5話【ぼくとアメリ①】
「――すみません、本日のおすすめをください!」
迷宮都市アブグラルドには、数多くの店が軒を連ねている。
食事をする店も豊富にあるが、ぼくがよく利用しているのは、ここ《穴掘りネズミの団欒亭》だ。
軒先にある木彫りの看板には、数匹のネズミがつるはしを持っている可愛らしいデザインがなされている。
「はいよ、本日のおすすめだね」
元気一杯に返事をしてくれたのは、女将である。
おいしくてボリュームもあり、おまけに良心的な価格ということで、新米ディガーの間ではわりと有名なお店だ。かなり良い装備をまとっている人もいるから、根強いファンもいるのだろう。
「お待ちどうさま!」
ドン、とテーブルに置かれたのは、大きな肉団子がごろんと目立つ野菜スープに、ふっくらと焼き上がったパンだ。熱々のパンは食べ放題であり、ミルクなどの飲み物も含めて食事代が五〇〇ゼニというのは、ぼくのような駆け出しにはとてもありがたい。
スープに入っている肉団子を噛むと、野菜の旨味がたっぷりとしみこんだ肉汁がジュワッと飛び出してくる。ズズズッ、と音を立ててスープを一気に飲み干してしまったが、そんなものを気にする上品な人間は、ここにはいないだろう。
「んぐんぐっ……ぷはぁ~」
「ずいぶんと、おいしそうに食べるのね」
「……? げほげほ! 君は……たしかアメリ?」
急に声をかけられてむせてしまったが、その犬人族の少女には見覚えがあった。
師匠の知り合いだというエイベルさん――おそらくかなりの熟練ディガーだと思うのだが、その人の弟子として紹介されたのがアメリだった。
お互い新米ディガーということで、頑張ろうと決意した仲である。
「隣、いい?」
アメリはにっこりと微笑んでぼくの隣に座った。
そうして、慣れたように本日のおすすめを注文する。
「君も、よくこの店に来るの?」
「アメリでいいよ。年もそう変わらないだろうし、わたしも君のことをリオンって呼ぶからさ。このお店、わたしたちみたいな駆け出しのディガーにとっては嬉しいお店だよね。女将さんも若くて美人だから、とっても活気があるし」
女将さんが厨房でニコニコと満面の笑みを浮かべながら、アメリのスープ皿に肉団子を追加するのを、ぼくは見逃さなかった。
明日からぼくも女将を褒め称えよう。
「いい店だよね。ぼくは普段もうちょっと早い時間に来てるんだ。最近は毎日ダンジョンへ潜っていたけど、今日は休息するよう師匠から言われてさ」
だから、本日はちょっと遅めの朝食だ。
ちなみに、師匠は久々に単独でダンジョンへ潜って稼いでくるらしい。
今頃はすでに遙か地の底だろう。ぼくを弟子にしたせいで、全力で暴れる機会が少なくなったと嘆いていたから、ちょうどいいのかもしれない。
「ふぅん。今日の予定とかって、もう決まってるの?」
肉団子多めのスープを、行儀よく口元へと運んでいくアメリがそんなことを言った。
「魔物との戦闘で剣や防具もだんだんと傷んできてるし、せっかくだから今日は装備を新調しようと思ってさ」
「そっか。わたしも今日は師匠から休むように言われているの。ちょうどいいから、一緒に色々と見て回らない?」
◆◇◆
ディガーギルドの二階から上には、多くの武器防具の店が入っていると師匠が言っていた。朝食を終えてから、ぼくとアメリはさっそくギルドへと足を運んだ。
「うわ……なんだこれ!? さっきまで一階にいたはずなのに……」
小部屋に入ったら扉が閉まり、ゴゥンゴゥンと変な音がした後、ふたたび扉が開くと別の場所に移動していた。自分でも何を言っているのかよくわからないが、そうとしか言えないのだから仕方ない。
「ぷぷ。魔導昇降機も知らないなんて、遅れてるわね」
「え、なにそれ?」
当然ながら、故郷の村にこんなものはなかった。迷宮都市アブグラルドには、ぼくの知っている物のほうが少ない。
「魔導機関で駆動している昇降機よ。人や物を運ぶのにすごく便利なんだから」
「へえ、どんな仕組みになってるんだろ。アメリは知ってるの?」
ぼくが興味本位で聞くと、途端に彼女の声が小さくなる。
「それは、わたしも……エイベル師匠に教えてもらっただけだし……」
犬人族の特徴である犬耳が、しゅんと垂れてしまった。どうやら彼女も、この街に来てから初めて目にしたらしい。
「ねえ、ほら見て。武器や防具がいっぱい!」
話を逸らそうとしたのか、アメリは周囲へと視線を向けた。
上手く誤魔化された気もするけど、今日の本来の目的はそれだ。
ぼくも辺りを見回してみると、広いフロアにいくつもの店が入っており、思わず気分が高揚してしまう。
「うわぁ、この剣とかすごくカッコいい……」
店先のガラスケースの中に飾られている剣は、ぼくが使っている安価な剣とは比べ物にならないほどの輝きを放つ立派な剣だ。
もしこんな剣を扱えるようになれれば、少しは師匠にも近づけるかもしれない。
でも……高いんだろうなあ。
いやいや、ぼくだって必死にダンジョンで魔物を倒し、お金を貯めてきたじゃないか。全財産をはたけば、あるいは――
だがしかし、値札を目にして絶句した。
その価格――なんと一千万ゼニ。
ちなみに、ぼくの全財産は一〇万ゼニほど。
なん……だと?
あまりの衝撃に、隣にいるはずのアメリに何かしらの助けを求めようとした。
彼女は彼女で、銀色に光り輝くケープを気に入ったようである。
しかし、そのうっとりした目を値札に向けた瞬間、「ひぎゅっ」と変な声を出して尻尾を逆立てた。値札には、やはりゼロが冗談のように並んでいる。
そうこうしているうちに、ぼくたちの姿を目に留めたのか、高級そうなスーツに身を包んだ店員さんが微笑みながら近づいて来るではないか。
「……」
「……」
――ぼくとアメリはしばし無言で見つめ合った後、階段までダッシュした。
急いで階段を駆け下り、まるでダンジョンで魔物に追いかけられているときのように、周囲を警戒する。
「ごめん。さっきわたし、最上階のボタン押しちゃった」
ああ、そういうことか。ぼくたちは分不相応にも、一流のディガーが購入するような品々に見とれていたらしい。
「見る目を養っておくって意味でも、一流のものを見ておきたかったんだけど、まさかあんなに高いとは思わなくて」
師匠が愛用している太刀とかも、きっと同じぐらいの値段がする逸品だろう。いやはや、いい勉強になった。
結局、二階にまで下りてきてしまったぼくたちは、なんとか手が届きそうな価格の商品が陳列されているのを見て、胸を撫で下ろした。
「あはは、これなら階段で上ってきたほうが早かったわね」
彼女の言う通り、駆け出しのぼくらには魔導昇降機は必要なさそうだ。
お手頃な武器防具が多いのは嬉しいが、フロア全体がけっこう広いので、見て回るだけでもそれなりの時間を要した。
「ねえ、これ見てよ。刃の部分だけミスリルコーティングされてるんだって」
アメリが使用する武器は槍であり、彼女は新しく自分の身長ほどある短槍を購入した。
師匠であるエイベルさんと同じ武器なのは、きっと影響されてるんだろう。
ぼくだって直剣ではなく、師匠が愛用してる反りのある太刀とかいう武器を使ってみたい気持ちはあるものの、「真似するな」とか叱られそうで怖い。
というか、そもそも売っていない。師匠は遙か東方の出身だと言っていたので、特注品とかになるのかな。
「リオンは防具を買い替えたんだ? なかなか似合うよ」
アメリが武器を選んでいる間に、ぼくはボロボロになっていた革の胸当てや肘当てを鋼鉄製の丈夫なものへと買い替えた。
ピカピカになった防具に、思わず顔が綻んでしまう。
だけど、手持ちのお金はもう残り少ない。
「武器を買うには、ちょっと足らないや」
腰にある剣は、多くの魔物と戦ったせいでところどころ刃こぼれしていた。
もちろん、油を塗るなどの手入れは毎日のように行っていたが、硬い魔物の皮膚を斬ることで欠けた刃は元には戻らない。
「うーん……それなら鍛冶工房に持ち込んで研いでもらうのもいいけど、どうせなら新品が欲しいわよね」
アメリはしばし考えるようにしてから、ある提案をしてくれた。
「ねえ、今から少しだけダンジョンに潜らない? 剣を買うのに必要なぶんだけ稼ぎに行くの。もちろん倒した魔物がドロップしたものは、その人の取り分ってことで」
彼女は、新しく購入した短槍の具合をさっそく試してみたいようだ。
「え、でも今日は休むように言われたんじゃ……」
「もう十分休んだじゃない。別に、ダンジョンへ入るなって言われたわけじゃないでしょ?」
たしかに、ダンジョンに潜るなと言われたわけじゃない。
ただ、今のぼくの力量だと、地下五階より先には行くなと普段から注意は受けている。
「あら奇遇ね。わたしもそうなのよ。じゃあ地下五階までってことで」
魔物図鑑を読んだときにも感じたが、そこを境目に危険な魔物が増えていくようだ。
アビリティを一つも所持していないと、やや厳しいのだろう。
地下五階までなら断る理由もないため、ぼくはアメリと一緒にダンジョンへと向かうことにした。
――いつものようにゲートをくぐり、ダンジョンへと足を踏み入れる。
「そういえば、こないだダンジョンの構造が変化したよね。本当に部屋の形や場所とかも全部変わっちゃってて、びっくりしたよ」
とはいえ、変化後も地下五階までは潜ったから、だいたいの道はわかる。
「これだけ巨大なフロアの構造が全部変わるのって、すごく不思議よね」
いったいどういう仕組みになっているんだろう。ダンジョンの壁を軽く叩いてみたものの、当然ながら何も反応はない。
「ところで、アメリはどうしてディガーになろうと思ったの?」
浅い階層なら、周囲を警戒しながら会話する程度の余裕はある。まだアビリティの発現には至っていないものの、アニマの成長に伴って肉体の強化などは起こっているのだ。
強化前と比べると、差が明確に感じられるようになってきている。
「わたしはね、いつかダンジョンの謎を解明したいって思ってるの。書物なんかで研究するより、実際に自分で潜ったほうが色々と研究もしやすいかと思って」
部屋に湧いたボブゴブリンを短槍で薙ぎ払ったアメリは、床に落ちた魔石を拾い上げた。
「魔石を核として蠢く魔物の生態、たびたびフロアの構造が変化する不思議なダンジョン、死んだ人間はダンジョンに吸収されてどこへいってしまうのか……なんて、考えだしたら謎なことばっかりじゃない?」
「へえ……アメリはすごいね。ぼくもダンジョンの最深部に何があるのか見てみたいけど、そういったことは気にしてなかったよ」
「まあ、結局はそれが全てを知る一番の近道なのかもしれないわね」
そうこう話しているうちに、地下五階まで下りてきたぼくたちは、危なげなく出現する魔物を狩っていった。
ぼくが剣を手に相手の懐へと入り込み、一歩離れた位置からアメリが槍で援護しながら戦うというスタイルは、即席ながらも一人で魔物に挑むよりずっと楽だった。
豚のような頭部に、丸くでっぷりとした身体が特徴的な《オーク》が棍棒を振り下ろせば、ぼくがそれを受け流し、アメリの短槍が敵の腹部を貫く。
《キラーマンティス》の大鎌が一閃すれば、アメリの槍がそれを阻み、怯んだ隙にぼくが蟷螂の化け物の首を斬り落とす。
とまあ、このような調子で順調に魔石とドロップアイテムを収集していった。
「ふぅ……これだけあれば新しい剣を買えるかな」
「そうね、わたしも強化に使う黄魔石がけっこう手に入ったし、そろそろ帰ろっか?」
そう口にした瞬間、ダンジョンの壁に一筋の亀裂が走った。
メキメキ、と壁が割れて新手の魔物が湧いたのだ。
すかさず武器を構えたが、どうもおかしい。
「なんだ、あれ……」
出現した魔物の姿には――見覚えがなかった。
「アメリ、君はあの魔物と戦ったことがある?」
その問いに、彼女はふるふると首を横に振った。
地下五階に出現するはずの魔物なら、ぼくは全種類倒した経験がある。
透き通るような銀色の結晶体がいくつも合わさり、巨人のような人型を取っている魔物。目と思われる部分は濁った赤い光を宿し、ぼくとアメリをしっかりと捉えていた。
あんなのは、図鑑にも載っていなかったはずだ。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
空気を震わすかのような咆哮。
今までに倒した魔物と一線を画する存在であることを、瞬時に悟ってしまった。
「どうしよ……あれ、たぶん《希少種》よ」
※魔物図鑑より一部抜粋
●オーク
棍棒を持った二足歩行の豚。力が強いため油断は禁物であるが、知性は低いので焦らず対処しよう。
ドロップする豚肉は栄養満点で美味。塩漬けにして深階層を探索するときの非常食とするディガーも多い。
●キラーマンティス
大きな蟷螂の魔物。二本の鎌は鋭いが、昆虫系の魔物は体節の隙間が弱点のことが多く、積極的に狙うこと。