いち
宇宙には地球人以外の生命体がいるということを、昔の学者は一生懸命研究していたらしい。ぼくに言わせればそんなことは母さんが毎日鏡に向かってお化粧をしているのくらい当たり前で、よく知ったことで、そんなことも知らないなんて昔の学者はばかだなぁ、なんて思ってしまう。
この青い空のずっと向こうの、黒い宇宙には色んな生き物がいる。それこそ夜空に輝く星と同じくらい、たくさんいるのだ。ぼくはその全部を見たことはないけれど、それくらいは知っている。学校でも習う。人間以外にも色んな生き物がいて、それはみんな同じ命ですよ、と担任の福島先生は言っていた。地球と宇宙の中じゃ住んでいるところはとても遠いけど、でも生きているということは同じですよ、と。ぼくは、嫌いなピーマンの給食を時々残しちゃってもあんまり怒らないで「先生もピーマン嫌いなの」と笑って許してくれる福島先生の言葉だから、それが正しいと思っている。先生が宇宙人も同じ生き物だから好きだよと笑うから、多分ぼくも宇宙人のことを好きになると思うのだ。
だからぼくは、宇宙人と出会っても優しくできる自信があったし、実際にそうした。
ぼくは梅雨明けのからりとした空の下で、宇宙人と出会ったのだ。
ここ三日間はずっと雨続きで、ぼくは橋の下の秘密基地のことをずっと心配していた。色んな人が捨てていったごみや、ぼくが集めたガラクタを合わせて作ったぼくの秘密基地。都心から少し離れていて、山に囲まれている田舎のこの町にはあまり人が通らない裏道がたくさんあって、そのうちの一つから繋がっている橋の下への抜け道しか、秘密基地には辿り着けないようになっている。雑草が覆い被さるように秘密基地を隠しているので、橋の上からは見えないようになっているのだ。ぼくはお気に入りの菓子パンについてくるシールをクッキー缶にいれたまま秘密基地に忘れてきてしまって、それがずっと気になっていたのだ。子どもの将来の夢の第一位に輝き続けるヒーローという職を担った、歴代の人気ヒーローのシールコレクション。少しずつ集めて、今は四十種類ほど集めている。それが無くなったら一大事である。雨の日は危ないからと言って母さんが川のそばには近づけさせてくれない。どうして忘れてしまったのか、とぼくは雨ばかりの空を睨みながら後悔し続けていた。
そして四日目に突然晴れ上がった空に、ぼくは急いで家を出て秘密基地へと向かったのだ。ぼくのコレクション、大丈夫かな。誰も秘密基地のことは知らないはずだから、盗られる心配はないだろうけどもしもがあるし、雨の湿気のせいでふにゃふにゃになってたらどうしよう、と気を揉みながら。
誰にも見られていないか周囲に気を配りながら、ぼくは小走りで秘密基地へと急ぐ。急激に気温があがったせいで、ぼくはずいぶん久しぶりに背中を汗がつうっと流れていくのを感じていた。額にも汗が浮かんでいて、川の水を被りたい気持ちになる。
そしてぼくはようやく秘密基地にたどり着いた。秘密基地のドア代わりであるベニヤ板はちゃんと立てかけられたままで、ぼくはとりあえず一息つくことができた。ゆっくりと近づき、そっとベニヤ板を外す。しかし、あれ、とぼくは首を傾げた。ベニヤ板を外したというのに、中が見えないのだ。真っ暗だ、とぼくは心の中で呟く。秘密基地の中が見えない。日の光はちゃんと差し込んでいるのだから、そんなはずはないのに、と思いながらぼくが秘密基地の中を覗きこもうと顔を近づけると見えない壁に顔をぶつけた。驚いてぼくは飛び上がる。声をあげて数歩後ずさった後に、まてよ、と自分自身に尋ねた。今のは、本当に壁だったのか。それにしては随分と柔らかかったような。
ぼくが眉間に皺を寄せていると、秘密基地の中身が動いた。正確には、ぼくが秘密基地の中身であると思っていた暗闇が動いたのだ。秘密基地の中を隙間なく埋めていた何かが身動ぎをして、そして秘密基地からのそりと出てきた。
それは不思議な生き物だった。人間とはまったく違うものであるということはわかる。でも、だから何であるとは言いがたい、よくわからない生き物だ。そいつは立ち上がるとぼくの二倍くらいの大きさがあって、頭らしき場所には青白く発光するボタンみたいなものが三つついていた。それは順々にぱちぱちと瞬くので、ぼくはそれが目であると何となくわかった。でも、三つあるなんてやっぱりおかしかった。
ぼくは驚いてそいつを見上げたまま固まっていた。そいつはどこかぼうっとした様子で遠くを眺めている、ように見える。大きな体は、熊のようにずんぐりとしていたが、手足は細く伸びていて筋肉質だ。目の横についた、左右に飛び出したひらひらは、まるでウーパールーパーみたいだった。昔連れていってもらった水族館で見たことがある。薄橙とか、薄桃のつるんとした生き物。それにどことなく似ているようだった。でも色は真っ黒だ。黒い中に、時折青白く光が見える。宇宙みたいだなと考えて、すぐにぼくは納得した。
「……あなたは、宇宙人、ですか」
そうだろうとぼくの中には確証があったが、思わずそう聞いてしまっていた。