転生者が全員話が通じるとは限らない
またしても書きたいところだけ書いてつなげた系小話。
こういうパターンあんまり見かけない気がするんですが、私が検索下手なだけですかね?
「あんた、どういうつもりよ!」
「……何のお話しでしょうか?」
授業が終わり、門に向かう途中で見知らぬ女生徒に呼び止められた。
連れて行かれた人気のない中庭の隅で、突然これである。
全く意味不明なのだが、相手はお気に召さないようだ。
「とぼけるんじゃないわよ!」
「あの、本当になんなんですか?」
「だから、とぼけるなって言ってるの!」
腰に両手を当てふんぞり返るその姿は、淑女とは言い難い。
相手……ふわっと柔らかそうな金髪の美少女は、せっかくの可愛い顔が台無しな形相で叫んだ。
「あんた、エルディア・フレディウスよね!?」
「ええ、そうですけれど。」
「あんたも『転生者』なんでしょう?!」
「……え。」
驚いた、ものすごく驚いた。驚き過ぎてしばらくぽかーんとしてしまった。
実は彼女の推測は正しい。私は確かに前世の記憶を持って生まれ変わった者だったのだ。
しかも、前世は前世でもなんと『異世界』で生きた記憶だったりする。
この世界にはない、日本と呼ばれる国。見たことも聞いたことも無い文化の中で生きた、一人の人物の短い生涯。
そんなものを思い出してしまったおかげで、幼いころの私は結構大変だった。
前世の記憶と現在がごっちゃになって、奇行に走りかけたことが何度あったことか…。
中流貴族として生きる以上、迂闊なことをして変人扱いされるのは避けたい。
私は、極力『普通』であろうと振る舞うように頑張った。
というわけで、私はちゃんとこの世界の年相応の少女に擬態できているはずだ。
なのに、今目の前にいる彼女は私を『転生者』だと断言し、おまけに『あなたも』と言ったのだ。
「それは……」
「おかしいと思ったのよ!ぜんっぜんストーリーどおりに進まないんだもん。」
「ん?」
何か言わなければと口を開いたけれど、金髪美少女に遮られた。
「ちっともグレ様に近づけないし、あんたは全くいじめに来ないし。」
「グレ様って……」
「没落回避のつもり?こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだからね!」
「ちょっと、待って待って、ストップ!」
慌てて彼女の話に待ったをかける。
なんだか話がおかしな方に進みだした。
てっきり私の行動が不振だったとか、気づかない内に何かやらかしたのかと思ったのだが、彼女のいう事がさっぱり分からない。
「何よ!こっちは迷惑してるんだから、ちゃんとやってよね。」
「待って、お願いだから待って。あなたが何を言ってるのかさっぱりわかりません。」
「は~?」
「睨まないで!……とりあえず、確認させてください。あなたも『転生者』なんですよね?」
「だから、そう言ってるでしょ!」
とにかくご立腹な彼女。
……転生者がこの世界での生まれ変わりを指すのか、元異世界人の部分を指すのかが疑問だったのだが、この様子は後者の気がする。
「えーと、前世ってこの世界で生きた記憶ですか?それとも異世界?」
「はぁ?!日本で生きた記憶に決まってるでしょ!」
「あ、あってた。じゃあ……『ストーリーどおりに進まない』って何ですか?」
「あ゛?」
一層顔が険しくなる。
この人怖いんだけど!
「だから睨まないでってば!本当に分からないんです。あと、『グレ様』って、もしかして私の婚約者のグレゴリオ・ウィルズ様のことですか?ここは日本じゃないんですから、婚約者がいる男性とむやみにお近づきになるのはあまり感心しませんよ。」
「……」
正論、の、はずだ。
なんか変な顔してるけど、これはこの世界のある程度上流階級にとっては常識だ。
日本では普通に許されても、この世界では問題になる。ということは、結構たくさんある。
私はそういうところで揉めるのが嫌だからこそ、しっかり学んできっちり擬態してきたのだから。
「あと、『いじめ』とか『没落回避』って何の話を……」
「待って。」
今度は彼女がこちらの言葉を遮った。
「あんた、それ本気で言ってるの?」
「本気って……そりゃ本当に何が何だか分かりませんから。」
「ちょっと待って。ねぇ、まさかあんた『ツムヒカ』を知らないとか言わないでしょうね?」
「『ツムヒカ』?」
聞きなれない単語に首をかしげる。
なんだろう?流れから言って前世絡みなんだろうけれど、さっぱり思い当たらない。
「んー。多分知りません。」
「……う。」
「う?」
「嘘でしょー!!!」
バサバサバサバサ
金髪美少女が頭を抱えて絶叫し。
近くの木から一斉に鳥が飛び立った。
……教員が飛んでこないと良いな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あるとき、王立学園に入学した平民の女の子がいました。
彼女は『光の巫女』の素質があり、候補に選ばれます。
毎日真面目に勉学に励み、己を磨き、日々自己研鑽につとめ、大変評判が良く周囲に一目置かれるようになりました。
中には平民であることを理由にいやがらせをする者もいますが、それでもめげずに明るい笑顔を絶やしません。
やがて彼女は王子や貴族や有能な平民に見初められ、王妃になったり、光の巫女に選ばれたり、実業家に嫁いだり、世界を救う英雄とそれを支える聖女として名を残したりすることとなります。
彼女に酷いいじめを行った者は罪を暴かれ断罪され、没落したり、国外追放になったり、処刑されたり、改心して心強い仲間になったりしました。
めでたしめでたし。
「と、言うわけなの。」
「……はぁ。」
「何よ、その反応は。」
「えーと、何かの伝記ですか?」
「とぼけるんじゃないわよ!」
またでた「とぼけるな」。
「あの、本当に意味が分からないんですが。」
「……マジかー。」
中庭でのやりとりから場所を移している。
ちょっと他人には聞かせられない感じだったので、私の家にご招待したのだ。
使用人には学園の友人だと説明して下がってもらった。
金髪美少女の彼女は『リジー』と名乗った。今年学園に入学した平民だという。初めて会うが同学年だった。
くりっとした青い瞳、細く長い手足。出るところも出ていて大変うらやましい。
ちなみに私は目も髪も真っ黒で華やかさに欠けるし、身長も低めで凹凸も少なくさほど美人でもない。くぅっ!
で、それはそれとして先ほどのやりとりの説明を求めた結果が、今のお話しだった。
というか。
「概略なのにずいぶんコロコロ変わるお話しですね。色々盛り過ぎだし、結局誰と結ばれるんですか?」
王妃になるのか他に嫁ぐのか世界を救うのか……どれかはっきりしろと言いたい。
「それに『光の巫女』って、神官の光の巫女でしょう?こんな話は聞いたことが無いんですけど。」
「分かってないくせにちゃんとポイント突いてくるじゃない。」
「?」
『光の巫女』はこの国の神職の花形だ。
我が国には建国の際に女神様がお力添えくださったという伝説があり、この建国の女神様を崇めるのが国家宗教だ。
女神様は建国後はこの地を去ってしまったが、人々は女神様への感謝を忘れず、真面目に堅実に生きていきましょう。というのが主な教えである。
人々は光の巫女を女神様の代理として敬い崇めることで、光の巫女へと向けられた祈りがそのまま女神様に届けられると言われている。
といっても、光の巫女自身に何か特殊能力があるわけではないし、実際に祈りが女神様に届いているかどうかは確認のしようもない。
要は光の巫女という役職名の神官であり、客寄せパンダに近いものだ。
特別大きな権力は無いので、行事が無いときは他の神官と同じように働いている。
「あんたさぁ、本当に『ツムヒカ』が分かんないの?結構有名だったはずなんだけど。」
「生憎さっぱりです。」
「えー、日本人だったんでしょ?時代が違うのかな。本とかゲームとかの知識って無いの?」
「前世の私はファンタジー小説が好きだったみたいですね。ゲームをやってる場面は覚えてないです。」
私の前世の記憶は、物心ついた頃から繰り返し見る『夢』だった。
日本で生まれ育った一般女性の生涯を追体験するもので、私が10歳になるころには夢の女性は20代ほどで事故死してしまった。
年齢一桁の子供が自力で想像できるものじゃないし、人の死なんて結構なショックのはずだ。
だというのに、冷静に受け止めて分析している時点で色々お察しである。
「人生のダイジェストというか、行動を俯瞰で見てる感じだったんです。だから前世と今生は別物って感覚が強くて……でも知識とか一般常識?みたいなのははっきり覚えていて、身体に染みついているっていうちぐはぐな感覚でした。ここでの常識を覚えなおすのに苦労しましたねぇ。」
「ふーん。そういう転生もあるんだ。」
「リジーさんはどういう感じなんですか?」
「あたしは今と同じ16歳で事故にあったの。大型トラックが交差点に突っ込んできて……死んだ瞬間は覚えてないけど、あれで死んだってことで間違いないと思う。」
「事故死……私と同じですね。」
「ねー、事故死で転生って、前世の転生物ラノベでは結構定番だったよね。」
「そうなんですか。私は転生物の小説は読んでなかったみたいで。」
「マジで?面白いのにもったいない……まあとにかく、私にとって今は前世の延長なの。今のリジーも私だけど、日本で生きていた私の完全な続きだと思ってる。」
「じゃあリジーさんは、前世の記憶を実体験としてかなり正確に持っているんですね。」
「そういうこと!」
勢いよく頷くリジーさん。
「さっきの話はね、ゲームのストーリーなの。それもマルチエンディングの乙女ゲームよ。」
「乙女ゲーム?」
「複数のパターンが小説・漫画化されてる人気作で、タイトルは『君と紡ぐ光の未来』通称『ツムヒカ』!」
「さっき言ってたやつですね。」
「私はね、学園に入学して門をくぐった瞬間に前世の記憶を取り戻したの。」
リジーさんはお茶を一気に飲み干すと席を立ち、両手を腰に当ててふんぞり返った。
「ここは、『ツムヒカ』の世界で、私はゲームの『主人公』。そしてあなたは主人公をいじめて邪魔をする『悪役令嬢』なの!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
「……」
沈黙が場を支配した。
いや、そもそも私たち二人しかいないんだけど。
リジーさんはそれはそれは得意げに仁王立ち。多分こちらの反応を待っている。待っているけれど……
「悪役令嬢……」
「そう!」
「私が?」
「そう!!あ、正確に言うとグレ様ルートのラスボス件、他ルートでは中堅お邪魔キャラってところね。」
「ラスボス……」
彼女の話をまとめると、『乙女ゲーム』は主人公が対象キャラ何名かの中から一人を選び、そのキャラと恋愛するのが主軸のゲームジャンルらしい。
『ツムヒカ』は選んだ相手によってストーリーが変わり、婚約者がいる相手を選べば当然その婚約者が文句を付けてくるというわけだ。
「じゃあ、さっきのずいぶん設定が盛られた話は……」
「あれで大体全パターンだったはずよ。」
再び席につくと、クッキーに手を伸ばすリジーさん。
小さな口でカリカリかじる姿はとてもかわいらしい。なるほど、さすが主人公といったところか。
「確かに学園は基本的に貴族の方ばかりで、今は偶然第一王子も通ってらっしゃる。平民でも大富豪や試験を突破できる実力のある方がちょっと有名になっているから、さっきの話もあり得ないとは言いませんが。」
「それそれ。攻略対象は5人いてね、私の一押しはグレ様なの。グレ様と交流すると、婚約者のエルディアがあれこれ邪魔してきて、さんざんいじめられるのよ。」
「……英雄って何?って感じですけど、とりあえず私はいじめなんてしませんよ?」
「英雄に関してはだいぶ特殊ルートね、条件たくさん揃えないとだめだから。同じキャラでもエンディングにはいくつか種類があって、私の一押しは無事光の巫女になったリジーとグレ様が結ばれて、最後にエルディアが断罪されるパターンよ。フレディウス家は没落しておしまい。」
「えー。」
今まで結構真面目に生きてきたつもりなのに、没落とか勘弁してほしい。
「それ、もう決まったことなんですか?さっきから言ってますけど、私いじめなんてしてませんよね?」
「それよ!」
机をパッシンパッシン叩きながら力説する。
「なんであんたいじめに来ないの!というか、そもそもグレ様とお近づきになるためのイベントが全然発生しないのはどういうことなの?」
「いや、私に聞かれても……」
私が知るわけないじゃないか。
しかし、なんというか……
「まさか、この世界が『乙女ゲーム』だったなんて。未知の領域でピンと来ないです。」
「これだけ日本とかけ離れてるのに、その辺は気にしたこと無かったの?」
「異世界だなぁ、くらいにしか思ってませんでしたね。生まれ変わるっていうだけで非常識ですし、今をまっとうに生きようという意識の方が強かったので。『ファンタジーな世界への転生』と『創作物内への転生』なら、どっちが現実味あると思います?」
「……どっちもどっちね。」
「でしょう?知らない作品の世界だなんて、思いつきもしませんよ。」
そっかー、そうなのかー。
呻くように言いながら、がっくりとテーブルに突っ伏すリジーさん。
なんだか少しかわいそうになってきた。
だって、本人曰く主人公なのだ。
色々期待して夢見て、それが上手くいかなければ残念がるのは当然だろう。
「あの、ゲームのストーリーって詳しく覚えてますか?私も没落は困りますし、さっき他にも何か不穏なことおっしゃてましたよね?」
「え?あー、処刑とか国外追放とか?」
「……軽いですね。万が一そうなると本当に困るんで、できれば詳しく教えて欲しいんですが。」
「んー。まぁあたしもなんで上手くいかないのか知りたいし、相談できるならありがたいけど。あ、グレ様に紹介してくれるなら喜んで全面協力しちゃう。」
「……」
そうだ、それが問題だ。
「……グレゴリオ様。ですか。」
「あ、嫌なの?ゲームでは政略結婚だったけど、真面目に好きだったりする?」
「……です。」
「なーんだ、そうだったんだ。私は確かにグレ様だいっすきだけどさ、結局ファン心理だから、ちゃんと恋愛してるなら邪魔する気は無いよ。ゲーム内では完全に政略結婚でグレ様は全然幸せじゃなかったし、そこにリジーが現れて二人はどんどん惹かれあってーって、王道の恋愛劇って感じでね……って、どしたの。うつむいて。」
私は思わず机に突っ伏してしまった。
身に覚えがあり過ぎる。
「うー。」
「え、何?いきなり呻きだして。」
言いたくない。言いたくないけど言わないと話が進まない。
「……………私の片思いです。」
「えっ。」
「本当に政略結婚なんです。親同士が強制的に決めたことで、私は子供のころからずっと片思いしてるんですけど、グレゴリオ様はむしろ嫌がってて……。」
「そうだったんだ……、無神経なこと言ってごめん。」
改めて口にすると、ちょっと泣きたくなってきた。
私はいじめなんてしていないし、これからも多分しない。二人が本当に親密になったとしても、きっと邪魔なんてできないだろう。
そんな度胸は無い。
「えーと。」
ようやく顔をあげると、リジーさんがすごく困っていた。
これはまずい。
最初は突然絡まれて驚いたけれど、根本的に良い子なんだろう。
「ごめんなさい、気にしないで……」
「グレ様を落とそう!」
「へ?」
両手を取られて視線を合わせれば、青い瞳が何だかものすごく輝いていた。
「あの?」
「私がグレ様の攻略ポイント教えるから!それを片っ端から押さえればたぶん行けるよ!」
「で、でもあなたもグレゴリオ様のこと……」
「私はただのファンだってば!」
真摯に私を見つめる強い瞳。
「諦めないで。」
勇気づけるように微笑んだ顔は、女神のごとく慈愛に満ちていた。
「……い、良いんですか?」
「もっちろん!全面協力するから。」
「っリジーさん!」
かくして、その時から私とリジーさんは無二の親友となった。
リジーさんのアドバイスの元、私がグレゴリオ様を落とすべく、努力の日々が始まったのだった。
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「と、いうことがあったのです。」
「……前世とか主役とかゲームとか正気か?」
「生憎私たちの中では正気という事になっていますね。」
「まぁ、お前が嘘を言っているとは思わないが。」
良く晴れたさわやかな初夏。
私は無事和解したグレゴリオ様と、お茶の時間を楽しんでいた。
あれから私たちはとても頑張った。
紆余曲折の末に、私は穏やかで友好的な婚約関係を築き、リジーさんは無事光の巫女に就任することとなったのだ。
明日はめでたい就任式典。最初の晴れ舞台だ。
「懐かしいです。まだそんなに前のことじゃないのに、ずいぶん遠い昔のような。長年の戦友を送り出すような心境。」
「お前たちは何と戦ってたんだよ。」
あきれたように言うグレゴリオ様。
だって仕方ないんです、私たちはゲームに打ち勝つために必死だったから。
そう。気分は真面目に戦友なのだ。
「楽しみですね、式典。礼服は清楚かつ華やかで、リジーさん絶対似合いますよ。あー、きれいだろうなぁ。」
「二人がどこで知り合ったのか不思議だったんだが、ずいぶん斜め上と言うか予想外というか。」
「そうですね、普通ではないですね。」
ああ、なんて幸せなんだろう。
他愛ない話をしながら笑い合うお茶会。以前の私では望んでも得られなかったもの。
それもこれもリジーさんのお陰。
私を励ましてくれた、彼女の力強く優しい微笑を、私はきっと忘れないだろう。
私の大事な親友。
彼女に何かあったときは、きっと私が助ける。
固い誓いを胸に、今日も幸せを噛みしめる。
知らないゲームに転生&ゲーム世界だと気づいてなかったパターンで書いてみました。
エルディアは単純に異世界だと思い込んでいるので、誰かが教えてくれるまでゲーム世界だと気づけません。
ゲームと違う展開になった理由付けとかも一応考えてはいます。
あと、省略した部分や続編部分もなんとなーく考えてはいるんですが、形にできるかなぁ……
いつか書けたらいいんですが。




