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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
98/109

幕間 草原の国の過去

一条視点。



「それから、これは草原の国で頼まれた事なんだが、完全踏破されていない大迷宮は危険だから攻略したいんだ。時間が経てば経つほどに敵が強くなって、危険度が増すらしい。だから、未踏破の大迷宮を攻略して欲しいと頼まれて、俺は動いてる。現在見つかっている大迷宮で、完全踏破されていないのは、残りはランスの大迷宮だけだ」



 ここに辿り着くまで、俺は未踏破の大迷宮を攻略しながら旅をしてきた。

 美咲を探す事を最優先したかったが、踏破されずに中途半端で放置された大迷宮の恐ろしさを目の当たりにした後だったので、放っておけなかったのだ。

 俺を養子にしてくれた、草原の国の王の依頼でもあったから、王子としての権力を使うなら、迷宮攻略も果たすべき義務の内だと思った。

 それに、美咲を探し当ててから、遠くの大迷宮に戻るよりも、完全踏破を済ませて次にいく方が、時間は無駄にならないと判断した。

 一度再会を果たせば、美咲から離れられないのは、わかりきっていた。


 この世界には冒険者がたくさんいるけれど、命の危険を冒してまで迷宮攻略をする冒険者は一握りだ。

 だから、稼ぎやすい階層で戦い、攻略は放置されている事も多い。

 俺はあまり知られていない迷宮の仕組みを、大槻に話すことにした。

 どちらにしても、フレイとカイをあわせ3人で大迷宮の踏破は難しいから、協力を頼まなければならない。

 今までも地元の冒険者や、後は定期的に入れ替わっている草原の国の従者と一緒に、大迷宮を攻略してきた。

 ランスには大槻達がいるので、協力してもらえるのなら、大迷宮の攻略も、そう厳しいものにはならないだろう。


 迷宮の入り口は、外から転移で入るようになっていて、迷宮から魔物は外に出ないというのが常識だ。

 だが、それは、完全攻略されて、安定した迷宮の話であって、完全攻略されていない大迷宮の場合、強くなり過ぎた魔物が迷宮から地上にあふれ出す事もある。


 俺が草原の国についた時、まさにその状態で、草原の国の騎士団は壊滅の危機に晒されていた。

 当時、徒歩で移動していた俺は、とっさに、手持ちの結界の魔道具を、出来るだけ広い範囲で使い、予備もあわせて複数の結界を張った。

 騎士団全員が入れる上、強い魔物にも耐えられる結界を用意できて、倒しても倒しても溢れてくる魔物に圧され、壊滅しかけていた騎士団は何とか持ち直した。

 緊急事態だったので、結界主である俺に対する敵意を誰も持っていなかったことも幸いした。

 結界は、結界主に敵意を持つ存在や、害する存在を弾く性質がある。

 怪我人も数え切れないほどいたが、俺は光魔法の回復も使えたし、持ち合わせていたエルフの薬やポーションも使って、幸いな事に死人は一人も出さずにすんだ。

 魔道具も薬やポーションも、みんなが持たせてくれたものだ。

 だから、俺の功績ではないのに、後々、命の恩人だと感謝されることになった。

 佐々木が結界師のレベルを上げてから、比良坂と日永が一緒に作ってくれた魔道具は、滅多にないほどに高性能で、迷宮で強化された強い魔物も寄せ付けなかった。

 エルフの薬も、誰でも購入できるわけではないような貴重な物を持たせてくれていたようで、その分性能がよかったらしい。

 ユリアが特別な薬をいくつも手に入れてくれたのだと、その時に知った。


 騎士団ということで、草原の国の王子も二人混じっていた。

 そのうちの一人、次期王になるアクセルは、右腕の肘から先を魔物に食われていて、瀕死の重傷だったが、俺の持っていたポーションの性能がよかったので、命を取り留めただけでなく、右腕の再生もできた。

 時間は掛かったが、危なくなったら休みながら戦う事で、溢れた魔物の殲滅は済んだ。

 何かお礼がしたいと言われたので、元々馬を手に入れるために草原の国を目指していた俺は、馬を譲ってもらうために草原の国の王都へ一緒に向かうことになった。

 王子であるアクセルの一族、狼族が治める王都で、お礼として俺にはもったいないような名馬を譲ってもらい、紫黒と名づけた。

 どんな馬がいいかと聞かれて、美咲を感じさせるものが欲しくて、漆黒の馬を頼んだら、その中でも一番いい馬を譲ってくれたのだった。

 今では、紫黒は俺の大事な相棒だ。

 美咲とは別の意味で可愛くて仕方がない、大切な存在だ。

 いつか、紫黒の子馬が生まれたら、美咲にプレゼントするのもいいかもしれない。


 騎士団が災難にあった後の調査で、大迷宮から魔物が溢れ出てきた事、過去にも似たような災難があったらしく、解決のためには迷宮の踏破をするしかないことなどが判明した。、

 頼まれて草原の国の大迷宮の攻略も手伝う事になり、他にも災難が重なって、俺も大怪我をすることになったが、結果的にまたしても王族の命の恩人ということになってしまった。

 元々、身内意識の強い獣人族は、かなり義理堅い。

 命には命を持って報いるべしと、怪我の療養中も、親身になって世話をしてくれた。

 最初は王女に婿入りして、草原の国に留まってくれるように頼まれたのだが、俺は美咲を探す旅を続けたかったので、それまでの事情を話すことになった。

 縁談を断ったというのに、身分が役に立つ事もあるだろうと、王自ら、養子縁組を申し出てくれて、俺は草原の国の第5王子という身分を手にいれた。

 俺が美咲を探す旅に出るのでなければ、王女の婿として王族に迎え入れ、領地を授けて、俺の子孫も含めてずっと保護し、恩を返すつもりだったらしい。


 フレイとカイは、元はアクセルの近衛騎士だった。

 自分達が守れなかったアクセルを俺が助けてくれたと、とても感謝してくれて、俺の旅についてきてくれることになった。

 守れなかったというが、あの時は、フレイもカイもアクセルを守るために酷い怪我を負っていて、生きているのが不思議なほどの重傷だった。

 あの魔物の群れは完全に予想外の災難だったから、仕方のないことだと思うのだが、そのことで二人は、返しきれないほどの恩を俺に受けたと感じているようだ。

 

 旅をするのならと、未踏破の大迷宮を攻略する事を、草原の国の王に依頼された。

 未踏破の大迷宮が残っているのは他国ばかりだ。

 自分の国のことでもないのに、どうしてそこまで心配するのかと思ったのだが、それは、草原の国の歴史に関係する。

 草原の国の国民は、今も過去の先祖たちの過ちを償い続けている。


 草原の国のあるレム大陸の方が、アージェスタ大陸よりも、出現する魔物が強い。

 そのことには原因があった。

 千年ほど昔、草原の国ではそれぞれの種族が争っていた。

 同じ獣人族だというのに、種族の違いで争い、王位を巡って殺しあった。

 たくさんの同胞が死に、人口が半分ほどに減った頃になって、人が死ねば死ぬほどに、出現する魔物が強くなっている事に気づく。

 神の意思なのか、世界のシステムがそうなっているのか、理由はわからない。

 けれど、魔物が強くなった事と、人が死に過ぎたことは関係があったようだ。

 その後、種族ごとの争いをしている場合ではなくなるほど、魔物は強くなり、すべての種族が力を合わせて魔物に対抗した。

 結界のある安全な街を作り、何とか残った者達で、命を繋いだ。

 多産で強い狼族が、王としてすべての獣人族を治めることになり、それぞれの種族の長を貴族として、一つの国になった。

 けれど、一度強くなった魔物の力は、千年経った今も完全に弱まってはいない。

 だから、アージェスタ大陸の魔物より、レム大陸の魔物の方が強い。

 元々、二つの大陸の魔物の強さに、差はなかったそうだ。

 エルフのように長命ではないからこそ、獣人族の間では、歴史を語り継ぐだけでなく、書物にして残す文化があった。

 だから、千年も昔の事が、今も語り継がれるだけでなく、記録でも残されている。

 草原の国に滞在している間、城に残るたくさんの書物を目にする機会があった。

 幸いにして、転生者なので見たことがない文字もすべて翻訳され、読むことが出来たので、現在では解読できない書物の研究をしている学者には、随分感謝された。


 人口減少と魔物の強さの因果関係は、すべての国に知れ渡り、そのおかげで、国家間の戦争や、国内での戦争は起こしてはならないことになった。

 人が死ぬことで、魔物が強くなるとわかっていて、それでも侵略戦争を起こす王はいない。

 王子とはいっても、それほど交流のない隣の大陸の王族の、しかも養子でしかない俺の意見が、ティアランスの王城で、あれだけ尊重されたのには、そういった事情も絡んでいる。

 国を治めるものは、安易に他国との争いの元になるようなことを起こしてはならないと、どの国の王族も教え込まれる。

 俺も、王子という地位を得てから、一通りの教えを受けた。

 旅の間も、それぞれの国の歴史や文化、習慣やマナーなどを、フレイとカイに教えられている。

 二人ともまだ若いけれど、とても有能な従者だ。

 魔物という脅威があるものの、そのおかげで戦争がないというのなら、いい世界なんじゃないかと俺は思う。


 ちなみに、獣人族の冒険者は、人口比率で考えると、かなり数が多い。

 身体能力が優れていて、冒険者に向いているということもあるけれど、一番の理由は過去の償いだ。

 先祖の過ちのおかげで強くなってしまった魔物を退治する冒険者は、獣人族の間では、人気の職業だという。

 この話だけでも、獣人族がどれだけ義理堅い種族かよくわかる。

 千年も前の先祖の過ちを、今もなお、償おうとしているのだから。



「凄い話だな。でも、俺は、獣人族は好きになれそうだ。草原の国は、いい国なんだろうな、きっと」



 俺の話を聞いた大槻は、何やら感動した様子だった。

 大迷宮の攻略も手伝ってくれることになったので、とても助かる。

 すべてはランスに戻ってからの話になるが、大槻の話では、ランスの大迷宮はかなり攻略が進んでいるようなので、すぐに魔物が溢れ出てくるような事態にはならないだろう。



「美咲、起きたのか?」



 寝室の扉が開いたので目をやると、美咲がいた。

 大槻と話をしている間に、目を覚ましてしまったらしい。

 一人が心細かったのか、頼りなげに見えたので手招くと、素直に寄ってきて、俺の隣に腰掛ける。

 俺と大槻はテーブルを挟んで別のソファに腰掛けていたんだが、大槻の方でなく、俺の方を無意識に選んでくれているのが嬉しく、つい、頬が緩んでしまう。



「いなくなってしまったかと思って」



 縋るように俺の服を掴み、微熱で潤む瞳で見つめられて、強い庇護欲が沸き起こる。

 心のままに抱き寄せると、素直に体を預けてくれた。

 長い髪をかき上げ、熱を測るように額をあわせると、美咲の頬がほんのりと色づいていく。

 恥らっているのが伝わってきて、愛しさで胸がいっぱいになってしまった。

 そのとき、わざとらしい咳払いが聞こえて、大槻に邪魔をされる。

 目を奪われたように俺を見つめていた美咲は、それで我に返ったようで、慌てて体を離そうとしたが、それを許さず、しっかりと抱きしめた。



「あ、そういえば、お土産が山ほどあるぞ? 森の国で、佐々木や比良坂に持たされたものもある」



 預かった物以外にも、行く先々で、美咲に似合いそうなものがあれば、買い求めていた。

 迷宮攻略のおかげで、購入資金に苦労はしなかった。

 一度に渡すと驚かせてしまいそうだから、まずは佐々木達に預かった物を渡すことにする。



「お土産ですか? 知巳さんは佐々木君たちとパーティを組んでましたよね? 彼らは森の国に残ったんですか?」



 聞かれたことに答えながら、預かっていた魔道具や宝石箱を渡した。

 佐々木達が森の国で魔道具を作っていると話すと、同封されていた手紙に目を通していた美咲が、一つ一つの魔道具を興味深そうに眺めた。

 どれも嬉しそうに受け取っていたが、チョコレートを出した時に、美咲の表情が一際嬉しそうに輝いた。

 さすが料理人だけあって、食材は嬉しいようだ。



「この世界にも、チョコレートはやっぱりあったんですね。ずっと欲しかったんです。しかも、こんなにたくさんあるなんて、嬉しい! 私、これで作りたいものがいっぱいあります。ありがとう、知巳さん」



 弾む声で可愛らしくお礼を言う。

 ちょっとした興奮状態で、熱が上がるのではないかとひやひやする。



「チョコレートで、ここまで喜ばれるとは思わなかった」



 俺の手持ちのお土産で、ここまで喜んでもらえる自信はない。

 ほんの少しの敗北感を感じながら、しみじみと言うと、大槻が吹き出した。



「俺と再会した時は、鯖で小躍りしてた。美咲に土産を用意するなら、食材が一番だ」



 サバ?

 思いがけない単語が出てきて、さすがに驚く。



「魚のサバだよな?」



 思わず確認するように聞くと、大槻が可笑しそうな顔のまま頷いた。



「もちろん、魚の鯖だ。鯖味噌が作れると大喜びだった」



 美咲らしいエピソードが可笑しくて、俺も笑ってしまう。

 俺と大槻に笑われて、美咲は真っ赤になって拗ねている。



「だって、ランスでお魚は高いんですよ? それに鯖はランスでは見当たらなくて。だから、とっても嬉しかったんです。それに、あの時は亮ちゃんだって味噌があるのかって喜んでたのに!」



 弁解するように言い募ったかと思えば、子供のように拗ねて大槻に文句を言う。

 今までに見たことのない、美咲の歳相応の様子が可愛くてたまらない。



「まぁ、鯖味噌は美味いよな。そのうち、材料が手に入るなら作ってくれ」



 美咲が作る鯖味噌ならきっと美味しいに違いない。

 取り成すように言いながら、軽く背を撫でると、拗ねていたのが恥ずかしくなったのか、頬が赤らんでいく。

 美咲は色が白いから、恥らうとすぐに顔に出てしまって、それがとても可愛い。

 でも、可愛いだけでなく、時には、俺の理性をふっ飛ばしそうな艶を含んでいたりもするし、とにかく目が離せない。



「チョコレートも、ずっと探してたから本当に嬉しいです。いつか、佐々木君達に逢う事があったら、たくさんお菓子も作って、お礼を言います」



 本当に心から嬉しいといった様子で微笑むから、美咲が喜ぶ事を、何だってしてやりたくなる。

 重症だ。

 どんな顔をしていても、何をしていても、美咲が可愛くて可愛くて仕方がない。

 


「いつか、一緒に森の国にも行こう。美咲が行きたいところなら、どこでも連れて行く。これからは、ずっと一緒だ」



 言いながら見つめると、美咲は嬉しそうに頷いてくれた。

 まだ、片付けなければいけない問題はあるけれど、二人でなら乗り越えていけると思った。

 




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