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ミルドレッド先生に指名されて、ローワンは立ち上がり教科書に書かれている詩を読み始めた。
つっかえると先生が助けてくれる。
今日は年末休みにはいる前の最後の学校だ。
明日からは完全に休みになる。
親たちも仕事が少なくなり、よその町に働きに出ている人も帰ってくる。
魔界の学校に通っているクレイとメーラもだ。
明日から、村中がお休み気分になる。日常とは違うのだ。特別なことがあるわけではないが、いつもと違うというのは、楽しみだ。
そういう訳で、子供達は朝から妙にそわそわしていた。
この授業で学校も終わる。
最後の時間に集中できない生徒もいるが、ひとまず静かに椅子に座って教科書を眺めている。
その時、窓の外で何かが左から右に横切っていった。一瞬鳥かと思ったが、妙に大きい。
ローワンは詩を読みながら、視線を向ける。
箒に乗った魔法使いが二人、鐘楼に飛び込んでいった。
「クレイとメーラだ!!」
ローワンは思わず叫んだ。
「え!?」
ミルドレッド先生はローワンの言葉に、どこにそんな記述があるのかと教科書に目を凝らす。
子供達はもちろん、窓の外をみる。
鐘楼の鐘がコロン・・・と一回だけ鳴った。クレイとメーラが鳴らしたのだろう。二人は鐘楼の中でなにやら笑っていた。
「あ!本当だ!」
「帰ってきたんだ!」
子供達は椅子から立ち上がり、窓辺に集まる。
一気に教室中が騒がしくなった。
(あ、いけね・・・)
授業を中断してしまった。ミルドレッド先生は普段は優しいが、怒るときは怖いのだ。
ローワンが恐る恐る教壇をみると、そこに先生はいなかった。教科書が教卓に放り出されている。
「あれ?先生は?」
「あ!外!あそこ!」
子供の一人が外を指差す。
見ると、ミルドレッド先生が扉から飛びだし、鐘楼を目指して走っていた。
「・・・・・・先生が一番?」
誰かがポツリと呟き、そして、次の瞬間に全員が教室を飛び出した。
「あははは!これだからミルドレッド先生好き」
ローワンの言葉に、みんな笑い出す。
「先生、ずるーい!」
「わー!クレイ、メーラお帰りー!」
「はやかったねー」
鐘楼を見上げると、一番に二人のもとにたどり着いたミルドレッド先生が、クレイとメーラを抱き締めていた。
少しだけ泣きそうな顔をして笑っていた。
ひとしきり騒ぎが収まった頃、ジェナがそわそわしたように口を開いた。
「ねえ、ケビンは?ステア先生とか、メイヤーさんたちは?」
主にケビンを探してか、ジェナは空を見回している。
「もうすぐ来ると思うよ」
「でも、ちょっと遅いな・・・なにやってんだろう?」
クレイとメーラも自分達がやってきた方角に目を凝らす。三角山からここまでは森が続いているので、箒に乗った三人の姿が見えても良いはずだ。
「あれ?引き返したのか?」
「え!?魔界に?なんで!?」
「わかんねえけど・・・姿が見えないのはおかしい・・・」
メーラの言葉に、子供達が不安そうな顔をした。
「俺、ちょっと行ってくる!」
クレイはそう言って、箒にまたがった。メーラもだ。ふわりと浮き上がると、子供たちとミルドレッド先生が驚きの声をあげる。
そう言えば、学校へ行く前は、こんなにもスムーズに浮き上がることはできなかった。
「クレイ、上手になったのねえ!」
「メーラもすごーい」
子供たちの言葉に、クレイは嬉しくなった。
「クレイくん、メーラくん、あまり遠くまでは行かず、見つからなかったら戻っていらっしゃい」
ミルドレッド先生がそう言った。
「メイヤーさんたちに何があったかはわからないけど、あなたたちが迷子になってしまったら困るわ」
「わかりました。あの、三角山までにします」
クレイの言葉にメーラも頷いた。
そして、箒を進めようとすると、森の中から何かが飛び出してきた。
「あわわわわ!!」
そう叫びながら、低空飛行で飛び出してきたのは、ケビンだった。
左右にふらふらしながら飛んでいたかと思ったら、力尽きたように地面に落下した。それを、森から飛び出してきたステアが受け止める。
「いったい、どうしたというのだ?何故、いきなり下手になる?」
ステアは困惑した声音で、ケビンを地面におろす。ケビンはぐったりした声で「ありがとう・・・」と呟いた。
メイヤーとタロルも森から出てきた。どうやら四人とも森の中を飛んできたらしい。
「なんでわざわざ飛びにくい森の中に入ったんだ?」
メーラが当然の疑問を口にする。
「ケビンくんが急に上手く飛べなくなっちゃったの。落下しそうになったり、まっすぐ飛べなかったり・・・」
メイヤーの声も、困惑気味だった。
タロルも不思議そうにケビンを見ている。
タロルの箒から降りた茶太郎が、尻尾を降ってケビンのもとへと向かった。地面に倒れたまま動かないケビンの手をぺろぺろと舐める。
「ケビン!ケビン大丈夫なの?」
ジェナがケビンに駆け寄り、その体を揺さぶる。ケビンはぴくりとも動かない。声をかけども、頬を叩こうとも、うんともすんとも言わない。
「む?おい、ケビン、どうしたのだ?」
「ケビンおじちゃん?」
「どうしたのさ、ケビン!」
子供達やミルドレッド先生の言葉にも反応しなかった。
ケビンは気絶していたのだ。