第5話
「次の角を、右に、お願いします」
サリアは入り組んだ路地をコールに案内してもらいながら歩く。
「あの、ここ、です……」
コールを背負いつつ何とか目的の店まで来ることができたサリアは彼が指したお店をまじまじと見つめた。
ぱっと見ただけではあまりお店らしくない佇まいで、路地の奥にそれは建っていた。
入り口に掲げられた看板には『幸せの理想郷』とだけ書かれているだけで何のお店かよく分からない。
変な店だと思いつつも、中にいると言うその子の連れに会うために、サリアはためらいなく扉を開き中へと入った。
店の中にはテーブルと椅子が2つ並び、壁際に柔らかそうなソファーが一つあり、その近くに誰かの忘れ物なのかバックが置いてある。
そういえばコール君のつれの人は何処にいるんだろうか。
「コール君。お連れの人が見あたらないんだけど心当たり無い?」
「……」
「コール君?」
サリアはコールに声をかけてみるが、一定リズムの荒い息使いが聞こえるだけで反応が無く、気を失ってしまっている。
「すみません。どなたかいませんか?」
このお店の従業員か誰かに聞けばコール君の連れの事も分かるかもしれない。
店の奥を見ると立ち入り禁止の札がかかったドアが見える。
そこに誰かいることを願い、できるだけ大きな声でサリアは扉の向こうに呼びかけた。
「はい、いらっしゃいませ。お客様」
サリアの呼びかけが聞こえたのか奥から店主らしい一人の男性が人の良い微笑みを浮かべながら奥の扉から出てきた。
「あの……」
「まぁ、落ち着いてくださいませお客様。まずはお連れ様をあちらのソファーにせかせて差し上げてくださいませ。 ずっと背負ったままだとお客様もおつらいのでは?」
事情を聞こうと思ったサリアだったが、えらく落ち着いた様子で店主にそう言われサリアは開きかけた口を閉じた。
まるで全て知っているというような落ち着いた雰囲気の店主に小さな不安を感じながらも、店主の言うようにコールをソファーに寝かせた。
「では、お客様こちらにおかけくださいませ」
「はい」
サリアはそう言われ中央にある椅子に腰掛け、店主と向かい合う形で座った。
目の前に座っている店主はとても落ち着いた笑みを浮かべると「それでは改めまして、ようこそいらっしゃいませ、幸せの理想郷へ」とサリアに言った。
「あの……、すみません私は、お客では無いんです。」
それだけ言ってサリアはちらりとソファーで眠るコール君に視線を移しすぐに店主の方に向き直る。
「あの子の連れの人がここに来ていると思うんですが……」
「はい、いらしておりましたよ。つい、先ほどまででございますが」
そう言ってニコリと笑う店主。
「え……。 それは、どういう……」
「言葉通りでございます。 先ほどまでこちらでコール様の事をお持ちの方がいらっしゃいましたが、先ほどコール様の到着が遅れているということでしたので、少し様子を見てくると言って出て行かれました」
コールを探しに行ってしまった連れの人。
もしかすると、なかなかここに来ないコール君を心配して飛び出して行ってしまったのだろうか。
あの路地は結構入り組んでいたから途中で行き違ってしまったのかもしれない。
「コール様はもって後一時間ともう少しと言うところでございますかね」
どうすれば良いんだろうと考えるサリアに店主は先ほどと変わらない様子で突然そう告げた。
「……何故、そんなことが分かるんですか? もしかして昔はお医者さんだったんですか?」
「いえいえ。 生まれてから医者というものになったことはございません。 ですが私には分かるのでございます。」
突然の怪しい発言にサリアは眉をひそめた。
しかし、何故かサリアは店主が嘘を言っているとも思えなかった。
「あの、ではコール君を助けるための薬の事は分かりますか?」
「それならば、そちらの鞄の中に入っておりますよ。コール様のお連れの方の鞄ですので」
もしかしたら何か知っているかもしれないと、サリアは店主に尋ねた。
店主はサリアにそれだけ伝えると店主は何も言わず、最初の笑顔のままサリアを見つめていた。
「少し失礼します」
サリアはどうするか迷ったが店主にそう伝え置いてある鞄の近くに向かった。
そして少しためらいながらも、鞄の中身を確認した。
鞄の中には粉々にされたハーブらしきものが袋詰めされている。
他には水の入った少し大きめの瓶と何も入っていない小さな小瓶、さらにマッチが一つ入っていた。
店主の話通りなら恐らくこのハーブが薬のはずである。
しかし、袋に書かれている名前を確認すると、サリアの持っている知識ではどちらも毒草だったはずである。
「あの、店主さん。 少しの間ここにコール君を寝かせてもらえませんか? その間にギルドいるお医者さんに来てもらうので。 お願いできませんか?」
「別にかまいませんよ。 どうぞ御自由になさってくださいませ」
店主はそう言うと音も無く椅子か立ち上がり一礼すると奥の部屋へと戻っていった。
「コール君少しだけ待っていてくださいね」
私は眠っているコール君に一言そう言うと、入り口の扉を開きかけだした。
『バタン』
慌ただしくギルドの扉が開けられ、一人の少女が肩で息をしながら入ってきた。
そんな少女の前にカウンターの奥にいた一人の大男が近づいてきた。
「……おい、サリアそんなに慌ててどうした?」
「あの、ギルドの、お医者さんを、呼んでください、ませんか? ……ちょっと困った事になってるんです」
「……申し訳無いが、医者は今不在だ。 近くの宿に泊まっている冒険者が腹を壊したらしくてな。 そこに往診しに行っている」
「そんな……。 どうしよう……。」
ガルダから話を聞きサリアは少し顔色を悪くしながらそう呟いた。
ここから病院に向かっても片道で六十分位かかってしまう。
もし、あの店主の言っていることが本当ならば、かなりまずいかもしれない。
どうしたら良いのだろうかとサリアが考えていると「……おい」と声が聞こえた。
そちらを見るとガルダが険しい顔をしてこちらを見ていた。
「あの、ガルダさん実は男の子が何か持病で倒れてしまったんです。 薬を飲めば良いんですが、その薬がちょっと無くて……。 材料だけはあるんですけど」
ガルダは心配してくれているみたいであるため、サリアはガルダにそう説明した。
「……そうか。 その子は今、何処にいる。 少し遠いが病院まで行けば何とかなるんじゃないのか? 何なら、俺が担いで走るが……。」
「いえ、それが……。 その子の症状的にあまり長く保たないらしくて……。 その方の言っていることが本当なら、たぶんそこから病院に着く頃には命を落としてしまうと思います。」
「……それは、信用できるのか?」
ガルダは訝しげにそう言った。
「……私にも分かりません。 ただ、嘘はついていない気がするんです。 根拠は無いんですが……。」
「……そうか。 その店は何処にある?」
「入り組んだ路地の奥にある『幸せの理想郷』って言うお店です」
私がさらに詳しく場所を伝えるとガルダさんは、眉間にしわを寄せた。
「あの、ガルダさん……?」
「……ああ、すまない。 確かに嘘では無いのかもしれんな。」
「ガルダさんはあのお店のことご存じ何ですか?」
「……ああ、知っている。 とは言っても噂程度なんだが……。 そこの店主に分からない事や手に入れられない物は無いといわれてる。 そしてその店主は相手が今一番ほしがる物を売ってくれるそうだ。 ただし、金額は驚くほど高かったり、金以外の物を請求される事もあるらしくてな……。 なかなか、一筋縄ではいかないくせ者らしい。 それで、その店で幸せになれたというやつもいれば、いや、あそこは絶対にかない方が良いと言うやつもいて、冒険者の間では『何でも屋』や『悪魔の店』なんて呼ばれる事もある。噂だから何処まで本当かは分からないが……。 まあ、何にせよ気を付けた方が良いとは思うな……」
「そうなんですか。 分かりました。 あの、ガルダさんお願いがあるのですが大丈夫ですか?」
「……ああ、なんだ?」
「もし、お医者さんが帰ってこられたら、『幸せの理想郷』まで連れてきていただけませんか」
「それはかまわんが……。 お前はどうするんだ?」
「私は一旦その子の所に戻ります。 少し気になることがあるので。」
サリアがそう言うとガルダは険しい顔をしてこちらを見ていた。
『大丈夫なのか』と言いたげなガルダに向かってサリアはニコリと笑うと「では、お願いします。ガルダさん」と言ってギルドを後にした。
読んでくれてありがとうございます