承
職員室にいる担任へ由宇と晶が日誌を届ける。
二人に付いて行った司と鶴が隙を見計らって壁に掛けられた【さすまた】を手に入れた。
学校へ侵入した不審者を取り押さえる武器が【さすまた】である。
誰にも気付かれないうちに司と鶴の二人は職員室を抜け出す。
「良し。しっかり日誌も書けているな。明日も頼むぞ。二人共気を付けて帰れよ」
「「はい。先生さようなら」」
「おう。さようなら。また明日な」
帰りの挨拶をして職員室を出た由宇と晶は、先に出た二人と合流した。
司は由宇へ【さすまた】を渡すと忍び足で廊下を移動して昇降口へ向かう。
誰も居ない事を確認すると三人へハンドサインを出して移動を促す。
司と由宇は普段からやっている【スパイごっこ】だが、突然の行動へついて来れた晶と鶴。
二人にセンスを感じた司と由宇がお互いの顔を見ながらうなずき合う。
良い人材が手に入ったと。
昇降口では司と晶、由宇と鶴、二組に分かれ【監視】と【靴を履く】作業を交互に行った。
晶が掃除用具入れから竹ぼうきを手にした。
僕は男の子。
栗戸さんだけに武器を持たせる訳には行かない。
そんな気持ちからの行動だった。
人目をはばかる移動が開始される。
斥候は司。
殿は由宇。
昇降口を出ると校庭を横切る校門へ向かわず、校舎の影へと向かう。
放課後の校舎東側は薄暗い。
ここには普段使われない通用門があり、山頂の神社へ行くには近道となる。
通用門は鎖で封印されており、ここから先の侵入を阻むようであった。
四人が四人、大量に口へ溢れたつばを恐怖と共に飲み込む。
所々塗料が剥げ錆びついた通用門は怪しさに満ちていた。
最初に行動したのは鶴だった。
通用門へ手を添えると何やら呪文を唱える。
「…もう安心…怪異は封印した…」
「流石鶴っちね。仲間にして正解だったわ」
司がひょいと門を飛び越える。
一人で越えられない晶と鶴は由宇が足首を持って持ち上げながら門を越えた。
由宇はこの時に鶴のスカートの中を見てしまった。
黒いタイツではなく黒いストッキングでパンツだけが白かった事は由宇だけの秘密だ。
最後に由宇が司と同じように門を飛び越えた。
アスファルトの道路はこの通用門まで。
この先は昔に敷かれた石畳の山道が薄暗い林の中へ続く。
人家が一つもない学校の裏山。
いくつもの怪談が学校中で噂されている場所だ。
中でも山頂の神社の怪談は枚挙にいとまがない。
「山頂の神社はこの先よ。ここからは由宇が先頭ね」
「勝手に決めるな」
「栗戸さん。怖いです」
晶の言う通り薄暗い山道は妖しさに満ちていた。
妖怪が出て来ても不思議ではない雰囲気だ。
学校で噂さる数々の怪談が頭をよぎる。
鶴もブツブツと独り言をつぶやいている。
「…護衛の悪魔を召喚した…」
「どこに?」
三人の目には悪魔が映らない。
「…良かった…三人はまだ呪われていない…」
「悪魔が見られるなら呪われても良いな」
「…由宇…本気?…」
「本気だぞ」
「…血の契約が必要…」
「痛いのか?」
「…痛い…」
「悪魔が見られるなら我慢する」
「…そう…なら膝を着いて口を開いて舌を出して…」
鶴の言う通りにする由宇。
鶴は由宇の顔を両手で優しく挟むと由宇の舌を噛む。
鶴は血が滲んだ由宇の舌へと同じく血が滲む自分の舌を絡ませた。
お互いの血と血が交じり合うようにねっとりと舌を絡ませ合う二人。
由宇は鶴に押し倒されるように下に。
学校指定のスリーウェイバックがクッションになった。
呆気に取られて司と晶の思考が停止する。
由宇は無意識に【さすまた】を手放して、鶴を大事に優しく両腕で包み込む。
どれだけの時間が経ったのか四人には分からない。
由宇と鶴の二人の口が離れる時、絆の赤い糸が、舌と舌の間を妖しく光らせ繋がっていた。
「…由宇見える?…」
「あぁ。見える。武器を携えた二人の鬼が俺にも」
「…初めてだけど上手くできた…」
司が【さすまた】を晶が【竹ぼうき】を石畳へ柄頭を突いて仁王立ちだ。
由宇はその姿が【鬼】に見えた。
鶴が由宇の体から離れて立ち上がる。
絆の赤い糸は長く長く伸びて最後に由宇の顔へ落ちた。
その瞬間に司クンと晶クンのドライブタイガーツインシュートが由宇の股間を襲った。
苦悶の表情を浮かべて気を失う由宇。
それを見た鶴が一言。
「…初めて悪魔を見た…由宇の気絶は当然…」
目覚めるまで由宇は二匹の鬼に片足ずつ持たれ引きずられて移動した。
一歩移動する毎に『ゴツンっゴツンっ』と由宇の頭が打楽器のように音を奏でる。
硬いものが頭へ当たる痛みと股間のズキズキとした痛みで由宇は目覚めた。
二匹の鬼が獲物を携え自分の両足首を持ち引きずられている事を理解すると悲鳴が漏れた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
「起きたようね。言い訳を聞こうかしら」
「そうですね。言い訳を聞きましょう」
「…二人共…由宇は悪魔を見て混乱中…」
「鶴っち。こんな奴かばう必要ないからね」
「待て。話せばわかる」
「栗戸さん。それは死亡フラグですよ? 自分からフラグを立てるのですね」
「俺が一体何をしたと言うのだ?」
「覚えていないの?」
「だから何をしたと言うのだ?」
「栗戸さん。本当に覚えていないのですか?」
「あぁ。頭の痛みと股間の痛みしかない」
「あたしの目を見て話しなさい。本当に何も覚えていないの?」
「いや。これから異世界の入口を探しに行く事は覚えているぞ。山頂の神社だったな」
由宇は必死の演技を続ける。
舌を噛まれた時は痛かったが、その後は蕩けるようなキスを鶴と行った。
由宇の記憶にある限り、初めてのキス。
だがこの記憶は他の二人にばれてはいけないと由宇は思う。
二人は鬼へと化ける。
俺は文字通り殺されかねない。
今回は司ばかりか温厚な晶まで敵にまわっている。
いや。
鶴の言葉を借りれば悪魔だろうか。
由宇の目に、はっきりと、冷たい目をした二匹の悪魔が映っていた。
「目が泳いでいるわ。嘘ね」
「目がまわっているんだよ」
「…目がまわると瞳は震える…」
「そうなの? 断罪は保留にするわ。推定無罪よ! 思いだしたら自己申告しなさい!」
「何を申告するのだよ!?」
由宇はどうやら鬼を騙せたようだ。
そんな由宇へ新たな脅威が裾を引っ張る。
「自己申告してくださいね」
晶が涙目で由宇へ訴えかける。
由宇は小悪魔の誘惑に乗ってしまいそうだった。
抱きしめたい気持ちを『ぐっ』とこらえる。
勝手に動いてしまいそうな左手を必死に右手で抑え込む。
「…やっぱり由宇と晶はあやしい…」
「そうね。鶴っちよりも晶君との関係の方があやしいわ」
「二人共僕は男ですからね!」
「男同士だからあやしいのだけどね」
薄暗い林の中、恐怖をまぎらわせる為か、四人はおしゃべりが止まらない。
そんな時だ。
突然林中からバサバサバサと音が襲い掛かる。
司と鶴が耳を押さえてしゃがみ込む。
晶はたまらず悲鳴を上げて由宇へ抱きついた。
由宇の左腕が右腕の封印を打ち破った。
由宇は鳥の羽音だと分かっていたが役得とばかりに晶の華奢な体を受け止める。
「やっぱりあやしい関係じゃない」
「…私達を護って悪魔が消滅した…由宇は血の契約で私を護るべき…」
晶を押し退けて鶴が由宇の腕に絡みつく。
由宇の目には二匹の悪魔が依然として見えている。
薄暗い林の中、古い石畳の上を行く。
由宇が上を見上げればカラスの群れが木々に止まっていた。
木々の切れ間から見える空は薄暗い林と違い昼間の明るさを保っていた。