72.断罪
護衛なのか、兵士が所々に立っている他、玉座の前にラルスさんがいた。
王都にいるのはわかっていたけれど、実際にラルスさんの姿を見て、安堵感で涙が溢れそうになる。
ラルスさんは私を見て、よく観察していなければわからないほどに、小さく頷いてくれた。
その仕草だけで、きっと大丈夫だと安心させられる。
「エルヴァスティ殿がどうしてこちらに?」
ラルスさんを憎々しげに見ながら、侯爵が問いかける。
「私は王に呼ばれたまで。それより、どうして誘拐されたミサキが貴公といるのだ?」
ラルスさんも侯爵のことは大嫌いみたいで、笑顔でちくっと針を刺してくる感じだ。
「行き倒れているところを拾ったのだ。話を聞けば、身寄りのない転生者ということだったので、カステグレン家で引き取ることにした」
私の話などろくに聞かなかったのに、しれっと言い放つ。
結花さんという人質がいる以上、私が反抗する事はないと安心しているのもあるのだろう。
面の皮が厚くなければ、貴族などやってられないのだと、しみじみ思ってしまった。
ラルスさんが言い返そうとしたところで、侍従に王がお出ましになると告げられ、二人とも臣下の礼を取る。
私も、一通りの教育を受けていた時に、作法は教えてもらっていたので、作法通りに一礼したまま、王を待った。
この体勢をずっと保つのは、結構きついのだけど、ここできちんとしなければ、教育を引き受けてくれたラルスさんに、恥をかかせてしまう。
「面を上げよ。叔父上もカステグレン侯も久しいな」
ラルスさんを叔父上と呼ぶという事は、公の場ではないという事を言外に示しているのだろうか?
王の許しがあったら姿勢を正していいと教えられていたので、ラルスさんを参考にしながら、出来るだけ優雅な所作を心がけて姿勢を正す。
堂々とした張りのいい声の王は、クリスさんとよく似ていた。
髪の色はくすんだ金だけど、瞳はクリスさんと同じ碧だ。
優しげにも見える端正な顔立ちではあるけれど、表情はあまり顔に出ていない。
血縁上はラルスさんの甥で、でも、ラルスさんよりいくつか年上だと聞いていたのだけど、若々しく見える。
50近いはずなのに、どう見てもそれより10歳は下に見えた。
現王が王位に就くとき、ラルスさんも対立候補だったけれど、堅苦しい王宮を嫌ったラルスさんは、継承権を放棄して、辺境にあるランスの街の領主になったと、前にランスの館の執事さんに教えてもらったことがある。
現王とラルスさんの関係は良好で、王に似たクリスさんをラルスさんは可愛がっている。
迷宮が好きでラルスさんを尊敬しているクリスさんも、小さな頃からよくランスに来ていたそうだ。
クリスさんとお話している時の口調で、ラルスさんをとても尊敬しているのが、よく伝わってきた。
「今日は確認したいことがあるので呼んだのだ。養子縁組の申請書が両家から同時に出されているのだが、縁組の相手はどちらもカグラという転生者なのだ。両家に同時に養子に入れぬ。どうなっているのか確認してからでなければ、承認はできない」
王の言葉を遮るわけにはいかないからか、侯爵は口を噤んだけれど、思わぬ事態に顔を真っ赤にして怒っているようだ。
私は斜め後ろにいるから、その様子がよくわかる。
簡単に済むはずの手続きに邪魔が入って、苛々としているのだろう。
「王家に連なるエルヴァスティ家と、古くから続くカステグレン家に、同時に望まれた娘にも興味もあったので呼び出してみた。聞けば、クリスティアンはその娘に求婚したそうだな、間違いないか?」
問われているのは私のことだけど、こういった場で女性は口を開かないものらしいので、黙って様子を見ていた。
この世界は、女性の扱いがあまりよくない。
昔かたぎなお祖母ちゃんに育てられた私は、そこまで気にならないけれど、優美さんは前にとても憤っていた。
能力的に格段に劣る男に下に見られるのは、腹が立って仕方がないそうだ。
「間違いありません。クリスティアン王子はランスに滞在中、ミサキの下へ連日通っておりました。時間を掛けて人柄を見定め、先日、求婚いたしました」
私の代わりにラルスさんが答えてくれる。
プロポーズを断った事は、この場では公にしないと事前に聞かされていたので驚かなかったけれど、カステグレン侯爵が、忌々しげに舌打ちするのには驚いてしまった。
王の前だというのに、失礼に当たらないのだろうか?
「恐れながら、この娘は、行き倒れているところを私が保護いたしまして、カステグレン家の養女になり、第1王子のダニエル様に嫁ぐことを約束いたしました。クリスティアン様も望まれているようですが、神の遣わした転生者に無理強いはよくありません。本人の気持ちが一番大切かと思います。本人も望んでおります通り、カステグレン家との養子縁組とダニエル様の後宮入りをお許しください。見目もよいですが、転生者ですので、必ず王家に素晴らしい世継ぎを授けてくれると思います」
普段の尊大な様子は隠しきって、いかにも王家のためにといった素振りで、侯爵は自分の思い通りに事を運ぼうとする。
よくもまぁ、ここまでぺらぺらと、心にもないことを話せるものだと感心する。
私に一番無理強いしている人の科白とは思えない。
ほんの少し、今までのやり取りを見ただけでも、王家に嫁ぐなんて嫌だなと思ってしまった。
こういった場所や、腹の探りあいは、私には向いていない。
心から愛する相手のためなら頑張れるだろうけど、どちらの王子にも興味はない。
クリスさんはいい人だと思うけれど、伴侶としては見れない。
「カステグレン侯、その娘は、いつどこでどのように保護したのだ? ランスとカステグレン家の領地は遠く離れている。年若い娘が一人で移動できる距離ではなかろう?」
王は打ち合わせ済みなのか、そうでないのかわからないけれど、保護の経緯を聞きだそうとする。
ラルスさんなら突っぱねられても、王が相手ではそうはいかないのか、侯爵は苦々しげな様子を何とか隠しながら話し出した。
「数日前、遠乗りに出かけた際に、ランスに続く街道沿いで保護したのです。眠らされているようでして、意識がなかったのでそのまま連れ帰りました」
眠らされていたという真実を混ぜつつ、侯爵が話を作る。
突っ込みどころはたくさんあるけれど、この場で口を開けないのが辛い。
『主様、結花様はみんなと合流したわ! もう我慢しなくていいって。それと、鳴様が、主様の婚約者が来るから、婚約を否定しないようにって』
桔梗に結花さんの無事を知らされて、ホッとすると同時に、婚約者などと言われて驚かされる。
亮ちゃんでも、仮の婚約者に仕立てたんだろうか?
よくわからないながらも、了承した。
「おかしな話もありますな。ミサキは9日前に私の館を訪れております。その日の午後に行方がわからなくなり、捜索していたのですが、我が領とカステグレン領は馬でも5日の距離。数日前に保護されたのだとしたら、馬で5日の距離を、馬にまともに乗れぬ少女が3日程で移動した事になります。辻褄が合いません。しかも、ランスからカステグレン領までに点在する町や村に、ミサキらしい女性が宿泊した様子もありません」
ラルスさんが、いかにも不思議でならないといった顔を作って、笑顔で言い放つ。
ランスから無理に急いで離れた事を、逆手にとって責めるなんて、鳴君の案のような気がする。
痛いところを突かれたのか、侯爵は黙り込んでしまった。
「叔父上の言う通りなら、不思議な話もあったものだな。カステグレン侯は随分遠くまで遠乗りに行かれたらしい。若々しいことだな」
王が感心した様子で言葉を口にするけど、表情からは何を考えているのか読めない。
どう見ても運動とは無縁そうな肥満気味の侯爵に、若々しいという言葉は似つかわしくない。
褒めているように聞こえて実は違うとか、貴族の世界は怖すぎる。
「女の身ではありますが、発言をお許しいただけるのなら、娘に直接聞いてみるのがよろしいかと思います。エルヴァスティ家とカステグレン家、どちらの養女になるのか、どちらの王子に嫁ぐのか、本人の口からはっきりと聞かせてもらえば解決するでしょう」
これ以上ぼろが出ないうちに、私の口から、侯爵の養女になり第1王子に嫁ぐと言わせれば解決すると思ったらしい。
振り返り、こちらを見る侯爵の目は、馬車の中で私を脅した時と同じだった。
「それはよいな。カグラ、直答を許す。何が起こったのか、どうしたいのか包み隠さず申してみよ」
王に促され、一つ頷いてから、小さく息を吐き気持ちを落ち着けた。
さすがにこの状況で、まったく緊張しないわけではない。
「今回の件は、ランスで無理に眠らせられ、友人と一緒に攫われた事から始まります。目が覚めると馬車の中でした。酷く急いだ様子で馬車を走らせていました。その次に目が覚めたときには、貴族の屋敷の地下で、石造りの部屋の床に、手足をそれぞれ縛られたまま、放り投げるように寝かされていました」
3日経っていたというのは、眠っているだけならわからないことなので、あえて言わずにおく。
さすがに妖精に教えてもらったとは言えない。
私がそこまで言ったところで、侯爵が振り返り、脅すように睨み付ける。
けれど、大人しい振りはもう止めだ。
私はしっかりと侯爵を睨み返した。
「その方は、私に、友の命が惜しければいう事を聞けと言いました。逃げる素振りを見せたら、友人を私の目の前で嬲り殺しにすると。友人の安全の為に、私は大人しくいう事を聞いた振りをしました」
「でたらめだっ! 何の証拠もない。平民風情が、王の御前で図に乗りおって!!」
私の言葉を遮るように、侯爵が怒鳴りつける。
王が手で合図したのか、控えていた兵士達が、侯爵を押さえ付けた。
「何をするっ! 私はカステグレン家の当主だぞっ、無礼であろう!」
床に這い蹲るように押さえ込まれるのが屈辱だったらしく、侯爵は顔を真っ赤にして怒鳴っている。
耳を押さえたくなるほどにうるさい。
「ろくに話も聞けぬ。その者の口を塞げ、うるさくて敵わん」
王もやっぱりうるさいと感じていたみたいだ。
さっきまで、あまり表情を出してなかった王が、本当に嫌そうな顔で命令しているので、こんな時なのに笑いそうになってしまった。
侯爵は猿轡を噛ませられ、兵士に二人掛かりで押さえられている。
まるっきり罪人のような扱いだ。
けれど、諦めるつもりはないのか、じたばたともがいている。
「証拠ならあるのですが、ご覧になりますか?」
ドレスの合わせに隠していた携帯を取り出して、王に問いかけてみる。
携帯を隠しやすいように、採寸の時に、出来るだけひらひらとした布の多いドレスを依頼していた。
ドレスの指示も、侯爵と馬車に乗る前に携帯を操作して、馬車の中で動画を撮るようにという指示も、鳴君に出されたものだ。
「おもしろそうなものが見られそうだ。叔父上と一緒に見せてもらおう」
王は見たことのない物体を前に、好奇心いっぱいといった様子だ。
ラルスさんも似たり寄ったりで、二人の血の繋がりを強く感じてしまった。
携帯を操作して、動画を呼び出す。
ラルスさんと二人で玉座に近づいていき、二人に見えるように携帯を差し出して動画を再生した。
『わかっているだろうが、友の命が惜しければ、逃げたり余計な事を言ったりするな。エルヴァスティの後見など、何の役にも立たない事を思い知らせてやる。私の意に沿わぬ事をしたときには、ユウカとかいうあの女をあらゆる方法で辱め、お前の目の前で嬲り殺すからよく覚えておけ』
手探りの作業だったけど、侯爵の姿も上手く撮れていた。
再生された自分の声を聞いて、侯爵はがっくりと項垂れた。
こんな証拠を出されては、間違いだとも捏造だとも言えないだろう。
「異世界のからくりか? 面白い物があるのだな」
感心したように王が呟く。
ラルスさんは驚きを隠しもせず携帯を見ていたけれど、次の瞬間には愉快そうに笑い出した。
「動かぬ証拠とはまさにこのこと。エルヴァスティの後見がどれほどのものか、今、見せてくれる」
不敵に笑うラルスさんがかっこいい。
そういえば、桔梗が大激怒って言っていたし、ものすごーく怒ってるんじゃないかと思う。
今の動画で、火に油を注いだ気がする。
「王、この度の誘拐は、穏便に済ませるわけには行きません。ミサキには婚約者がおりまして、そのお方が、厳罰をお望みです。一緒に誘拐されたミサキの友人も、Aランクの冒険者と正式な婚姻をした、平民とはいえ立場のある女性です。夫である冒険者が相応の処罰を望んでおります」
ラルスさんが生き生きとした様子で進言した。
婚約者って、誰なんだろう?
聞きたいけど聞けなくて、うずうずとする。
「この場で王と話をしたいとのことですので、待たせてあります。お会いになられますか?」
ラルスさんの確認に王が頷くと、ラルスさんが手で合図をした。
私たちも入ってきた扉が開き、みんなが入ってくる。
みぃちゃんと結花さん、亮ちゃんにアルさんもいる。
そして―――。
ここで切るかーってところで、切ってしまいました。
1万字を超えると読み辛いかと思い分けたのですが、何だかすみません。
次回は、ようやく再会です。




