始まりは悪趣味から
これはあるガラクタ好きな男がひょんなことから少女を買う話である。
「なんでも、いらないもの買取ります。」
そう書かれた看板は酷く錆び果てかろうじて読める程度のものであった。秋道ヒロトはその大きく惨めな看板を見上げる。何故、いきなりこの場から物語が動きはじめ、なぜ彼がこの店を訪れたかという経緯はかれこれ数時間前に遡るところにある。それは突然ではあったが、いつかはやってくる必然的な出来事であったのだろう。
〝中古屋。それは人がいらないと捨てたはずのものが再び必要とする人と出会う奇跡の場である。〃
古びた花瓶に愛でるように手をかけながら不気味な笑みを浮かべ、内心そう思う彼こそが秋道ヒロトその人だ。ちょっとどころではなく、砂漠の中央にあるオアシスくらいの変わり者の彼は誰かが必要としなくなったものに魅力を感じる人間である。他者が排斥し、見捨てたものの中に自身が価値を見出す事で他者より優位に立つ事ができると言うのが彼の心理であった。毎日毎日、飽きもせず毛も興味がない人から見ればゴミにしか思えないようなモノを古物屋で買っては家にコレクションとして我が子を可愛がるかの如く大切に保存していた。そんな彼がこの日、目をつけたのはいつも1時間も2時間もかけて選びに選び抜き買う錆びたネジやボルトが集められた籠でも、原型をとどめないほど劣化したり、ひしゃげたりしたゴルフクラブが並ぶお気に入りの商品棚でもなく、一枚のチラシだった。「なんでも、いらないもの買い取ります。
カンジョウでもカラダでもいいです。 」
拙い字でそう書かれたチラシは怪しいを通り越して法なんて糞食らえと言わんばかりの潔さが目に見えた。しかし、それは一般の目からの見え方であり、ヒロトにはそうは見えなかったのだ。いらないカンジョウやいらないカラダ。人がいらないと思うモノがあればそこには彼の興味も並行して存在したのだ。ヒロトはそのチラシに目を奪われその場から一歩も動くことは叶わなかった。生唾を飲み、瞳孔が開き、さながらハイエナのような様子のヒロトを買い取りカウンターから豆粒大のピストルのように腰が曲がった店主のじいさんはじっと見ていた。
「お前さんくらいじゃよ。そんな物騒で怪しげなのに興味あるのは。」
ため息混じりにそう話す店主とは長い付き合いだがその声色で直ぐにこのチラシがどうも退っ引きならぬ事情でこの場においてある事が瞬時に理解できた。
「おじさん。これは誰が持ってきたチラシ?」
手に取って隅から隅まで舐め回すように見ながらヒロトは店主に問いかけた。するとカウンターで書き物をしながらヒロトを横目に店主のおやじは眉をひそめ、店内を警戒の目が一巡し他に客がいない事を確かめてからペンを置き、ヒロトに向き直る。
「それはやめとけ。一昨日だったか?なんかフラフラっと頭から埋まるほどブカブカな割烹着みたいなの着た客が来てな。そいつがチラシを置けとだけ言ってきたんじゃ。断りを入れようと思ったら、裾からスルスルとの。なんや物騒な刃渡りの鉈が出てきたんじゃから、まあ仕方なく置かせたんじゃよ。ありゃあ、まず顔が割れとらん。お前さんみたいなガラクタ好きには興味の湧く味わいなチラシだとワシも思っとったから、お前さんが来る頃合いで隠しとこうか思ったんじゃがなぁ。どうもそのチラシをいじるのも怖くての。」
おやじの話を片耳に住所を確認する。栃木県佐野市〇〇町〇〇〇ー〇〇
裏面に記載された住所はこの場所からはだいぶ離れた場所にあるようだった。
「遠いなぁ。なんでわざわざここに?」
大きな独り言を言いながら、チラシ裏面の妙な異変に気付く。手書きの汚い文字がつらつらと羅列された部分に唐突に5行分ほどの空きがあるのだ。違和感を覚えてその場所をゆっくりと愛でるように指でなぞる。途端するすると指が這ったあとにパソコンで打ったかの如く整った文字が大きく浮かび上がる。〝秋道広人様へ″。なぜ自分の名前が、どうして指がなぞっただけで、なんという足が竦むような不快感と不信感による疑問が浮かぶよりも先に興味と好奇心と言う名の大きな雲がヒロトの頭の全てを覆い隠し、思考の全てを覆う。まだ見ぬ自分の求める価値が、自分にとっての生きる意味がそこには必ずあるはずだという確信がなぜか心の中央に鎮座していた。手には自分の名前が大きく記されたチラシを握りしめ、足はすぐさまに店外へと向く。重く錆びついた押し戸を力一杯に開き、外の空気を肺に取り込む。次の行動は言うまでもなくもはや決まったも同然だった。
そして冒頭の一文へと状況は移行するわけである。道中電車等の乗り間違えや、そもそも栃木県という場所が日本地図でいうとどの位置かも知らなかったなんてことは一旦置いておこう。チラシの裏面に記載されていた住所を頼りにここまでたどり着いた訳であるが一見は普通の家であった。ただいたずらのように錆びついた看板が掲げられている点だけが他に宇を構える民家と大きく違った。周囲にはこの謎の店をはじめとするどれも似たような家が田畑を挟んで一定間隔に点在し、沢の綺麗な水が少しずつ下流へと落ちていく涼しげな音と数あまたの虫の音だけが静寂を支配していた。人の声ひとつせず自然だけが独立するこの場には都会とは違い真の意味で捨てられたものなど存在せず、これからゆっくりと長い年月を経て朽ち果てゆくものしかないように思えた。それはとても新鮮でヒロトにとっては感じたことのない感覚であった。そのせいもあってか、看板に汚い文字で描かれた『いらないもの』という言葉が見慣れたものとは全く違う異物に見えたのだ。きっとここにたどり着くものは最後の最後まで世界にさえ必要とされなかったものなのだろう。そう考えると自然と鉛がぶら下がったように足は重くなり、石垣で囲われた敷地の内側へと足を踏み入れることが躊躇われる。自身のエゴを守るための道具としてガラクタを集めていると言われれば否定しようがないヒロトにはなにか自身の本質に触れたような気さえして気分が悪くなる。そうなのだ。人間誰しもが自己防衛のために無意識的意識的に関わらずなにかを利用しているのは言うまでもない。しかし、その事実を目の前にした時に大半の人間はそれを拒絶し、隠蔽しようとする。一般的な人間であれば短所をカバーする長所があり、それを自覚することで自己を安全に保っていくことができる。しかし、ヒロトは未だに自身の長所に対する自覚がなかった。自分に一つでも長所が見つかればきっと…….。
「捨てられなかっただろうにな。」
漏れるような独り言が口を衝いて出る。するとまるで人語を解したかのようにヒロトの後ろ向きな言葉に反応し大きく風が吹く。その風が足元へと流れ込み草木がざわざわとまるで笑うかのように大きく揺れる。虫の音がより一層激しさを増す。自然の全てに下等なものを見るような蔑んだ目で見られているかのように感じ出す。そうなると自棄の念は大きくなる一方で虫の音が風の音が聞こえもしないはずのヒロト自身に対しての誹謗中傷に空音する。竦む足はより前に進まなくなり膝が笑い出す。あとえの間辺りの言葉にならないような音の空気が口からとめどなく漏れる。どうして母さんは僕を。
「ココ 二 ナニカ ヨウジ アル ?」
深い思考の海の底へと沈み、自棄の念に大きく押しつぶされていたヒロトは周りが全く見えなくなっており、耳に届いたその声に慌てて呼吸を整えた。マイナス思考に走るうちに狭く暗くなっていたは視界は深呼吸とともに徐々に広がり、どのタイミングからか自分が地面しか見ていなかったことにやっと気づく。広がった視界には苔が生い茂った石畳にちょこんと乗ったサンダルとその上には小さく細い枯れ枝のような足がサンダルを履いていた。足からゆっくりと視線を起こしていくと、顔が陰るほどに大きなローブを被った顔が胸よりも下くらいの高さにあった。上を向くに連れてローブの内側に隠された顔に光が差す。そして、大きく上を見上げヒロトの顔を伺う形になったその相貌はヒロトの目からはっきり伺えることとなった。その光景はとても異様だったといえよう。何故ならばフードの下に見えたその顔は無機物であり、上から金槌で叩いて開けた針吹き出しのような形の双眸と口角のつり上がった不気味な笑顔の口のように穴の空いたバケツだったのだ。頭からすっぽりとバケツの仮面を被った小学生ほどの背丈のそのやせ細った男が表情こそ確認できないが不審そうに首を傾げこちらの様子を伺っていた。
「ヨウジ ナニ?」
不思議な格好をした少年は片言な言葉でヒロトに対して問いかけていた。しかし、どう説明したらいいものかとあたふたするうちに一つ見せるだけで通じるであろう物を自分は持っていることを思い出す。ジャージの後ろポケットから出したそのチラシにはこの場所の住所とそして〝秋道広人様へ″という大きな文字が記されている。バケツ少年はそのヒロトの手に掲げられたチラシをじっと凝視し続け、魂が抜けたかの如くまるで動かなくなってしまった。
「ええと。これを見て来たんだけど、店主さんはいる?」
なるべくゆっくり丁寧に子供にいい諭すようにヒロトはバケツ少年に対して話しかけた。するとバケツ少年は大きく首を二度縦に振り、ヒロトの手を握り敷地内へと招き入れた。無言の対応に内心恐怖を抱きながらもその手を握り返した。握った手はとても小さくそして細く力加減を間違えれば折れてしまいそうにさえ感じられるほどに弱々しかった。石畳を数メートル行くと周囲には雑草が生い茂り、壁には蔦が這う、昔ながらの瓦屋根で例のキャッチフレーズ「なんでも、いらないもの買取ります。」という看板が錆び果てて曲がった釘で外壁に貼り付けられた民家の目の前へと着く。錆びて赤茶色になった傘立てとボロボロに風化した何かすらもわからない石像を両脇に置いた玄関は木製の縦格子の間に磨りガラスが敷かれた引き戸であった。
「ドウゾ」
引き戸が小気味よいカラカラという音でバケツ少年の手によって開かれる。その先に見えたのは水瓶や手でクルクルと絞りをする乾燥機付きの洗濯機に竃に白黒ブラウン管テレビに囲炉裏。扉を開けただけで家の中の様子は一望出来た。今では決して見る事もなくなったであろう昔ながらの光景に目を輝かせて隅から隅まで目線を巡らせる。玄関で立ち尽くす形となった客人になにも言葉をかける事なくバケツ少年はサンダルを乱雑に脱ぎ捨てて部屋の奥へと走っていく。畳の上を走る少年の足音は軽快で目的地はもはや決まっているようだった。しばらくして、奥の襖からバケツ少年が白ひげに長く白い眉をこしらえた中国の山峡てっぺんに水墨画でよく描かれる仙人のような見た目の男の手を引いてやってきた。
「客人か?」
意外にもその声は若く、見た目との齟齬に仙人面の声だと認識するまでに数秒かかる。声だけ聞いたならば20代でも通じるくらいに若く力強い声だった。仙人はヒロトが手に握るチラシを見るなり状況を把握したようで大きく縦に首を振り、手招きで家の中へとヒロトを促す。
「なるほど、なるほど。入りたまえ。ヒロト少年。君にはどうやら〝買う″資格があるようだね。名乗るのが遅れた。私はペキンという名で通している。でこっちのバケツヘッドが小枝。」
ペキンと名乗った男はフードの上から小枝の被るバケツの上を撫でながらこちらに挨拶した。
「えぇと。秋道広人。30歳。会社員です。」
それに対してヒロトが放った一言はとてもベタな挨拶であった。言わずもがなこの男、ガラクタとの対話以外はからっきしであるためその程度が背伸びして精一杯なのだった。
「あぁ。皆まで言うな知っている。趣味はガラクタ集め、特技はガラクタ集め、友人は1人。名前はまあ置いておこう。風呂に入ったらまず頭から洗うタイプで、薄毛でもないのに常に薄毛を気にかけ、使うシャンプーは育毛用。お楽しみは取っておくタイプで昨日の晩飯の唐揚げ弁当の最後の一口はマヨネーズ付きの一番大きな唐揚げ。」
まあ、ペラペラペラペラとまくし立てたその言葉はぴったりそっくりそのままにヒロトに当てはまり、知らぬ間に部屋にカメラでも仕掛けられたのか?と不審になり、湯水のように鳥肌が溢れて止まらない。
「そうとも。知っているとも。その上で言おう。君に世間から捨てられたモノを買う気はないかい?対価はそうだ。えぇと、考えてなかったが、そのエゴと一際目立つ感情でいかがだい?余った分は換金しよう。君の口座に入れておく。買ってほしいのは生き物だからね。いわばこれは君の生活費と買ってもらうものの養育費ってとこだ。どうだい?やってみるかい?」
このペキンと名乗った男、まあ言葉がマシンガンの如く止まる事を知らない。ヒロトの理解を悉く後ろへ置き去り話はどんどんと前へ進んでいく。一体どこから質問をすればいいのやら。まず尋ねるべきは根底。ヒロトがここに来る原因にもなった事だ。
「僕に生き物を買って欲しいからこのチラシに僕の名前を?」
「そうだ。」
ペキンはそれはもう大きくゆっくりと朝露の重さに耐えかねそれを零す若葉のように首を縦に振る。次に尋ねるべきは聞き捨てならぬ対価についてだろう。
「お金ではなく、感情とエゴをモノとしての物々交換って事ですか?」
「その通り。物分かりがよくて助かるよ。」
「タス カ ルヨ!」
ペキン、続けて小枝がヒロトの質問を大きく肯定する。
「先程、僕の趣味趣向を言い当てたのはそれを信じてもらうための判断材料だと?」
「他にも必要かね?ならば君の家の本棚、下から2番目、右から3番目の裏には……」
「もういいです!!わかりました。一切合切信じます!!」
言葉を遮り、ペキンがそれ以上自分の趣味趣向についてを暴露することを既の所で防ぐ。これ以上はなにを言われるかわかった事じゃない。
「タス カ ルヨ!」
これはペキンの横で先程から気に入ったのか同じ言葉を連呼し続ける小枝である。楽しそうな小枝とは対照的にヒロトの心には1つ不安があった。最後にペキンに対し質問するならばこうだ。
「もし、断ったら?」
ペキンの返答によってはこの場は穏便ではなくなる上、この男ならばヒロトの弱みの1つや2つ握る事などたわいもないだろう。NOと言われれば大人しく従う他にない。ガラクタ屋のじいさんの言っていた脅しも気になるし、正直なにされる事かわからない。だが、ヒロトの予想に反してペキンはあっけらかんとした表情で言った。
「いらなきゃ、仕方あるまい。差し出すものもの。覚悟もいるだろうから、なにも強要はせんよ。」
そういうとペキンはまあ、見るだけ見てくれ。と襖の部屋へと案内した。そこには外装からは想像もできないほどに大きな畳の居間が広がっていた。軽く50畳はあるその部屋は中敷居を間に挟んで4つに分かれて入るが、その敷居には和室に似つかわしく松や梅の絵が水墨や金色で描かれた戸は1枚も無く、最奥の根性とこれまた汚い字で書かれた掛け軸が見える飾り棚まで視界は一直線に開けていた。足元には赤い糸を基礎に牡丹の刺繍が施された綺麗な鞠が1つ、畳はどこも引っ掻き傷だらけで綺麗な頃の姿は見る影もなかった。ふと目を襖を開けてすぐ右手、ちょうどペキンで影になっていた位置にやると、そこには左右非対称でその体躯に不釣り合いな大きく歪なツノを持つ少女が座っていた。少女は酷く怯えた様子でまったくこちらを見ようとはしなかった。
「うーむ。君にもらって欲しいのはこの子なんだがね。まあ、見ての通り少々難ありなんだ。」
ペキンの言葉を半分聞きながら、ヒロトはその少女の放つ雰囲気に引き込まれつつあった。そうなのだ。その雰囲気はとても、昔の自分に似ていて、そして、とても誰かに必要とされたがっているように感じた。思わず手が伸びる。怯えている相手に初対面でいきなり触れるという行為がどれほどの愚行かはわからないが、何故か自然と手がそのツノへと掛った。ザラザラした鱗のような感触が手の平に伝わる。そして遠いが鼓動も感じたような気がした。ヒロトのツノを撫でる手を払いのける事なく少女は石のように固まってその場を動かなかった。
「しばらくここにいてもいいですか?」
ヒロトはそうしたかった。昔の自分が愛おしいだとか、虚しいからだとか、この少女が放って置けないだとかそんな偽善たらしい理由でそうしたかったのではない。言葉にするのは難しいし、言葉にしてしまうと野暮でとても安価な理由に聞こえてしまいそうだが、ただ安心したのだ。この世の誰しもが心のしがらみを持ち、それと葛藤しながら生きているが、ここまで自身と似た雰囲気を感じたことはこれが初めてだったのだ。
「そうか。しばらくしたらこちらで訳を話そう。」
ペキンは襖を挟んで反対側の部屋の囲炉裏を指差し、襖をゆっくりと閉めると外へと出て行った。
小一時間、一言も言葉を交わすことなく、少女と同じ部屋でただ座り続けたヒロトは一旦区切りをつけて襖を開け、ペキンの待つ囲炉裏の元へと足を向ける。ペキンは囲炉裏に薪を焚べて、手持ちの茶碗にお茶を汲み呑んでいた。囲炉裏の炎は弱々しくも決して消えることのないような芯の強さが見られた。小枝はどこか他の部屋へとはけてしまったようでその姿はいつのまにか見えない。ペキンの座る位置の座布団から90度位置、囲炉裏を囲んで隣側にはふかふかとした柔らかそうな紺色の座布団が一枚こしらえてあった。ヒロトはそこへ胡座をかいて座った。炎の暖かさが陽だまりのように心地よく少しぼうっとする。
「彼女は。」
お茶を啜り、茶碗を座布団の脇へと置いたペキンが熟した機を逃さず、話を切り出す。
「彼女はゾウとの遺伝子配合によって作られた、いわばキメラだよ。小枝も同じくキメラ、彼はオウムとヒトのキメラだ。ここらじゃ誰も気にしないが、まあ異質な存在よ。そういう行き場を失った者が集められるのが私の所という訳だ。私もお人好しでね。進んでやってる。偽善だなんだ言われようと構わないよ。ただ、偽善と罵られても、彼らを放っては置けなかったのさ。」
そう語るペキンの目はなにか物悲しそうで、ヒロトには見えない遥か彼方を見ていた。キメラという情報には少女の容姿を見た自分からすればまったくもって予想の範囲内であった。だがわからないのは。
「なんで彼らは作られたのか?という顔だね。金持ちの道楽だよ。小枝はペット用として作られた、餌の少なくて済むお喋り相手だよ。そして、名前のないつい先日ここへ来た彼女は象牙の採集用に作られた、無限に伸びる象牙製造機だよ。象牙は高く売れるからね。ただ成功例は少なくてな、失敗作でツノが歪なため捨てられたうちの1人が彼女だよ。遊びで作ることが出来るんだよ。捨て子ならね。」
思わず、言葉が無くなる。捨てられたモノをエゴのために集めていたヒロトにとってはとても酷な話だ。
「僕に何故、その……買う資格があると?」
ペキンはその長く白い眉をめいいっぱいに上に押し上げ驚いた顔をする。そして答えは1つしかないとばかりに
「そりゃ。君が偏見の無い人間だからだよ。君は彼らを見て驚くことはあっても恐れはしなかっただろう?」
それはそうですが。と小さく言いヒロトは自身がガラクタを集める起因たるエゴについて考えていた。
「確かに、君のガラクタを集める理由は歪だ。他人に価値が見出せなかったモノにこそ自身の求める価値があるなんてとんだ捻くれ者といいとこだよ。だが、その根底にある君の母親への想いは本物だ。」
ヒロトはペキンのその言葉に思わず、立ち上がり、拳を握る。彼の今の発言はヒロトの入ってはいけない領域へと確実に踏み入れた一言だった。どうやらヒロトのなにもかもをお見通しらしいペキンだが、それをそれだけを口にする事はして欲しくなかった。しかし、その反応までペキンは見通しての発言だったのか、ヒロトを宥めるように言葉を続けた。
「落ち着け。見たくなくても見てしまうものなんだよ。まずは謝ろう。すまなかった。そしてだ。母への想いを奪おうなんて訳じゃない。私はその回りくどいエゴを払いのけてやろうというのだよ。それだと対価というには安易なものだろ?だからそれにプラスで感情を1つ頂くと。そういう訳だ。」
あいも変わらず矢継ぎ早に言葉をまくし立てるペキンだが、ヒロトはいくら少女を気に入ったとはいえ、それを買うという行為には納得していなかった。
「それで代わりに得るのが、あの子だと?言葉をよくしただけの押し売りにしか感じません。」
そこでだよ。と理不尽と心を覗かれた不快感により怒り爆発寸前なヒロトの目の前ちょうど鼻先辺りにペキンは人差し指を1つ立てる。
「対価として頂いた感情分生活費を出すと言ったろう?つまり。彼女の養育費とこれから数十年君の生活費はタダだ。普段なら特別な時以外感情は買い取らないのだが、少女をもらってくれるならオマケで感情を売る権利までつけよう。そして、それを普段の買取額の2倍で買い取ろうという訳。」
うまいことうまいこと言う食えない奴なのだなとこのペキンという男を推し量る。断ることもできる。というか、一般的にこの条件を受け入れるメリットを簡単に言えば、感情を1つ失う代わりに数十年分の生活費が手に入るということだ。そして、そこに少女も付いてくると。これはメリットデメリット考え方は人それぞれだろうが、ヒロトにはこれはどっちつかずに感じられた。広い訳でもない一人暮らしをする自身の部屋へあの少女を招き入れるのも気が引ければ、プライベートが一切無くなるかもしれないという不安もあった。ただ利点としてはあの子と同じ場所に居ることに何か謎の安心感を覚えるという事があった。だから、ヒロトはペキンと真っ向から勝負をせず、予防線を張って対峙することにした。
「1か月。1か月だけお試しであの子の親になりましょう。感情とエゴは持ってってもらって構いません。1か月後にまた今後も一緒に暮らしていけるかを検討させてもらいます。もしダメなら少女はここへ連れ帰りますし、1か月分でお金も打ち切りでいいです。ってのはダメですか?」
優しくてそれでいて自身の事を顧みない節があるヒロトの言葉にペキンは大きく笑った。そんな君だからこそ私は安心して頼れるのだ。君ならきっと相手が金持ちの要らないエゴで生まれてしまった存在だったとしても平等な目を向けてくれるだろう。
「君なりの前向きな検討だろう。こちらも無理を重々承知で頼んでいるからな。いいだろう。」
さて、一緒にいる事に抵抗はしない彼女だが、果たして見ず知らずの男にいきなり連れ回されることに恐怖感を抱かないかだけが不安だった。今も一枚戸の向こう側では日も暗くなり始め、灯りひとつなく夕日の穏やかなオレンジ色だけが縁側に位置する所の締め切られた障子の隙間から細く繊細な暖かい光の糸を垂らす。これはあるガラクタ好きな男がひょんなことから少女を買う話である。そしてこの瞬間こそが秋道ヒロトという男の人生を左右する物語の始まりの瞬間である。
お読みいただいた、みなさん。ありがとうございました。はじめての掲載となります。なにか反応、感想等をいただけたら嬉しい限りです。