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第6話

サリアが再び『幸せの理想郷(ユートピア)』戻るとコールは変わらず眠っていた。

店主は奥の部屋にいるのか姿が見えなかった。


「すみません! 店主さん、少しお話があるんです! 出てきてもらえませんか?」

「はい、いらっしゃいませお客様。いかがなさいましたか?」


サリアはびくっとして声の聞こえた方へと振り向いた。

いつからいたのかそこには最初と同じように微笑みを浮かべた店主が立っていた。

たださっきとは違い、大きめのショルダーバックを肩から斜めにかけている。


「お客様。何かお話があったのでは?」


店主に笑顔でそう尋ねられサリアは「あ」と小さく声を漏らした。


「そうです。 あの、コール君の治療のための薬ってここのお店に売って無いんですか?」

「はい。ございますよ」


サリアがそう言うとただ一言、まるですべて知っていたかのごとく簡単に店主は告げる。

そしてショルダーバックの中から薄緑色の液体が入った小瓶を取り出すと「こちらになります」と言った。


「……! あの、それ……」

「こちら、(おひと)つ60ゴルとなっております」

「……っ!」


この店は良い意味でも悪い意味でも噂通りなのかもしれないとサリアは思った。

ゴルなんて単位、日常生活では出てくることは全くと言って良いほど出ない。

最近聞いた一番高い金額と言えばオーゼおばさんの食堂の『特盛りステーキ定食』の代金『1ジル60ブル(1,6ジル)』である。

一年間毎日『特盛ステーキ定食』を食べ続けると、それで代金は大体『580ジル』になる。

それを十年間続けると、大体『5800ジル(58ゴル)』になる。

あの薬一つで十年くらいは『特盛りステーキ定食』が毎日食べられるんじゃ無いだろうか。

何にしても提示されたあの金額を支払うことはサリアには不可能である。


「恐らくでございますが……。 お客様は代金の支払いが不可能でございますか?」

「……はい。 でも……、何とか譲っていただくことはできませんか?」

「そうでございますねぇ……」


サリアがそう尋ねると店主は目を細めながら微笑んだ。


「お客様の記憶を譲っていただけませんか?」

「私の、記憶……?」

「はい。 お客様は過去になにやら悲しい記憶をお持ちのご様子。 それを譲っていただけませんか?」


サリアは自分の過去をこの店主は知っているのだろうかと、少し気味悪く感じた。


「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味でございます」

「なぜ、私が悲しい過去を持っていると思うんですか?」

「お客様達の影や憂いを見つけそれをおはらいすることに喜びを感じております。 そのためにも人一倍心の闇の部分などに敏感なだけでございます。全てはお客様達の幸せのためにでございます」


サリアがそう尋ねると店主は「ほほほ」と笑いそう言った。


「お客様は、悲しい記憶を手放し幸せに、そして薬を手に入れコール様も救う事ができる。そして何よりもお客様の喜びこそ私の喜び。 迷うことなど何もございません。 皆が幸せになれるのですから 」


それだけ言うと店主は静かに微笑み私を見つめていた。

記憶を渡すというのはどういうことだろう、なぜこの店主はそんなことを知っているんだろうとサリアは疑問と若干の恐怖を感じていた。

しかしここで引いてしまってはコールの命が失われるかもしれない。

人の命と比べる事は出来ないかも知れない。

そう思ったサリアは、記憶と引き替えに薬を受け取りたいと口を開こうとした。


「お客様はとてもまじめで責任感がお強いんですね。 まぁ、冗談はこの辺にしておきましょう……。」

「え……。 冗談……」

「はい、冗談です。 今回はこちらのお薬を貸しという形でお譲りいたしますよ」


店主はそう答えサリアに薬を手渡すと鞄を床に置き近くの椅子に腰を下ろした。


「あの、頂けるのは嬉しいのですが、三十ゴルもつけにされても私、払えるとは限りませんよ。 これは大損なんでは無いですか?」


サリアは困惑したように店主に尋ねた。


「いえいえ。 そのようなことはありませんよ。私は自分に不利益になるような商売は致しません。 これはいわば先行投資。 海老で鯛を釣っているのでございます。 あ、支払いの方は然るべき時がくればこちらから出向かせて頂きますのでどうぞよろしくお願い致します」


サリアは薬を受け取ったが直ぐにコールの元には行かず、店主をまじまじと見つめた。

店主が嘘を言っているようにも見えなかった。

サリアは店主に渡された薬をありがたく使わせてもらうことにした。


サリアが薬を飲ませようとコールの元に近づく。

しかしコールは気を失ったままでサリアが呼び掛けても荒い呼吸を繰り返しているだけで返事はなかった。

店主の渡してきた薬は緑色をした少しとろみのある液状の物であり、とてもではないが気を失った人に飲ませられるものでは無いようにサリアは思った。

どうしたら良いのだろうとサリアがあたふたと慌てていると不意に店主が口を開いた。


「そう言えば、いままでコール様は意識を失ったことはないのですかね」

「え?」


サリアが振り返ると店主はサリアを見つめながら更に口を開いた。


「まぁ、当たり前かも知れませんね。 一度でも気を失ってしまえば薬なんて飲めないのですからね。 気を失っていても取り込める薬などあるならみてみたいですね。」


そう言うと店主はニコッと微笑んだ後口をつぐんだ。

サリアは黙って店主の方を見つめていたが、店主はもう何も言うつもりは無いのか静かに微笑みながらこちらをだまって見つめていた。

読んでくれてありがとうございました

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