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次の日、ケビンは自分で起きて、自分で歩いてキッチンまでやってきた。
「おはよう、皆、いろいろありがとうな」
まだ、疲れた顔をしていたが、笑顔を浮かべてそう言った。
「起きれたのね、さあ、そこがあなたの席よ。ゆっくりして」
メイヤーさんがそう言って、昨日ケビンのために作ったソファーを指差す。幅が広く、座高が低いがゆったりと大きめの作りのソファーだ。柔らかそうな毛皮が敷かれている。
ケビンはそれを見て、目を丸くする。
「え、いいの?こんな良い椅子に座っちゃって・・・」
「ええ、これは病人用の椅子なのよ。座ってみて、気に入るわ」
言われるがままケビンが腰を落とすと、ソファーがひとりでに震え、ケビンの尻を奥に押し込み、足置きがケビンの足を掬い上げ、高さを調節する。クッションが集まってきて、ケビンの背中と首を受けとめる。
「お、おお!すげえ!」
ケビンは驚き、そして、すぐにリラックスした表情になった。座り心地が良いのだ。クレイも昨日試してみたが、すごく気持ちの良い椅子だった。
「起きていられるのなら、この椅子を使って。寝てばかりじゃ体に良くないし」
「ありがとうございます」
「ケビン!ケビン、起きたか!簡易トイレはどうだった?手すりは?使いづらいところはなかったか?」
ステアがキッチンにやってきた。
「ああ、あれ、すごく助かったよ。手すりはどうやったんだ?魔法でつけたのか?おかげで転ばずにすんだ」
「メーラのアイデアだ。昨日お前が寝ている隙に、村の大工さんにやってもらったのだ。うるさくはなかっただろう?」
「全然気づかなかった。メーラありがとうな。クレイも。パン作ってくれたんだろう?」
ケビンの言葉に、クレイは頷く。
昨日とはうって違い、会話する元気があるケビンを見て、クレイはかなりほっとしていた。
このまま寝たきりになったらどうしようと、嫌な想像をしてしまったのだ。
「食べれるものだけ食べてくれ。水は無理にでも飲んでくれ」
タロルがそう言って、ケビンのもとへ食事を運ぶ。ソファーの脇から小さなテーブルが現れ、ケビンの前に鎮座する。
「便利だなあ、これ」
ケビンが感心したようにテーブルを撫でる。
ソファーの空いたところに茶太郎が飛び乗り、ケビンの手を舐める。
「お、元気にしてたか?茶太郎。この村はどうだ?歩いてみたか?」
ケビンは茶太郎の背中をなでる。
茶太郎はくうんと鳴く。その表情から察するに、ここが気にいったようだ。
ケビンがゆっくりと食事をはじめ、クレイも食べることにした。吸血鬼の面々はお茶や牛乳を飲んでいる。
ケビンは半分くらい食べて、スプーンを置いた。
「ごちそうさま・・・なんで、こんなに食えないんだろうな・・・作ってくれたのに、ごめんなあ・・・」
ケビンは申し訳なさそうにそう言った。
「そんなの気にしなくて良いよ!食べたいものだけ食べて、あとは休んで!」
「そうよ。病人はもっとワガママでいいの」
そこへ、お客が大勢現れた。
「ケビン!起きたのね!大丈夫?」
「おはよー」
「クレイ!メーラ!来たぜー」
ジェナ、マーテル、ミック、ジャック、ローワンのいつものメンバーだった。
ソファーに深々と座り込んでいるケビンを見て、子供たちは目を輝かせる。
「ケビン!死ぬかと思ったよ!」
「死ぬとか言わないで!」
「だって、ずうっと寝てるんだもん!」
子供たちがやってきて、キッチンの中が一気に騒がしくなる。
ケビンは元気はないものの、子供たちの顔が見れて嬉しそうだった。
子供たちも同様だ。
ケビンの周りに腰を落ち着けて、楽しそうにお喋りを始める。「魔界はどうだった?」「先生やれた?」と、話を聞きたがっていた。
ステアは子供たちを止めるか否か、少し迷った風だったが、ケビンが「大丈夫」と頷くと、子供たちに魔界土産のお菓子を渡し、ひとまず口を閉じさせた。お菓子を食べている間、話をするのはせいぜいジェナくらいだ。
「もう、平気なの?まだ、辛いの?」
ジェナが心配そうにケビンを見る。
起きてはいるものの、ケビンにはいつもの元気がない。ソファーに深々と身を預けている様子は、病人とまではいかなくても、疲れきった人のそれだ。
「うーん・・・もう少し時間が必要かな。でも、こうして話はできるようになったぞ。魔界の話、聞くか?」
「聞くー!」
子供たちは、口一杯にパイナップルの砂糖漬けを頬張りながら、歓声をあげる。
クレイとメーラも加わり、この四ヶ月、魔界で起きたこと、パッパース村で起きたことを話す。
クレイはやっと、村に帰ってきたと思えた。
魔界の学校はもちろん楽しかったが、やはり、パッパース村が一番だ。
安心できる場所で、友達もいる。
魔界で起きたことを、ずっと彼らに話したかった。
帰ってきていきなりケビンが倒れ、不安に襲われたが、こうして皆で楽しくお喋りができる。
それは、とても心の暖まる時間だった。