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04.『一緒』

読む自己。

 朝に致命的な寝坊をしてお弁当を作れなかった私は300円を握りしめて購買前にいた。

 けれど1度も利用したことのない私は商品の前で右往左往するだけでいつまで経っても買えなくて。


「なにが買いたいの?」

「え、あ、クリームパンを」


 唐突にやって来て私の注文を聞いた彼女はそのままクリームパンを買ってしまう。


「はい」

「ありがとうございます、あ、お金!」

「いいわ、それより早く教室に戻りましょう」


 あんまり奢ってもらいたくはない。

 いつか返せと要求されてもそのときお金がないかもしれないし、利子がついているかもしれないから。

 ……自分の力では得られなかった戦利品を持って教室に戻る。

 席に座って封を開けていたら前の席に藤原さんが座った。


「ひとつあげますっ」

「ありがとう」


 食べる仕草も綺麗でぼけっと眺めてしまう。

 ハッとした私は彼女が開封したお弁当箱の中身を見て声をあげた。


「綺麗ですねっ、私のとは全然違います」


 しっかりとバランスよくおかずがつめられている。

 お弁当=卵焼きという偏見があるのでジロジロ見ていたらお腹がぐるると鳴って顔が熱くなった。


「……はい、あーん」

「え……あむっ……んむんむ……美味しいです! でも、砂糖派なんですね」

「あなたの家は醤油派?」

「はい! ……お兄ちゃんは甘いほうが好きみたいですけど」


 怒られたことを思いだして気分が微妙になり私はうつむく。

 

「どうしたの?」

「あ……兄がいるんですけど仲があまり良くなくて。そのせいで家族全員が微妙になってしまっているといいますか……どうしたらいいのか分からなくて困っているんですよ本当に」


 お兄ちゃんが続かなかった理由は先輩からの悪口だった。

 そういう点で考えれば兄も被害者なのかもしれないけど、明るかった家族が暗くなってしまったこともあって、あなたは悪くないよとはとても言えなくて。

 こんなことを彼女に話しても仕方ないのに……駄目な人間だ。


「あなたは仲良くなりたいと思っているのね?」

「それは、はい、どうせなら仲良いほうがいいかなと」

「だったらしっかりとあなたのお兄さんに向き合うしかないわね」

「……そうですね、頑張りたいと思います」


 ……また怒鳴られたら私はすぐに泣くだろう。

 お母さんにも「刺激しないで」と言われてるし、なにより最近では引きこもりの息子が親の言葉にむかついて殺害した、なんて事件もよく聞く。

 それを考えたらただ兄が引きこもっているだけのいまのままでいいのではないだろうか。

 両親や私にそういう不満が溜まることこそ怖いわけだし。

 だったらあくまであそこはご飯を食べる場所、お風呂に入る場所、寝る場所として認識しておけばいい。

 少しの気まずさくらい学校に行けば忘れられるはずだ。


「……ごちそうさまでした、トイレ行ってきますね」


 個室に籠もってこれが兄の気持ちかななんて考えたら涙がでた。

 なんて悲しいんだろう、狭い空間にしか自分の居場所がないなんて。

 気が引けてお友達にも会えずただただ部屋で過ごす毎日なんて私には耐えられない。


「大西さん」


 一応なにをしていたというわけではないけど流して個室からでる。


「あなた……」

「いえ、少し目に汚れが入ってしまいまして」


 涙腺が緩いだけ。

 手を洗ってトイレからでると彼女も当然追ってきた。


「暴力とかされていないわよね?」

「当たり前ですよ」

「そう、ならいいわ」


 教室に戻ってから割とすぐに教科担当の先生がやって来て5時限目が始まる。

 大丈夫、そのことについては妥協しておけばトラブルは起きないんだから。




 今週最後の掃除当番の役目を終えて教室をあとにした。

 人気のない廊下は寂しさを与えてくるものの気にせず下駄箱へ。


「……遅いですよ」

「あ……」


 飯島詩羽いいじまうたはさんが立っていて足を止める。


「今日は一緒に帰りませんか?」

「……お、怒らないですか?」

「……はい、怒りません」


 そういうことならと靴に履き替え外にでる。

 彼女の髪は肩くらいまでで穂ちゃんや藤原さんよりは少しあれだけど十分可愛い人だった。

 それにしてもなんの用だろうか。

 初日みたいに怒ってこなければいくらでもいいんだけど……。

 飯島さんは誘ってきたくせに話そうとはしなかった。

 私にとって沈黙が1番嫌いなので話しかけることにする。


「今日はどうしたんですか?」


 彼女はこちらを見たり前を見たりと忙しい。

 しかも私のほうを見ないで「この前は……ごめんなさい」と謝ってきた。


「あのっ、人の顔を見て謝るんでしたよねっ?」

「……ごめんなさい」

「ごめんなさい、それでどうしたんですか?」


 あのときは涙がでたんだ、これくらいは言わさせてもらってもいいだろう。


「大西さんはどんな本が好きなんですすか?」

「本……読みやすい本しか読めないですよ、頭良くなくてごめんなさい……」


 恐らく読書が趣味な子を探していたんだろうけど……ごめんよぉ。


「読みやすい本を好んで悪いことありませんよ、本を読むのが好きという方がいてくれて嬉しいです」

「あ……」


 変に自虐するところを直したほうがいいかもしれない。

 自分及び相手のためを言ったことが逆効果になりかねないからと私は学んだ。


「大西さんはずっと本を読んでいたので気になっていたんです」

「え、その割には冷たかったですけど……」

「その……萩原さんがいつもガードしてて……」

「そうですか?」


 昨夜は泣いてたけど今日のお昼休みだって他のお友達といたくらいだし、そんな言うほどではではない気がする。


「大西さんが考えている以上に萩原さんは、はい」

「……そうですか」


 放課後だって助っ人して部活動に行ってしまうので分からないままだ。


「えっと……」

「どうしたました?」

「あっ……ち、近いですよ……」


 え……そんな私が藤原さんとか穂ちゃんってわけじゃないんだからそういう反応はやめてほしい。


「明日、私の家に来てくれませんか?」

「今日ではだめなんですか?」

「今日だと……」

「あら奇遇ね、飯島さんとお・お・に・しさん」


 ふたりで恐怖から抱き合って震える。


「飯島さんっ、なんでお家に誘おうとしているのかしらっ?」


 それは同性であってもドキドキさせられるくらい魅力的な笑みだった。

 ガクガクと震えている飯島さんはともかくとして、私はぼうっと見惚れてしまう。


「や、やましい理由ではないんですよ? シフォンケーキを食べてもらいたくて」

「あら、ケーキを作れるの?」

「あくまで私のレベルで、ではありますけど……」

「すごいですね! 私はご飯しか作れないので羨ましいです!」


 もし私がケーキを作れたら穂ちゃんにあげて餌付けするだろう。

 それであの可愛い笑顔を見てこちらもほんわかさせてもらう、と。

 あとは……あの胸を自由にっ。


「それでどうするの大西さん」

「……さすがにいきなりお家は緊張しちゃうので、外で会いませんか?」

「え、そ、それって……デー――」

「仕方ないわね、私も行ってあげるわ」

「……藤原さんは来なくっていいですっ」

「駄目よ、だってあなたまた泣かせるでしょう?」

「泣かせませんよ!」


 喧嘩しないでほしいとふたりに言って歩くのを再開する。

 

「そ、それじゃあ明日の午前10時頃に近くの公園で集まりましょう」

「分かりました、よろしくお願いします」


 彼女は「それじゃあこっちですから」と言って去っていった。

 私は先程のことをあまり思い出さないようにしつつ今日は絶対領域に注目する。

 膝小僧の少し上くらいまである黒色とそこから見える眩しい白色が魅力的だ。


「……ジロジロ見すぎよ」

「あの、ちょっとそこ触ってもいいですか?」

「そ、そこって?」

「靴下とスカートの間を」

「駄目に決まっているでしょう」

「ごめんなさい」


 頭を下げて謝って「お別れですね」と笑って言った。


「明日……邪魔なら行かないけれど」

「大丈夫ですよ、一緒に飯島さんが作ってくれたシフォンケーキを味わいましょう!」

「ええ、それならよろしく。それじゃあまた明日」

「はい!」


 彼女と別れてるんるん気分で家に帰ると。


「え……」


 扉を開けた瞬間に聞こえてきたお兄ちゃんの大きな声。

 慌ててリビングに行くとお母さんが泣いていて兄が物を当たらないようではあったけど投げつけていた。

 私が兄に抱きついて「やめて!」と言ったら押されて尻もちをつく。


「……杏だって一緒にご飯食うの嫌なんだろっ?」

「……気まずい……けど」


 でもあれをやめてしまったらあの狭い空間からきっと兄はでてこれなくなってしまう。


「あれがあるから本当の意味で家族の仲が終わらないんだと思う!」

「……お前もか……鬱陶しいんだよ!」

「あっ……いっ……」


 足にリモコンをぶつけられて痛くて涙が一気にでた。

 兄はなにも言わずそこで階段を上がって2階へと行ってしまう。


「……杏、大丈夫?」

「……痛いけど……お母さんは大丈夫?」

「大丈夫……だけどやめようか、一緒に食べるの」

「……うん、怖い……」


 下手に刺激して包丁なんか向けられたら困るし……これも仕方ないことだ。

シフォンケーキってシンプルで美味しいよね。

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