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 最初に気が付いたのは司だった。

 百八段もの階段を転げ落ちたと言うのに体の痛みが全く無い。

 今、瞳に映るのは満天の星空。

 生まれてから一番綺麗な星空。

 一つ一つは見えないくらい小さな星が集まって河に見えるほど明るい星空。

 高い木々に囲まれて頭上しか見えない事が残念な星空。

 日本では絶対に見えないと思える星空。

 司は興奮した。

 間違いない!

 異世界だ!!


「みんな。生きてる?」


 周りに居るだろう三人へ声を掛ける。

 しばらく待っても返事がない。

 司は身を起こすと周りを確認した。


 鶴は司の隣にいた。

 息を確認すると薄い胸がしっかりと上下している。

 他の二人は?

 司は辺りを探す。

 少しだけ離れた場所で男子二人を確認した。

 由宇の莫迦は晶君へ腕枕をして。

 晶君は由宇の体を抱き枕にして。


 本当にこの二人はあやしいわ。

 気付けばいつも二人でいるし。

 司はもやもやした気分を由宇の顔を踏みつける事で解消した。


「うぉ! 何事だ!?」

「由宇。異世界よ。そのまま見上げてみなさい! 凄い景色よ!!」

「いや。お前の靴の裏しか見えないのだが」


 司は由宇へ星空を見せる為に足を上げた。


「あぁ。お前のパンツは見飽きているから別に凄い景色ではないな」

「どこ見てるのよ!!」


 司はもう一度由宇の顔を『ぐりぐり』とかかとで踏みにじる。


「悪かった! 冗談だ! 星空だろう? 凄い星空だな!!」

「最初から言いなさい。ねぇ。異世界だと思わない?」

「そうだな。こんな星空見た事がない。晶。生きているか? 起きろ。異世界だ」


 由宇は自分へ抱きついている晶を起こした。

 間も無く晶は寝ぼけながら起きた。


「おはようございます栗戸さん……あっ新聞配達へ行かないと」

「落ち着け晶。上を見ろ。異世界の星空が見えるぞ」

「うわぁぁ。本当です。こんな星空見た事がありません。あっしまった」

「どうした?」

「お母さんへ異世界に行く事を言ってありませんでした」

「そう言われてみれば、あたしも親へ一言も言ってなかったわ」

「俺もだ」

「…私も…無視されるだろうけど…」


 突然の声に振り向いた三人の瞳へ【貞子】が映る。


「「「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」」」

「…私は鶴…」

「鶴っちか。びっくりさせないでよ!」

「…ここは本当に異世界?…」

「上を見て」

「…うん…見た事ない…綺麗な星空…」

「私達はついに来たわ! 異世界よ!!」


 司は叫ぶと自分のスリーウェイバックを開く。

 そこにはいつ異世界へ来ても良いようにバッチリ準備がされていた。

 手回し充電器つき懐中電灯……壊れている。

 明かりがつかない。

 充電用のハンドルも根元から折れている。

 階段を落ちる時に壊れたのだろう。

 無用の長物と化した。

 ペットボトルの水が二本……四人で飲んだら一日持たない。

 果物グラノーラ一袋……四人で食べたら一日持つだろうか不安だ。

 防寒着にも簡易カッパにもバケツにもなる市の指定ごみ袋四十五リットルを一セット十枚。

 ソーイングセット……出来る事なら体を縫う為に使いたくない。

 白十字・アーミーナイフ……ついに出番がまわってきた一番役に立つ万能ナイフ。

 そして異世界へ行く為に絶対忘れてはいけない物を巾着袋の限界まで入れていた。

 その物とは【ビー玉】と【おはじき】。

 日本では、子供のお小遣いで買えて、異世界では、最高に高価な物の代表。

 お手軽チートアイテム。


「駄目ね。懐中電灯は壊れているわ」

「…星明りが足元を照らしてくれる…」

「本当ね。道だけ明るいわ」


 木々の中は暗くて全く見えないが、これからの行き先を示すように星明りは道を照らす。

 異世界の道らしく石畳で作られたこの道を進めば人里へ辿り着けるだろうと司は思った。


「ねぇみんな。サバイバルには『三の法則』と言うのがあるの」

「いつもお前から聞いている事だな」

「そう。由宇は知っていると思うけど、まずは体温を確保するわ。人は三時間で死ぬの」


 司がごみ袋に首と両腕の出口をナイフで作ると三人へ配る。


「はずかしいと思うけど、これを被って。少しは体温を保てるわ」

「そんなに寒くはないけどな」

「その考えが危険なの。少し肌寒いくらいでも体力が奪われるわ」

「流石異世界へ行く為にサバイバルを勉強していただけあるな。みんな司の指示に従おう」

「…分かった…」

「僕も賛成です」

「みんなありがとう。確認が遅れたけど怪我をしている人はいない?」


 怪我の確認をすでに済ませた司以外の三人が自分の怪我の有無を確認する。


「あんな高い所から落ちたのにな。全く怪我をしていない。本当に異世界へ来たのだな」

「…私も怪我なし…」

「僕もありません。みなさんごめんなさい。僕が怖がって跳べなかったせいで」

「晶君。何を言っているの? ここが異世界よ! 晶君が躊躇したから来れた世界なのよ!」

「そんなに興奮するな。ここが異世界なら気を付けないと。突然モンスターに襲われるぞ」

「そうね。少し静かにこれからの事を決めましょう。とにかく晶君。あなたのお陰よ!」

「…司の言う通り…」

「そうだな。異世界にこれたのは晶のお陰だな」

「みなさん。ありがとうございます」

「さぁこれからの事を決めましょう」


 四人は車座になって相談を始めた。


「改めて『三の法則』を説明するわ。体温が維持できなくなると三時間。水が無いと三日。食料が無くなると三週間で人は死ぬの」

「酸素がないと三分な」

「今回は必要ないと思ったから言わなかっただけよ! それでね。あたしが持つ水と食料は四人で半日分しかないわ。他に持っている人いるかしら?」

「…校則違反…」

「ですよね」

「俺も持っていないな」

「そう。それなら多少危険でも夜の道を進む方が良いと思うわ。せめて水場を見つけないと」

「…賛成…」

「異議なし」

「僕もそれが良いと思います」

「みんなありがとう。明かりが星明りしかないから足元は十分に気を付けてね。では出発!」


 リーダーは自然と司に決まった。

 隊列も自然と【さすまた】改め【スパイダースピア】を構えた由宇を先頭に鶴、晶、司の順番となる。

 【スパイダースピア】の柄頭で道を『トントン』と確認しながら慎重に進む由宇。

 テーブルトークの迷宮で定番の行動だ。

 ここは異世界。

 どこにトラップがあるか分からない。

 誰も言葉を発しない移動が続いた。


「…由宇…あそこ…」


 どれだけ歩いただろう。

 時間の割には距離は進んでいない中。

 小声で鶴が由宇へ注意を促す。

 鶴が指差す方向に光の点が複数存在した。

 木々の暗がりの中、合わせて五対の光。

 ゴブリン?

 由宇は異世界で一番有名であろうモンスターの事を思い出した。

 由宇は【スパイダースピア】を構えてゴブリンの襲撃に備える。

 鶴は後ろの二人にも注意を促した。


 睨み合いが続く。

 精神力が切れた方が負けだ。

 そして一番早く精神力が切れたのは残念ながら晶だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 大きな声が暗い木々の間を走った。

 眠りを邪魔されたのか何羽かの鳥がこの夜の中飛び立つ音が聞こえた。

 そして五対の光は木々の奥へと消えて行った。

 結果としては晶の完勝であった。


「ごめんなさい。我慢しきれなくて」

「良くやったわ晶君」

「…晶…グッジョブ…」

「そうだぞ。あと三秒経っていたら俺が叫んでいた」

「みなさん。ありがとう」


 笑う晶の目に涙が浮かぶ。

 こんなに可愛い子が男の子であるはずがない。

 晶の他三人は同時に同じ事を思った。


「ホゥホゥホホゥ」


 ほっとした四人の耳へまるで仲間を呼ぶような笛の音のような音が届く。

 司はすぐに指示を飛ばした。


「由宇。殿! あたしが先頭に出るわ。晶君。【竹ぼうき】を借りるわよ」

「了解!」


 すぐにこの場を離れる四人。

 暗い道の、倒木を乗り越え、落石を避けながら、少し急ぎ足で進んだ。

 笛の音が聞こえなくなり、司は休憩の指示を出した。

 きっとみんな体力と気力の限界だ。

 司自身が限界なのだから。


「みんな。ここで一度休憩するわよ。ペットボトルを一本まわすから。みんなで飲むわよ」


 ペットボトルの蓋を開けて晶に手渡す。


「僕からなんて悪いです」

「気にしないで」


 晶は申し訳ないと思いながら、口が湿る程度の、少量の水をいただき、由宇へ手渡す。


「晶の後か。なんか嬉しいな」


 由宇が感想を言うや司は由宇の手からペットボトルを奪い取り水を飲む。

 そして由宇へと返した。

 ペットボトルを持ち、がっくりとうなだれる由宇。

 再び由宇の持つペットボトルが奪われた。

 次は鶴が水を飲む。

 三度由宇の元へ戻って来たペットボトルの口は赤く染まっていた。


「…血の契約を深める…」


 残っている水の量からして残りは由宇の分だ。

 由宇は鶴との血の契約を深めながら残りの水を飲みほして司に空のペットボトルを返す。

 司はペットボトルをぶん投げたい衝動と戦いながらスリーウェイバックへと仕舞った。

 空のペットボトルも異世界では代わりがない大切な資材だ。

 自分のいらだちで捨てるような事は絶対出来ない。

 誰かがしゃべろうとすると睨みつける司のお陰で四人は静かな休憩時間を過ごせた。


 再び由宇が先頭、司が殿となり道を進む。

 少しきついコーナー。

 由宇が隠れながら先を覗き見ると巨大な建造物が見えた。

 少し下がれとハンドサインを送る。


 三人が下がった所で由宇も道を戻り見た物を伝える。


「怪しい巨大建造物があった。この先は注意が必要だ。敵か味方か分からない」

「あたしが斥候に出るわ」

「東海林さん。危険です!」

「…晶の言う通り…」

「誰かがやらないといけないの。だからあたしがやるの。一番上手くいくわ」

「そこに異論はない。何かあったら俺が一番に駆け付けるから」

「由宇。信じているわ」


 言うが早いか司が巨大建造物へ向かう。

 司は物影を上手く利用しながら素早く近づいて行った。


 巨大建造物は塀に囲まれていた。

 何かの砦だろうか?

 司は塀の影に隠れながら移動する。

 たいして移動する事なく門が現れた。

 鎖で封印されている門だ。

 だが高さはそんなに高くない。

 司と由宇ならば簡単に乗り越える事が出来るだろう。

 晶と鶴には少しきついだろうが。

 しかし司はここで既視感を覚えた。

 何となく見覚えがある風景。

 門がある壁には金属のプレートが掛かっている。

 プレートには【神原西小学校】と書かれていた。


 何とも言えない気持ちが司の心に溢れる。

 ハンドサインで三人を呼びつける『安全だからすぐに来い』というサインだ。


 三人も司と同じく【金属のプレート】を見て唖然としていた。

 四人は冒険の終わりを感じる。

 異世界にも行けずモンスターに会う事も無く。


 夜遅く家に帰った四人はモンスターに会う事だけは出来た。

 ペアレントと言う名のモンスターに。

 ある者は泣かれ、ある者は殴られ、ある者は無視されながら、それぞれの夜を過ごした。


 こうして少年少女の冒険は無事に本当の終わりを迎えた。

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