2話【魂見式】
「す、すんごくでっかい建物ですね、ここ! うっわ~……ぼくの村の村長さんの家の何十倍も大きいや。まるでお城みたいだ」
ダンジョンを出てから大通りをしばらく歩くと、巨大な建造物が姿を現す。真下から見上げると鮮やかな赤煉瓦がまるで天高くまで積まれているかのようだ。周囲にある建物も立派ではあるが、リオンが驚嘆の声を上げた建造物は群を抜いている。
「ああ、ここアブグラルドで一番大きい建物だろうからな。中に入るぞ」
ハクビが遠慮なく建物へと足を踏み入れると、床面の綺麗に磨かれた大理石がコツンコツンと小気味良い音を立てた。
「ふわぁ……い、いいんですか? 勝手に入っちゃって」
「いいんだ。ここはディガーであるわたしたちが一番よく利用する場所――ディガーギルドだからな」
「ここが、ですか?」
「どこかの王様が住んでいるとでも思ったか? ダンジョンで集めた魔石はここで換金することになる。というか、基本的にここでしか売れない。まあ、魔石を適正価格で売買するために必要な処置なんだろう」
「へぇ……そうなんですね」
理解したのかしていないのか、リオンはきょろきょろと辺りを窺いながら頷いた。
「一階は魔石の換金所、ディガーの登録受付、その他にもディガーにとって大事な施設がそろっている。二階から上は武器や防具を扱っている商店がたくさん入っているから、お金に余裕ができたら覗いてみるといいだろう。ちなみに、地下には訓練施設が用意されている」
「換金に、登録に……え? ディガーになるのって、ここに登録しなきゃならないんですか?」
「本来の《ディガー》とは、ダンジョンに挑む者たちの呼称だ。登録して成るものじゃない。ただ、ギルドに登録しておくと様々な情報を教えてもらえるし、各種施設のほとんどを無料で利用することができる。何らかの理由があって登録しない者もいるだろうが、そんなのは極少数だな。よし……まずはディガーの登録からしていこう」
受付らしき場所まで移動した二人は、職員の女性に声をかけた。
「ディガー登録の手続きを頼む」
「ようこそいらっしゃいました。すぐに手続きの準備をしますので、少々お待ち下さい」
登録といっても、渡された用紙に名前と年齢、出身地や得意な武器などを、書ける範囲で記入する程度だった。
「リオン・ヴェルニー様ですね。それではこの台の上に手を置いていただけますか? 少しだけチクっとしますが、すぐに終わりますので」
受付の職員が魔導機関の組み込まれた機械を操作し、リオンが指にチクリとした痛みを感じると、機械の中でなにやら金属を削るような音が聞こえてくる。しばらくして、銀色に光るプレートが二枚取り出された。
「はい。こちらがリオン様のディガータグになります」
手渡された銀板は首からさげられる程度の小さなもので、裏面には名前のみが彫り込まれている。
「そちらのタグがあれば各施設をご利用いただけます。紛失しないようにお気をつけください。それでは、ディガーとしてリオン様が成功されることを願っております」
ぺこりと丁寧に頭を下げた職員は、ハクビへと視線を向ける。
「ありがとう。あとはこっちで説明しておく。ああ、それと魔物図鑑を一つもらえるか?」
「かしこまりました」
受付から少し離れた場所にあるソファに、リオンとハクビの二人は向き合って座った。
「え……と、登録ってこれだけですか? このディガータグっていうのは……」
「ディガーの身分証明書みたいなものだ。今は名前しか記載されていないだろうが、もう少し成長すれば別の情報だって刻まれるさ。それはあとで説明しよう」
「でも、なんで二枚あったんですか? ぼくがもらったのは片方の一枚だけでしたけど」
「……リオンは、ダンジョンの中で人間が死んだらどうなるか知っているか?」
ぶんぶんと、リオンは首を横に振る。
「基本的にディガーは墓の中には入らない。死んでから入るのは、ダンジョンの胃袋の中だ」
「それって、どういう……」
「人間の死体は、すぐダンジョンに呑み込まれてしまうのさ。まるで底なし沼に沈んでいくみたいにな……だから、死体は残らない」
ハクビはそう言って、わずかに眉根を寄せた。
「二枚のディガータグは、互いに連動している。もし誰かがダンジョンの中で死んでしまったら、ここでそれがわかるようになっているんだ。そうして、こっちに保管されている二枚目のタグが墓標に添えられることになる」
「それは……なんだかすごい技術ですけど、誰かが遺体を持ち帰ったりはしないんですか?」
「ダンジョンに呑まれる前なら可能だろうが、死人が出ているような危険な状況で、死体をおぶって戦えというのか? なんとか魔物を倒せたとして、死人が出るような危険な階層から大きな荷物を抱えて帰れと? それは無茶だろう」
ハクビの言うことはもっともであり、下手にこだわれば全滅することにもつながる。
「さて、暗い話はここまでにしよう。とにかく、そのタグがあれば各施設を利用することができるし、こういった魔物の情報なんかも無料で提供してもらえる」
テーブルに置かれたのは、さっきハクビが職員からもらった魔物図鑑である。
本は分厚く、装丁もわりとしっかりとしているため、無料とは思えない。
「なんといっても、魔石をダンジョンから持ち帰ってくるのはディガーだからな。これぐらいの支援は喜んでしてくれるさ。魔物と相対して弱点を見抜くのは大事だが、事前に情報を集めることも必要というのは、もう言ったと思う。だから、明日までにこれを全部読んで来るように」
「え、ええ!? これかなり分厚いですよ、師匠」
「できなかったら言い訳ぐらいは聞いてやろう。やらなかったら破門だ」
有無を言わさぬ、絶対的強者からの一言。
「わかりました! がんばります、師匠!」
そこまで話したところで、座っている二人に声をかけてくる者があった。
「ハクビじゃないか。そこにいる少年は君の弟子かい?」
非常に端正な顔立ちをしているが、喋り方はくだけた感じで人当たりが良さそうな男性である。金糸の刺繍が入ったローブを着こなし、手には自分の背丈ほどある短槍を所持していた。雰囲気やハクビへの態度からすると、彼も相当経験を積んだディガーなのだろう。
そして、その横にはリオンと同じぐらいの年齢にみえる犬人族の少女が立っていた。
「エイベルか……まあ、そんなところだ」
「本当に? 君が弟子を取るとは珍しいね。というか初めて見たよ」
「あ、あの! ぼくはリオンといいます。師匠にはいつもお世話になってます」
「いつもって……まだ最初の一日すら経過していないだろう」
挨拶したリオンの言葉に、すかさずツッコミが入った。
「はっはっは。わりと相性が良さそうじゃないか。おっと、こちらも紹介しておこう。この子はアメリ、俺が今教えている弟子だ。可愛いだろう?」
エイベルが隣にいた少女に挨拶をするように促すと、彼女は小さく頭を下げた。アメリは犬人族というだけあって犬耳や尻尾が生えているのが特徴的だが、それ以外は普通のヒトに近いという印象だ。可愛らしく、愛嬌のある顔つきをしている。
「あの……わたしの顔に何かついてる?」
「あ、いや、ごめん! ぼくはその、田舎から出てきたばっかりで、ヒト以外の人間を見たことがなかったから」
アメリの顔を見つめていたリオンは慌てて謝罪し、ペコリと頭を下げる。
アブグラルドには様々な種族の人間が住んでおり、大通りにはヒト以外の種族も多く闊歩しているが、こうして目の前で会話するのはリオンにとって初めてだったのだ。
「ふぅん、そんなに珍しいものじゃないと思うけど……あなたも新米ディガーなのね? お互い頑張りましょう。負けないから」
「あ、ああ! ぼくだって負けないさ」
エイベルはそんな二人のやり取りを見て、整った顔をにやにやと緩めて笑った。
「いやあ、アメリにはいいライバルができたようだね。若いというのはいいものだ」
「お前……なに年長者ぶったことを言っている。わたしは知っているぞ。この前も自分の弟子になった女性に手を出し――むぐぅっ」
「はっはっは。そういうのを風評被害というんだよ。さすがに俺だって犯罪ぎりぎりの年齢差を攻めるつもりはないさ」
咄嗟にハクビの口元を押さえたエイベルは、それまで向かい合っていた純朴な少年少女が振り向いたときには、何事もなかったかのように爽やかな笑みを浮かべていた。
「どうかしましたか? エイベル師匠」
「いいや、何もないさ。それじゃあこれで失礼しよう。リオン君も、厳しい師匠の指導で疲れたときには、いいところへ連れていってやるからな」
そんな言葉を残し、そそくさとエイベルたちが行ってしまったあと、リオンはふと疑問に思ったことを尋ねた。
「師匠、初心者のディガーってみんな熟練者のディガーに教えを乞うものなんでしょうか?」
「お前……それを知らずに自分を弟子にしてくれと言っていたのか。まあ……全員がそうというわけじゃないが、いきなりダンジョンに一人で潜れば高確率で命を落とすし、初心者が寄り集まっても勇気と無謀を履き違えて全滅しかねない。だから、独り立ちできるまでは熟練者に教えを乞う者も多い」
基本的に、弟子には無償で色々と教えるのが熟練ディガーのマナーとなっている。魔石や財宝を求めてダンジョンに潜るディガーであるが、過去に誰かに師事した経験を持つ者らが、後進を育てるという役割を無償で担うようになっているのだ。
もちろん、このギルド館内でもディガーへの情報提供は行っているが、一緒にダンジョンへ潜り、実戦で様々なことを教わるのとは全然違う。
「そうなんですね。でも、さっき師匠が弟子を取るなんて珍しいって言われてましたが……」
「それは違うな。弟子を取らないんじゃなくて、弟子にするかどうかの面接で全員落ちただけの話だ」
軽い圧迫面接の様子を思い出し、リオンはやや背筋を冷たくしつつ、グッと拳を握る。
「あ……はは、ぼくは師匠にどこまでもついていきますよ」
「なんでもすると言っていたからな。たっぷりとこきつかってやる。さて……と、次は先天属性を調べることにしよう」
「先天……? あ、魔石の換金とかはしないんですか?」
「それは最後だ。先にあっちの部屋へ行く」
館内を移動し、リオンが連れてこられたのは、室内に水晶球が置かれている一室だった。
「ここは魂見式の間と呼ばれている場所だ。簡単にいえば、リオンの魂の輝きが何色なのかわかる。口で説明するよりやってみたほうが早いな。よし、今から指を一本切り落とすぞ」
「嘘ですよね!? そんな微笑みながら言われたって、信じませんよ!」
「軽い冗談だ。そこにディガータグを作成したときにみたいに、手を置く台があるだろう」
「軽い……? ここへ、さっきみたいに手を置けばいいんですね」
チクリとした感触のあと、目の前にある水晶球が白くぼんやりと光り始めた。
「さっき言った先天属性というのは、赤、青、緑、黄、白、黒の六色が確認されている。これを見る限り、リオンの先天属性は白色というわけだ。田舎の村で暮らすぶんには自分の魂の色なんて知らなくても問題はないが……ダンジョンに潜るのなら知っておいたほうがいい」
「これって、つまりぼくの魂が真っ白で綺麗ってことですか?」
「違う。先天属性が白色というだけだ。詳しくは隣の部屋で説明しよう」
言われるがまま、リオンが連れてこられた部屋には、ものものしい機械がドンと置かれていた。
「これって……」
「魔石が魔導機関を動かすための動力源になっているのは知っているだろう。この機械は魔石からエネルギーを抽出するためのものだが……エネルギーの受け皿になるのは、なにも魔導機関が組み込まれた機械だけじゃない」
「と言いますと?」
ハクビは自分の胸を拳でトンッと叩いた。
「――わたしたち、人間さ」
【人物紹介】
★リオン・ヴェルニー
駆け出しディガー。
田舎村からやってきた少年。
昔々、村に立ち寄ったディガーの冒険譚に憧れたという。剣の腕はなかなかのもの。
ハクビに弟子入りして、着々とダンジョン探索のノウハウを教えてもらっている。
◆装備品
●鉄製の直剣(鋳物)
安価な鉄の剣。初心者ディガーにはうってつけ。
切れ味はそれなり。鋳物なので、あまり無茶な使い方をすれば根本からポキリと折れてしまう。
●革の胸当て、肘当て。
なにかの革で作られた安価な防具。ちょっと獣臭いが、本人が気にしなければ問題ない。
★アメリ・ストロベル
駆け出しディガー。
犬人族の少女。実はけっこう研究肌な一面を持っている。
師匠のエイベルの女癖が悪いことは知っているが、それ以外については信頼しているようだ。
ちなみに武器に短槍を選んだのは、師匠を尊敬して……ではなく、単純に同じ武器のほうが学びやすいから。
◆装備品
●鉄製の短槍
安価な鉄の短槍。初心者ディガーにはうってつけ。
普通の槍より短くて取り回しはいいが、先端は鉄の塊なので重量はそれなりにある。
●獣人のマント
自分が狩った魔物や動物の皮をなめしてマントを作っている。今の素材はオークの皮。
もちろん、マントの下にはお気に入りの服を着ている。裸ではない。