勇
「ちょっと、私、家出するから」
「どこに行くの」
「お祖母ちゃんのところ。安心して、そこに住むつもりだから」
「行ってらっしゃい」
「いいの、娘とそんなことになって」
「大丈夫、自分の血を分けた妹を信じなさい。頭が冷えたら帰って来るわよ。ここはあの娘の家でもあるのよ。必ず帰って来るわ」
「それならいいのだけど」
悠は、自分が知らない内に実母と僕が肉体関係を持って、実母が妊娠したことを知ると激怒してしまい家出を宣言して、すぐに家出してしまった。僕は更に頭を抱え込んだが、悠の実母の仁美さんは平然としていて、娘が帰って来ることを確信していた。母娘のつながりの強さを僕は感じたが、それ以外にも僕にはやらないといけないことが山積していた。やらないといけないのだが、余りにも重すぎて手が出せていないことが僕には積もり積もっていたのだ。
「お母さん、お父さんは本当に事故で死んだの」僕は、自分の実のお母さんに尋ねた。
「いきなり何を言いだすの」
「本当に事故だったのかな、ってちょっと思え出したんだ」
「いきなり何を言うのよ」お母さんは笑い出した。
「あれは事故。お父さんが1人で運転をミスして起こした自損事故だったわ」
「そうだよね」僕は、相槌を打ちながら、それとなく実母を観察した。実母の目は笑っていない。僕は背筋が凍る思いがしだした。母は表向きは笑いながら言った。
「まさか、私が殺したとでも思うの」
「そんなことは思わないよ」僕は慌てて言った。母は笑いながら言った。
「私は好きな人が裏切ったからと言って、怒って殺したりはしないわよ」
僕は更に背筋が凍る思いがした。好きな人が自分を裏切ったら怒らずに冷静に殺す、と母は僕に暗に言ったように思えたからだ。
妹の家出、実母の言動、僕の神経は擦り切れそうだった。体をボロボロにしながら、麻薬に溺れる人の気持ちが分かるような気が僕にはしていた。僕が麻薬のように溺れたのは、仁美さんとの恋愛関係だった。仁美さんも僕の愛に応えてくれた。世間一般から言えば、禁断の愛と言われても仕方ないだろう。でも、今の僕の擦り切れそうな神経を癒してくれるのは、仁美さんとの恋愛関係だけだった。そのことで妹の悠の怒りがますます収まらなくなるのは、自分でも分かっていた。でも、自分でもどうしようもなかった。
そして、仁美さんのお腹の中には僕たちの愛の結晶が宿っていた。僕は腹をくくるしかなかった。とりあえず、仁美さんが父の元恋人なのは母に伏せて、僕に恋人が出来たこと、既にお腹の中に僕の子がいることを母に話さざるを得なかった。母は驚いた様子が無かった。既に僕の態度から母は察していたらしい。ということは、仁美さんが父の元恋人なのも母は気づいているのだろうか。僕は、内心で心配したが、母は素知らぬふりで、仁美さんと表向きは初めて会って会話をした。そして、3人で話し合った結果、僕が18歳になったら、仁美さんと結婚すること、結婚したら(その時は2歳になっているはずの)お腹の子を正式に実子として僕が認知することが決められた。
妹の悠の家出は半年ほど続いたが、自分の妹(?)が産まれたのをきっかけに家出を止めて家に帰ってきた。僕も同居したかったが、結婚していない上に、高校生の身では仁美さんや悠と同居はできない。悠は表向きはぶつぶつ言いながらも、可愛いのか、新しく生まれた妹を溺愛していた。
そして、18歳になって、僕はようやく仁美さんと正式に夫婦になった。