エピローグ
これがラストになります!
「ただいまー!」
隣の家まで聞こえそうなほど大声で叫んだ。
玄関口で振り返ってみれば、くだを巻きながら帰宅した、あの日の夜空が見えた。
家もある。空も同じだ。
学校から家に帰るだけで、二ヶ月もかかってしまうとは。遠回りにもほどがある。そして、ブレザーのポケットをポンポンと叩いた。
「あいつの方こそ、俺のこと忘れてなきゃいいけど」
廊下から、スリッパのパタパタする音が近づいてくる。弟の雪葉が、エプロンの前で両手の水気を拭きながら、目をまん丸して現れた。
「お帰り、兄ちゃん」
俺は帰ってきた。
二ヶ月ぶりの対面で、もっと懐かしく感じるものだと予想していたが、弟のエプロン姿も何もかも、当たり前の日常そのものだった。
あの世界は俺が見た夢なのか、それとも今が王様の見ている夢なのか。ただ、世界が馴染むというより、ここが俺の世界だと思わずにいられない。
自らが望んで帰ってきたことに、意味がある。
「雪葉」
「どうしたの? そんな大声出して。びっくりするじゃないか」
母さんの面影を残す雪葉の顔と、慣れ親しんだ家の匂いが、今になって胸を締め上げてくる。苦しさに首をうなだれ、震える声で呟くように言った。
「ごめん。本当に、ごめん……」
「泣いてるの?」
「泣いてないよ。嬉しいんだ。父さんは?」
俺の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかったのか、苦笑する兄を雪葉は小さく口を開けて驚いていた。
「寝てるよ。もう少ししたら、ご飯を食べさせなきゃ」
「そうか。俺がするよ」
「本当? お願いしていい? 僕、明日のお弁当の用意もしたいから」
「ああ。これからは俺もちゃんと家のことするから、色々教えてくれよ」
別人でも見るように俺を見る雪葉を見れば、自分がどれだけ放蕩していたかよく分かる。
それから、夢の中で見た小さな弟がそうしたように、雪葉は俺の手を引いて、父さんが横たわる部屋へと連れていった。
ほとんど触ったことのなかった、このドアノブに手を掛ける。ガチャと音を立て、そっと扉が開いた。
薄暗い部屋の中に、物言わない父さんの寝息が聞こえる。
届かないかもしれない。
それでも、言葉を掛けずにいられなかった。
「ただいま、父さん。俺、帰ってきたよ」
星青葉、十七歳。
高二の冬が終わる。
エピローグまで読んでいただき感謝です。




