ユウの母2人
「こんな料亭に私1人だけ呼び出すとは何事かしら」勇の実母の美和子は、眼前の女性に微笑みながら言った。眼前の女性は半分美和子を睨みながら言った。
「真実を話していただけませんか」眼前の女性、悠の実母であり、今や勇の妻になった仁美は美和子に迫った。
「真実?」美和子はとぼけた様に言い返した。
「夫と娘の実父である浩さんの死についてです。浩さんはあなたと別れて、私と結婚するつもりでした。それなのに突然、自損の交通事故で浩さんは亡くなった。余りにも不自然すぎます」仁美は美和子に強い口調で言った。
「まさか、私が事故を装って夫を殺したとでも言うの」美和子は笑ったままだった。だが、急に目が冷たくなった。仁美は背筋が凍る思いがしたが、背筋を無理やり伸ばして耐えることにした。そうしないと私たち3人、私と夫と娘は前へ完全には進めない。
「あの人を私は殺してはいないわ。あの人を私が自殺に追い込んだというのなら私は認めてもいいけど」美和子は笑みを浮かべたままで言った。
「あなたのお腹に子どもが出来たから、離婚したいとあの人は言ったわ。あの人が私をもう愛していないのは分かっていた。でも、私は別れたくなかった。だから言ったの。離婚するくらいなら、あなたのお腹の子を殺すって。あの人は、それは止めてくれと言ったわ。私は、あなたのお腹の子を助けたかったら、自殺してと言った。本当にあなたとお腹の子を愛しているのなら、それくらいできるでしょうって。まさか、本当に自殺するなんてね」美和子は笑みを浮かべたままだった。魔女の笑みとはこういうものか、と仁美は背筋を凍らせながら思った。
「それにしても、あなたも何を思って、私の息子を誘惑したの」美和子は辛辣な口調で仁美に言った。
「娘が、夫を始めて家に連れてきたときに思ったの。あの人が生まれ変わって私の所に来てくれたって。そう思うとどうにも耐えられなくなって」仁美は涙を浮かべながら言った。
「ふーん。ロマンチストなのね。いっそのこと、息子を生んでくれたらよかったのに。私もあなたの息子と結婚して、二重婚姻できたわね」
冗談ではない、仁美は内心ですくみ上った。悠が息子だったら、何としても引き離す。こんな魔女と結婚したら、その相手は絶対に不幸になる。
「さて、真実を知ってほっとしたかしら。あなたの夫は殺人犯の息子ではないわ。それは保証する」美和子は笑みを浮かべたまま言った。
仁美は恐怖心の余りに味が分からなかったが、無理に料亭の料理を口に押し込み、勘定を早々に払って、美和子の前を逃げ出した。
美和子は、仁美が自分の前から去った後、自宅へ帰った。かつて夫と息子と自分と3人がいた自宅は、今や自分しかいない。夫は死んだし、息子は自分と同居することは決して無いだろう。本当に寂しいものね、美和子は自嘲した。自分としては、売り言葉に買い言葉くらいの気持ちで殺すつもりは無かったのに、夫は思いつめてしまった。私が本当に、仁美さんのお腹の子を殺すと思うなんて、余程、夫は頭に血が上っていたのね。美和子は夫のことを心から悼んだ。夫が自殺したのは、自分のせいだ。私はこの罪を一生背負って生きていこう。美和子はあらためてそう思った。