幕間 見極め
アルフレッド視点
ただひたすら馬を駆った。
疲労と睡魔で時折意識が飛びそうになるが、あの男には負けられない。
馬の性能が勝る事もあり、常に先頭を走っている金髪の男の後姿を睨みつけて、何とか意識を保つ。
疲れたと弱音を吐かず耐えているのは、Sランクの矜持と、カグラを想う気持ちで負けられないという、強い意地があるからだ。
カグラとユウカが誘拐されてから、すでに4日が経っていた。
向かった先が王都方面だとわかってすぐ、夜にもかかわらず馬で飛び出した。
途中、実は王子だったクリスのおかげで、疲れ切った馬を新しい馬に換えることが出来、進行のスピードは保てていたが、昼夜、ろくな休憩もなしに走りっぱなしというのは、かなりの無茶だった。
情報を得るためもあって、途中でコテージを出して休めたときには、泥のように眠ってしまった。
しかし、その休憩も束の間で、またすぐに馬上の人になる。
奴は、途中で魔物が出てきても、騎乗したまま、あっさりと切り伏せる。
随分戦いなれているようで、ここらの魔物に足止めを食らう様子はない。
夜にも関わらず、すぐに飛び出していった理由がよくわかる。
あいつにとって、夜の難点は暗いことだけであって、出てくる魔物など何の障害にもならないのだ。
光魔法の使い手らしく、暗くなると生活魔法よりも広範囲を照らす照明の魔法を奴は使う。
そうすれば、整備された幅のある街道を走るのならば、夜でも何の問題もない。
剣の腕もなかなかの物で、騎乗したまま戦うという点では、Sランクの俺でも負ける。
俺は元々、多種多様な武器を敵に合わせて使い分けるという戦闘スタイルだが、剣だってそこそこ使えると自負している。
けれど、その俺に負けたと思わせるとか、嫌味なやつだ。
鬼のような行軍が緩やかになったのは、カグラが再び桔梗と連絡を取ることができ、敵の正体がわかってからだった。
クラウスがランスに向けて早馬を出し、敵の正体を領主に伝えた。
俺達から一足遅れで、領主はこちらに向かっているはずだから、早馬はすぐに情報を伝えるだろう。
ミコトがマモルと名づけた妖精の話では、誘拐犯は侯爵で領主とは犬猿の仲らしい。
何でも、昔、領主の結婚前に、当時婚約者だった領主夫人を、無理矢理奪い取ろうとしたらしく、それ以来、互いに毛嫌いしているそうだ。
領主夫妻の仲睦まじい様子を知っているから、どう考えても、その侯爵の横恋慕だったんだろうと思う。
横恋慕、そう考えたところで、今の俺もそれに近いのだろうかと考えてしまう。
イチジョウとかいうあの男とカグラは、恋人でも婚約者でもないんだが。
ただ、カグラがあの男を想っているのは知っている。
何があったのか知らないが、数日前、カグラは酷く嘆き哀しんで、泣きじゃくっていた。
部屋の外まで泣き声が聞こえるほど、いつも大人びたカグラが取り乱している事に、驚かされた。
あんな風に、カグラを泣かせられるのは、あの男だけなんだろう。
泣かせたのは許せないが、あれほどカグラに想われているのが羨ましいと思う。
カグラと出逢い、一緒に暮らしだして随分経ったが、カグラにとって俺は、いい兄貴という存在でしかない。
むしろ、リョウジが現れた事で、兄でさえもないかもしれない。
今、カグラが一番に頼って甘えるのはリョウジだ。
兄妹のようなものだとわかっているから安心していたが、リョウジのガードが堅すぎて、カグラを口説く隙がまったくないのはきつい。
特に、ここ数ヶ月のカグラは、宛てなく待つ寂しさのせいか、思わず手を伸ばして触れたくなるような風情で、傍にいると、酷く心を掻き乱される。
ミコトも似たような心境らしく、二人してため息が尽きない。
クリスが、カグラに求婚したと知ったが、そのことに関しては危機感がまったくない。
カグラがクリスを選ぶ事はないというのは、何となく理解している。
そして、俺を選ぶ事もないというのも、わかっている。
カグラの想い人が現れるまでに、カグラにとって必要不可欠な男になっておくつもりだったんだが、果たせなかったようだ。
家族の一員ではあると思う。
いなくなったら寂しがってくれるとは思う。
けれど、俺がいなくてもカグラは普通に生きていける。
それにしても、カグラの好きなあの男は、本当に俺より年下なんだよな?
26と言っていたが、そうは見えない落ち着きと貫禄がある。
リョウジ達も、相当に優秀な男で将来が楽しみだと思わせる逸材だが、むかつくことにイチジョウはその上を行く。
まだ笑った顔は見た事がないが、むすっとした無表情でも、同性ながら見惚れるほどに整っている。
アーネストがエルフ特有の美形だが、そのアーネストでさえ負けるような美形だ。
その上、馬鹿みたいに体力はあるし、頭も切れるし、的確な判断力もある。
それでいて、身のこなしはどこぞの王族といっても通じるほどに優雅で、尚且つ男らしい。
こいつ、何か欠点はないのかよ?
恋敵ということもあり、相当厳しく見ているんだが、今のところ文句のつけようがない。
「フレイ。街に入るとコテージが出し辛い。街の近辺であまり人目につかなくて、街よりも王都寄りでいい場所はないか?」
結構なスピードで馬を走らせながら、イチジョウが横を走る従者らしい獣人族に声を掛けた。
イチジョウには二人の従者がついていて、二人ともランスを発つとすぐに合流してきた。
イチジョウの馬も名馬だが、従者二人もいい馬に乗っている。
これだけ無茶な走りをして、馬を乗り換えていないのは、イチジョウとその従者だけだった。
イチジョウは転生者だから、貴族ではないはずなんだが、従者がいても何の違和感もないのが不思議だ。
しかも、イチジョウの従者は二人とも、若いが剣の腕も相当なものだ。
道中で遭遇する魔物は、ほとんど3人で片付けていた。
すぐ後ろを走っているので、普通に会話は聞こえてくる。
フレイと呼ばれた、多分、鷹族の若い男は、指笛で鳥を呼び、指示を出している。
もちろん、その間も馬のスピードを落としたりはしない。
誘拐犯の貴族が領主の街は、王都から馬車で一日ほどの距離にある。
さっさと救出に行くものとばかり思っていたから、街の外にコテージを出すと聞いて驚いた。
もしかしたら、カグラの最新情報を得てから動くのだろうか。
「トモミ様、街の少し向こうの森に、人目につき辛い広場があるそうです。街の人間が入ってくる可能性は、かなり低いかと思われます」
たいして待つ事もなく、コテージを出す場所は見つかったようだ。
鳥が偵察をしてきたのだろう、ちょうどいい場所があったらしい。
「大槻! 一度、コテージで休息がてら情報を得て、救出計画を立てたいと思うんだが、どうだろう?」
少し声を張り上げて、イチジョウがリョウジに声を掛ける。
リョウジの顔にも、さすがに疲労の色が濃く出ているが、まだ気力は尽きていないようだ。
少し考えて、イチジョウに了承している。
もうすぐ休憩できるとわかって、クラウスやクリスはホッとしているようだ。
いくら騎士団にいるからって、去年まで学園に通っていた二人には、この状況はかなりきついだろう。
それでもクリスが何とかついてきたのは、俺と同じで恋敵に対する意地もあるんじゃないかと思う。
「フレイ、案内してくれ。カイは悪いんだが、後ろから追いかけてくるラルス殿に合流して案内してくれるか? 俺のいる場所なら、辿ってこられるだろう?」
もう一人の従者、狼の獣人族の青年にイチジョウが指示を飛ばすと、頷き、すぐに来た道を戻っていった。
従う事に、一瞬の躊躇いもない。
二人ともイチジョウと確かな信頼関係を築けているようだ。
きっと、いい主なのだろう。
みんな、疲れきっているせいか、余計な話をする余裕もない。
案内されるまま街を過ぎた辺りで森に入り、馬でも何とか通れる道を抜けて、広場らしいところへ辿り着いた。
カズナリが馬から飛び下り、急いでコテージを出す。
早くユウカの情報が知りたくてたまらないらしい。
気持ちはわかるので、カズナリの馬も引き受け、出されたコテージの馬小屋に入れた。
下手に外に出しておくと、魔物が出たときに馬が食われてしまう。
結界の魔道具で守るという手もあるが、そうしなくても、コテージの庭も馬小屋も十分な広さがある。
長時間走った馬を放置はできないので、世話をしようとしたが、フレイというイチジョウの従者が引き受けてくれた。
素直に馬を任せて、汗だくだったので、浄化の魔法を掛けてからコテージに入る。
何といっても野郎ばかりなので、そうしないと汗臭くて敵わない。
前は汗臭かろうが気にしなかったが、カグラと暮らすようになってから、気をつけるようになった。
カグラだけでなく、一緒に暮らしてる奴らはみんな綺麗好きだ。
風呂に入る文化が根付いた国の出身だからだと言っていたが、男も女も関係なく、常に身綺麗にしている。
浄化の魔法があるこっちの世界では、毎日のように風呂に入る習慣はない。
それが、あいつらときたら、日に2度も風呂に入るときもあるし、本当に風呂好きだ。
そういった環境に1年以上もいれば、俺もそれに馴染んでしまい、最近ではすっかり身綺麗にする習慣がついた。。
そのおかげか、前よりも更に女にもてるようになったが、手は出していない。
カグラと知り合う以前の俺だったら、あり得ない事態だ。
手を出した事がカグラに知られたら、絶対に距離を置かれるのがわかっているから、どんなに魅力的な据え膳にも手が出せない。
カグラが俺を選ぶ事はないだろうと、薄々わかってはいるが、決定的亀裂を自分から作る気にはなれなかった。
アイテムボックスから木の大きなコップを取り出し、生活魔法で水を出して喉を潤した。
魔法を使わずとも、コテージの台所で水は出るが、そこまで往復するのすら、もうだるい。
「尊に、新しい情報がないか聞いてくれる?」
カズナリはさっそく妖精を相手に、ユウカのことを尋ねていた。
笑顔のことが多いカズナリも、ユウカが誘拐されてからは、まったく笑わない。
怒ると笑顔になると聞いた事があったんだが、今回の件は怒りを通り越しているらしい。
愛する女を攫われたのだから、当然と言えば当然だ。
惚れた女がどこぞの貴族に監禁されていると思うだけでもきついのに、それが想いを交わした相手となれば、もっときついだろう。
命の危険がなかったとしても、女の場合は貞操の危険もある。
平民を人とも思っていないような貴族の気持ち一つで、何をされるかわからないとなれば、心配でたまらないはずだ。
俺だって、王子の後宮に入れるつもりなら、カグラは手出しされないはずと思っても、心配になる。
『和成、二人とも元気って。出されたのと違うご飯食べてるし、寝る時も時間をずらして、一人ずつ寝てるんだって。明日の午前中に仕立て屋が来るけど、逃げる素振りを見せたら、目の前で結花を嬲り殺すって言われたから、油断させるためにも大人しくしとくって』
能天気に答えた妖精の言葉を聞いて、カズナリがぶち切れる。
召喚主に似たのか、マモルは言葉の選び方が下手だ。
もうちょっと表現をやわらげろと思ったが、手遅れだった。
カズナリは、ふるふると震え、拳を握り締めながら、すうっと息を吸い込んだ。
「人の愛妻さらっておいて、嬲り殺すとか、ふざけんなっ!!」
カズナリが床を拳で殴りつけ、力いっぱい叫ぶ。
これは、貴族が相手でも容赦なく報復しそうだ。
「御池、落ち着け。怒りで思考を鈍らせると、その分、計画に綻びが出たり、報復が甘くなるぞ? 俺は、神楽と楠木を奪還するだけじゃ気が済まない。腐れ貴族の家ごとぶっ潰して、完全失脚させるつもりだ。より効率よく、より効果的に敵をし止める為には、知恵を出し合うべきだ。だから、今は落ち着け」
イチジョウがさらりと恐ろしい発言をする。
侯爵家となるとかなりの権力があるんだが、それを潰そうとは、無茶な男だ。
それだけ、カグラを攫われた事を、怒っているということなのだろうか。
一見、そんな風には見えないから、余計に怖い。
「護、尊に鳴をそのコテージに呼ぶように伝えてもらえるか? 奴の知恵も借りたい。悪巧みをさせるなら、あいつが一番だからな」
イチジョウが、ナルを呼ぶように指示をする。
確かに、ナルは知恵が回る。
話し合いに参加させたい気持ちはよくわかるが、事が大事になりそうな予感がひしひしとして、ため息が出る。
知らなかったが、俺は結構常識人だったらしい。
異世界とこの世界で育った人間の違いだろうか、カグラとユウカを攫われたのは腹が立つし、早く助けたいと思うが、こういった貴族のやり方には慣れていて、貴族をどうにかしようとまでは思わない。
というか、貴族をどうにかできるとは思えない。
この世界で生まれ育った俺にとって、貴族とはそういう身勝手で横暴な生き物なのだ。
ランスの領主みたいな貴族の方が珍しいし、腐った傲慢な貴族など、いくらでもいる。
「神楽に手を出して利用しようとした事を、死ぬほど後悔させて、一生掛けて償わせてやる」
イチジョウが不敵な笑みを浮かべて言い切る。
平静かと思っていたが、もしかしたらカズナリ以上にぶち切れているのかもしれない。
「イチジョウ殿! よくぞ言ってくれた。私もあの男には積もる恨みがある。できる限りの協力をさせてもらう」
追いついてきたランスの領主まで混ざって、更に大事になるようだ。
第3王子もいるし、これは本当に侯爵家が一つなくなるかもしれないな。
第1王子陣営の貴族らしいが、失態を犯した貴族など、王子は切り捨てるだろう。
王都に近い領地を賜っているという事は、それなりに古い家柄の貴族のはずなんだが、半月後にはなくなっていそうだ。
「とりあえず、疲れ切った体と頭では、ろくな事を思いつかない。結界もあるし、何かあれば護が叩き起こしてくれるから、食事と仮眠を取ろう。気力も体力も十分な状態で計画を立てるべきだ」
暴走しそうなイチジョウや領主を宥めるように、リョウジが意見を出す。
リョウジはやっぱり人の上に立つ資質を持ち合わせている。
冒険者としてもSランクまでいけるだろうが、冒険者で終わるには惜しい男だ。
その後も、妖精を使っていくつかのやり取りをし、食事と仮眠を取った。
とりあえず、イチジョウは凄い奴っぽい。
家を潰すというのが、口だけになるのか、実行できるのか、その過程も見極めてやろうと思う。
でも、イチジョウが俺達と一緒にいることを、カグラに伏せておくのは酷いんじゃないだろうか。
敵地で気が張り詰めた状態で、きゃぱしてぃーおーばーになるといけないからとか、わけのわからん事を言っていたが、意味不明だ。
リョウジもその方がいいとイチジョウの意見に賛成していたから、何も言わなかったが、ずっと待っていたんだから、早く知らせてやればいいのにと思う。
一日も早くカグラを救い出したいが、カグラがイチジョウと再会するのは引き伸ばしたい気もする。
自分の往生際の悪さを思い知った。
他の野郎の女になったカグラは見たくないと、子供のように駄々を捏ねる心を、何とか押さえ込んだ。




