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出窓シリーズ

出窓の外で

作者: 御崎 澪

しとしとと降り続ける小雨。

ナチュラルだが多少の可愛らしさもある、極薄レースのカフェカーテンに飾られた大きな出窓のガラスには、大小様々な水滴に、雨水が細く落ちていく道筋ができていて、外の風景が見づらくなっていた。

「・・・今日は、こないのかなぁ」

店内に揃えで置いてある、ダークブラウンの木材に細かい彫りで装飾されている背もたれ椅子を、乾いたふきんで磨きながら私は小さく溜息をもらした。




ここは、私が30の年に一念発起してOLから脱サラしてやっと手に入れた小さなカフェ。

専門店ではないのであまり凝りすぎた飲み物や食事の提供は出来ないが、

来てもらえたお客様にはひと時の寛ぎと癒しを提供できる様にと内装と家具類は拘って揃えた。

立地は閑静な住宅街。

定年後はのんびり好きなところでマンションを買って暮らすから、この家は私が好きに使ってくれて構わないと両親に言われ、リフォームの了解も得てから古くなった家を改築し、一階は丸々店舗にして二階を住居スペースへと変えて開店した。

昼は喫茶メイン、夜は多少だがアルコールと食事も出す。

なんとか軌道にのってもう丸2年経つ。

カフェ・オランジュ、それが私の小さなお城。

なんでオランジュかって?

私、オレンジとかグレープフルーツとか柑橘類が大好きだから。





常連客も夕方から雨が降りそうだからといつもより2時間は早めに帰ってしまい、今は店内に一人。

白いカップをふきんで磨き、手を止めて窓の外を見つめた。

憂鬱な気持ちでいたら、雨まで降ってきちゃった・・・。

カップを棚に戻し、出窓の近くまで歩み寄り外を眺める。

客もいないし、今日のランチタイムは閉めてしまおうか、と考えていると。

出窓の外、風景を切り取られたかの様な窓枠のガラスごしの向こうに人の姿。

道路の向かい側は2階は3部屋のアパート、1階は2店舗分のテナントが入る建物がある。

残念ながら店舗は入っていない為、ずいぶんと経ってもシャッターが閉まったままになっているけれど、

そのシャッター前に雨宿りをする様に男性が上を見上げながら立っていた。

傘を持ち忘れたのだろうか。

格好は清潔感のある白いシャツと青空色のTシャツに細身の濃紺デニム。

雨のせいで顔までははっきりと見えないが、大学生あたりだろうか。

雨宿りならうちでしてくれればいいのになぁ、などと商魂逞しげなことをぼんやり思ったとき。

赤と細かい白のドットの傘が彼の姿を遮る。

あぁ、彼女と待ち合わせでもしてたのか。幸せそうでいいな。

一つの傘で身を寄せ合って歩いていく二人の姿を目で追った後、私はドアにかけているプレートを引っくり返して店の鍵を閉めた。




その後、1、2週間に一度は彼らの姿を見る。

とはいっても、一度も店には訪れたことはないのだけれども。

よく晴れた夏の暑い日で、暑そうにポロシャツの胸元をぱたぱたとさせた彼が彼女を待つ姿。

また違う日はもう夕方で、彼はスーツを着て腕時計を確認しながら立つ姿。彼は社会人だったのか。

さらに秋ももう終わりという木枯らしでも吹きそうな寒い日は、冷えた手を口元で温めながら彼女が歩いてくる方向を眺める姿。

いつも共通することは、彼がいつも先に来て彼女を待っているということと、彼女が来るとふわりとした笑顔が見えること。

出窓から見る彼は、まるで一枚の風景画みたいで。何故か私は妙に彼の姿が気になって、店に客がいてもちらりと窓の外に目を向けてしまう。

客に話しかけられ、慌てて窓から目を逸らすこともしばしば。

毎回毎回、ああやって彼女の事を大事そうに待っているのを見ていると、恋愛もいいもんだな、と思う。

思えば社会人になってからは仕事に追われ、脱サラして店を出したら店の事で頭がいっぱい。

気付けば、恋愛方面ではあっという間に干物も干からびたような女になってしまっている気がする。

彼のような人とでも付き合っていれば、もしかしたら今頃は主婦でもやっていたのかもしれない。

そのうちに、そんな人でも現われてくれるといいなぁ。

ところが、初めて彼らを見た日から1年も経とうとしたある日。

幸せそうな2人をここ最近見かけなくなってしまった。もう見なくなって2ヶ月になるか。

どうしたのだろう、別れてしまったのだろうか。

幸せそうな2人だったのに。ついでに見た目も整った2人だっただけに、私も彼らに気付いた常連客も眼福だったのに。

やはり恋愛はいいことばかりでもないんだなぁ。

彼があまり傷ついていません様に。

そんなことをふと思ってしまった自分に、驚きと苦笑が同時に顔に出てしまった。


だんだんと冷え込みも増し、真冬という言葉がぴったりな雪の日。

雪のせいで、客は常連客が1人だけ。

この人が帰ったら閉めてしまおうか。でも寒い思いをして来るお客さんもいるかもしれないし。

迷った末にもう少し店を開けておくことにして、常連客にはゆっくりしててと笑顔を向けた後、店前だけでも軽く積もった雪を避けておこうとエプロンをかけたままでダウンジャケットを羽織り外に出た。

水分を含んだ雪はべちゃべちゃと溶け、雪のクレーターの中に水溜りを作り出していた。

それをプラスチック製の雪かきスコップで側溝に落としていく。

「ふう・・・。そんなに多くないのに腰疲れたなぁ・・・そろそろいいかな」

滲み出た額の汗を手の甲で拭い、店に入ろうとしたその時。

「あの、すいません」

お客さんだろうか。

「はい、店なら開いています・・・よ・・・」

振り返った先には、見覚えのある彼が立っていた。

驚いて声が震えてしまったけれど、初めて声を聞けたことに喜んでしまう自分がいる。

「いえ・・・その、客ではなくて・・・」

彼の顔は耳まで真っ赤になっていた。きっと、寒さのせいじゃない。






常連客は、いつもの、と頼んでいるブルーマウンテンとケーキセットを少しずつ堪能しつつ出窓の外に目を向ける。

「あら、こんどの出窓シアターの主役は彼女なのかしら」

うふふ、と一人含み笑いを漏らし、ここらの町一帯のカフェの中で絶品といえるベイクドチーズケーキにフォークを入れた。

常連客は週1以上は必ず店に来る。

だからこそ、この店の主がいつもどこを見ているのかを知っていた。

その目線の先の彼が、本当は誰を見ているのかも。






「だって、あの、いつもそこで待ち合わせていた彼女さんは・・・」

「・・・彼女?ああ、あれは妹です。

ここで待ち合わせしているときによく外から貴方を見かけて・・・」




はらはらと降る雪の中。

小さなカフェの小さなガラスのシアターはやっと主役が揃ったようです。


はじめまして、こんにちは。

以前は別ネームで書いてましたが、スランプで放置したらIDも作品も吹っ飛んでいましたので、リハビリみたいなもので突発的に浮かんだものを書きました。

えー、盛り上がりもなく淡々としたものになってしまい、やはり文才なんてものは私にはないのかと絶賛凹み中です・・・。

誤字・ご指摘・ご感想お待ちしてます。

ぐっさり刺さりそうなお言葉はなるべく避けて頂けると幸いです(汗

少しずつ、これからも書いていこうと思いますので宜しくお願いいたしますです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しくて、ゆったりとしていて、素敵な文章ですね。癒されました。 彼の告白(?)はちょっと唐突な気がしますが、まあ、それも作品の雰囲気作りにもなっているのでしょうね。 [一言] 次回作も楽し…
[良い点] 落ち着いたカフェでのゆるやかな恋愛もので、あたたかい気持ちになりました。 派手な起伏はないけれど、それがよくある日常の中の穏やかな幸せを思い起こすきっかけとなり、心地よかったです。 展開自…
2015/06/02 13:02 退会済み
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