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4+  作者: SSー12
朱梨ハッピードロップ
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#1  転入生


「――っは……っはあ…………」


 心臓は強く脈打ち、汗ばんだ手は何かを取りこぼすまいとするように強くシーツを握り締めていた。

 全身を包む不快な感覚を意識する事も無く、少年は天井を見つめて荒い呼吸を繰り返す。


 「――――はあ……、……夢、か」


 ポツリと呟いた少年――藤咲輝夜(ふじさきかぐや)は目を瞑って息を止め、それから大きく息を吐く。しかしそれだけでは脳裏にこびりつく悪夢を払うことが出来ずに悲しみに顔を歪めた。


「……っ、くそ……」


 そう悪態をついてベッドから起き上がった輝夜は自身が苛立っているということに気付くと、落ち着きを取り戻す為に再度ベッドに横たわり、胸に手を当てて大きく息を吸い込んだ。そして先程と同じように溜め込んだ空気を吐き出し、同時に全身を弛緩させる。

 その動作を何度か繰り返し、平常心を取り戻したと感じた輝夜はベッドから降り、そこでようやく自分が大量の汗をかいていたことに気づくと、自室を後にした。



 シャワーを浴びて、汗と一緒に感情を洗い流した輝夜は部屋着を着ると、朝食を取るためにリビングへと向かう。一人暮らしで尚且つ引っ越してから1週間足らずということで朝食が用意されているなんてことは無く、輝夜は冷蔵庫から牛乳を、食器を戸棚から取り出してテーブルに並べると椅子に腰を下ろした。そしてテーブルの端に置いてあった四角い箱の中身を器に注ぎ、牛乳を掛けると手を合わせる。


「……いただきます」


 口酸っぱく言うように言われたその挨拶を忘れずに口にして簡素な朝食に手をつけた。サクサクと音を立てながら、殆ど生活感の無い部屋で味気ない朝食を終えた輝夜は、食器を片付け家事を済ませる。その後は自室に戻って紺を基調とした真新しい制服に袖を通し、登校の支度をして身だしなみを整えるとドアノブに手を掛けた。


「……行って来ます……」


 ガチャリとドアの閉まる音だけが聞こえた。



   †††



 もうそろそろホームルームが始まろうかという時間帯。職員室で担任の先生となる松田稔(まつだみのる)と顔を合わせた輝夜は、彼の後を追って長い廊下を歩いていた。

 向かっている先は稔が担任を務める教室で、輝夜はこれからの学園生活の大半をそこで暮らすことになる。多少の不安はあったが、通う学校が変わるというのは初めてでは無いため、緊張はそれほどしていなかった。

 先の顔合わせで話すべきことはすでに話し終えていたため、少し前を歩く稔とはこれといった会話も無く、ただ無言で追随していた輝夜は、突然視界右端から飛び出してきた女子生徒に驚き、そのまま衝突される。――ということは無く身を捻り躱すと、その手を取り女子生徒の飛び出した勢いのままに半回転して勢いを殺し、抱きとめた。


「ぅぶっ!?」


 輝夜の腕の中にすっぽりと収まった、赤い紅茶のような髪色をした女子生徒がそんな変な声を出す。大きめのそれが押し付けられ、しかし輝夜はそれを気にすること無く、腰に回していた手をどけると、目を瞑ったまま身を預けてくる女子生徒に声を掛けた。


「大丈夫?」

「へう?」


 とぼけたような声を上げて顔を上げた女子生徒は、輝夜と目が合うと2秒程硬直してから、顔を急速に赤らめ、勢いよく身を離した。


「うわっ、ご、ごめんなさい、急いでて」


 女子生徒は余程焦っていたのか、ポニーテールを揺らして輝夜に頭を下げると直ぐに廊下を駆け――


「ッおい! 廊下走るな、早歩きで急げ!」


 いつ気づいたのか、止まってこちらを向いていた稔が声を上げると走るのを辞め、変わりに競歩とでも言うべき速度で廊下を歩いてゆく女子生徒の後ろ姿を見送り、輝夜は再び歩きだした稔の後をついていく。


 その為、さっきの女子生徒が振り返っていたことには気付かなかった。




「――もしかして…………、そんな訳、ね」


 振り返り、輝夜の後ろ姿を見てそう呟いた女子生徒、綾城朱梨(あやしろあかり)は先程間近で見た彼の顔を過去の記憶に残るある少年の顔と比べて――、鳴り響いたチャイムの音に遅刻寸前だったことを思い出して、注意されたことを忘れ、再び廊下を駆け出した。



   †††



「藤咲輝夜です。えっと、仲良くしてくれると嬉しいです。これからよろしくお願いします」


 ホームルームが終わり、ホームルームでそう自己紹介をした輝夜の周囲にはクラスメイトの殆どが集まっていた。

 やはり転入生というのは注目されるものなのか、興味津々な目で見られている輝夜は彼等の熱気に当てられながらも笑顔を浮かべると、堰を切ったようにクラスメイト達が我先にと声を掛け始めた。


「前はどんな学校に居たの?」

「なんで今になって転入? 訳あり?」

「藤咲君ってどんな人が好みなの?」

「私と付き合って下さい!」


 まくし立てるように行われる質問に、輝夜は笑顔を崩さずに答える。

 時には曖昧に答えたり、誤魔化したりしながらもめんどくさそうな表情を見せずにきちんと返答してくれる輝夜に気を良くした彼等は授業の合間を縫っては声を掛け続け、気付けば昼休みを迎えていた。

 さすがに昼休みになると空腹を満たす方が優先されるのか、窓際最後方に位置する輝夜の席の周りからは徐々に人が去っていき、先程までとは比べ物にならないほどに静かになる。

 教室を見渡せば残っているのは数人といったところで、午前中のクラスメイトとの交流の際に、ある学生食堂が美味しいということを聞いていた輝夜は、恐らく他の生徒はその学食に向かったのだろうと当たりを付け、自身も昼食を取るべく教室を後にした。


 そして教室を出てから10分。

 学園内は思いのほか広く、更に学食の場所を聞いていなかった輝夜は案内板を頼りに歩き、まるでショッピングセンター内にあるフードコートと見紛うくらいに大きなその場所にたどり着いた。


「広いなあ」


 思わずそう呟いて立ち止まっていた輝夜は、先程から鼻をくすぐってくる美味しそうな匂いに連れられて食堂内を進む。

 食堂内は人で埋め尽くされており、誰も彼もが美味しそうに料理を口の中に運んでいた。その光景を目にした輝夜は彼等と同じものを食べたくなり、やや早足になって、券売機に向かう。その間にも鼻腔にはいい香りが流れ込み、輝夜の食欲を増幅させていた。

 やがて券売機にたどり着き、輝夜はすぐに一番人気と銘打たれたそれを注文しようとボタンに手をかざし――、


「あ……」


 売り切れの文字が光っていることに気づいた。


「……じゃあ」


 思わず溢れそうになったため息を抑えて、輝夜は次に彼等の多くが口にしていた物――恐らくは2番目に人気があるのだろう――を注文しようと手を動かしボタンを押す。しかし反応は無く、故障しているのかと目を向けて――、


「――っ、はぁ……」


 そこにも同じように赤く光っていた売り切れの文字に、抑えていたため息が溢れた。


 結局、少し離れたところにあった購買で昼食を購入することにした輝夜は購買に向かい、そこでサンドイッチを2つ購入。ついでに自動販売機でスポーツドリンクを1本購入して、食堂に戻ると空いている席を探そうと周囲に目を走らせる。


「……うーん、どこも空いてないなあ」


 だが空いている席は見つからず、仕方なく教室に戻って食べるという選択肢を選んだ輝夜は食堂から出て、廊下を歩いて階段を登り、ドアを開けた。


「――あれ?」


 首を傾げた輝夜の前に広がっていたのは、何故か、机が並ぶ教室内では無く、落下防止用の柵と綺麗な青空だった。


「ぼーっとしてたのかな」


 確かに教室に向かっているはずだったのだけれど、と不思議そうな表情を浮かべ、どうして屋上にいるのか分からないまま何となく柵に近づくと、そこから見える街並みを見下ろした。

 その街並みはそれほど綺麗なわけでは無く、どうせ目を向けるなら、空を見上げた方がいいという程度の物で、例えば、同じ星ノ宮(ほしのみや)の南の方にある緑化公園が見えるのならば風情が、また星ノ宮の中央に位置する星ノ宮駅を挟んだ西側、古い建物が建ち並ぶ敷波地区(しきなみちく)が見えたのならば趣があったのだろうが、眼前に広がるのは住宅街と住宅団地という取り立てて上げるようなものは無い見慣れた景色だ。

 しかし、そんな景色でも普段とは違う角度から見るというのは新鮮なもので、輝夜は少しの間その景色に気を取られていた。そんな時、後方から足音が聞こえ、振り返る。

 そこには、この学園の制服を着た茶髪の少年が立っていた。




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