勇
「あなたのお父さんは、ひょっとして俳優の」
「はい、父です」
「本当にお父さんに似ているわね」
「ええ、母にも言われますし、母から見せられた録画を見て自分でもそう思います」
悠のお母さんがお茶を持ってきたのは、悠の部屋に案内されてから1時間近く経ってからだった。すぐに準備をすると言っていたのに、と僕は不思議に思った。また、いきなり、娘の悠ではなく、僕に声をかけてきた。一体、どういうわけなのだろう。気のせいか、少し顔をそむけている。気になって、悠のお母さんの顔をそれとなく観察すると涙の跡に気づいた。何かがあって泣いていたのだろうか。僕はますます気になった。悠のお母さんは、本当は29歳だそうだが、どう見ても20代半ばにしか見えない。悠のお母さんは、すぐに悠の部屋から出て行った。僕は、お茶を飲み、しばらく悠と話をしてから帰宅した。
悠が2人きりで急いで話したいことがあると言ってきたのは、その次の日だった。悠の顔色は余りよくなかった。僕は気になり、人目に付かない喫茶店で悠と落ち合うことにした。中学生同士だと不自然だろうが、悠も僕も変装は仕事柄、お手の物だ。違う高校の高校生同士のカップルにしか見えない。店員が注文を取って僕たちから離れていくと、悠は声を潜めながら、いきなり話を切り出した。
「私のお父さんは誰か話したことがある?」
「そういえば、お母さんの話は聞いたけど、お父さんは誰か聞いた覚えがないな」あれだけ大騒動を起こしたお母さんだ。お父さんも有名な人なのだろうか。
「驚かないで、勇は私の腹違いのお兄さんらしいの」
「えっ」僕は絶句してしまった。
「勇が帰った後、お母さんが勇と友人になるのはいいけど、それ以上はダメといったの。でも、その理由は言葉を濁して教えてくれないの。なぜ友人以上になってはダメなのか気になって、おばあさんに話を聞いたり、お母さんにカマをかけたりしてみたら、私の考えすぎならいいけど、どうもそうなんじゃないかって思えてきたの」
「考えすぎじゃないのか。突拍子もなさすぎるよ」
「だって、私の父は戸籍上は空欄らしいのよ。おばあさんはそう明言したわ」
「これまで、悠のお母さんは、悠のお父さんのことをどう言っていたの」
「私がお腹の中にいる時、妊娠中に交通事故死したって、言っていたわ。でも、父の名前はこれまでいくら私が聞いても教えてくれなかった。考えてみて、勇のお父さんも交通事故死していて、それはちょうど私が母のお腹の中にいる時になるわ」
「でも、僕のお父さんと君のお母さんに接点は」といったところで、僕も接点があることに気づいた。よく考えてみたら、僕のお父さんは、悠のお母さんと同じプロダクションに所属していたのだ。ここまで重なってくると偶然とは思えなくなってくる。
「私の方は、もう少し、母や祖母に話を聞いてみる。勇の方も調べられたら調べてくれない」
「分かった」
悠はそれだけ話すと、ほっとしたような顔をした。余程、僕と話をしたかったのだろう。さて、どうするか、迂遠な方法は僕は嫌いだ。まずは、悠の母に直接会って、話をしてみようか。それが間違いのもとになるのだが、僕はその時はそんなことは思いもしなかった。