64.楽しい計画
問題が片付いて、みぃちゃんは一日も早く結婚したかったみたいだけど、きちんと手順を踏んで、準備もするようにと、亮ちゃんと二人で説得した。
結花さんだって心の準備があると思うし、それに、理想の結婚式があるかもしれないし、みぃちゃんが一人で決めていいことじゃない。
それに、結婚しようと思えば、やる事は山ほどある。
だから、まずは、婚約指輪の製作を頼んで、出来上がったら改めてプロポーズするように言った。
それというのも、結花さんはプロポーズをされたという自覚がないようなのだ。
みぃちゃんが一人で先走って結婚すると張り切っても、結花さんの気持ちがそれについていけないようでは意味がない。
平民街の教会では、結婚といっても、証明書をもらうだけで済ませる人が多いみたいだけど、式を挙げられなくもない。
でも、みぃちゃんと結花さんが結婚するとなると、ラルスさん達も参列したがる気がするし、それも含めて相談すべきなんじゃないかと思った。
平民街で式を挙げて、披露パーティーはお店でやれば、パーティーの方にラルスさん達を招待できるし、よく話し合って問題は解決するべきだ。
「みぃちゃんはちょっと落ち着くべきだと思うのよ。結花さんを驚かせたい気持ちもわかるけれど、知らないところですべて決められていたら、それはそれで寂しいじゃない。それにね、手間が掛かっても、式の準備というのは、それをやる事によって、その間に妻になる心構えというのを育てていく意味もあるのよ? どんな式にするか、誰を招待するか、結婚後はどこに住むか、そういった細々としたことは、二人で相談するべきだわ」
店の厨房で、今日は結花さんがいないのをいい事に、みぃちゃんにくどくどとお説教をしていた。
あまりうるさく言いたくないけれど、男の人だからか、若いからか、結婚を甘く見過ぎてる。
こういうお説教をしていると、お祖母ちゃんとの血の繋がりを強く実感してしまう。
結婚に関する話などは、ほとんどお祖母ちゃんの受け売りだ。
無駄に見えるような事にも、大事な意味があったりするのだから、心して事に当たるようにとよく言われた。
「ごもっとも。ちょっと結婚を甘く見てた。そうだよね、証明書をもらうだけじゃ、結花ちゃんが可愛そうだもんね。ウェディングドレス姿は僕も見たいし、一番似合うのを作ってもらいたいから、改めてプロポーズするところから頑張る。でもさ、一日も早くって気持ちもあるから、披露パーティーに関しては、内緒で準備しててもいいでしょ? 指輪が出来上がってくるまでの時間がもったいないしさ。僕も結花ちゃんも、招待したい人は完全にかぶってるんだから、問題ないよね?」
にっこりと笑顔で譲歩を迫ってくる。
譲るようで譲らない辺りが、みぃちゃんだ。
言う事は理解できるので、披露パーティーはみんなで引き受けることにしよう。
多分、みんな、喜んで準備をしてくれると思うから。
「パーティーはラルスさん達も招待するべきだと思うけど、みぃちゃんと仲のいい冒険者の人達も一緒で大丈夫だと思う? 日を分けるべきかしら?」
ここがパーティーをする上で、一番大きな問題だと思うので、みぃちゃんに確認しておく。
ラルスさんもエリーゼさんも、冒険者が一緒でも気にしないだろうけれど、冒険者仲間の方は気にするんじゃないかと思う。
領主様というのを伏せても、二人とも貴族にしか見えないし。
「あ、それなんだけどさ、いっそ、仮装パーティーにしない? 10の月の30日にハロウィンっぽく結婚披露パーティーとかどうかな? 仮装してたら、貴族とか平民とかあまり気にならなさそうだし。お店でハロウィンイベントができないのは、申し訳ないと思うけど」
みぃちゃんの提案を受けて、ちょっと考え込んでみる。
9の月に入ったばかりとはいえ、準備にはそれなりに時間がかかるから、ハロウィンの頃は、時期的にはちょうどいいかもしれない。
それに仮装なら、ラルスさんは面白がりそうだ。
仮装が大変でも、仮面くらいなら簡単に手に入るみたいだし、何とかなるだろうか。
「楽しそうでいいかもしれないわ。ラルスさんは絶対大喜びすると思うの。それに表向きはハロウィンパーティーって事で、結花さんに内緒で準備しやすいし、そうしましょうか」
お店のイベントなんて、来年以降で構わない。
どうせ、この世界にハロウィンはないのだし、10月31日もないのだから。
「ディアナさんには、先に仮装用の衣装を作ってもらおうか? かぶらないようにみんなで話し合いも必要だね」
みぃちゃんに頷きを返し、明日にでもディアナさんに衣装の依頼に行く事にする。
仮装なんてしたことがないので、ちょっと悩んでしまうけれど、みんなで考えるのもきっと楽しいに違いない。
予定が決まると、わくわくしてしまった。
メインは結婚式なんだけど、それでもとても楽しみだ。
「次のお休みに、みぃちゃんは結花さんをデートに連れ出してね? みんなでその間に話し合いを進めておくわ」
二人の様子が甘くて、一目瞭然だったので、みぃちゃんと結花さんが付き合いだしたのはみんな知っていた。
色気より食い気といった感じのリンちゃんが、時々羨ましそうに結花さんを見てたりするのが、とても意外だった。
ハロウィンに結婚披露パーティーといえば、リンちゃんは張り切りそうだなと、簡単に想像がつく。
みんなで話し合って、楽しいパーティーにしたい。
もうすぐ、この世界に転生して1年が経つ。
それは先生と離れ離れになって、1年ということだ。
幸せそうなみぃちゃんを見ながら、私はいつ再会できるのかなぁと、寂しく思った。
楽しい事を考えて心を紛らわせないと、寂しさは募る一方だった。
「第一回、ハロウィン結婚披露パーティーの話し合いをしますー」
いつものようにリンちゃんが開会宣言をして、一人で拍手をする。
今日はみぃちゃんがいないので、付き合って拍手をしてくれる人がいないので、私が拍手に付き合った。
「めでたい事ではありますが、今ひとつ盛り上がりに掛けますね」
何となく元気のないみんなを見渡しながら、鳴君がため息をつく。
「そりゃ……」
「和成を見てれば」
「ねぇー……」
アルさん、尊君、リンちゃんの順に言葉を重ねていく。
お祝いする気持ちもあるけれど、あてられてお腹一杯といった感じでもあるみたいだ。
最近のみぃちゃんは、お花を飛ばしてるようなご機嫌状態で、常に眩しいほどの笑顔だ。
きっと少女マンガなら、背中に花を背負っているに違いない。
「まぁ、めでたいことなんだからさ、みんなでお祝いしてあげようよ」
阿久井君が、取り成すように言う。
本当にいい人だ。
「……羨ましい………」
ぼそっと呟いたアルさんが、深々とため息をついた。
アルさんの恋は、前途多難らしい。
「とりあえず、仮装をどうするか決めない? この際、ハロウィンっぽくなくてもいいと思うのよね」
場の雰囲気を変えようと、私が仮装の話を切り出すと、リンちゃんの目がきらっと輝いた。
何やらよほどやりたい事があるみたいだ。
「はいっ! ミサちゃんには魔女コスしてほしいです! 黒でレースでミニスカワンピなのー」
具体的なデザインが頭の中にあるのか、リンちゃんが大張り切りだ。
私が持っている一番短いスカートは学校の制服だったから、あまり足を出すのは慣れていないのだけど……。
「いいわね、それ。ついでに、リンは黒猫の仮装をしたら? 美咲さんの使い魔の猫設定で」
優美さんも話しに混ざって、リンちゃんの仮装の提案をしてくる。
確かに、黒猫なリンちゃんは可愛いかもしれない。
「ついでに、御池君は時計うさぎで、結花さんはアリスにしたらどうかしら?」
「神流はハートの女王か? 似あいそうだな」
優美さんの提案に、亮ちゃんがぼそっと一言付け加えて、アルさん以外のみんなが笑い出す。
確かに、優美さんにはハートの女王は似合うかもしれない。
「あら、『首をはねておしまい!』って言わせたいのかしら?」
澄ました顔で優美さんがハートの女王の科白を口にするので、私も笑ってしまった。
一人だけ意味のわかっていないアルさんに、リンちゃんがアリスの説明をする。
身振りを交えて、一生懸命にあらすじを説明しているのが可愛い。
「アリス繋がりで、僕はチェシャ猫になりましょうか。でも、アリスばかりでもつまらないですね。亮二は何にします?」
鳴君に問われて、亮ちゃんは少し悩むように考え込んだ。
「美咲が魔女なら、ヴァンパイアでもやるか? あれなら黒のタキシードがあればなんとかなるだろ?」
亮ちゃんは衣装の用意が楽なものにすることにしたらしい。
仮装用の衣装を、全部一から作るのは大変そうなので、そこも考えて仮装を決めるのも大事かもしれない。
手持ちのアイテムを使いまわせれば、その分、準備も楽になる。
「じゃあ、俺はファントムにする。白の顔半分隠す仮面とか、作ってもらえるかな?」
どこに製作を依頼すればいいんだろう?と、尊君は首を傾げてる。
尊君はオペラ座の怪人なのか。
仮面で半分顔が隠れるのは、確かに仮装っぽい。
「神流さんは、ハートの女王も似合いそうですが、尊が一人では寂しいでしょうし、クリスティーヌをやりませんか? ついでに歌ってくださってもかまいませんよ? ミュージカルは好きだったでしょう?」
鳴君が優美さんに思いがけない提案をする。
どうして、鳴君が優美さんの趣味を知っているんだろう?
以前、何度か誘われたことがあるから知っているけれど、優美さんはミュージカルや舞台を観にいくのが趣味だった。
クラシックの演奏会やバレエの公演にもよく足を運んでいたようだ。
声楽も、本人は嗜む程度と言っていたけれど、小さい頃からやっていたと、リンちゃんが教えてくれたことがある。
「歌えなくはないけれど、結婚披露には向かないわ。でも、仮装するのは問題ないわよ。クリスティーヌの仮装なら、楽だもの」
残念ながら歌は却下らしい。
ちょっと聞いてみたかった。
でも、結婚式に向かないという言葉にも頷けるので、今度機会があったらお願いしてみよう。
「みんな、よくそんなに次々に思いつくな。俺は仮装は二の次で、演奏に集中していいかな? 結婚行進曲とか、他にもそれっぽいのをいくつか練習したい」
次から次に意見を出してくるみんなに、阿久井君は驚いた様子だ。
阿久井君の仮装も、演奏の邪魔にならないようなものを何か考えておかなければ。
いっそ、竪琴を持たせてオルフェウスとかやらせてみたいけど、でも、あれは、妻を取り戻せない話だから、縁起が悪いかもしれない。
「ハロウィンっぽい料理も何か作る? かぼちゃは手に入るんだけど、パーティーメニューも考えた方がいいわね。後は、招待客のリストも作るべきかしら? 冒険者の方は私ではわからないのだけど、みんなに任せていい?」
ノートに決まった事を書き記していきながら、思いつくままに口にしてみる。
貴族の方の招待客は、ラルスさん達だけなので、リストを作るほどでもないかもしれない。
「冒険者の招待客は、俺が纏めるから、任せてくれ」
亮ちゃんが引き受けてくれたので、安心して任せる事にした。
他に決めなければいけないことは、何があるだろう?
考え込みつつ、思いついたメニューを書き出していく。
「ミサちゃん、ウェディングケーキ作るの?」
リンちゃんがわくわくとした様子で問いかけてくる。
こんなに期待に満ちた眼差しを向けられたら、頑張らないわけには行かない。
「もちろん、作るわ。縦に大きく作るのは難しいから、スクエア型の大きいケーキになりそうだけど」
円形で何段か重ねたケーキだと、崩れやすくなりそうだから、スクエア型で2段くらいで作りたい。
上は数種類のベリーを敷き詰めて、みぃちゃんも結花さんも好きな苺をたくさん使ったケーキにするつもりだ。
「楽しみ~。お手伝いする事があったら、何でも言ってね? 材料集めとかもしてくるから!」
リンちゃんの無邪気な様子を見ていると、和まされてしまう。
いつか、リンちゃんが結婚する時がきたら、そのときもケーキを作りたい。
その頃は、先生と再会できているのかな?
結婚どころか、先生と再会できている自分さえ想像がつかない。
みぃちゃん達と比べると、随分出遅れてしまった感じだ。
みんながため息をつく気持ちが、少しわかったような気がした。
クリスティーヌは仮装というより、ただのドレス姿のような気がしないでもない。




