第7話
サリアはひとつ息を吐くとコールの方に向き直った。
そして、コールの眠っているソファーの近くに置いてある鞄を開いた。
店主が言っていた気絶していても使える薬については少しだけ心当たりがあった。
確か調香師がつくる香水に薬のような作用を示すものがたくさんあったはずである。
ただ、恐らく今回は香水ではなくお香の形になると予想できる。
そのようなことを考えながら、サリアは鞄の中から二つの毒草を取り出した。
一つは血のように鮮やかな赤色が特徴的な毒草で『ライ草』と袋に書かれていた。
もう一方は『フマ草』と書かれ、こちらは毒々しい赤色をしていた。
この二つはどちらも魔力を吸収する性質のある毒草だったはずである。
そのまま口にすると、魔力欠乏症を引き起こして意識を失ってしまう結構危ない草だったはず。
ただ、この草はどちらも似たような作用をしめすわりに、混ぜ合わせる分量によって、途端に作用が弱くなったり強くなったりするということが知られている。
コールの症状と持ち歩いている薬草の種類から恐らく魔力過剰症の薬を作ればよいはずである。
サリアは二つの内、『フマ草』と書かれた袋から小さじ二杯分すくい取り空の小瓶の中に入れた。
次にもう一方の粉末をを大さじ三杯入れた。
そしてかばんの中から液体の入った瓶を取りだし、粉末の入った瓶の半分くらいまで液を注ぐと激しく振り始めた。
しばらく振り続け瓶の中味が赤く色づくと、サリアは一旦手を止めた。
瓶の中味はとろみを帯びた赤色の液体になっていた。
サリアはそれを確認すると蓋を開けたまま瓶を床に置く。
しばらく待っていると、底に赤黒い沈殿ができた。
そしてサリアはその上澄みを別の瓶にいれ、残った沈殿物の入った瓶をそっと床に置いた。
そして鞄の中からマッチを取り出し火をつけると沈殿物の入った瓶のなかに入れた。
火のついたマッチが中に入ると『ぽんっ』と音がし、緩やかに火がともり、それと共に甘く優しい香りが辺りに満ち始めた。
それからしばらく時間が経つと、次第にコールの呼吸も落ち着き始めた。
『きぃ……』
コールの容態が安定してきた頃、サリアの後ろから扉の開く音が聞こえた。
サリアが振り返ると、執事服を着てとてもがっしりとした体格をした白髪の老人がたっていた。
「いらっしゃいませ、ジェイフォフ様」
店主が椅子から立ち上がり、そう老人に声をかけるとジェイフォフと呼ばれた老人は黙って店主の方を見た。
そしてその見た目からは想像できないような速度で店主に詰め寄った。
「店主どの! 坊ちゃまは! 坊ちゃまは、何処におるか教えてください! ユートピアの店主殿なら分かるでしょう! もしも、坊ちゃまに何かあったら私めは……」
「落ち着いてくださいませジェイフォフ様。 お探しの方ならそちらのソファーで横になっておいでですよ」
店主にそう言われジェイフォフは顔を上げこちらを見た。
そして両目をこれでもかと大きく見開き「坊ちゃま-ーー!」と雄叫びに近い声で叫び、コールの元へ走り込んで行った。
そしてソファーの前に跪くと「坊ちゃま見つかってよかった! 一時はどうなることかと思いました。 ……もしかすると坊ちゃま発作が起きているのでございますか! 坊ちゃまこのじいが来たからにはもう安心ですぞ! すぐに薬を作ってしまいますからな! もうしばしの間の辛抱ですぞ! おっとこんなことをいっている場合ではないですな! 早いところ薬を作らねば!!」と叫ぶと、くるりと鞄の方に振り返り、サリアとジェイフォフは視線がぶつかった。
「これは、何と......。 おお、恥ずかしい所をお見せしてしまった。 他にお客人がいるとは思わず......、とこのようなことを話している場合ではないので、申し訳ありませんがちょっと失礼しますよお嬢さん」
ジェイフォフは先程とはうってかわり上品な佇まいでそう言うと、サリアが何か言う前に鞄、そして足元においてある小瓶へと視線を落とした。
「ん......? 何とこれは......!」
ジェイフォフは、そう言って素早くサリアとの距離を詰める。
「......!」
サリアは驚き、後ずさった。
「突然申し訳ありませんお嬢さん。 ひとつ伺いたいのですが、良いですかな?」
ジェイフォフはゆっくりと視線をサリアに合わせるとそう言いった。
「......はい、大丈夫です」
「これを調香されたのはお嬢さんですかな?」
「はい、そうです」
「ふむ......。 左様ですか......」
そう言ってジェイフォフは足元の小瓶に目を向けた。
「何をどのくらい混ぜたかお聞きしても良いですかな?」
ジェイフォフにそう言われ、サリアは小さく頷くと、自分の行った操作を答えた。
サリアが話終わると、静かに話を聞いていたジェイフォフは口を開いた。
「失礼ですが、お嬢さんはご両親が調香師なのですか? 」
「いいえ、そういうわけではありません。ただ、コール君が倒れてしまったので医者を呼びに行ったんですが不在だったんです。 店主さんが言うにはこのままだとあまりに長くないようだったんです。一応、薬草などに関することは勉強していたので、このまま何もしないよりは良いと思って調香しました」
話を聞き終えたジェイフォフは、「そうですか」と一言言うと少し眉をひそめながら小さく溜め息をついていた。
「あの……、もしかして何か不味かったですか?」
「……いえいえ、そのような事はけしてございません。 お嬢さんのおかげで坊っちゃまは一命をとりとめる事ができそうでございます。 危ない所を救っていただきましてありがとうございました」
サリアがそう尋ねるとジェイフォフはとてもにこやかに、そしてとても丁寧に頭を下げる。
そして、ジェイフォフは顔を上げるとまじめな様子でサリアを見つめてこう尋ねた。
「この毒薬ですが、これ以外にも調香パターンがあるのです。 お嬢さんはそれをふまえた上でこの調香をされたのですか?」
「はい。 コール君の症状を見ていると恐らく、とても進行した、魔力過剰症にとてもにている気がしたので、それに効果が出るように調香しました」
「ん……」
ソファーで小さくうめき声が上がり、そちらを二人が見るとコールはゆっくりと目を開き、体を起こした。
「坊ちゃま。 ご無事で何よりでございます」
「あ、コール君! 良かった気がついたんだね。 大丈夫?」
少しぼんやりとしていたコールだがサリアとジェイフォフを視界に入れるとハッと気がついたような顔をした。
「……はい。 大丈夫です。 えっと、二人とも心配をかけてしまって申し訳ないです。 助かりました。ありがとうございます。」
コールはそう言って軽く頭を下げた。
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