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交換日記は下駄箱の中に  作者: くにたりん
第1部
32/52

エピローグ

これがラストになります!

「ただいまー!」


 隣の家まで聞こえそうなほど大声で叫んだ。


 玄関口で振り返ってみれば、くだを巻きながら帰宅した、あの日の夜空が見えた。


 家もある。空も同じだ。


 学校から家に帰るだけで、二ヶ月もかかってしまうとは。遠回りにもほどがある。そして、ブレザーのポケットをポンポンと叩いた。


「あいつの方こそ、俺のこと忘れてなきゃいいけど」


 廊下から、スリッパのパタパタする音が近づいてくる。弟の雪葉が、エプロンの前で両手の水気を拭きながら、目をまん丸して現れた。


「お帰り、兄ちゃん」


 俺は帰ってきた。


 二ヶ月ぶりの対面で、もっと懐かしく感じるものだと予想していたが、弟のエプロン姿も何もかも、当たり前の日常そのものだった。


 あの世界は俺が見た夢なのか、それとも今が王様の見ている夢なのか。ただ、世界が馴染むというより、ここが俺の世界だと思わずにいられない。


 自らが望んで帰ってきたことに、意味がある。


「雪葉」


「どうしたの? そんな大声出して。びっくりするじゃないか」


 母さんの面影を残す雪葉の顔と、慣れ親しんだ家の匂いが、今になって胸を締め上げてくる。苦しさに首をうなだれ、震える声で呟くように言った。


「ごめん。本当に、ごめん……」


「泣いてるの?」


「泣いてないよ。嬉しいんだ。父さんは?」


 俺の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかったのか、苦笑する兄を雪葉は小さく口を開けて驚いていた。


「寝てるよ。もう少ししたら、ご飯を食べさせなきゃ」


「そうか。俺がするよ」


「本当? お願いしていい? 僕、明日のお弁当の用意もしたいから」


「ああ。これからは俺もちゃんと家のことするから、色々教えてくれよ」


 別人でも見るように俺を見る雪葉を見れば、自分がどれだけ放蕩していたかよく分かる。


 それから、夢の中で見た小さな弟がそうしたように、雪葉は俺の手を引いて、父さんが横たわる部屋へと連れていった。


 ほとんど触ったことのなかった、このドアノブに手を掛ける。ガチャと音を立て、そっと扉が開いた。


 薄暗い部屋の中に、物言わない父さんの寝息が聞こえる。


 届かないかもしれない。


 それでも、言葉を掛けずにいられなかった。


「ただいま、父さん。俺、帰ってきたよ」


 星青葉、十七歳。

 高二の冬が終わる。

エピローグまで読んでいただき感謝です。

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