02.『不安』
読む自己。
案の定、ジロジロと見られて私は身を縮めていた。
もちろん、髪を切ったら美少女だったから! なんてことはなく――
「杏ごめんね~! すっごいぱっつんになっちゃった!」
そう、横一線に揃ってしまっているためだ。
可愛いと言ってくれる子は多かったものの、その浮かべている笑みは嘲笑なのでは? と不安になってしまい、先程からずっと涙目になってしまっていた。
ちなみに、娘及び妹の前髪が実に悲惨なことになってしまっているというのに、お母さんもお父さんもお兄ちゃんも無反応だったんだよなあ……。
「おはよう、大西さん」
「……お、おはよう……ございます」
藤原菫さん、……この方だけは違う意味で見れなくてさっと視線をそらす。
「ちょっと、なんでわざわざ目線を逸らすの?」
わざわざそらした方向に移動して少し頬を膨らませている藤原さん。
「顔真っ赤じゃない、風邪引いているの?」
「……いえ……」
「ちょっと藤原さんっ、杏をからかわないで~!」
「だってこの子が……それにしてももう少し可愛く切ってあげなさいよ!」
「あはは~……杏ごめんね?」
馬鹿にされているわけではないみたいだし、本とかだって読みやすいので大丈夫と答えておいた。
「冗談よ大西さん、十分可愛いわ」
「えっ……」
綺麗な人はお世辞を言うのが上手いなあ。
……ぱっつん事件はとにかく基本的に落ち着けたまま午前中の授業を受け終えてお昼休みがやってくる。
自分で作ったお弁当を食べていると藤原さんが私の前に座って「一緒に食べましょう」と言ってくれた。
平静を保つのが難しいので中身をすぐに食べて片付けてから教室を後にする。
それだけではなく5時限目の授業で使うプリントを運ぶことになっていたからだ。
教科担当の先生からプリントを受け取って教室へ戻ろうとしたときのこと。
「大西さん」
「ひあっ!?」
まさか階段を上ってすぐの場所にいるとは思わなかったから驚いてプリントを落としてしまった。
「あ……」
「……拾うわ」
彼女が協力してくれたためすぐに終わったものの、どうしても気まずい。
べつに嫌っているから逃げているわけではないことを、彼女に説明しておくべきだろうか。
「持つわ、貸しなさい」
「……あの、嫌いだから逃げているわけではないですからね?」
「いいから早くっ」
「ひゃ、ひゃい……」
綺麗は少し怖いところもある、と。
教室までふたりで並んで歩いていたのに会話はなかった。
それで家でのあの気まずさを思い出してしまい、すぐに涙がにじんできてしまう。
教壇に置いてくれたのを確認してからお礼を言い席に戻って突っ伏した。
「……どうしたのよ」
「いえ……」
あーもう、恥ずかし死しそう。
どうして藤原さんもここまで構ってくれるんだろうか。
「ちょっと藤原さん――」
「うるさいわよ萩原さん、ところで、この子いつもこうなの?」
「ううん、私には懐いてくれてる~」
「むかっ……私が怖いのかしら……」
違うんだよ……あくまで私が弱いから悪いだけで……。
穂ちゃんと同じように胸くらいまで伸ばした綺麗な茶色の髪とか、透き通るような白い肌とか、少し色っぽく感じる薄ピンク色の唇とか、全部が魅力的でだから近くで見ると恥ずかしくて。
自分がブサイクとか卑下するつもりはないけど、綺麗に見つめられると緊張してしまう。
だってこう……覗き込むようにこちらを見てくるんだ藤原さんは。自分より背が高いからというのもあるにしても、もう少しくらい普通に見てくれれば私だって……。
「穂ちゃん」
「ん~?」
「………………って言って」
「綺麗だから緊張しちゃうと言って」と耳打ちしたら今度は彼女が頬を膨らませてしまう。
「言わないっ」
「え……」
なるほど、たまには自分で頑張りなさいということか!
「……ふ、藤原さん」
「……なにかしら?」
「き、綺麗すぎて緊張するのでもう少しだけ距離を取ってください!!」
い、言えた……でも、声が大きすぎてまたあの子が――
「うるさいんですけど!」
「……き、来たぁ!?」
「ふぇっ!?」
その子は胸の前で手をギュッと握ってビクリと反応していた。
「あ……大声だしてごめんなさい」
「……んん! いえ……私のもうるさかったですから」
昨日とは全然違う柔らかい態度にあれ? とつい首を傾げてしまう。
その子はそれきり席に戻ってしまい、私はふたりに向き直る。
「ごめんなさい、大きな声をだしてしまって」
「むぅっ、杏のばか!」
「ええっ!?」
穂ちゃんも戻ってしまって藤原さんと擬似ふたりきり、と。
「ど、どうしたんでしょうね、穂ちゃんらしくないですけど」
「……あなたいつもああいうこと普通に言うの?」
「えっ? いえ……だって藤原さんが凄く綺麗だから……」
「……あなた天然なの?」
「それはまあ世界にひとりだけの大西杏ですからね!」
私という人間は養殖ではなく天然でひとりしかいないっ。
……なんでこんなこと聞くんだろう、あ、綺麗すぎておかしいと思っていたけど彼女は養殖……そんなわけないか。
と、とにかく、お昼休みはすぐに終わり5時限目も6時限目もなんとか無事に乗り越えることができた。
今日は失敗しないよう人が帰るのを待ってから掃除をすることにしたため、私はすぐには動かない。
お気に入りの本を読んで時間をつぶしていたらいつの間にか17時を超えており、慌てて周りを見たらすでに誰もいなくて急に寂しさが込み上げてきたものの、掃除をして帰ることにする。
まずは床を掃いて次に床を拭くとなったとき、視線を感じて入り口の方を見ると藤原さんがそこにいた。
挨拶もしなくてごめんなさいと謝ってそれでも続けて、全部綺麗にし終わった頃には40分を超えてしまっていた。
「あ、あの、帰らなくて大丈夫なんですか?」
「……ねえ、どうしてひとりでやっているの?」
「え、ああ、私が頼みました! ひとりのほうがやりやすいからと!」
だから彼女が手伝ってくれなくて嬉しかった。
気を使うことになるくらいなら全部自分でしてしまったほうが楽だと思っていたからだ。
お昼休みにきちんと言えたこともあって少しだけ緊張しなくて済むようになったのも収穫と言える。
上々の結果、だろう。
きっと不機嫌になってしまったままの穂ちゃんも喜んでくれるはずっ。
「萩原さんは部活に行ってしまっているし今日はふたりで帰りましょうか」
「え……」
「……嫌なのっ?」
「あの、昨日からどうして優しくしてくれるんですか?」
「それは……引っかからなくていいわ」
綺麗な子とお友達になれるのは嬉しいからいいけど、分からないなあ……。
とにかく夕暮れにそまった道を藤原さんと歩いていく。
彼女が動く度に綺麗な髪がキラキラしてつい触りたくなってしまう魅力があって。
気づかれたらさっと視線をそらすのを繰り返した結果、足を止められて「なによ!」と怒られてしまう。
「……あの、髪の毛綺麗だなって」
「あ……まあ……大切にしているもの」
キラキラしていて触りたくなるとまでは言わなかった。
歩みを再開して割とすぐに別れがやってくる。
「今日もありがとうございました」
「いえ、あ……」
「えっ」
急に頬に触れてきたかと思えば「髪の毛がついていたわよ」と優しく微笑んで彼女が言った。
綺麗は少し怖くてずるい子、認識を自分の中で改め「ありがとうございます」と笑って言う。
「……さようなら大西さん」
「はい、また明日よろしくお願いします」
そういえば穂ちゃんとどうやって仲直りしようと悩みつつ歩いていたら後ろから抱きしめられた。
「杏、私と藤原さんどっちが大切なの?」
よく分からない質問ではあって、それでも「いまは穂ちゃんだよ」と答えておく。
「いまは……まあいいや、帰ろっ?」
「う、うん。あ! 今日はごめんね? なんか不機嫌にさせちゃって」
「……べつにいいけど、ほら」
「うん!」
小さいけど大切な穂ちゃんの可愛い手を握りつつ私は帰った。
みんな小説作るまえに考えてて偉いわ。