えると、問いかけてきたクラスメイト田村(たむら)とは別のクラスメイト柿谷(かきたに)が背後に周り、輝夜の肩に両手を触れさせた。

 その手には力が込められており、輝夜は僅かに顔を顰める。


「それは俗に言うラブレター、というやつではないかな?」


 メガネの男子生徒、田中(たなか)がブリッジを指で押し上げそう言う。

 その瞬間、輝夜は謎のプレッシャーを感じ取った。

 気付くと、輝夜の周りにはいつしかクラスの男子が集まっており、輝夜を囲うようにして散開した彼等は今にも襲いかからんとばかりにジリジリと詰め寄ってくる。そんな彼等の目は怪しく光っているかのように見えた。

 一触即発のこの状況。触れれば割れてしまいそうな風船に釘を刺したのはクラスのムードメーカー的役割を担っている恭介だった。


「罪人藤咲。貴様はその端正に整った顔面で女性を誑かし、我ら非モテに嫉妬の心を植え付けた罪で私刑に処する」

「――え?」


 輝夜は突然の私刑宣告に困惑と疑問符を浮かべた。しかし、彼等はお構いなしに輝夜に襲いかかる。

 椅子から引き摺り下ろされ、手足を抑えられ――。動けないところに何十本と手が伸びてくるというのはなかなかに恐ろしいもので、輝夜の思考は次第にクロックを落としていく。だが、嫉妬に狂う彼等はそんなことお構いなしに輝夜の制服に手を掛けた。そしてそのままはだけられる、というところで輝夜は沈んでいた意識を取り戻すと、上ずった声を上げた。


「――ま、待って! まだラブレターって決まった訳じゃないから!」


 その声に彼等の手が止まり、ゆっくりと引っ込んでゆくと埋もれていた輝夜の姿が見えるようになる。

 若干はだけられた制服から覗く白い肌と艶かしく乱れた髪。息を荒らげていた輝夜の姿は女子生徒達の目には扇情的に映った。

 彼女等が目の保養とばかりに眼福にあずかる中、輝夜は恐怖で荒らげた息を整え、刑が執行されなくてよかったと安堵して立ち上がると、何故か脱がされるようにしてはだけられた制服を直す。


「――ならばその手紙を見せていただこうか」


 服装を整え終えた輝夜に田中が芝居がかった動作でそう要求をした。

 先程のような目に合わされたくない輝夜は素直に従い、鞄に仕舞ったばかりの手紙を取り出して机に置くと、非モテと自称した彼等はその手紙をまじまじと眺めた。


「それがラブレターかもしれないっていう手紙か」

「これが我等には一生お目にかかれることが無いはずだった代物であるか……」


 ある者は興味津々に、またある者は奇跡を目の当たりにした信徒のようにして、ただの手紙を見ている様にクラスの女子生徒達は困惑した表情を浮かべていたが、彼等は気付かない。


「中を拝見しても?」


 やがて田中がそう切り出すと、輝夜は手紙の内容を頭の中で精査し、見られても大きな問題が無いことを確認してから頷いた。

 手紙を手にした彼等は丁寧に封を開いて中を見る。

 その様子を輝夜は席に着いて緊張の面持ちで眺めていると、どうやら結果が出たようで、彼等は残念そうに声を上げた。


「……なるほど。確かにラブレターというよりは相談事とかそっちの雰囲気な感じですね」

「だな」

「なんだよ。かこつけてイケメンに鬱憤を晴らせると思ったのに」


 心底残念そうにしている生徒も居るが、大半は悪乗りしているだけなのだろう。特にごねることも無く検分を終えた手紙を輝夜に返す。


「裁判長、判決をお願いします」


 田中が恭介にそう言うと、恭介は鷹揚に頷き、厳かさの足りない声で判決を告げた。


「――被告は執行猶予1日とする」


 その言葉を受けて輝夜はひとまず安堵のため息を吐いた。

 そうして(たわむ)れが終わり、各々が自分の席に向かおうとした頃、教室のドアが開く。


「おーはぁー」


 力が抜けそうな挨拶と共に教室に入ってきたのは束咲だ。


「って、ん? 何かやってたのか?」


 入ってきて早々に何かを感じ取ったのかそう口にした束咲は、輝夜と戯れていた彼等に接触する。そして何があったのか簡潔に説明を受けた。


「あー、なるほどな。まあ間違えるのも仕方ねえよ。実際輝夜はモテるしな」


 説明を受けた束咲はそう口にする。ここまでは良かった。しかしその後に続いた言葉が大きな火種となることに束咲は気付くことは無い。


「先週もラブレター貰ってたし」

「「「「っ!?」」」」


 ぽろっと零された言葉に彼等の表情が変わる。危うく鎮火された火薬庫に手榴弾が投げ込まれたのだ。当然彼等は一斉に輝夜の方を向く。

 その目は先程よりも妖しく輝いていて、輝夜は思わず椅子を鳴らした。身の危険を感じた輝夜は逃げようと決意し、椅子から立ち上がろうとしたが、直ぐに押さえつけられる。


「どうやら、余罪があるようですね」


 ニコニコと笑っているようで笑っていない笑顔を田中に向けられ、輝夜は背筋を凍らせた。



   †††



 放課後。

 待ち合わせの場所である《止まり木》に足を運んだ輝夜は、見覚えのある1人の女生徒を見つけた。

 周囲を見渡し、他にそれらしい生徒がいないことを確認した輝夜がその女生徒に近づくと、女生徒も気付いたようで顔を上げ、安堵したような表情を見せる。

 

「ここ、座ってもいいかな?」

「――うん、もちろん」


 多くの生徒が部活動に勤しむ中、カフェテリアで2人きりで会うという、逢瀬にも見えるこの現状をクラスメイトが目にしたら、また何かされるのでは無いか。輝夜はそんなことを頭の片隅で考えながら、彼女の向かいの席に腰掛けた。

 そして彼女に目を向ける。

 赤い紅茶のような髪色にその髪型。僅かに幼さが残り、どちらかと言えば可愛いという言葉が近い顔立ちに制服越しにでも見て取れる胸部の膨らみ。

 記憶の中にあるその姿と比べて、唯一違っている点を挙げるとするならば、前髪を留めているヘアピンの有無だろうか。

 輝夜はどこか気恥ずかしそうにしている彼女に優しく話しかけた。


「――違っていたら悪いんだけど、君は以前僕と会っているよね」

「――っ!?」


 輝夜としては確認だったその問いに彼女は驚いたように目を丸くしていた。

 彼女のその反応に輝夜は首を傾げ、もしや本当に間違えたのかと僅かに狼狽える。確信を持って口にしたため、予想外の反応を見せた彼女にとりあえず謝罪をしようと口を開き、それよりも早く彼女が声を発した。


「……お、覚えてくれてたの?」


 何故か驚愕が含まれたその声に、間違えてはいなかったようだという安堵とそんなに驚くようなことなのだろうかという疑問を抱きつつ、輝夜が頷くと、彼女は驚きを隠せなかったのか口元を抑える。

 あれだけインパクトのある出会い方をしていれば、2週間足らずで忘れることの方が難しいのではないか。

 そう思っていた輝夜は彼女の様子を見て何かがおかしいことに気付いた。


「あの、2週間前のことだよね? 朝、階段を昇ってきた君とぶつかって」

「……え?」

「え?」


 共に疑問符を発した2人の間に困惑が訪れ、同時に気まずい空気が流れる。

 どうやら話が噛み合っていなかったようだ。そう輝夜は察したものの、しかし輝夜には彼女の思い浮かべていたことが分からない。

 ひとまず沈黙に身を任せていると、やがて彼女が何かに気付いたようで、次第に顔を紅潮させ俯むいた。


「……とりあえず、何か頼もうか」


 輝夜の助け舟に彼女は赤らめた顔のまま頷いた。



   †††



 ドリンクを頼んでストローに口を付ける。

 熱くなった頬を冷ますように冷たいレモンティーを流し込みながら、綾城朱梨(あやしろあかり)は自分と同じようにストローに口を付ける彼に気づかれないように視線を向けた。

 整った外見の輝夜を見て、朱梨はいつかの初恋相手の少年を重ねて見る。

 やっぱり似ていると、そう思った。

 もちろん外見は大きく違うし、雰囲気も違うが、右目の下にある泣きぼくろは一致しているし、顔つきには面影を感じ取れる。

 記憶の中にいる元気で明るく、正義感の強かったあの少年がそのまま育てばこうなるのでは無いかと思う位にその2人は似通っていた。

 しかし、もしかしたら、という期待とは裏腹にそんな都合のいい話があるわけ無いと否定をする自分もまた存在していた。

 会えるはずは無いのだと、希望を否定して過去を思い返す。

 あの少年と出会ったのは小学校の頃で、彼とクラスが一緒になってから数ヶ月で家庭の都合により転校。それから一度もその学校に戻ることは無かったし、今自分と彼が居るこの星ノ宮市は初恋の少年と過ごした喜多谷町(きたたにまち)では無い。

 だからそんな奇跡みたいなことは起こりえないのだと、朱梨は輝夜から視線を外した。


「――一応自己紹介ってした方がいいのかな」


 そう輝夜が独りごちる。その呟きに言葉を返そうと朱梨はストローから口を離すが、それよりも早く輝夜が口を開いた。


「……えっと、僕は藤咲輝夜。2年B組で、好きな物は……――」


 ぎこちなく行われる輝夜の自己紹介を聞きながら朱梨は疑問を更に深めてゆく。

 以前、彼の名前を友人に聞いたときも思っていたのだが、記憶の中の少年と名前は同じなのにどういうわけか苗字が違うのだ。確かに苗字が変わることはあるが、そう起こることでは無いし、反対に名前が同じ別人という可能性もあるが、輝夜という珍しい名前を持つ男性が他にいるのかという疑念が残る。

 どちらも有り得るが故に朱梨は困惑し、輝夜の自己紹介が終わると、その思考をひとまず隅に置いて自身の自己紹介を行った。


「あたしは綾城朱梨。2年D組で、好きな物は――……」


 自己紹介を終えて、朱梨はレモンティーを一口煽り、ほっと息をつく。

 そして輝夜の顔を見て、少し寂しそうに目を伏せた。しかし、すぐにその表情を打ち消して、にこやかな笑みを浮かべると氷の音が鳴るのに合わせて声を掛ける。


「ねえ藤咲君」


 輝夜が朱梨に目を向ける。朱梨は深呼吸を挟み、尋ねた。


「小学生の頃、喜多谷町(きたたにまち)の学校に通ってなかった?」


 ――喜多谷町の中には小学校は1つしか無い。

 緊張をはらんだその問いに、輝夜は質問の意図が判らずに首を傾げるが、頷く。


「通ってたよ」


 輝夜のその一言を聞いて、朱梨は表情を嬉色に染め上げた。


「やっぱり! あたしも喜多谷小に通ってたんだよ」

「へえ、そうだったんだ」


 輝夜が驚いたようにそう言うと、朱梨は一転して悲しそうな表情を見せた。輝夜が何故、と思う間も無く悲しそうに朱梨が呟く。


「……やっぱり覚えてなかったかぁ。一緒に遊んだこともあったのに……」


 その呟きを聞いて、輝夜はそんなことあったかと再度首を傾げ小学校の頃を思い返してゆくと、記憶の中にそれらしい1人の少女が居た。それはまだ輝夜が10歳にも満たない頃のようで、記憶は所々ほつれていたが、その少女は今目の前にいる朱梨とどことなく似ている。

 それを意識した瞬間、一瞬だけ記憶に色が付いた。すぐに薄れてしまったが、少女の名前は思い出す。


「……朱梨。そう、朱梨だ」


 呟くように記憶の中に居た少女の名を口に出し、顔を上げて同じ名前の綾城朱梨を見る。

 彼女は唇を尖らせていたが、小さく息を吐くと再び表情を一転させて、嬉しそうな笑みを浮かべて見せた。


「小学校の頃は藤咲じゃなくて、雨霧(あまぎり)だったよね」


 輝夜は頷く。


「よく1人で居た私に声を掛けてくれて、みんなで遊んで――」


 朱梨の言葉で当時の情景が蘇る。

 内向的だった朱梨の手を引いて外に連れ出して、待っていた友人達と校庭を駆け回って。太陽が沈むまで遊んで、さようならを言って解散して。また太陽が昇って天辺を跨いだら、再び日が沈むまで遊び倒して――。

 純粋で白くて眩しい世界を思い返して、輝夜は一度手に視線を落とすが、すぐに視線を戻し、僅かに変わった表情で朱梨の話に耳を傾けた。


「――それにしてもまた会えるなんて思ってなかったなぁ」

「そうだね」


 やがて感慨深いといった面持ちでそう口にした朱梨に輝夜は同意を示すように相槌を打ち、ふと最初の会話を思い出した。


「あ、ねえ、もしかして最初に話がかみ合わなかったのって――」


 そこまで口にした所で輝夜は自分が尋ねるべきでは無いということに気付いて口を閉じるが、朱梨はそんな輝夜に苦笑を見せると、皮肉げに言った。


「あたしは覚えてたのに、どこかの誰かさんはあたしのこと忘れてたからねー」

「うっ、ごめん……」

「でも、思い出してくれたし、今はそれだけで嬉しいから許してあげる」


 そう言って可愛らしくウインクをした朱梨に輝夜は似合わないなと苦笑を零し、恥ずかしくなったのか段々と赤くなる朱梨の顔を見て、笑みを浮かべた。



   †††



 数年ぶりの再会に花を咲かせ、やがて別れの挨拶と共にアパートに帰宅した朱梨はベッドに倒れこむと、枕に顔を押し付けた。

 声にならない声を上げ、手足をバタつかせて喜びを爆発させる。


「――――――――!」


 そこまでしても嬉しさが止まらず、傍にあった無地の抱き枕を力一杯抱きしめ、同じように顔を埋めてベッドの上を転がると、落ちた。


「ッ――!?」


 ガツンと大きな音が鳴り、後頭部に痛みが走る。余りの痛さに後頭部を抑え、先程とは違う声にならない声を上げて、今度は床を転がる。


「――――ッ――」


 そうして転がっているうちに痛みが治まってくると、転がるのを辞めて、天井を仰いだ。

 小さく息を吐き、落ち着きを取り戻そうとするも、思わずにやけてしまう頬に手を添える。

 やっぱり嬉しくて、再び抱き枕に顔を埋めた。




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