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「それにしても、ウォルバートン先生は遅いなあ。朝いちに来ると言っていたのだが・・・」
子供たちの話が一段落した頃、ステアが外を見て呟いた。
気づけばもう、昼に近い時間になっている。
ステアの言葉に、クレイも思い出す。昨日、ケビンを診て、難しい顔をした先生は、明日の朝いちでまた来ると言ったのだ。
ウォルバートン先生が朝いちと言ったら、すごく早い時間をさす。
「急患が出たのかもな。雪も降りそうだし、誰か熱でも出したのかもしれない」
ケビンの言葉に、クレイは窓から空を見上げる。たしかに、今にも降りだしそうな天気だ。
「あ、そう言えば、ウォルバートン先生の家に、ベンジャミンさんが寄ってるのを見たわ。もしかしたらおばあちゃんの腰の具合が悪いのかも」
マーテルがそう言った。
ベンジャミンさんの家のおばあちゃんは、寒くなると腰がいたくなるとよくこぼしている。
「あら、そうなの?それじゃあ、早めに頼まれた湿布を持っていこうかしら」
メイヤーさんがそう言って、立ち上がる。メイヤーさんはベンジャミンさんからよく効く湿布を頼まれていたようだ。
メイヤーさんが湿布をとりにキッチンを出ると、それと入れ違いにキキが入っていた。
「あ、猫!」
「もしかして、こいつがクレイのコーテャーってやつ?」
「そう、名前はキキだよ」
キキは子供たちに注目されながらも、悠然とした態度で歩き、クレイのもとへやってきた。クレイの膝に飛び乗り、毛繕いを始める。
「普通の猫みたいね」
「この子も魔法使えるの?」
「うん、風の魔法でケビンを吹っ飛ばしてたよ」
「へえ、すっごーい・・・」
子供たちに称賛の目で見られながら、キキはひたすら自分の体を舐めている。
(魔界にいた頃、こんなことしたかな?膝に乗ってくることなんて、滅多になかったのに)
クレイは首をかしげる。キキは一見猫のようだが、その目を見ればただの猫ではないことがはっきりとわかる魔物だった。しかし、今は違う。外見が変わったわけではないはずなのに、ただの猫にしか見えない。
毛繕いが終わると眠くなったのか、本格的に座り込み喉をゴロゴロ言わせ始めた。
クレイはケビンのとなりで寛いでいる茶太郎を見る。こちらも、普通の犬になってしまったかのようだ。ケビンに体をくっつけて、うっとりと目を閉じている。
「なんか、お前ら丸くなったなあ」
ケビンも二匹の変化を感じているようで、不思議そうにそう呟く。
「魔力の弱い土地に移ったせいで、こいつらの体に何か変化が起きたのか?」
ケビンがステアを見る。
「まあ、少しは影響があるだろうな。だが、彼らが彼らであることは違いない。茶太郎とは昨夜話をしたぞ。お前の魔力について何か知っているようだったが・・・教えてはくれなかった」
「え?こいつ喋れるのか?」
ケビンが驚いたように言った。
クレイもだ。コーテャーが魔法を使えることは知っていたし、こちらの言葉を解するくらい頭が良さそうなことは気づいていたが、まさか喋れるとは思わなかった。
「人間の姿に化けてくれた。今のままではおそらく言葉は発せないだろう。声帯が違うからな」
ステアは当然のことのように、そう言った。
「え、こいつらも化けられるの?梟の兄ちゃんたちみたいに?」
「うわあ、すっげー。なあなあ、化けてよ」
ミック達が茶太郎にそう言うが、茶太郎はくふんと興味がなさそうに鼻をならしただけだった。
「おいおい、化けられるなら化けて魔法教えてくれよ。その方がわかりやすいよ」
ケビンも茶太郎の顔を見てそう言うが、茶太郎は眠そうな目をむけるばかりだ。
「ああ、そうだ。今、調子が良いようなら、これをやってみてくれないか?丁度条件も揃っているしな」
ステアがそう言って、水晶玉をケビンに差し出した。
「昨夜、茶太郎に試してみろと言われた。水晶占いだ」
ステアは昨夜の会話をざっと説明してくれた。
水晶占いというものを、クレイは初めて聞いた。
「水晶占い?占い師がよくやるアレか?」
ケビンが水晶玉を見ながら聞いた。
「人間の占い師についてはよくわからないが、魔界の占い師たちがよくやる手法だ」
「それで、これでオレの魔法の基礎がわかるって?」
ステアは頷く。
しかし、その顔はいつもと違って、自信なさげだった。
「基礎と言うか、分類と言うか・・・自分の強みと言うか・・・」
「おいおい、なんかはっきりしないな。お前らしくもない。よく知らないのか?」
「仕方ないのだ。水晶玉占いで出る結果は、信憑性がないという結論が出ているのだ。昔、一度研究してみたことはあったが、私も同じ結論に達した。これをやってみろと言う茶太郎の考えがさっぱりわからん」
ステアはそう言って、腕を組む。
茶太郎はそんなステアを、笑ったような顔で見ている。
「ねえねえ、占いってどんなことがわかるの?恋占いとかできる?」
ジェナが目を輝かせて、水晶玉を覗き込む。マーテルも興味津々のようだ。
「その辺りは、私は門外漢だ」
ステアは苦笑して、ケビンに水晶玉を持たせた。
「なんでもいいから魔法を使ってみろ。ただし、発動はさせず、魔力を注ぎ込む一歩手前で止めるのだ」
「・・・難しいこというなよ。それで?何が起こるんだ?」
「何かが起こる。人によって違うのだ。その違いでお前の魔力がどんなものかを判断する」
ケビンは頷き、集中する。
すぐに、水晶玉が淡く光始めた。
クレイは思わず身を乗り出す。子供たちもだ。
「水晶の中に・・・何かある」
ケビンは水晶玉を覗き込み、呟いた。