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4話【白魔石の収集】

 魔石はダンジョンが攻略される以前からも鉱山などで採掘はされていたが、量も少なく、枯渇することで鉱山が廃坑となり、鉱夫が仕事を失うことが往々にしてあった。

 しかし、ダンジョンで魔石が手に入ると知れ渡り、鉱山でつるはしを振るっていた鉱夫がこぞってダンジョンへと潜るようになり――いつしか彼らが《ディガー》と呼ばれるようになったのだといわれている。


 鉱夫の朝は早く、陽が昇れば坑道へと流れこみ、日暮れ前にはもう仕事を終えて引き上げることが習慣化されていたらしい。坑道の内部はカンテラの薄暗い明かりしかなく、昼も夜も関係ない状態だったが、落盤などの事故が発生した際に救助しやすいのは昼間だったからだ。

 そういった習慣が残っているからか、ディガーの朝も早い。


「ふわぁ……」


 魔導機関を内蔵してある時計塔が六時を告げる頃、ダンジョンの前で眠そうにあくびをする一人の少年――リオンがいた。夜遅くまで魔物図鑑を読んでいたため、今にも瞼が閉じてしまいそうだ。


「ずいぶんと、眠そうな顔をしているな」


 姿を見せたのは、昨晩かなりの量の酒を呑んでいたはずのハクビだ。

 彼女の表情は二日酔いなどとは無縁のもので、さっぱりとしたものである。


「どれ……この粉をちょっと舐めてみるといい」


 取り出したのは、《クインレッド》という植物系の魔物がドロップする果実を乾燥させて粉にしたものである。色味は鮮やかな赤で、料理のスパイスに使われたりするが、適量であれば眠気覚ましにも有効だ。


「か、辛いっっっ! というか痛いです、師匠!」

「目が覚めたか?」


「は……はひ。おかげさまで、バッチリでふ」

「その調子だと、魔物図鑑はかなり読んだようだな」

「ひ、一通りは読みました」

「いい返事だ。それなら今日はお前がしたいことを言ってみろ」


「ぼくは、地下三階に出現するという《ルクスバガー》を狩りにいきたいです。こいつは白魔石をドロップすると記載されてました」

「地下三階か……まあ、今のお前でもなんとかなるだろう。わたしも適当に付き合ってやる」


 ハクビが頷き、ゲート近くにある店で携帯食料と水を購入したあと、二人はさっそくダンジョンの中へと足を踏み入れた。

 地下へと続く階段を進み、やわらかな燐光がダンジョンの壁を照らし始める。


「ふぅん……どうやら、ダンジョン内部の構造はまだ変化していないみたいだな。それなら、地下三階までさっさと進むとしようか」


 こっちだ、と手招きをするハクビに連れられて奥へと進んでいくが、出現する魔物は基本的にリオンが相手をしている。

 彼女からすれば拍子抜けしてしまう雑魚魔物かもしれないが、新米ディガーにとってはいい修行相手だ。ダンジョンを探索している他のディガーもちらほら見かけるが、フロアが広いため、たまに視線が合ったりするぐらいである。


 リオンは出現するグリーンワーム、コボルト、キラーバット、スライムなどを順調に打ち倒して、地下三階へと進んだ。


「さて、地下三階に来たわけだが……見てみろ。さっきまでと部屋の印象が違うだろう」

「いたるところに草木が生えていますし、なんだか自分が地下にいるのを忘れてしまいそうです。ちょっとした森っていう感じですね」

「人智が及ばないというのは、こういうのを言うんだろう。ダンジョンでは、ある階層から周囲の環境がガラリと変わることも珍しくない。地下三階からは虫系や植物系の魔物が出現しやすいんだが、それに配慮した環境になっているのかもな」

「だとしたら、ダンジョンって魔物にすごく優しいですよね」

「……人間には優しくないぞ」


 ブーン、という耳障りな羽音が聞こえ始め、まもなく巨大な昆虫の化け物が姿を現した。

 大きさは人間の子供ぐらい。光沢のある昆虫特有の硬い外殻に覆われ、頭部にある顎は大鋏のようにガチンガチンッと音を立てている。前足の先端は針のように尖っており、一刺しで獲物を仕留めるべく小刻みに動いていた。


「ちなみに、あいつはけっこう強いから油断するなよ」


 リオンは深呼吸して剣を引き抜き、真っすぐ向かってくるルクスバガーに対して構えた。

 相手の攻撃方法は主に三つ。


 一つ目は大鋏のような顎である。その威力は強力で、獲物を捕らえて容赦なく喰い千切ろうとする。ただ、攻撃動作が大きく、頭部を獲物に向けて突き出す瞬間に動きが遅くなるのだ。それさえ見切ることができれば、回避するのはそう難しくはない。リオンも相手をぎりぎりまで引きつけてから、危なげなく躱してみせた。


 二つ目は針のように尖った前足。刺突剣とされる小型レイピアのごとき鋭利さを有するが、熟練の剣技の使い手とは比べるべくもなく、その動作は単調だ。

 ひたすらに真っすぐ突いてくるルクスバガーの攻撃を受け止め、確実に外殻の薄い部分に一撃を叩き込める位置にまで接近したリオンは、全力で剣を振り下ろした。


「ジ、……ジジ、ジッ!!」


 前足の一本が宙に舞い、怯んだ相手は呻き声ともいえる羽音とともに身体全体を小刻みに震わせる。


「させる……か!」


 リオンが気勢とともに横一閃に薙ぎ払った剣撃は、わずかに発光していたルクスバガーの尻尾を斬り飛ばした。身体全体を震わせるのは、尻尾の先にある発光器官を活発化させているものとされており、自らが危機に陥ると敵を怯ませるために強く発光し、一時的に視界を奪う――これが三つ目の攻撃方法である。

 ルクスバガーの攻撃をことごとく防ぎ、反撃に転じたことで勝敗はほぼ決したといえるだろう。やはり、相手の攻撃パターンを完全に把握していたことが大きい。


「せやぁっ!!」


 相手が弱ったところで、胴部分にある外殻の隙間に剣が突き刺さり、大きな虫の化け物は真っ二つに両断された。地面へ落ちたルクスバガーの羽音がだんだんと小さくなっていき、その身体は灰のように小さな粒子となって消滅する。

 後に残ったのは、濃度は低いものの、地下一階で入手した魔石よりいくぶん大きい白色の魔石だった。


「……や、やった……やりましたよ! 師匠!」


 満面の笑みで、自分の師匠を振り返るリオン。


「一匹倒したぐらいでそんなにはしゃぐな……と言いたいが、なかなかいい戦いだった。落ち着いて相手の動きを見切っていたようだしな」

「これ、もし換金したらどれぐらいの金額になるんでしょうか?」

「地下三階でそのぐらいの大きさなら、二〇〇〇ゼニってところじゃないか? だけど、その魔石は自分の強化に使うつもりなんだろう? 換金するための魔石も集めておかないとな」

「はい、そうですね。もっともっと魔石を手に入れないと」

「まあ、そう焦らなくてもいい。このフロアは植物が生い茂っているせいで視界は悪いが、不便なことばかりじゃないぞ」


 あそこを見ろ、とハクビが指差した場所には、なんとダンジョンの中だというのに綺麗な水が湧き出ている泉が存在していた。


「ダンジョンへ入る前に最低限の水と携帯食料は購入したが、こういったところで補給ができることもある。もっと深階層へ下りると、真っ赤に焼けた岩が転がっているような灼熱のフロアがあって、魔物がドロップした肉を焼いて食事にしていたディガーもいたな」

「なんだかすごく冒険してるって気になりますね!」

「まあ、ワクワクするのはお前の自由だ。ただ、水源の近くに動物が集まるのと同じように、魔物も密集していたりするから気をつけるんだな」


 そう言って、すたすたと泉に向かっていくハクビは、武器を構えるでもなく、一見して無防備のように思える。

 彼女が泉の傍まで近づいたとき、地面から何かが飛び出した。それと同時に、周囲の緑と同化していた樹木の一本が、生き物のように動き出す。


 地面から飛び出てきたのは、青い体皮が特徴の《アクアフロッグ》だ。湿り気のある地中に潜み、獲物が来るのをジッと待つという習性がある。長い舌には敵を痺れさせる弱毒が含まれているため、油断すると危険な状況に陥ることになるだろう。

 そして木々に擬態していたのは、《妖樹》と呼ばれる植物の魔物である。こちらも気づかずに自分へ近寄った相手へ襲いかかるタイプで、擬態している状態ではなかなか発見が難しい。


「危ない! 師匠、逃げ――」


 リオンが反射的に叫んだが、そのときにはすでに終わっていた。

 キンッ、と太刀を鞘に収める小気味良い音が響き、次の瞬間にはアクアフロッグと妖樹が両断されて地面へ転がった。しばらくの静寂のあと、忘れていたかのように魔物たちの身体が消滅し、青魔石と黄魔石だけが地面に残る。


「――何か言ったか? リオン」

「あ……の、まったく見えませんでした。え? 斬ったんですか? 今のって」

「ああ、斬った。バッサリとな」


 太刀を鞘から引き抜き、敵を両断するまでの動作が、まったく視認できなかった。


「そう簡単に見切られたら、ディガーは廃業だ。さっきのは、わたしのアビリティが発動したわけだからな」

「今のが、ですか!?」

「ああ、そうだ。《抜刀術・水鏡》――いつどこから攻撃されようと、神速の抜刀によって相手を上回る速度で迎撃できるっていう、反撃技だ。わたしは遥か東方の地で生まれたんだが、そこでは太刀を使用した剣技が盛んだった。だから、わたしのアニマには一風変わったアビリティが刻まれているのかもな」

「か、かかか……かか」

「無駄口を利くな」

「カッコイイです! 師匠! そんなすごい技があるのなら無敵じゃないですか!?」


 興奮のあまり、ハクビとの距離を極限まで詰めようとするリオン。


「それ以上近寄るな。アビリティを発動させるぞ。身体を真っ二つにされて魔石の代わりに臓物を撒き散らされたくなければ、三歩下がれ」


 そう言われて、大人しく一歩だけ後ろに引いたリオンは、尊敬と憧れの眼差しを遠慮なく自分の師匠へと向ける。


「暑苦しい目で見るな。お前だってそのうち、何かしらのアビリティが発現するさ」

「はい! 今すぐにでも魔石をじゃんじゃん飲み込みたい気分です! 一つ目のアビリティって、どれぐらいで発現するものなんですか?」

「そうだな……個人差があるからハッキリとは言えないが、数週間から数ヶ月、遅くて半年というところか。ちなみに、アビリティが発現すれば、次にアニマが次元を超えるまでに必要な魔石量は増えていく。《エナ》から《デュオ》、《デュオ》から《トゥリア》といった成長には、長い年月が必要というわけだ」

「わかりました! さっそくルクスバガーを狩れるとこまで狩ろうと思います」


 やる気満々のリオンに、ハクビは地面にある魔石を拾いながら忠告する。


「魔石だけじゃなく、アイテムの収集も忘れずにな。ほら見ろ……さっきの妖樹がこんなものも落としている」


 地面に落ちていたのは、《妖樹の根っこ》というアイテムだ。

 これは回復薬の材料になるため、なかなかの値段で買い取ってもらえる。

 そのまま放っておくと、ダンジョンに吸収されて消えてしまうので、ドロップアイテムは手早く回収しておきたい。


「ところで師匠、昨日みたいに別行動はしないんですか?」

「ここは地下三階だ。地下一階より少し危険だから、今日のところは一緒に行動してやる」


 当然ながら、彼女は一人でダンジョンの奥深くへ潜ったほうが圧倒的に稼げる。

 それはもう、このような新米ディガーがうろつく場所にいるより、何倍も何十倍も稼げるだろう。


「うう……やっぱり師匠って優しい」

「まあ、わたしだって昔は色々と教えてもらったわけだからな」

「えと、それって師匠にも師匠がいた……ってことですか? どんな人だったんです?」


 素朴な疑問を口にすると、ハクビの表情が一瞬だけ強張った。


「……別にいいだろう。それより、さっさと次の部屋に移動して魔物を狩るぞ。お前、いつまでわたしの弟子でいるつもりだ」

「え? ずっと師匠についていきますけど?」

「ふざけるな。アビリティが発現したら、さっさと独り立ちしろ」




 ――本日の成果。


 白魔石が七個、その他にも色の薄い細々とした魔石はたくさん。

 ドロップアイテムは、妖樹の根っこが一個に、ルクスバガーの殻が一個。

 白魔石以外を換金した結果は、合計で約二万ゼニ。

 新米ディガーとしては優秀な結果だ。


「あの……師匠、この白魔石って全部取り込んでも大丈夫なんでしょうか? 昨日よりも量が多いと思うんですが」

「うん? それはわたしも知らないな。酒を呑むときに、自分の限界量を他人が知っているわけはないだろう? それと一緒だ。自分の限界は自分で感じるんだ」

「な、なるほど。それもそうですね!」


 酒は呑むごとに少しずつ強くなっていくとされているが、魔石を体内に取り込むのもアニマに馴染ませていくという意味では、似ているのかもしれない。


「いっき! いっき!」

「し、師匠……それはさすがにちょっと……下手したら死んじゃいます」

※魔物図鑑より一部抜粋

●キラーバット

大きな蝙蝠。大きな牙で噛まれると危険。

音で相手の位置を把握しているため、大きな物音を立てると飛行が乱れる。

●スライム

半透明状の軟体生物。飛びついて相手を窒息させようとする。

打撃に耐性があるため、刃物で切り裂くか魔法が有効。

●ルクスバガー

大きな鋏のような顎を持ち、獲物を食い千切ろうとする巨大な飛行型昆虫魔物。

針のような前足に刺されても危険なため、注意。

尻尾には発光器官の光袋があり、追い詰められると目眩ましとして強く発光させる。

●アクアフロッグ

湿り気のある地中に潜み、獲物が来るのをジッと待つという習性がある。

長い舌には敵を痺れさせる弱毒が含まれているため、油断すると危険な状況に陥る。

●妖樹

近寄った相手へ襲いかかるタイプで、擬態している状態ではなかなか発見が難しい。

炎系の魔法に弱いが、擬態を見破るために辺り一面を火の海にすると、周囲が迷惑するのでやめよう。


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