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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

星に手が届かぬように/星が手を伸ばせぬように

作者: おのこ

「―――、貴方はもう必要ない。」


 目の前のアンタが言った。


 周囲の仲間はガヤガヤと騒いでいたがアタシには聞こえなかった。


「貴方は、もうこれからの旅に着いてこれない。」


 勇者であるアンタがアタシに言った。


「静かにして。」


 勇者の一声で喧騒が静かになった。


「―――、この街で、お別れにしましょう。」


 アタシはあの時なんて言ったか、確か。


「そうかい。」


 それだけ言って、背を向けた。

 そう覚えている。



――――――――――――――――――――――――――――――


 目が覚めた。


 そこは安っぽい街の、そこそこいい宿の、普通の部屋のベッド。


 天井は低く、だが掃除は行き届いている、アタシの器にしてみれば上等な部屋だ。


 体を起こしぼんやりとした目で窓を見る、明け方のひんやりした風と薄暗い空気で早く起きすぎた事を察した。


 夢見の気分は正直分からない、起こった事は最悪なようでその実アタシ自身はなんとも思ってない。


 当然の器の当然の結果、それを突きつけられた夢だった。


 ただの盗賊だったアタシが勇者の仲間になり、旅をして、そして別れたそんな日の夢だった。




――――――――――――――――――――――――――――――



 早朝の街を歩く、特に目的はない、勇者と別れたアタシには慎ましやかに暮せば少なくとも当分は問題ない程度の手持ちがあった。


 贅沢をしようと思えば少しは頑張る必要はあるだろうが、その必要性も今は感じなかった。


「よう、―――、調子はどうだ?」

「―――、なあちょっと相談があるんだが。」

「―――、頼みがあるんだ。」


 街を歩けばそれなりに声を掛けられる、流石元勇者の仲間というだけありアタシはちょっとした有名人だ。


 元々そこらの野盗で、しょっぱい悪事に手を染めていたアタシが今では塀の外でのびのびと、寧ろ尊敬すら集められる存在だ、ここらの野郎どもに比べれば腕も立って信頼もおける、そんな評価贅沢しすぎとすら感じた。


「なあ―――、良い儲け話があるんだ。お前とならかなり稼げると思うんだよ。」


 背の高い戦士のような女に声をかけられ足を止めた。


「いや、アタシは暫く休暇中なんだ、悪いけどよそを当たってくんな。」


 そう答える、女はちぇっと舌を出し、苦笑いしながら去っていく。



『―――、アンタとなら幾らでも稼げるような気がするからな。』


 昔、昔、まだ一人だったアイツにアタシがかけた言葉を昨日のように思い出す。

 思い上がったバカな女が、本物の勇者にかけたバカみたいな言葉、なんでアイツはそれを受け入れたんだ?


――――――――――――――――――――――――――――――


 アタシと勇者の出会いは、アタシの本当にバカバカしくなるような失敗から始まった。


 当時のアタシは王都から北に伸びる街道のその脇道、森の直ぐ側を根城に行商人とかを襲うチンケな野盗だった。


 襲う、と言っても大したことはない、森から道を覗いて通り過ぎる人々を眺める。


 強そうな護衛がいる、パス。


 すごい数のキャラバンだ、パス。


 豪華過ぎる馬車、絶対ヤバい、パス。


 ひょろひょろの御者と、ガタガタの馬車、カモだ。


 そう言って、脅せそうなヤツの前に出て森の中の仲間を匂わせ、通りたければと持ち物の何割かを強請る。


 取りすぎると本気で取り締まられるし、強い相手だと怪我をしちまえばアタシみたいな野盗を助けるヤツはいない。


 ローリスク、ローリターンで稼ぎを確保する、非力な女が盗賊なんて、しかも仲間なんて居ない、そうなればやれることは限られてくる。


 そうやってコツコツ毎日とは言わずとも食うには困らない、そんな生活をしていた日の事だ。




 その日もアタシはいつもどおり道の側の森にいた。


 とにかく動かずじっとする、動くとバレるし、腹が減る。


 ポカポカと天気は良く、ちょっと眠い半目を開けながら集中しすぎない程度にただ前を見ていた。



 そこに、遠くから一人の小柄な人影が歩いてきた。


 アタシはぼんやりしながらカモだと思って、来るのを待っていた。


 そうして、目を見開いた。


 透き通った肌、肩までの錦糸の如き山吹色の髪、小ぶりな鼻、眠たげな瞼の下の藍玉のような瞳。


 少女だった。


 性別とかは関係なく、完成された何かを見た時、自分の意思など関係なく目を奪われてしまうと知ったのはこの時だ。


 同時に、森の中で周囲の警戒を怠るということがどれだけバカかという事を知ったのもこの時だ。


 前しか見ていなかったアタシはドンと背中から何かに猛烈な勢いで突き飛ばされた。


「うわぁ」と情けない声を出して森からゴロゴロと転がったのを覚えている。


 街道に投げ出されたアタシは直ぐに振り返り、それを見上げた。


 怖い怖い護衛の大男なんか目じゃないくらいに大きな猪、目が血走り牙に血が滴り、少なくとも即死してないだけマシというのはすぐに分かるようなそんな存在がアタシを見下ろしていた。


 そんな状態になった時点でバカだったが、その時のアタシはもっとバカだった。


「アンタ!逃げな!」


 よりにもよって、アンタに――その美貌に目を奪われて完全武装の鎧だとか剣だとかに気づいていなかったとはいえ――そんな言葉を口走ったのだから。


 大猪は当然のようにアタシに向かってきた。


 アタシは腰を抜かしたまま目をつぶり、とりあえずまず踏み潰されるのはアタシで良かったと考えてたと思う。


 でも、その時は来なかった。


「大丈夫?」


 目を開けると、二つの藍玉がアタシを見下ろしていた。


 首を一太刀で断たれた大猪の血で濡れ、無表情で、でもアタシを案じていたあの顔。


 アタシはこの時点で相当バカで無様だったのだけれど、その顔を見て出てきた言葉はとびっきりだった。


「あ、ああ、助かったよ、所でアンタ、もしかして一人かい?」


――――――――――――――――――――――――――――――


 日は高く登っている、昼時


 特にやることもないが、アタシは街の飯屋で昼食を取っている。


 別にどこで食べてもいいのだが、街の店には度々店で食事をとって欲しいと言われるからだ。


 勇者の元仲間の行きつけの店ともなれば泊が付くし、店で暴れるようなヤツも減るから、などというのが決り文句で出す料理も安くないものが安くなったりときにはタダだったりと、結果的に自炊より安くなる。


 勇者という肩書のおこぼれに預かるような行為だが、一番最初におこぼれにありつこうとしたアタシがどうこう言うつもりは無いしアイツもそういう事に頓着するヤツではない。


 メニューは見ない、いつもその店で出したい料理を出してもらう事にしている。


 今日の料理はパエリアだ、この街は海が近く元々海鮮料理が盛んだったが以前は街道の危険が多く米などの穀物やトマトなどの野菜は入手が困難だった、このレシピの存在も含め最近流行り始めた料理でアイツが頑張った成果だ。


 店主がニコニコとしながらこちらを見ている、あの目はそういった感謝の意図も含んでいるのだろう、正直後ろめたい気持ちもありつつ手をつけようとした時、街の話し声の中に言い争う声が混ざり始める。


 ため息を吐く、スプーンをテーブルに置き、店主に頭を下げ店を出る。


 アタシの仕事ではないがこういった時の仲裁、ちょっとした交渉、そういう事も期待されて美味しい思いをしているのは間違い無いのだから。


――――――――――――――――――――――――――――――


 アタシがついていった勇者は、ちょっと信じられないくらいの美貌の持ち主であったが、それと同じくらい世間知らずだった。


 勇者に関する噂は大体、教会の用意した最終兵器とか王国の戦闘人形だとか物騒なものが大半だった。

 話半分に聞いてたそれが真実だって思い知らされた時はあまりにも現実離れしていて正直笑ってしまったもんだ。

 実際、アンタが一人を相手に二回以上剣を振るう事なんて片手で数える程だったし、なんなら一振りで三人くらい平気で両断していたのをよく覚えている。


 だけど噂にならない部分はわからないもので、あの頃のアンタはとにかく人とのコミュニケーションというものが壊滅的だった。


 実の所アンタの全部がダメだったわけではない、ダメだった方がマシだったかもしれないけど。


 勇者というものは国家公認で教会から派遣された戦闘の専門家であり、高度な教育を受けている。


 一人で旅をしていたのも勇者の戦闘に合わせられる人間が存在しないからで、当然の様に一人旅で必要な技術もその高度な教育に含まれていた。


 サバイバル技術、礼儀作法、論理的思考、その他諸々、少なくとも国家の上の方から見た視点では完璧であろうという完成度だった。


 が、アタシは言いたかった。馬鹿か、と。


 アンタについていって早々、最初のデカイ街でアタシは白目を剥きそうになったのだから。




 人類の瀬戸際のような状況で勇者様御一行――総勢二名――が到着したのだから領主サマは盛大に出迎えてくれた。


 豪勢な飯、ふかふかの天蓋付きのベッド、見上げる程の天井、受けた歓待は最高だった。

 これだけなら尻尾を振って喜んでついて回っただろう、問題はご歓待の領主サマとのお話合いだ。


 歓待するって事はそれなりにお願いがあるって事は誰だって分かる、だがしかしアンタときたら酷かった。


 なにせ完璧な礼儀作法と正論で領主サマのごますりやお願いを尽く斬り捨てていくのだから、領主サマとしてもあまりの事態に顔面が蒼白になっていたし周囲の人間もそうだった。


 これが空気の読めないガキってだけなら鼻で笑ってつまみ出すだけだが、相手は人類最強と名高い勇者様だ、誰も地獄のような空気を止める事ができない、剣で斬るより恐ろしい攻撃を持っているならアタシにくらい先に言って欲しかったと本気で思ったよ。


 仕方なかった、アタシはその空気に耐えられず口を挟んだ。


 元々森で野盗なんてやってた女が交渉やら折衷なんて上手いワケがない、だけど必死に考えた。

 多くの商隊を眺めて人の顔色を伺う事はやらなきゃいけないことだったからそれだけが頼りだった。



 その時何を言ったかは覚えてない、でも最後は領主サマもなんとか笑顔を取り戻し円満に終わったのは覚えている。



 それと屋敷を出た後、アンタがアタシに言った言葉も覚えている。


「ありがとう。」


 あまりにも馬鹿正直な感謝の言葉、本当にそう思ってるのか疑問に思ったがまあ嘘はつけないヤツだってのは知っていた。


 でも今後アタシが離れたら、アンタはこの地獄のような空気を国中で作って回るのだろう、流石にこれは離れるワケには行かないと思ったら暗澹たる気持ちだった。


 アタシは戦いじゃ――昔よりかはそこそこやるようにはなったけど――役に立たない分、こういった人との交渉とか折衷とかを必死に学んで行った。


 今ではアンタもちょっとは人の顔色を見て話せるようなったし、色々あってそういう事が飛び抜けて上手い仲間も出来たし、アタシの努力ってのも意味があったのか分からないけど。


――――――――――――――――――――――――――――――


 夕焼けの赤さが遠くに沈む黄昏時、ふと気が向いて街外れの丘に足を運んでいた。


 暇だ暇だと言いながら、なんだかんだ街に居ると話しかけられ、それで手を借してしまう。


 静かにしたい時は町の外へ足を運ぶに限る。


 昔は一人で生きることに精一杯で他人がどうこうと考える暇はなかった。


 勇者様がフラフラして、見ていられなくて色々余計な手出しをする。

 そんな事を繰り返し癖になってしまったのだろう。


「まぁ、もうそれも要らないんだろうけどな。」


 独り言が口に出る。


 丘の上に到着した。


 短い草が広がり空の色が地平線までよく見える。


 転がり、大の字になる。


 薄明かりの中、小さな星が見え始めていた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 仲間が増えた。


 追放された魔法使い―――最初は勇者の力の秘密を知るために解剖しようとしてたっけ。


 亡国の軍師―――なんか勇者を王にしようとしてたよな、反逆だろそれ。


 怪力無双の拳闘士―――素手で勇者に挑んできた。後にも先にも勇者の剣を両手で受け止めた馬鹿はアイツくらいだろう。


 放浪聖職者―――勇者を神とか言ってにじり寄ってきた。背信スレスレじゃないか。



 アンタの周りには変な性格と変な信念を持った変人(天才)が自然と集まってきた。


 正直どうかと思ったが、アンタは変な所で真面目で、そんな奴ら相手でもまともに取り合おうとするもんだから、アタシは大変だった。


 それぞれで起こった事件を思い返せば頭痛が酷いが、結果的に言えば話せば分かったし――話せるようになるのが大変だったけど――皆、世界を救う旅に賛同してついてきた。



 きっとアタシだけが違った。



 ある平原での野営中、アタシが作りかけの飯の番を拳闘士のアホに頼んだ時、少し離れた丘の上にアンタが見えた。


 アタシは確か、飯ができたぞって伝えに行っただけだったと思う。



 アンタはたった一人空を見ていた。


 満点の星空を。


 そこにはあった。



 透き通った肌

 肩までの錦糸の如き山吹色の髪

 小ぶりな鼻

 眠たげな瞼の下の藍玉のような瞳が



 アタシは見惚れてしまった。


 アンタが起こす事件は騒々しくて、仲間が出来て囲まれて、人々を助けて感謝されて、馬鹿馬鹿しくも楽しい日々で忘れていた。



 アタシだけが違った。



 アタシはアンタについていきたかっただけなんだ。


 いつの間にか二つの藍玉がこちらを見ていた。


 空はあんなに騒々しく輝いているのに、それだけがアタシの目に写っていた。


 今この瞬間、今だけは、少なくともアタシの心の中では、アンタ中にはアタシだけが居た。


 思い返すと頭が燃えてしまいそうな程、あまりにも馬鹿馬鹿しい妄想を抱いた。


 アンタが口を開く



「―――」




――――――――――――――――――――――――――――――

 旅の中である神話の馬鹿な男の話を聞いた。


 空に焦がれ


 蝋でできた翼を携え


 太陽を目指し


 翼を焼かれ


 地に落ちた


 あまりも馬鹿馬鹿しい話だ。


――――――――――――――――――――――――――――――


 星の瞬く丘の上で、アタシは泣いていた。


「アンタなんか嫌いだ。」


 アタシは馬鹿だ


「アンタなんか、嫌いだ。」


 アタシは太陽に焼かれて落ちても良かった。


「アンタ、なんか、」




『―――、貴方はもう必要ない。』



 声が詰まる、氷のようでいて焼け付くような記憶の中の言葉。


 アタシはあの時何を思っていたか、不要と思われた事への諦観だろうか。


 それとも、今までの仲間を捨てたアンタへの怒りだろうか。


「違う」


 アタシは馬鹿だった、それもとびっきりの。


 あの日、あの瞬間アタシが気にしていたのは、あの二つの藍玉にアタシが映っているか、それだけだった。


 あの丘での言葉がリフレインする。


『ソアレ』


 アタシの名前を呼んだ、それだけだ。



 アタシは産まれて初めて神様に祈った。


 神様お願いします。どうか、どうか。



「勇者に世界を救わせないで下さい。」



 アタシを、アンタの救う人々の一人にしないで


 アタシを、あの日に遠くに消えた星の一つにしないで


 アタシは、アンタの特別になりたかった。

soare

[言語]ルーマニア語

[読み]ソアレ

[名]太陽


ご覧戴き、ありがとうございました。

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