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脱出ゲーム~この世界からの試み~  作者: 有栖川紗菜
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脱出ゲーム~この世界からの試み~ ー第二話ー






「ねねっ!!今朝のテレビ観た!?」


「みたみた!!」


「C組の萩李くんの話でしょ~?」


「わたし、萩李くんのこと好きだったのに…」


教室の一角でクラスメイトの女子がそんな風に騒いでいた。まるでドラマに出てくる野次馬そのものだ。


(他人事のようにしか思ってないんだろうな…)


心の中でそんなことを呟きながら彼女達を一瞥し、自分の席についた。鞄の中身を机の中に移し、うるさい周りの音から逃れようとヘッドホンに手をかけた。しかし、そうしようとしたところで誰かさん特有の甘い香りが鼻を過ぎった。


「だーめっ…もう、ヘッドホンは禁止だって、萩李くんに怒られてたじゃなーい」


「か、神流ちゃんっ…!?」


その手を制する手と声は愛しい人のもので。でも、神流ちゃんは萩李と同じC組だったはずなのに…。ヘッドホンを片付けて体を前に戻すと神流ちゃんは机に顎をくっつけてこちらを覗き込んでいた。彼女は僕より身長が高いわけだから、こんな風に見られるのはなんだか新鮮で胸が酸っぱくなる。いやいや、今はそんな惚気…?をしてる場合じゃないんだっ!


「神流ちゃん…えっと…どうかした?」


「それは、こっちの台詞だよ…詩穂くんが、死んだような顔で教室の前を通っていくから心配して追っかけてきたんだからねっ?」


「僕、そんなに酷い顔してた?」


「してた、じゃなくて、今もよ…現在進行形で、してる」


頬っぺたを両手で挟んで僕の顔を引き寄せる。思わずビクッとするも、神流ちゃんは綺麗に微笑んだままおデコをぶつけた。神流ちゃんの顔をここまで近くで見るのは初めてで、キスしちゃうんじゃないかとドキドキして、思わず目を瞑る。しかし、それ以上距離が近くなることはなく暫くするとクスクスとあどけない笑い声が彼女から漏れた。


「詩穂くんってば、ほんと可愛い…そういうとこ、虐めたくなっちゃうの…えへへっ…」


「神流ちゃんっ…からかわないでよっ…その、教室だし、みんな見てるしっ…」


「平気だよ、きっと、私の髪の毛で隠れてるから…キスしてるって、思われてるかもね?」


「だ、だから、からかわないでって…!」


「ふふふっ…冗談だよ、詩穂くん、かーわいっ」


いたずらっ子の笑みを浮かべた神流ちゃんが顔を離してそのまま立ち上がる。一度、その場で一回転した後僕の頭を添っと撫でた。先ほどとは違う、暖かくて優しい笑み。僕がその表情をただ見つめていると、形の良い唇が恥ずかしそうに動いた。


「詩穂くんには、今みたいな表情でいて欲しいの。辛いのはわかるけど、そんな顔しても萩李くんは喜ばないもの…」


はにかんで「ねっ?」と首をかしげてまた頬を緩めて。神流ちゃんの笑顔は魔法のように僕の心を綺麗にしてくれる。気付けば釣られて笑顔になって周りに「またやってるよ、バカっぷる」だなんてはやし立てられて。それでも、これが幸せで、嬉しくて。


「ありがと、神流ちゃん…そうだね、萩李にまた説教されるのはごめんだもんっ…」


「こらこら、詩穂くんのことを思っての説教でしよ~?あ、もうこんな時間…!教室戻るね!また、あとでね!」


さっきまでの余裕な笑顔はどこへ消えたのか焦ったように手をふり、教室から出ていく神流ちゃんが面白くて愛しくて自然と頬が緩む。でも、その後ろ姿が消えたとき、僕はまた…。



(萩李…どこ行っちゃったんだよ…)


きっと、酷い顔をしているんだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「はあああああああああぁ…」


覚束無い足取りで、図書館へ向かっていた。今日はいつも萩李と図書館に来る日だったから足が勝手にそこへと進むのだ。あんなにウザがっていたのに…まるで僕が依存症じゃないか…。


(萩李はどうしたんだろ?)

(昨日は一緒に帰ったのに……)


「はあああああっ…って、いったっ!」


ボーッとしていたせいか、目の前にいたシルエットに気付かずそのままぶつかってしまう。


「ひああああっ!すっ…すいませんっ…すいませんんんん…!」


わたあめみたいな女の子だな。と咄嗟に思ってしまったのはきっと髪の毛のせいだろう。色素の薄いライトブラウンの髪の毛がふわふわとカールしていて美味しそうに見えたのだ。それに相まった大きくてくりくりした黒目がちな瞳。雪のように白い肌に生える桜色の唇。まるで周りにお花でも咲いていそうな完璧なパーツ配置だ。


じーっと見つめていたら彼女は僕が怒ったと勘違いしたのか、目尻に涙を浮かべて、小刻みに震え始めた。慌てて僕も頭を下げる。


「い、いや、ぶつかったのは、ボーッとしていた僕の方だ!大丈夫だよ、こっちこそ、ごめんね!」


「う、うえぇっ…そんな、あの、怒っちゃ、いやぁっ…」


「いや、怒って叫んだわけじゃなくて、そのっ…!」


僕が何を言っても小刻みに震える彼女。これじゃあ周りに誤解されちゃう!ああああああ……。僕はこんな小さい女の子を泣かせる程最低な男じゃないぞ…!誰に言われたわけでもなくそんな返事を返しながら彼女の手首を捕まえ図書館の奥の奥の席へと連れていく。取り敢えず、彼女と話をつけよう!「うえぇっ!?」とか「ううぅ…」なんて声にもならない声を上げながら後ろで暴れているが、気にしない。





「ほら、座って」


「あ、あの、怒ってるなら、そのっっ…」


「い・い・か・ら・す・わ・れ」


「ひいぃっ…」


尻餅をつくような形でだが、椅子に腰掛けた彼女の向かいの席に腰を下ろす。僕が椅子を引く音にさえ体を揺らす彼女にウサギの姿が重なった。とりあえず、一息ついて彼女の目を見つめる。しかし、その宇宙を閉じ込めたような綺麗な瞳はすぐに逸らされ、「な、なんでしょうかっ…」と怯えた声が返ってきた。


「あのね、僕は、ホントに怒ってなんかないんだよ…?」


「なら、どうしてこんな人目のつかないところに連れてきたんですかっ…カツアゲですか…?生憎、所持金は0ですけど、どうしてもと言うならこっちのポケットに入っている夕食代を差し上げますが…」


「所持金0じゃないよね!!それって!!」


「ひいぃっ…ご、ごめんなさい!!」


「いや、その、カツアゲとかじゃないから、ほら、だから、もう謝らないで…」


「ご、ごめんなさいっ…」


「だから、謝らなくていいんだって…」


「ごめ……はうぅ…」


再び謝りそうになったのか、自らの口を抑え、言葉を飲み込むように喉を鳴らす彼女。絵に書いたようなその仕草が面白くて、もっと彼女と話したいと心のどこかが騒ぎ出す。いつもと違う誰かと話すという行為は好奇心が一層と際立ち心拍数が早くなる。そう、僕は今、興奮しているんだ。


「ねぇ、きみ…名前は?」


「え、えとっ…栗山…庵那…ですっ…」


「学年とクラスは?」


「クラスに乗り込む気ですか…!」


「僕がそんなことするような野蛮な奴に見えるかなっ?」


「……言われてみればひ弱そうです」


「…………で、クラスは?」


「1年…D組…ですっ…」


僕は下劣な人間なのかもしれない。萩李が居なくなった悲しみを、この子と関わることで紛らわそうとしているのだ。でも、それでも……。



「同じ一年生か…確かにリボンの色が僕のネクタイと同じ赤色だ…僕はA組の岸本 詩穂…庵那ちゃん、よかったら、僕とお友達になってよ」


僕は変化を望む。

卑怯な事でも、それでもいいから、日常に潤いが欲しい。

だから微笑んで彼女に手を差し出すのだ。


目を丸くした彼女は一瞬何かを考える仕草をして、直ぐに立ち上がり、走り出した。


「えっ、チョッ、待って!」


反対側に回り、彼女を追いかける。見た目通り足の遅い彼女を捕まえるのは何も難しいことじゃなかった。細い手首をしっかりと片手で拘束し逃がさないようにする。庵那ちゃんはジタバタと暴れながら「離してっ…離してっ…」と今にも泣き出しそうな声を漏らす。


「なんで逃げるの?僕は別にただ庵那ちゃんと…」


「また、怪奇クラブか何かの実験台にするつもりですかっ…うえぇっ…何かあっても、友達、居なさそうだからって…理由で…!この前みたいなことはしませんからっ…!」


(怪奇クラブってそんなものうちの学校にあったの!?ていうか、何をしたんだよ、怪奇クラブ!!)


心の中で怪奇クラブを恨みながらも、僕は庵那ちゃんに首を振って見せる。


「僕は怪奇クラブに何か入ってないし、庵那ちゃんを実験台にしようともしていない…!ただ、純粋に…庵那ちゃんが面白くて…」


「へ…ぇ…」


驚いたように抵抗するのをやめて、初めて僕の目を見てくれた。宇宙を閉じ込めたような綺麗な瞳がまるで星が瞬くかのようにキラキラと輝いている。期待した瞳がそっと問いかけた。


「…私と話してても…不愉快じゃないんですか…?退屈しないんですか?……ホントに楽しいんですか…?」


期待してるくせに、そんな自分を後ろめたく思ってるかのような質問の仕方。その輝きを失わせないようにゆっくり、慎重に言葉を紡ぐ。


「ちっとも不愉快なんかじゃないよ。退屈もしない、むしろ充実してるくらいだ。庵那ちゃんの発言とか仕草の一つ一つが面白くて、楽しいんだよ…だから、もっと庵那ちゃんと話したいんだ…!」


「…………信じ、ますよ…岸本さん…のこと」


「ありがとっ!あ、でも、同い年なんだから、詩穂って呼んでよ」


「なら……詩穂…さん…?」


「いや、かしこまらなくても…」


「それなら、詩穂…くん…!」


「よくできましたっ?」


僕が笑って見せると、初めて、笑顔を見せてくれた。まるで野原にポツリと顔を出した小さな花のように可憐で無垢な笑み。捕まえられていない方の手をおずおずと差し出し、僕の顔を伺う。その小さな手をギュッと握った。神流ちゃんの手とはどこか違う、まるで幼子のような柔らかくて小さな掌。


「…よろしく、お願い…しますっ…」


「こちらこそ、よろしく、庵那ちゃん」


ズルくたっていい。下劣だっていい。

それでも僕はこの掌に祈りを込めるんだ。




(いつも通りが、崩れてしまえばいい)

と…………。

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