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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
9/109

7.市場と料理

短いですが切りがいいところで一回切りました。

 結局、シグルドさんのお店で、奥さんが戻ってくるまで働く事になってしまって、報告が面倒なので、一日単位ではなく、一月の仕事になった。

 長期の依頼ということで、ギルド内のポイントも高いみたいで、無事に完了したらギルドランクも一つあがるみたいだ。

 シグルドさんは日払いでもいいと言ってくれたけど、特にお金に困ってはいないので、報酬は週払いにしてもらった。

 毎日ギルドに行くよりも、週に一度ギルドに行く方がいい。

 といっても、こちらには曜日の感覚はなく、週といっても、6日単位で区切っているだけだ。一月が30日だから、5週ということになる。



「活気がありますね」



 シグルドさんの店で働き出して2週目、今日はシグルドさんの仕入れに連れてきてもらっていた。

 朝の市場は、商業ギルドに登録している人でないと、入る事ができなくなっているので、もちろん初めてだ。

 肉や魚に野菜果物と、次から次に見ていきながら、見慣れないものがあれば鑑定をかけていく。

 鑑定で鮮度などもわかるようになったので、できるだけこまめに使うようにしていた。



「今日は特に荷の集まる週始めだからな。俺の連れなら取引もできるから、買い物したければしてもいいぞ」



 今日、ここに連れてきてもらったのは、珍しい食材や調味料を探すためだ。

 醤油や味噌はなくても、せめて米があればいいなと思っている。

 それに、シグルドさんは商業ギルドのランクが高いので、買い物の時に割引がきくと聞いて、お願いして連れてきてもらった。

 私自身が商業ギルドに登録してもいいんだけど、登録するには条件があって、その条件を満たすことができなかった。

 流れでシグルドさんの店で働いているけれど、まだ冒険者としても活動して、自分のレベルも上げておきたいというのもあって、商業ギルドの加入は見合わせている。


 さすがにお店のものと一緒にするわけにはいかないので、シグルドさんが買い物をするついでに、必要そうな物を選んで、買ってはアイテムボックスに入れていく。

 シグルドさんもアイテムボックスのスキルがあるみたいで、お互いに荷物も持たずに悠々と市場を見て回れた。



「シグルドさん、あれ、料理した事ありますか?」



 米らしきものを見つけてテンションがあがってしまう。

 私が指差した先を見て、シグルドさんが首を傾げる。



「料理法がわかるのか? ミシディアの特産のはずだが、店で出すには値段が高いから、俺は使った事がない」



 私が欲しがっているのがわかったのか、米を売っている商人さんにシグルドさんが声をかけてくれる。

 どうやら、この場で精米して渡してくれるみたいだ。



「とりあえず、10キロ、お願いします!」



 アイテムボックスのおかげで、躊躇いもなく買い物できる。

 割引があっても、10キロで金貨1枚飛ぶけど、全然惜しくない。

 あまり売れ行きがよくないのか、商人さんはほくほく顔で、少し多めに精米してくれた。

 聞いてみれば、月に1回ほどしか売りに来ていないみたいで、しかも、米を持っているのは南にいく時だけで、帰りはまた違うものを売りに出しているらしい。

 今日も、これから南に船で下っていくのだと、笑いながら教えてくれた。

 米はここから東にある国、ミシディアの特産品で、この商人さんは、ミシディアと南の島がある国キルタスを、ティアランスの国を経由して旅しながら、商売をしている人だった。

 3つの国を旅しながら商売をしているだけあって、戦える人のようで、シグルドさんに負けず劣らずの体格をしていた。

 ただ、背はシグルドさんよりずっと低い。

 こちらの世界の人は、西洋人体型といえばいいのか、女性でも大きな人が多くて、私は年齢よりも下に見られる。

 日本にいた頃は、年齢より上に見られがちだったので、新鮮な感じだ。

 それと、かなり華奢でか弱く見えるみたいで、慣れて来た頃に、シグルドさんから冗談で「こき使ったら倒れるんじゃないかと思った」と笑いながら言われた事があった。

 今はちゃんと、体力も根性もあるとお墨付きをもらっている。


 旅をしている商人さんならと思って、醤油や味噌のことをきいてみたら、思い当たるものがあったみたいだった。

 今日は持ち合わせていないけれど、自分の国に帰って手に入れたら持ってきてくれるという約束になった。

 連絡先としてシグルドさんの店と、私の泊まっている宿の名前を教えて、手に入ったら連絡をくれるようにお願いする。


 ちなみに、私の泊まっている宿の名前を聞いて、シグルドさんがあきれ顔だった。

 もらう給料よりも、一日辺りの宿代の方が高いのだから、その反応も仕方がない。

 念のために商人さんの大体の予定を聞いて、アイテムボックスから出した手帳にメモしておいた。

 大学ノートに自分で線を引いて作った手帳は、紙の質もだけれど、珍しいもののようで商人さんとシグルドさんに驚かれてしまった。



「ホントに知れば知るほど不思議な奴だな」



 市場の帰り、食材が色々と手に入ってご機嫌な私に、呆れ顔でシグルドさんが言う。

 あまりにも豪快に色々買い込みすぎて、ドン引きされてるみたいだ。



「普通だと自分では思ってるんですが? それに食材は初期投資です。アイテムボックスがあるんだし、邪魔にはなりません。『備えあれば憂いなし』っていうでしょ?」



 一応、買いすぎた自覚もあったので、初期投資と自分に言い聞かせた。

 ことわざはこちらにはないみたいで、私の言い回しが不思議だったのか、シグルドさんがきょとんとする。

 強面のくせに、たまに可愛い感じになるのに気づいてから、親しみを感じるようになった。



「店でカグラさえよかったら、米を料理してみてくれ。それと、新メニューになりそうなレシピがあるなら、俺に買い取らせてほしい」



 私の料理を食べた事もないのに、急にレシピの買い取りを言い出すなんて、もしかしたら、私が毎日働いても赤字なのを気にしているんだろうか?

 思いがけない申し出に驚くけれど、それもシグルドさんの好意なんだろうと思って、素直に受ける事にする。

 コテージを出さないと料理をする場所がないから、厨房を使えるのはありがたかった。



「それじゃ、帰ったら料理しますね。パンより米の方が腹持ちがいいんですよ?」



 おにぎりを作りたいけど、海苔がないのが残念だ。

 さっき、商人さんに聞いてみればよかった。


 まだ9時を知らせる2の鐘は鳴っていないから、仕込みをするにしても余裕がある。

 私は宿で朝ごはんを食べてきたけど、シグルドさんは仕入れの後にいつも食べているはずだから、厨房を借りて作ってみよう。

 久しぶりに手伝いでない料理をできるのが嬉しくて、跳ねるように歩きながら、シグルドさんのお店に戻った。






「これが、米か? それと、こっちは?」



 鍋でご飯を炊いて、きゅうりを浅漬けにして、燻製の魚を焼いた。

 お味噌汁がないので、スープはシグルドさんが作ったものをもらって、男の人にはそれだけでは足りないかと、ニラ入りの卵焼きも作った。

 この辺りでは、薬味を使うことがあまりないみたいで、市場にもニラはなかったけど、実はこの街にたどり着く途中で、ハーブと一緒に手に入れたものがアイテムボックスに入っていた。

 幸いにして、この世界では、不思議な植物のおかげで調味料も普通に出回っていて、砂糖が高級品とかそういうことはない。

 塩、こしょう、砂糖程度は普通に手に入る。

 


「それは卵を焼きながら巻いたものです。ニラという薬味にもなる野菜が入っています。オムレツではなくて、私の故郷では卵焼きという料理です。あと、これは、携帯食にもなる見本にと思って、おにぎりを作ってみました。お米をたいたのをご飯と呼ぶんですが、ご飯の真ん中に、塩焼きの魚をほぐした具を入れて、塩で軽く握ったものです」



 三角形に握ったおにぎりは、3つ並べて、別の皿においておいた。

 これは店で食べるというよりも、是非、冒険者の人のお昼ご飯に持っていって欲しい。

 ラップがあれば一つ一つ包むんだけど、こっちだと包む時はどうしたらいいんだろう?

 日本でも、昔は竹の皮を使って包んだりしていたみたいだけど、似たようなものがあったりするのかな。



「ん、うまい。意外と甘みがあるんだな」



 恐る恐るといった様子でご飯を食べたシグルドさんが、驚いたように目を瞠る。

 焼き魚とあわせて食べると、美味しいと思うんだ。

 朝ごはんは食べたけど、久しぶりのご飯が食べたくて、おにぎりを一つ手にとった。

 つやつやときれいに炊けたご飯はいい匂いがして、そんなに長く食べられなかったわけじゃにのに、とても懐かしい感じがする。

 一口食べると、いい感じで炊けていた。

 米を見たときから思ったけど、日本で食べていた米と変わらない。

 少し粘り気があって、ぱさついた感じはまったくしない。

 おにぎりを一つ、じっくり味わって食べてから、無言で食べ進めるシグルドさんにお茶をいれた。

 こちらの世界のお茶も色々と種類が多くて、紅茶みたいなものもあれば、日本茶みたいなものもある。

 珈琲もあるみたいだけど、まだ飲んだことはないのでどんな味なのかは知らない。

 市場でも改めて思ったけれど、食材も豊富で食生活に不満はあまり感じなかった。

 砂糖が簡単に手に入る割に、お菓子を売る店は見かけない。

 ケーキ屋さんが普通にあった日本と比べると不思議な感じがするけれど、こちらのお菓子類は焼き菓子が主で、生ケーキの類はないみたいだ。

 冷蔵庫の魔道具がシグルドさんの店にはあるけれど、平民街の料理を出すお店では、置いてある事の方が珍しいらしい。

 そういった理由から、保存が難しいお菓子は浸透していないんだろうなと推測している。

 高級店に行けば、焼き菓子はデザートとして出てくるらしい。



「うまかった。米とあう料理があれば、割高になるが店でも出せるかもしれないな」



 自分のレシピから、何が合うだろうと考え出したのか、シグルドさんがお茶を飲みながら自分の世界に入っていく。

 そういえば、さっき新メニューって言われたんだった。

 和風の調味料がない以上、作るとしたら洋食になってしまう。

 ここの客層は、ほぼ男の人で、女の人も冒険者といった感じの人が多いから、あまり繊細な料理よりは、がっつり食べられる料理の方が喜ばれそうだ。


 お店で出している料理は、煮込み系が多い。

 お肉は塊で煮込むか、スライスして焼くかといった感じだ。



「シグルドさん、ハンバーグってこの辺りではないんですか? お肉を挽くかみじん切りにして、たまねぎのみじん切りや卵を混ぜて、捏ねてから、形を整えて焼く料理なんですけど」



 ひき肉は、今までのところ見たことがない。

 もしかしたら、わざわざ肉を小さく刻むという料理をしないのかもしれない。



「わざわざ肉を小さくするのか? この辺りでは、肉は大きければ大きいほどご馳走って認識だからな」



 やっぱりないみたいで、シグルドさんが不思議そうにしてる。

 ハンバーグを作るのなら、せめてトマトソースも欲しい。

 トマトは普通にあって、スープに入れたりサラダに使ったりはしてあるけど、トマトもわざわざ裏ごしするということはしない。

 せいぜい乱切りといった状態で使う。



「面白そうだから、作ってみろ。材料は厨房にあるのを使っていいぞ。まだ少し早いけど、仕込みに入るか」



 うずうずとした様子で、シグルドさんが厨房に向かう。

 シグルドさんも本当に料理が好きな人なんだと思う。

 テーブルの上をきれいに片付けてから、私も厨房に向かった。

 シグルドさんの気持ちが伝染したみたいに、私も早く料理がしたくて落ち着かなかった。


 

こまどり亭はランスの平民街では高級宿の部類。

神楽の育ちが良さそうに見えたので、安全で質のいい宿を紹介されました。

この後、いつもの時間に続きを更新します。

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