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ぼくは秘密の宇宙と出会う  作者: 七水 樹
5/5

ごー



 近所の駄菓子屋の前のベンチで、ぼくは差し出されたアイスを食べていた。二つ棒が刺さっていて、真ん中ではんぶんこにできるソーダアイスだ。それをしゃくりと齧りながら、キャスケット帽を目深に被る人物をぼくは見上げた。


「ねぇ、ノヴァ」


「……今は、ステラって呼んでくれるかな」


 アイスを齧ってぼくを見下ろした相手は、数日前にウーパーをやっつけた正義のヒーローだった。そっちの名前の方が好きなんだ、とステラは言う。じゃあ、ステラ、とぼくは呼び直して問うた。


「ウーパーは、どうなったの」


 しゃくり、とステラは大口でアイスを齧った。それを飲み込んで「生きてるよ」と短く答える。その視線はぼくの方を向いてはいなかったけれど、まっすぐだったので嘘ではないだろうとぼくは安心した。


「今は僕が連れて行った惑星で自由になっているはずだ。彼は……、ウーパーは遠い惑星の奴隷だったんだ。だけどその生活に耐えられずに、隙を見て逃げ出して、地球に不時着したんだって。翻訳機は宇宙船についていた古い型のものを少し弄っただけの代物だったし、何より彼はあの見た目だから残念ながら地球で一緒に暮らすのは厳しかったみたいだね」


 淡々と答えるステラは、しゃべった後に「あ」と声を漏らした。


「今の話は他言無用だよ」


「たごんむよう?」


「誰にも言っちゃだめってこと。悪者をやっつけてないって知られたら、僕の評判が下がっちゃうからね」


 肩を竦めるステラに、ぼくはどうして、と首を傾げた。


「ウーパーは悪い宇宙人じゃないし、ステラはそれをわかってて助けてくれたんでしょ。だったらちゃんと説明すればいいよ」


 ステラはまた大口でアイスを齧る。君は素直だなぁ、とどこか馬鹿にしたような調子でステラはぼくを笑った。


「それは一部の人間のための正義さ。僕の正義は、大衆のための正義。みんなにとっての正義のヒーローでなくちゃいけないんだよ」


 わかるかい、と問うステラにぼくは首を傾げた。何を言っているのかよくわからない。ステラの言葉もそうだけれど、なぜぼくが言ったことに正しいと賛同してくれないのかもわからなかった。ステラはそうだよねと、アイスを加えたまま笑う。


「ね、君はどうして正義のヒーローはころころ変わってしまうか、知っているかい」


 再びステラに問いかけられて、ぼくはアイスを溶かしてしまいながらちょっと考えたけれど、答えは浮かばなかった。ステラはもう少しでアイスを食べ終えそうなところまできていて、下から垂れないようにぺろりとアイスを舐め上げる。


「それはね、自分の正義を貫けないからだよ」


 自分の正義、とぼくは復唱する。


「ヒーローになりたがる者は、大抵自分の中に正義の心を燃やしているのさ。すべてを助けたいって、そう欲張ってしまう」


 ステラはアイスを食べ終えて、ごみ箱に棒を投げ捨てた。あたりでもはずれでもないようだった。このアイスは二本のどちらかにあたりかはずれが書いてあるのだ。


「けれどそれじゃあみんなのヒーローにはなれない。大衆を守り、大衆のエネルギーを扱えるようにならなければいけないんだよ。そうすれば必然的に、自分一人の正義は潰すしかないだろう」


 ぼくは残りのアイスを口に突っ込んで、柔らかくなってしまったそれを口の中で液体に変えた。ステラはどこかぼんやりとした調子で、人間の心は幼いね、と呟く。


「自分の心も抑えきれないなんて。見た目の違いで争うなんて。他者の文化を受け入れられないなんて。力も、それほどないくせに。そんな人間に正義のヒーローが務まるはずがないんだよ」


 昔みたいにフィクションであった方が利口だったよとステラは笑う。ヒーローなんて職にするもんじゃないと。その横顔は、お酒を飲んで母さんに愚痴を言う父さんと少し似ていた。


「やっぱりヒーローは、人間以外がやるべきだ」


 そう、何かを決意しているように小さく呟くステラの腕についている端末がぴぴぴ、と音を立てた。ステラはそれを確認し、行かなきゃ、と言う。何か事件かなと思いつつ、ぼくはさっきのステラの言葉が気になって「ステラは人間じゃないの?」と早口に尋ねた。ステラはぼくに視線を戻して、目を細める。


「ぼくは宇宙人だよ。でも、ヒーローだ」


 ステラはキャスケット帽を脱いだ。ふわりと髪が広がって、そしてステラの体が浮き上がる。


「そろそろ行かなくちゃ。付き合ってくれてありがとう」


 ぼくは首を横に振った。突然空から現れたステラに、ぼくはアイスを奢ってもらって一緒に食べただけだ。


「君には、ウーパーのことを伝えておきたかったんだ。数少ない僕の正義だからね。君のおかげで僕は彼を殺さずに済んだし」


 にこやかに、ステラは物騒な話をする。ぼくが顔をしかめていると、そうそう、と思い出したかのようにステラはポケットの中を探って、何かを取り出した。アイスと同じように差し出されたそれを、ぼくは受け取る。


「僕のシールのシークレットだよ。ウーパーから君が集めてるって聞いたんだ」


 見たことのない絵柄のシールにぼくはわぁっと声を上げた。ずっと欲しいと思っていたノヴァのシークレット。ウーパーからのプレゼントだよ、とステラは付け足す。


「彼は君にとても感謝していたよ。地球で唯一の友人だって」


 ぼくは翻訳機を使って拙くウーパーが感謝を伝えてくれたことを思い出した。ほんの少し前のことなのに、もう何年も前の出来事のように感じて、懐かしくなった。プレゼントもとても嬉しいけれど、ウーパーが生きていてくれたことの方が、よっぽど嬉しい。

 ぼくがシールを大切に両手で持って眺めると、ステラは笑って、君は本当に優しい子なんだね、と笑った。


「大きなものに飲み込まれないのは君の強さだよ。決して多くのうちの一つに成り下がってはいけない」


 ステラはぼくの頭をするりと撫でた。母さんよりもぎこちない撫で方で、少しくすぐったい。ステラ、と呼びかけると首を横に振られた。空を飛ぶ凛々しい姿は、もう正義のヒーロー、ノヴァだ。ありがとう、ノヴァ、とぼくは言い直した。


「悪しき者を討つは、超新星の定め。ノヴァはどこへだって駆けつけるよ」


 これもぼくが何度も練習した、ノヴァの去り際の決め台詞だ。うん、とぼくが頷くとノヴァは高度を増してからぼくに手を振り、ウーパーを連れていった時と同じように流星の速さで飛んでいってしまった。


 ぼくはノヴァが消えていった空をしばらく眺め、ふと手元のアイス棒へと視線を落とした。何も書いていない。くるりと裏を向けると「はずれ」と書いてあった。それを、ぼくはノヴァと同じようにごみ箱に向かって投げる。かつんと縁にぶつかり、ごみ箱からアイス棒は弾き出されてしまった。ぼくは地面に落ちたそれを拾いあげて、今度はちゃんと、自分の手でごみ箱へと捨てた。



ちょっと長めのお話でしたが、お付き合いくださりありがとうございました!

普段書いているものとは雰囲気の違うものを目指して書いていたような気がします。


この作品、実は、まだ誰にも感想をもらったことがないので! よかったら! ご意見・ご感想をいただけると! ……私はもう少し長生きできます(笑)


次回は12月17日20時ごろに「灰かぶりとリトルナイト」というやや海外テンションを目指した中編小説を掲載予定です(#^^#)


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