06.『独占』
読む自己。
目が覚めて体を起こすと藤原さんはまだ寝ているようだった。
手を優しく離してベットから下りる。
寂しいから穂ちゃんの声が聞きたくて電話を掛けたんだけど――
「駄目」
「ひどいよ……」
切られたうえにスマホ自体を取り上げられてしまった。
「なんで?」
「……だって私といるのに他の子に連絡なんて嫌じゃない」
電話が掛かってきている、それでも彼女は気にせずベットの上に置くだけ。
「帰ってる途中にしてくれてもいいじゃない……それなのに……」
「え……泣かないで」
自分より少し高い彼女の涙を指で拭って。
自分より大きくても涙腺が緩いのは共通みたい。
「ごめんね藤原さん」
「……ぐすっ……べつに」
彼女をベットに座らせて頭を抱きしめる。
「落ち着いて……」
「……あなたのせいなのに」
だから少しでもなにかしてあげたかった。
ご飯をくれたことも、お風呂に入らせてもらったことも、たったこれだけではお返しとは言えないけど、いまの私にできる精一杯のことをしてあげたいと考えての行動で。
「……萩原さんを好きなのは分かるわ、それでも私といるときはせめて……私だけを見てほしいの」
「うん……」
どうして彼女は私のことをここまで気に入ってくれているんだろう。
なにができたわけじゃない、寧ろ迷惑や負担しかかけていないというのに。
いまだってこうして悲しませて泣かせて、ギュッと締め付けられるような痛みを感じて。
いつもみたいに笑ってほしい、あの魅力的な笑顔を浮かべてほしい。
「えと……菫ちゃん」
「え……あ……」
抱きしめるのをやめて勇気をだして言ってみる。
笑ってくれるかなと思ったら顔を赤くして切なそうな表情を浮かべるだけだった。
それを見ると余計に痛くなって彼女の頬に手を伸ばす。
柔らかくすべすべしている肌、赤くなっているからなのか少し熱くも感じる。
「菫ちゃん、はぁ……笑って?」
「っ……無理よ……」
傷ついていたらインターホンが連続で鳴ってふたりでびくりとした。
スマホを確認する『いまから行くから!』という彼女からメッセージがきていて安心し扉を開けた。
「こら藤原さんっ」
私のことなんて放って寝室へと突入して。
ベットの上で顔を赤くしている藤原さんを見て穂ちゃんがますます怒った。
「なにしてたのっ」
「……抱きしめられて名前で呼ばれてどうしようもなくて……」
本来だったら私がそうなるはずなのに、ベットの上に座る彼女は実に弱々しい受け答えをする。
「でも、あなたに連絡しようとするのが嫌だった! 悲しくなって泣いたら……」
「杏、全部本当のことなの?」
こくりと頷いてから流れを説明した。
「……痛くなったの?」
「だって……泣いてたし」
「抱きしめるくらいだもんね」
「それは泣いてほしくなかったから……お世話になったのに泣かせることしかできないのは嫌だったの」
私にできる精一杯のことをしたつもりだ。
大好きな穂ちゃんに責められたとしても、したことを後悔したりはしない。
「でも、手を繋いだとき私じゃなくて寂しくなったんでしょっ? 許してあげます!」
「う、うん……それでむかつくって言われちゃったけど」
気持ち良く寝られたのは菫ちゃんにも安心感を抱けたからだろうか。
「藤原……菫っ、杏は連れて帰るからね!」
「ええ……流石に今日はもう無理よ」
「菫ちゃん大丈夫?」
「……ええっ、あなたのおかげでねっ!!」
「……ごめんなさいっ、失礼します!」
藤原家をでたあと自然に穂ちゃんの家に、部屋に行くことになった。
ふたりきりになった瞬間に彼女が抱きついてくる。
「……だめだよ、違う女の子にしたら嫌だよ」
「ごめん……」
彼女をベットに寝かせて横に同じように寝た。
「穂ちゃん」
「ん……」
「意外と泣き虫さんだよね」
「……杏のせいっ」
抱きついてきたので抱きしめ返した。
菫ちゃんには悪いけど、やっぱりいまのところは彼女が1番大事だ。
「ねえ、甘えん坊なのは私じゃなかったっけ?」
いつか彼女が遠くなっちゃうかもって恐れていた。
それでも甘えてばかりでは駄目だと判断していま動いていて。
結果としてなぜか菫ちゃんとも仲良くなれそうというのがいまの状態だ。
「だめ……菫にも飯島さんにも渡さない」
「私は穂ちゃんのじゃないよ~」
「……穂って呼んで」
「穂、ふぅ」
「ひゃうっ!?」
たまに好き勝手してくれるときがあるのでそのときのお返し。
耳が赤くなっていることに気づいてくすりと微笑む。
学校では菫ちゃんと同じくらい人気でみんなを引っ張る存在がこんな子なんてね。
私だけが知れる、見れるというのはすごい嬉しい。
「穂ー」
「……ひゃっ……」
「え? い、いまはなにもしてないけど」
片腕では抱きしめ返しているけどそれだけで。
「耳元で名前呼ばれると少し……」
「ごめん」
背中をぽんぽんと叩いて腕を離してもらった。
天井を見上げてふと考える。
彼女とこうして毎日一緒に過ごしたらどうなるんだろうかと。
もちろん、暖かく楽しくゆったりした日々を過ごせることは分かっているけど。
「菫ちゃん顔赤くして……正直、綺麗だった」
「……むっ」
「いや本当に……痛くなったの切なそうな顔しててギュって」
だから頬に優しく触れて、笑ってほしかった。
あれを見ていたら……どうにかなりそうだったから。
穂がいま1番大切なのは本当のことだけど、ずっとかどうかは分からない。
「私にはっ?」
「えと、甘えてくれて可愛いな~って」
「……菫ずるい!」
薄情と言われてもどっちを選ぶかは未来の私だ。
あくまで自分が本当に好きな女の子といてほしいと私はそう思った。
大好きなクッションに顔を埋めて時間をつぶしていた。
理由は、今日も杏が来てくれることになっていたから。
午前10時に来るって分かっているのに、9時前からソワソワ落ち着かなくて。
インターホンが鳴ったときはドクンッと心臓が大きな音を立てた気がした。
開けると彼女がいてリビングに入ってもらう。
飲み物を渡して私も少し飲んでから床に座った。
昨日触られた頬が熱く感じて上手く見れない。
「菫ちゃん、どうして顔を赤くしているの?」
いちいち聞くのは意地悪な子だと思う。
「分からないのよ、どうしてかこうなるの」
男の子ならともかく女の子に対してこんな気持ちを抱くなんて考えてなかったから。
「菫ちゃん、笑って?」
昨日と同じように頬に触れて優しい笑みを見せる杏。
「……こ、こう?」
いつも浮かべている営業スマイルというやつを見せたら、
「違うよ、やめてよそれ」
切なそうな顔をして眉を下げられてしまう。
この笑顔を「違う」と言ったのはこの子だけ……。
単純に言いにくかったからというのもあったけれど、全てバレている気がしてどうしようもなくなる。
「……菫っ」
「あっ……」
駄目だ、ここにきて呼び捨てされたら笑えるわけがない。
「最初のときの余裕はどうしたの? 助けてくれたときの菫はっ? 一緒にいるのにそんな切なそうな顔されたら嫌だよ!」
「……私も?」
今日は彼女が涙を流す番だった。
私も同じように指で拭って「泣かないで」と何度も言う。
「……菫のせいだよ」
それは私が昨日逆に彼女へとぶつけた言葉。
勿論、名前は違うけれど。
「お互い様でいいでしょう? 昨日は好き勝手してくれたんだから」
「うん……」
「……どうせ、あのあと抱きついてきたのよね?」
「うん……」
「穂がずるいわっ」
「穂ちゃんも菫に言ってたよ」
どうして穂が私をずるいって思うんだろう。
この子から完璧に信頼されてて抱きしめるのだって自分からするのに。
もしかしてと、私は少し自惚れる。
同じだとは言うつもりはないけれど、追いつけないまま終わるということもないのではないかと。
ギュッと力を込めた。
ふたりでいる時間くらいは独占したいし、彼女にも私でいっぱいにしてほしかった。
独占ねえ。