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7話【迷宮での採集依頼】

「――師匠、ダンジョンに生えている薬草なんて、本当に効能があるんですか?」


 ダンジョンの地下五階――植物が生い茂る森林フロアでそんな質問をしたのは、つぶらな瞳を師匠に向ける弟子――リオンである。

 地下三階から地下五階は、緑が多い森林フロアだ。

 これはダンジョンの構造が変化して、部屋や階段の位置が変わったとしても、基本的には同じである。

 森林フロアには、たくさんの植物が自生しており、外界で見たことのある樹木もあれば、ダンジョン内でしか発見されていない珍しいものも存在する。


 中には薬草として重宝されている植物もあり、ディガーギルドにはそういった薬草の採集依頼が寄せられていたりするのだ。

 今回は、ハクビが弟子であるリオンへの教育の一環として、《キレート草》という薬草の採集依頼を受けた。


 ダンジョンで魔物を狩るだけではなく、おまけに人助けもできると乗り気だったリオンであるが、このような魔物が跋扈する迷宮に生えている植物に、本当にそこまで効能があるのかを疑問視してしまうのも仕方ないだろう。


「そんなことを言えば、ダンジョンで発生する魔物が落とす魔石を、いくつも体内に取り込んでいるわたしたちはどうなる?」


 ディガーのほとんどは、魔石から抽出したエネルギーをアニマに馴染ませ、肉体や精神に劇的な変化を起こしているのだ。


「それに比べれば、ダンジョン内に価値ある珍しい薬草が生えていても、なんら不思議なことではないだろう。それ以上無駄口を利くようなら、この前の白魔石を無理やり口の中に押し込むぞ」


 ちなみに、クリスタルゴーレムが落とした白魔石については、まだリオンの体内に取り込まれていない。魔石による魂の昇華は多かれ少なかれ苦痛を伴うが、あれだけ高純度で大きめの魔石だと、おそらく今のリオンには耐えられないからだ。


「魔石をそのまま体内に取り込もうとしたら、どうなるんですか?」


 無理やり口に押し込まれた自分の姿を想像しながら、リオンが尋ねる。

 普通であれば、ギルドにある特殊な機械で魔石からエネルギーを抽出して、それを飲み干すのだ。


「魔石をそのまま飲み込んでも、魂の昇華は起こる。ただし、それに伴う苦痛は増すことになるがな。あの工程は、魔石から不純物を取り除いて精製しているようなものだ。不純物が多ければ、それだけ身体への負担も大きい」


 やむを得ない場合を除いて、極力は避けたい行為だ。


(そんなえげつない行為をいともたやすく実行しようとするなんて……さすが師匠!)


「そ、そうなんですか。あっ……見てください、師匠」


 リオンが指し示した先には、木々に囲まれるようにして白い花をつけた草が群生していた。十株ほどはあるだろうか。いつ魔物が襲って来るかもしれないダンジョン内ではあるものの、少しばかり心が安らぐ光景である。


「あれ、《ホワイトブロム》じゃないですか?」

「そうだ、よく知っていたな。あれは下級回復薬の材料にもなる。目的のキレート草とは違うが、せっかくだから採集しておくといい」


 リオンの故郷の村では、回復薬などと洒落たものはなかったが、切り傷や擦り傷などには薬草をすり潰して塗布していた。ホワイトブロムもそんな薬草の一つで、軽い傷なら翌日には治ってしまうほど高い効能がある薬草だ。


「はい。あれは採集した経験があるので、任せてください」


 リオンはそう言って、ホワイトブロムを丁寧に採集していく。効能があるのは主に葉の部分だが、乱暴に引き抜くと根が傷つき、葉もみるみる萎れてしまうのだ。

 優しく土を掘り返し、一株ずつ採集していくリオンだが、半分ほどは残しておく。


「もういいのか? まだ残っているようだが」


 全て取り尽くしてしまうと次に採集する分がなくなってしまう――というのは、外界での採集マナーだ。


「言っておくが、ここはダンジョンだ。しばらくして内部の構造が変化すれば、この場所もなくなるだろう。取れるものは、取れるときに、取れるだけ取っておく――というのがディガーの心得だぞ」


 そんなハクビの忠告に、リオンは困ったように笑う。


「えっと、それでも……残しておきたいんです。さっきまでダンジョンに生えてる薬草なんて大丈夫かなって不安でしたけど、こうして立派に育ってる姿を見ちゃうと、なんだか申し訳なくて……ダメですか?」


 意外にも、自分の意見を曲げなかったリオンを一瞥して、ハクビはポリポリと頭をかいた。


「別に悪くはない。そもそも発見したのはお前なわけで、自由にすればいい。ただし――」

「ダンジョン探索は自己責任……ですよね? 後で、あのとき採集しておけば良かったと嘆くことがないようにします」

「なら、いい」


 師匠から許可を得たリオンは、満足げに採集したホワイトブロムを袋へとしまいこむ。

 そのとき――誰かに見られているような気がして、反射的に後ろを振り返った。

 しかし、周りの木々が微かに揺れているぐらいで、何もおかしなところはない。

 そんなリオンの様子に、ハクビが怪訝な顔をする。


「? 魔物の気配でも感じたのか? このフロアだと妖樹が擬態して襲いかかってくるのが厄介ではあるが……周囲にはいないと思うぞ」

「あ、いえ、ぼくの気のせいだと思います」


 注意深く辺りを見回してみても、魔物の姿は見受けられない。


「まあ、慎重になるのはいいことだ。わたしの場合はアビリティの恩恵に頼りすぎているかもしれないからな」

「それって、この前のズバッ! キンッ――っていうアビリティですか!?」

「お前……いや、いい」


 リオンが言ったのは、前に披露した《抜刀術・水鏡》――いつどのように攻撃されようと、神速の抜刀によって迎撃する――のことだろう。


「周囲への警戒はしているつもりだが、奇襲されても即座に反応できるというのは、我ながら心強い能力だと思う」


 頼りすぎるのは危険だが、常に魔物を警戒する必要があるダンジョン探索において、これほど心強いものはない。


「無敵ですよね!?」

「うるさい。さっさと当初の目的であるキレート草を探すぞ」

「あ、はい。そうですね!」




 ――あらためて、依頼の品の探索を続行する二人。


 キレート草というのは、体内の自浄作用を強める効果があるとされている薬草だ。

 ダンジョン内でのみ自生しており、採集依頼はギルドへ定期的に出されている。

 紫の蕾が連なっているような花が特徴的で、澄んだ水辺の傍にひっそりと生えているため、発見するのがやや難しい。


 泉が湧き出ている場所を見つけて探していると、踏み潰されてしまった草花がそこかしこにあった。水場には魔物も寄ってくるので、無残に踏み荒らされることも珍しくない。


「ふむ……しかしキレート草らしきものはないな。泉の近くならいくつか咲いていてもおかしくはないが……この踏み荒らされた形跡からすると――」


「ブギィィィィッ!」


 ハクビが何かを口にする前に、聞き覚えのある鳴き声が響いた。


「これって……オークの鳴き声ですよね?」

「ああ、行くぞ」


 リオンたちは鳴き声がした方へと走り、すぐさま騒いでいる元凶を発見した。

 不健康そうな土気色に、でっぷりとした体躯はオーク特有のもの。

 見慣れた魔物であるが、注目すべき点は二つあった。


 いきり立っているオークの傍には、黒く焼け焦げたような塊が転がっている。ぶすぶすと煙を上げており、それが元は人間だったとわかる程度には、形を残していた。

 おそらくはディガーの成れの果てだろうが、ある程度経験を積んだディガーならば、オーク一体を相手に負けることなどない。


 あのような無残な姿となってしまったのは、オークが手に握りしめている一本の剣のせいだろう。

 その剣は、刀身が赤く燃えるような色をしており、炎がまとわりつくように揺らめいていた。


「し、師匠、あれって……」

「たぶん、もともとは誰かの持ち物だ。ダンジョン内で死んだ人間は、呑み込まれるように吸収されるという話はしただろう?」


 まだオークはこちらに気づいていないようで、リオンは無言で小さく頷く。

 ちょうどそのとき、焼け焦げた死体が地面に呑み込まれるようにして、ゆっくりと沈んでいった。時間にすればほんの数秒で、影も形もなくなってしまう。

 焼け焦げてはいたものの、装備品や道具などもまとめてあっという間だ。


「……ああやって死体はダンジョンに吸収されるが、一緒に呑み込んだ装備品なんかは、ダンジョンのどこかに吐き出されることがあるんだ。わたしたちが食事をしたときに、食えない物が混じっていて吐き出すみたいにな」

「それじゃあ、あのオークが持っている剣は、ダンジョンが吐き出したものを拾ったということですか?」

「たぶんな。ほとんどの場合は他のディガーに拾われるなりして、売却されたり、再利用されるんだが、稀に魔物が拾い上げて自分の武器にすることがある」


 オークは棍棒を扱う程度の知能は持っているため、火炎を吹き出す魔剣を無茶苦茶に振り回すとなると、危険度はグッと上がる。

 黒焦げにされてしまったディガーは、相当に不運だったといえるだろう。


 ダンジョン探索は、事前準備をしっかりと整えておくことで危険度を下げることはできるものの、安全が保証されているわけではない。

 どんなに対策をしていようとも、イレギュラーな事故は起きる。

 それを再確認したリオンは、ごくりと息を呑んだ。


「どうだ、お前があいつを倒してみるか?」


 ハクビにそう言われて、リオンは相手を注意深く観察する。

 フゴ、フゴッ、と大きな鼻を動かして辺りを警戒しており、じきにこちらの存在に気がつくだろう。オークは嗅覚が鋭い。木々の陰に隠れながら近づこうとしても、たちまち魔剣から吹き出す火炎で焼かれてしまう。


「……今のぼくには倒せないと思います。あんな威力の火炎を防ぐ手段がないですし、近づく前に黒焦げにされちゃいそうです」

「それで、どうするんだ?」

「ぼく一人だったら、逃げると思います」


 相手をしっかりと観察して、勝てない敵だと判断すれば、機会を失う前に逃げる。

 ダンジョンで生き抜くためには、必要なことだ。

 弟子の答えに満足したのか、ハクビはわずかに口元を緩めてリオンの頭をポンッと叩いた。


「いい答えだ……リオン」


 身を隠していた木々から、ハクビがすぅっと姿を現す。


「ご褒美に――いいものを見せてやる」

「ぶ、ブギッ? ブギィィィィッ!」


 新たな標的を発見したオークは、けたたましい鳴き声とともに魔剣を振るった。

 人間を一瞬で黒焦げにできるほどの業火が、襲いかかる。

 アビリティを三つ所持している《トゥリア》であり、肉体や精神が大幅に強化されているとはいっても、無防備に喰らっていい一撃ではない。


 だが、ハクビはその炎へと真正面から突っ込んだ。


「ブッヒャ、ブヒブヒブヒィッ!」


 高らかに勝利の鳴き声を上げるオークへと、冷徹な声が投げかけられる。


「拾った玩具で遊ぶのはそのぐらいにしておけ。豚肉風情が」


 ぶつかる瞬間、空間が捻じ曲がったかのようにグニャッと歪み、すさまじい熱量が魔剣を振るったオーク自身へと降りかかった。


「ぶ、ブヒ、ィ……」


 ――勝負は一瞬。

 ほとんど炭になったオークの身体が徐々に崩れていき、カシャンッと魔剣が転がり落ちた。

 ついでのように、小さな魔石も地面へと落ちる。


「し、師匠! なんですか今の! どうなってるんですか!?」


 何が起こったのか理解できていないリオンだが、とてつもなくすごい技だということは認識しているようだ。


「詳しくは秘密だ」

「ええぇ……でもすごいです! ぼくも師匠と同じアビリティを覚えたいです!」

「選べるようなものじゃないから無理だ。というか、仮に選べたとしても同じものはやめろ」


 地面に落ちていた魔剣を拾い上げながら、ハクビは冷たく突き放す。


「それよりも、キレート草がこの辺りに生えていないかしっかり探せ」

「は、はい!」


 オークは雑食性だが、本当になんでもよく食べるため、毒性のある植物なんかも気にせず口にしてしまう。かといって毒が効かないというわけではなく、しっかりお腹は痛くなるようで、自浄作用のあるキレート草をむしゃむしゃしている姿が、たまに目撃されているのだ。

 泉の周辺で草花を踏み荒らしていたのが、さっきのオークだとすれば、まだこの辺りには食べ損ねたキレート草が生えているかもしれない。



◆◇◆



 ――ディガーギルドにて。


「いやぁ、なんとか発見できてよかったですね、師匠」

「そうだな。そのキレート草は、お前が依頼主に届けておくように」

「わかりました。ところで、あのオークが持っていた魔剣はどうするんですか?」


 ダンジョン探索の戦利品としてハクビが持ち帰ってきたが、魔導機関が内蔵されているような武器は非常に高額だ。売却すれば結構な値段がつくだろう。


 ――ダンジョンで拾った物は、拾った者が権利を得る。


 それが迷宮探索における鉄則だ。

 勝手に売り払ったとしても、誰も文句は言わない。

 リオンが尋ねると、彼女はつかつかとギルドの受付へと歩いていった。


「ダンジョン内部で、ディガーの持ち物だったと思われる剣を拾った。元の持ち主がわかるようなら、そいつの家族なり、仲間なりに渡してやってくれないか」

「……かしこまりました。これだけの逸品になりますと、元の持ち主はすぐ判明すると思います。もし引き取り相手がいなかった場合は、あらためて権利を主張されますか?」


 ギルド職員には、ある程度の目利きができる者も多い。手渡された剣をしばし眺めながら、具体的な金額を口にする。


「もし売却すれば、百万ゼニは下らないと思います」

「いや、そのときは、そいつの墓にでも供えてやってくれ」

「たしかに……承りました。深き闇に沈みし魂に安らぎあらんことを」


 ダンジョンへと潜る者――ディガーの死は、悲惨だ。

 真っ当な最期を迎えられる可能性は、極めて低い。

 魔物に蹂躙されて殺された後は、その死体すら残らないのだ。

 ……墓穴に納めるはずの身体すら消滅し、二枚で一対になっているディガータグの片割れだけが、寂しく墓標に添えられることになる。


 ――そんな最期は、悲しい。


「……心から、そう願う」


 ギルド職員との会話を傍で聞いていたリオンは、ぷるぷると子犬のように身体を震わせていた。


「なんだ? 何か言いたそうな顔をしているな」

「やっぱり師匠は最高です! ぼくはどこまでもついていき――」

「――うるさい。無駄口を利くな」

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