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4+  作者: SSー12
朱梨ハッピードロップ
4/35

#3  風船に釘



「おはよう」


 翌日。朝の挨拶と共に教室に入ってきた輝夜に既に登校していたクラスメイト達が同じ挨拶を返すと、輝夜は笑顔を見せて応えた。その笑顔に女子生徒の何人かが心をトキめかせ、男子生徒の何人かが妬ましそうな表情を輝夜に向ける。

 輝夜が席に着くと、昨日と同じようにクラスメイト達が集い、我先にと話し掛ける様子を、諦観の表情を携えた男子生徒がやや離れたところから眺めていた。


「顔が良くて性格も穏やか。んでもって誰にでも分け隔てなく接すると。勝てる要素がねえな」

「だな。あそこまでイケメンだとどうしようもねえよ」


 同じく諦観した表情の男子生徒が同意を示す。

 まだ転入生(かぐや)が来てから2日目を迎えたばかりで、化けの皮が剥がれていないだけなのかもしれないが、その好青年振りは堂に入っているように見えた。

 まるで欠点の無さそうな輝夜に嘆息した男子生徒は隣で同じく嘆息した友人を目を合わせて、苦笑を見せた。

 また別の所では――、


「――ホントイケメンってずるいよな。滅べばいいのに」

「まじそれな。俺らがどんなに頑張ってもあんなにモテることなんてねえのに、世界って理不尽だな。滅べばいいのに」


 ――等と不穏なことを口走る男子生徒達の姿もあった。

 良くも悪くも目立った特徴の無い、口さがない人が彼等を見たらモブと評価されるであろう彼等は、羨ましい、妬ましいといった感情を隠すこと無く、ハンカチを加えて輝夜を睨む。


「クソが。別にいいさ、俺にはさっちゃんって言うクソ可愛い嫁がいるからな」

「……お前の嫁、画面の向こうじゃねえか」

「…………3次元より2次元のほうが可愛いし」


 強がる男子生徒の肩に2人が手を置く。


「お前ら、そんな哀れむような目で俺を見るな! お前らだって同類だろうが!」

「ぐはぁっ!」

「お前! 味方殺しは重罪だぞ!」


 そうして戯れあいが始まり、その隣でまた別の男子生徒がポツリと呟く。


「人生リスタートすればあの顔手に入るかな」

「「「おい馬鹿やめろ! 早まるな!」」」


 そして止めるまでがテンプレートだ。


「顔が良くなくても生きていける!」

「顔が全てじゃない。みんな違ってみんないい、だろ!」


 型に添って熱弁する彼等が期待するのは、人生リスタートを口にした男子生徒、星野渡(ほしのわたる)が涙ながらに抱きついてくるという青春物にありがちな展開だったのだが、残念ながらそうはいかなかった。


「ああ、それに新しい顔ならここにある!」

「「「ん?」」」


 聞こえた声に3人が振り返ると、そこには波田恭介がいた。

 恭介の手には何故か戦隊ヒーロー物のお面が握られており、様式美とも言える流れから一転。そのお面を渡に手渡す。

 流されるがままにお面を受け取った渡はどうしたものか、と赤を基調としたお面に目を落とし、すぐに被りを振った。お面は被るためにあるのだから被る以外に無いだろう、と。

 面で顔を覆った渡に3人は期待の目を向け、その視線を受けた渡は分かっていると言わんばかりに頷くと、始めた。


「……赤い仮面はヒーローの証! ピンクを青に取られ、黄色と緑がデキてることを知った俺は涙に濡れる! 孤高のヒーロー仮面レッド、参上!」

「…………」

「…………」

「…………」


 沈黙が場を制し、何とも言えない空気が広がった。


 その後、渡は恭介からピエロのお面、大仏のマスク、白塗りのマスクを受け取り、華麗な変幻を見せつけたがここでは割愛とする。

 やがてチャイムが鳴り、教室に入ってきた稔はふざけた格好で教卓に立つ渡を見て思わず呆れた声を上げた。


「何してるんだお前は……」

「あ、先生見てくださいよ。この僕のイケメンフェイ――っズぁ!」


 理解の及ばなかった現状につい尋ねてしまった稔は、表情の変わらないマスクを被った渡に名簿の角をお見舞いし、お見舞いされた渡は頭を抑え、それを見た生徒達は急いで席に戻る。そうして何事も無かったかのようにホームルームが始まった。

 出欠の確認から始まり、授業変更についてや服装の乱れについて等、諸々の確認が行われる。いつもとたいして変わらない話に飽きたのか、生徒達の中にはスマートフォンを弄っている者も居た。それに気づいているのかどうなのか、気だるげにホームルームを進めていた稔は、やがて言葉を区切り生徒達に視線を向けると、最後に1つ、と付け足し、普段とは違う真面目な表情を見せると口を開いた。


「――今朝、職員会議で上がった話なんだが、星ノ宮緑化公園の近くで殺人事件があったそうだ」


 少し間を置いて、続ける。


「犯人はまだ捕まっていないらしく、不審な人物に注意する事と夜は無闇に出歩かないように、とのことだから、各自気をつけるように。以上、ホームルーム終わり」


 そう言い終えた稔は教室を後にした。

 残された生徒達はまるで彫像にでもなったかのように身動き1つしない。


「…………」


 ホームルームが始まる前までは騒がしかった教室内が比べ物にならないほどに静かになり、重い空気が教室内に滞留する。

 唐突にもたらされたその情報は学生の思考を止めるには十分なものだった。

 静寂の中で徐々に理解に及んだ生徒達はそれぞれ不安そうな表情をしたり、顔を青ざめさせたりといった反応を見せた。中には自分が狙われることなんてないからと楽観している者も居たが、それはごく少数で、

無差別殺人とかだったらどうするんだよ、とのツッコミにすぐに他の生徒と同じように顔を青ざめさせる。


 事件の起きた星ノ宮緑化公園はこの私立明星学園から直線距離で約8キロといった所で、目と鼻の先とまでは言わないものの、高校生ならば十分に活動範囲内にある公園だ。

 そんな場所で殺人事件というテレビの向こうの話だと思っていた事件が起きたことで、輝夜のクラスだけでは無く、他の学年も含めて多くの生徒が今日を不安に過ごすこととなった。


 しかし、それから一週間も経てば事件があったことなど忘れ、普段通りの変わらない日常を過ごしていた。夢見がちな男子生徒が刺激的な日常を求め、学力が全てだと思い込んでいる女子生徒が勉学に励み、相思相愛な男女がお互いを意識して目を合わせてはすぐに逸らす。


 そんな感じで日常は過ぎ去り、更に一週間が経った。




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