6話【ぼくとアメリ②】
希少種は、滅多に遭遇することのない珍しい魔物のことだ。
そのフロアに出現するはずの魔物とは、強さも段違いらしい。
お、落ち着け。こういうときこそ、師匠の教えを思い出すんだ、ぼく。
――まずは、相手を冷静に観察すること。
希少種の情報は魔物図鑑にも載っていないため、自分で手に入れられる情報が全てなのだ。
相手の外見は……もっと深い階層で出現するはずの、ストーンゴーレムやアイアンゴーレムに似ている気がする。身体を構成している材質は異なるみたいだけど、ゴーレム系の魔物であると考えていいだろう。それなら動作はさほど機敏ではなく、パワー重視の攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。
「どうするの? リオン」
――そして、勝てないと判断した時点ですぐ逃げること。
師匠の教えは、単純明快でかつ的確だ。
「攻撃が通じないようなら、すぐに逃げよう」
「了解」
アメリから短い返事だけを受け取り、ぼくたちはゴーレムもどき目がけて駆け出した。
「ヴォオオオオオオオッ!!」
咆哮が轟き、大きく振り上げられた巨腕が床へ叩きつけられると、地響きとともに衝撃が床一帯を伝播した。すさまじい攻撃ではあるが、動作が大きいために疾走する二つの影を止めるには至らない。
衝撃が地面を走り抜ける瞬間に跳躍して空中へと逃れたぼくは、着地と同時にゴーレムもどきの身体へと斬りつけた。
「このっ!!」
――硬い感触。
まるで金属の全身鎧を着ている大男を相手にしているようだ。アメリも短槍を突き刺そうとしたが、堅牢な守りに弾かれてしまった。
「ダメみたいね……逃げましょう」
ゴーレムもどきを倒せそうにないため、ここが引き際といえるかもしれない。
幸いなことに相手の動きは鈍いため、逃げ切るのはそう難しくないだろう。
「あれ? ……あいつの腕……」
ぼくらが逃げようとしたとき、ゴーレムもどきの腕にわずかなヒビが入っているのを発見した。おそらく、腕を床に叩きつけた衝撃で割れたのだろう。
「そこだぁ!!」
ヒビ割れた腕の隙間へと剣を突き入れ、刀身を半回転させることで亀裂が腕全体へと広がった。
「ヴォオオオッ!?」
ゴーレムもどきが怒りを綯い交ぜにした唸り声を上げ、ふたたび腕を強く振り下ろした。
その衝撃によって、亀裂が走っていた巨腕が完全に砕け折れて地面へと転がり落ちていく。
「アメリ、今だ!!」
その光景を見ていたアメリは、こくりと頷いて疾駆した。
犬人族ということもあってか、脚力に関しては自信があるようで、ゴーレムもどきの周囲を挑発するように駆け抜けていく。もう片方の腕が振り下ろされたが、素早く動くアメリを捉えることはできなかった。
そうして亀裂が入った腕へと、アメリの短槍が襲いかかる。
またたく間に硝子が割れるような音が鳴り響き、残る片腕も床へと砕け落ちた。
「ヴォオオ……」
両腕を失ったゴーレムもどきは、それでも攻撃の意思は無くしておらず、こちらに向かって突進する構えを見せた。
地鳴りとともに、ゴーレムもどきが咆哮を上げて突っ込んでくる。
鈍重な動きとはいえ、ちょっと油断すれば圧倒的な質量によってぺちゃんこに潰されてしまうだろう。
……ん?
なんだろう。脅威は目の前にいるゴーレムもどきのはずなのに、なんとなく背中にまとわりつくような視線を感じた。ほんのちょっとだけ背後を振り返ってみるものの、そこにあるのは当然ダンジョンの壁だけだ。
「なにしてるの! 来るわよっ」
「う、うん!」
すぐそこまで迫っていたゴーレムもどきを、ぼくたちが左右へと飛び退くように回避したことで、敵は生い茂る草木を根こそぎ薙ぎ倒して壁へ激突した。
ダンジョンの壁に頭がめり込んでしまい、しばし動かなくなる。
これで頭部に亀裂が入ってくれれば、どうにか倒せそうな気がするんだけど……。
しかし、頭部にヒビが入るどころか、失った両腕をダンジョンの壁に突き入れたかと思ったら、ゴーレムもどきの腕が再生してしまったではないか。
「ヴォオオオッ!」
壁から腕を引き抜くと、元通りに腕がにょきにょきと生えていた。
「うええぇぇぇ!? そんなのありか!?」
「あの《クリスタルゴーレム》……なかなか厄介ね」
アメリも、相手の頑丈さに辟易しながらそんなことを言う。
「だね……って、そのクリスタルゴーレムっていうのは、アメリが名付けたの?」
「そうよ。透き通るような銀色の結晶体って、それだけ見れば綺麗なんだもの」
「たしかにそうだけどさ、せっかくの希少種なんだから、もっとこう――《銀嶺水晶超硬魔人》みたいなほうが――」
「却下」
却下された。解せない。
「なんでわざわざそんな呼びにくい名前にするのよ。だいたい、今はそんなことにこだわってる場合じゃないでしょ!」
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
……おっしゃる通りだ。いや、ぼくの付けようとした名前は呼びやすいけども。
「わたしの新しい短槍はともかく、リオンの剣はもう限界でしょう?」
たしかに。もともと刃こぼれして買い替えようと思っていた剣だ。こんな硬い敵を相手にして無事で済むはずがない。
「それなら、こういう戦法はどうかしら……」
「――うん……うん」
こしょこしょと、小声で作戦を打ち合わせた。
いや、相手は魔物なわけだから、小声になる必要はないけども。
「わかった。もしそれで倒せなかったら、今度こそ全速力で逃げよう」
「オッケー」
作戦が決まり、ぼくとアメリは銀嶺――いや、クリスタルゴーレムへ向かって疾駆した。
「うわっ、と!」
クリスタルゴーレムが振り回す腕をなんとか躱しながら、機会を窺う。
そうして、さっきと同じように、地面へと叩きつけて脆くなった相手の腕を砕き斬った。
ヒビ割れした箇所へと剣を突き入れ、斬り飛ばしたのだ。
同時にバキンッ、という鈍い音が響き、ぼくが短い間ながら愛用していた剣が根本から折れてしまった感覚が、腕を伝う。
これでもう、ぼくは丸腰だ。
反対側の腕も、ほどなくアメリが短槍で叩き割る。
両腕を失ったクリスタルゴーレムには、またもや突進するしか攻撃手段がなくなった。
こちらへと突進する構えを見せた瞬間――アメリが叫ぶ。
「今よ! リオン」
その声を合図に、ぼくは真っ直ぐにクリスタルゴーレムへと駆けていく。
まともに衝突なんかすれば、ぼくは石ころのように弾き飛ばされるだけだ。
これはそんな特攻ではない。
――ヒュッ!
ぼくが全速力で走っていく横を、アメリの短槍がものすごい勢いで追い越していった。
彼女が全身全霊を込めて投擲した短槍は、突進体勢をとっていたクリスタルゴーレムの脳天に見事に突き刺さる。
「ヴォオオオオオオオオオオオオ!?」
ミスリルコーティングされた刃先は、壁に激突しても平気だった頭部にビキビキッと亀裂を発生させた。
「そこだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突進する勢いを全て拳へと集約させ、頭部に突き刺さっている短槍の柄を殴りつける。
刃先がさらに奥まで喰い込み、ついにクリスタルゴーレムの頭部が粉々に砕け散った。
「はあ……はあ」
ぐぬぅ……痛い。とてつもなく拳が痛い。
これ拳の骨、折れたんじゃないかな?
硝子が割れたような破砕音が響き、相手の身体全体が徐々に崩れていく。
「やった! やったね!」
クリスタルゴーレムの身体が消滅し、魔物の核となっていた高純度の白魔石が床へと転がった。地下五階で入手できるものと比べると、かなり大きくて色が濃い。
「まさか……希少種の魔物と戦うことになるなんて」
アメリはそう口にして、白魔石を床から拾い上げる。
「はい。とどめを刺したのはリオンだから……その白魔石は譲っておくわ」
「え、いいの?」
「うん。だってリオンの先天属性は白なんでしょ? わたしが休息日にダンジョンへ潜ろうって誘ったせいで、こんな危険な目に遭っちゃったわけだし。そのお詫び」
ぼくも納得して一緒に来たわけだから、アメリが申し訳なく思う必要はまったくないけど、ここはありがたくもらっておこう。
……だって欲しいんだもん。
にしても、ドロップした白魔石はかなり純度が高い。ひとまずは袋の中にしまっておくことにしよう。
◆◇◆
――こうして、なんとかクリスタルゴーレムを退けたぼくらは、慌ててダンジョンから地上への帰路についた。
手持ちの武器が携帯用の燻製肉を切り分ける小さなナイフだけのため、半ばアメリに守られるようにして地上へと戻ってきたが、ダンジョンで得た魔石とアイテムを売却したことで、どうにか新しい剣を購入することができた。
ぼくはアメリと同じく、ミスリルコーティングされた直剣を選んだ。
ただの鋼の剣だと、たとえ新品でも今日のような強敵相手には通用しないかもしれない。
おかげで財布がすっからかんになってしまったが、後悔はしていない。
「今日は色々と面白い体験ができて楽しかったわ。希少種を倒したなんて言ったら、エイベル師匠も少しは驚くかしら」
彼女はそう言って、ぼくと別れた。
残されたぼくはディガーギルドの館内で、周囲の喧騒も忘れて「ふぅ~」と疲れを吐き出すように、長く息を吐く。
……ぼくの師匠なら、なんと言うだろう?
「あはは……あいつに勝てなかったら、即破門だったかもしれないな」
「――なんだ? わたしに隠れて何か悪いことでもしたのか?」
なんの気配もなく、背後からいきなり声をかけられて、ぼくは悲鳴を上げた。
いや、声を上げる前に無理やり口を押さえられた。
「騒ぐな」
「むがもご……ひ、ひひょう? なんれここにいるんでふは?」
「なんでって、今日はお前を連れずにダンジョンに潜ると言っていただろう。おかげさまで、大量の魔石とアイテムを持ち帰って換金していたら、ボーっと立っている弟子の姿が見えたものだから声をかけた」
「そ、そうなんですね」
「それで、即破門とはどういうことだ? 何をやらかした?」
えっと、ぼく別に悪いことしてないよね?
休息日にダンジョンへ潜ったけど、禁止されてたわけじゃないし、言われた通り地下五階までしか下りてないし。
うん、悪いことはしてない。
「……さっさと言え」
ぼくはその場で床に正座した。
今日起こったことを、洗いざらい何もかも隠さずに話した。
「――ふぅん、なるほど。たしかにその《銀嶺水晶超硬魔人》とかいうやつ――おい、この名前を付けたのは誰だ? 言いにくいぞ」
「ぼくです。ちなみに、アメリはクリスタルゴーレムって名付けてました。師匠の好きなほうでどうぞ」
「……たしかに、そのクリスタルゴーレムというやつに負けていたら、即破門だったな」
なぜだ。解せない。いや、破門のほうではなく。
「まあ、地下五階に希少種が出現したのなら、完全なイレギュラーだ。注意深く探索していたとしても防げるものじゃない。なのに……なぜさっきから正座なんだ?」
いえ、これはなんとなく師匠の迫力に負けて……。
「危ない真似でもして、怒られるとでも思ったか? 勘違いするな。わたしとお前は師匠と弟子という関係なだけで、それ以上ではない。基本的にダンジョン探索は自己責任だ。周りに迷惑をかけなければ、何をしたっていい」
そう、そうですよね。
ちょっと寂しいけど、師匠が怒っていないのなら、それでいいや。
「そうだ。今日はゆっくり休めと言ったのに、ダンジョンへと潜った挙げ句に危険な目に遭ったとしても、それは自己責任というやつだ。わたしはちっとも怒っていない」
あれれ? なんか変な感じがするんだけど。気のせいだよね?
「そういえば、希少種が落とした白魔石があると言ったな。ちょっと見せてみろ」
ぼくは革袋にしまってあった白魔石を、師匠へと手渡した。
「なるほど。たしかに大きさといい、純度といい、なかなかのものだな」
今のぼくがこれを体内に取り込んだら、刺激が強すぎて、おそらく魂が昇華される前にショックで昇天すると思う。
だから、この白魔石は大事に取っておくつもりだ。
師匠は、ぼくに魔石を返してくれた後、にやっと笑った。
「いっき! いっき!」
あの、やっぱり師匠――――ちょっと怒ってるのでは?
●クリスタルゴーレム
地下5階に出現した希少種。
銀色の透き通るような鉱物から構成されているゴーレム。
動きは鈍いが、パワーだけなら熟練ディガーにとっても脅威。
ただし、力が強すぎるため攻撃の反動も大きく、冷静に隙をつけば対処できる相手である。
巨大な圧迫感に押し負けず、焦らず状況を見極めることが大切。
お読みいただきありがとうございます。
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