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キッチンに移動して話をすることになった。
「ケビンがこれからどうなるかは、正直わからない。ただ、怪我もないし、水も飲んだし、少しだけでも食べた。回復に向かっていると思いたい」
ウォルバートン先生の言葉に、ステアとメイヤーとタロルは頷く。
クレイとメーラはそんな大人たちの様子を、見ているしかなかった。
「ステアさん達に質問なんだがね、魔法使いがこういう状態になることはあるのかな?魔法の使いすぎとか、魔法使いならではの理由で」
ウォルバートン先生の言葉に、魔法使いの大人三人は顔を見合わせる。
「たしかに、魔法の使いすぎで疲れることはあります。しかし、ただの空を飛ぶ魔法で、あれしきの距離を飛んだくらいであんな状態になるなんて考えられない」
「ケビンくんの魔力をちゃんと計ったことはないけれども、極端に少ないとは考えにくい。むしろ、多い方だと感じるくらいだ」
「たとえ使いすぎたと言っても、あんなふうに起き上がれなくなるなんて・・・いや、待って」
メイヤーさんが何かを思い出したように呟いた。
「こういう症状を、以前何かで読んだような・・・」
メイヤーさんは口の中で何かを呟きながら、キッチンを出ていった。後をおいかけると、メイヤーさんは自分の部屋へと入り、魔法を使って部屋の物を一ヶ所に集めてスペースを作った。そして、床下に収納してあった箱一杯の資料を取り出した。
「たしか、ここにあったはず・・・」
「これは時間がかかるな。わかったらお伝えします」
タロルがウォルバートン先生にそういった。先生は「そうしてもらおうかな」と頷いた。
キッチンに戻り、ステアが思い出したようにお茶を用意してくれた。
メイヤーさんを除く全員でお茶をのみ、一息ついた。少しだけ、落ち着いた気がした。
「・・・水とご飯だな。ケビンの部屋に置いておくのが良いと思う。あと、おまるはあるかな?」
「おまる?」
「尿瓶でもいい」
一瞬、そんなもの何に使うのだと考えたが、すぐに察しがついた。
「ああ!なるほど、用意しましょう」
ステアが、こくこくと頷きながら言った。
「そこまで、必要なの?」
メーラが強張った声で聞いた。
ウォルバートン先生は頷く。
「念のためだよ。ケビンは今、体を動かすのも億劫そうだ。外のトイレまで歩いて、転んで怪我をするより良い」
ウォルバートン先生の言葉に、メーラは「それもそうか」と頷いた。
ウォルバートン先生が帰り、クレイ達は先生に言われたものを用意した。
ケビンのベッドのそばに台を置き、水をたっぷりいれた水差しとグラスを用意した。もし、何か食べたくなったときのために、軽くつまめるものもおいた。
ステアが魔法で、ケビンの部屋の扉の外に、もう一つ小部屋を作り、そこに用を足せるように桶を置いてくれた。トイレにいきたくなっても、外までいく必要はない。
「なあ、ホーミングさんちには、じいちゃんが転ばないように手すりが付けられてたぜ。あれ、良いんじゃないか?」
メーラがそう言った。
ホーミングさんの家には70歳を過ぎたおじいさんがいて、足が不自由なのだ。その家にはおじいさんが安全に歩き回れるように、壁に手すりをつけている。
メーラのアイデアで、ステアとクレイはホーミングさんの家に手すりを見に行き、話を聞いて、そっくりなものを村の大工さんに取り付けてもらった。(材料は無かったので、ステアが全て用意した。ケビンの部屋でケビンを起こさないように、魔法で防音の壁を張り、作業してもらった)
ケビンは夕方になりそうな時間になっても、こんこんと寝ている。
話を聞いた村の人たちも心配そうに、再びお見舞いに来てくれた。キッチンにはケビンへのお見舞いの品で一杯だ。
「準備できることはやった。ケビンが起きたら、美味しいご飯を沢山作ってあげよう」
ステアにそう言われて、クレイは頷いた。
夜にケビンの様子を見に行った時、水差しの水が減っていた。ケビンはまだ寝ていたが、水を飲んだのだとわかると、ちょっとほっとした。
(大丈夫、ちゃんと元気になる)
クレイはそう思った。
その日の夜、ステアとメイヤー、そしてタロルは、ステアの部屋に集まった。
クレイとメーラは既に眠り、ケビンも相変わらず眠っている。
静かな夜の時間がゆっくりと流れていた。
「さて・・・そろそろ事情を話していただけないでしょうか?茶太郎さん」
ステアは部屋の隅に座っている茶色い犬を見て、そう言った。
茶太郎はいつものように、笑ったような顔でステアを見る。
「ケビンについてです。何かご存じなのでしょう?」
ステアだけでなく、メイヤーもタロルも真剣な顔で茶太郎を見る。
茶太郎はしばし三人を見上げたあと、ゆっくりと腰をあげた。
わふん、と短い鳴き声が聞こえたかと思ったら、茶太郎は人間の姿に化けた。
齢10歳ほどの、男の子の姿だ。
茶色い髪に、茶色の目。口許にほんのりと笑みを浮かべた可愛らしい子だった。
男の子になった茶太郎は口を開いた。
「そう心配するな。ケビンならば大丈夫だ。2、3日もすれば、また元気になる」
茶太郎の言葉に、吸血鬼の三人はほっとため息をもらす。
「原因はなんですか?魔界で何か悪いものでも食べたとか?」
ステアの質問を聞いて、茶太郎は不思議そうにステアを見る。
「わからないのか?君はマーリークサークルの教師にまで選ばれた者なのに」
心から不思議そうに聞かれて、ステアはうっと詰まる。
「あとのお二人も。彼の先達だろう?」
メイヤーとタロルも、そう聞かれ、困ったように苦笑する。
「さっぱりわかりません。心当たりは全て外れてしまいました」
「私もです。彼のような症状は見たことがない」
メイヤーとタロルは素直に降参する。
「ふむ・・・魔法の研究者も頼りないのお。技術が進みすぎてしまったせいかのお・・・」
茶太郎は腕をくんで、うーむと唸った。
「我々が未熟なことは認めます。どうか教えてください。ケビンに何があったのか」
ステアが、茶太郎を拝まんばかりにお願いした。 「別にお前達が未熟だとは言っていない。魔法の知識に関して言うならば、私よりも詳しいだろう。ただ・・・基礎の基礎は案外大切なのだよ。物事を見極めるときは特に、の」
茶太郎はそう言うと、右手を掲げ、ステアの机の上を指差した。
机の上にあった水晶玉が一つ、浮き上がり、茶太郎の手に落ちる。
「知っておろう?水晶占い。今はもう廃れてしまった方法だが、魔法の基礎がわかる」
茶太郎の言葉に、ステアたちの顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。
「騙されたと思って、やってみい。色んなことがわかるぞ」
茶太郎はそう言うと、犬の姿に戻った。
水晶を口にくわえ、ステアの部屋を出て、ケビンの眠ってる部屋へと向かう。
静かに部屋に入り、ケビンのベッドに飛びのって、丸くなる。
どうやら、ここで寝る気らしい。
ケビンの顔色は、昼に無理やり起こした時よりも、少しだけ良くなっているようだった。
水も飲み、簡易トイレも使ったあとがある。
体がちゃんと機能している証拠だ。
「・・・コーテャーの言葉は、信頼できるけど・・・」
「水晶占いとは・・・」
「うーむ・・・」
吸血鬼三人は、ケビンの部屋から出て、渋い顔をつきあわせた。
いくら、ケビンのコーテャーの言葉でも、納得できないものもある。
水晶占い、それは、信用性に欠けると言われている占い方法なのである。