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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
82/109

63.解けた糸




 夕方になって、迷宮に行っていたみんなが帰ってきた。

 食事の後に、私の部屋で亮ちゃんとみぃちゃんが待っている事を阿久井君に伝えて、できるだけいつも通りに時間を過ごす。

 結花さんは、すっかりと落ち着いた様子で、時折、みぃちゃんと視線を合わせては、恥らうように微笑む姿が、とても初々しくて可愛かった。

 みぃちゃんから結婚すると聞いていなくても、あの姿を見るだけで想いが通じ合ったのはわかってしまったかもしれない。

 結花さんの変化は、阿久井君もわかってしまったのか、切なそうに結花さんを見ていた。

 でも、辛いというだけでなく、ホッとしているようにも見える。

 もしかしたら、そうであって欲しいという私の願望なのかもしれないけれど。



「私も一緒にいていいの? みぃちゃんと阿久井君だけの方がいいんじゃない?」



 夕食後、私の部屋にみぃちゃんがやってきたので、今更と思ったけれど聞いてみる。

 結花さんに関わる問題の話でもあるみたいだし、私が聞いていいのかどうかわからなかった。



「美咲ちゃんがいれば、あまり馬鹿なこともできないから、ストッパー代わりに、亮二といてくれると嬉しい。結花ちゃん絡みになると、僕の沸点も低いからさ。阿久井をこれ以上傷つけるような事もしたくないんだ」



 そこまで言われれば同席するしかない。

 責任持って見届けて、いざという時は、ストッパーになろうと思った。

 すぐに、亮ちゃんと阿久井君も連れ立ってやってきたので、ソファを勧めて、それぞれ腰を落ち着ける。



「阿久井。昨夜言ってた手紙の事なんだが、和成に渡してくれないか? 理由は教えてくれないんだが、和成は坂木を探しに行くらしい。だから、その前に、坂木の手紙を確認した方がいいと思ったんだ」



 まずは、手紙の事を直接相談されていた亮ちゃんが切り出す。

 私は口を出さずに見守る事にした。

 亮ちゃんに手紙の事を言われ、渡す相手が結花さんでなくみぃちゃんであることに、阿久井君は躊躇いも感じていたみたいだけど、アイテムボックスから巾着のような物を取り出した。

 テーブルに置くと、固い物が入っているようで、ごとっと音がする。



「俺が坂木から手紙が入ってると言われて預かったのは、これだ。中は見ないでくれと言われたから、見ていない」



 見ないでくれと言われても、見る事はできたに違いないのに、阿久井君はきっと見ないでそのままアイテムボックスに入れておいたんだろう。

 そういった誠実さを感じさせる人だ。



「とりあえず、僕が確認するね。けど、その前に……」



 テーブルの上の巾着に手を伸ばす前に、みぃちゃんは姿勢を正して阿久井君をまっすぐ見た。

 みぃちゃんが大事な事を話そうとしているのを感じたのか、阿久井君もみぃちゃんとしっかりと視線を合わせる。



「阿久井、僕は、今、結花ちゃんを悩ませてる問題が解決したら、結花ちゃんと結婚する。阿久井の気持ちは、ずっと前から気づいてたけど、僕も結花ちゃんが好きなんだ。絶対に大事にして守るって約束するから、だから、ごめん」



 阿久井君がどれだけ真剣に想っていたのか、みぃちゃんはわかっているんだろう。

 阿久井君に許しを請うように、深々と頭を下げた。

 結婚という言葉に、阿久井君は驚いたようだったけれど、今にも泣き出してしまいそうな切なげな顔で、それでも無理に微笑んだ。



「御池、頭を上げてくれ。再会した時から、俺の入る隙がないのはわかってた。話してくれて、ありがとう。同じ子に二度も失恋するのは、結構きついけど、でも、仕方がないよな。巡り会わせが悪かったんだと思っておく。それと、次に好きな子ができたら、へたれは返上する」



 へたれの自覚あったのか。

 最後は冗談めかして、けれど、力強く言い切るのを見て、阿久井君はやっぱり強いと思った。

 亮ちゃんの言ってた通りだ。

 きっといつか、阿久井君も絶対に幸せになるに違いない。



「それより、楠木さんは何を悩んでいるんだ? 翔太が関係あることなのか?」



 結花さんが心配なようで、阿久井君が顔を曇らせた。

 私もそこは、とても気になる。



「話す前に、ちょっと坂木の手紙を確認させて」



 みぃちゃんは、巾着を引き寄せて、中の物をテーブルに取り出していった。

 手紙が一通と、何故か携帯が出てくる。



「携帯? 何で?」



 5つ並んだ携帯を見て、阿久井君が驚いてる。

 私も口には出さないだけで、凄く驚いた。

 携帯に何の意味があるんだろう?

 みぃちゃんは黙ったまま、手紙の封を切って読み始めた。

 そう長くない手紙なのか、2度3度と読み返しているみたいだ。

 眉間に皺が寄っていて、あまり機嫌がよくないのがわかる。

 手紙を読み終えた後、携帯の電源を入れて、なにやら操作し始めた。

 簡単に確認は終わったみたいで、すぐに次の携帯を手に取り、同じ作業を繰り返していく。

 全部の作業が終わると、深々とため息をついた。

 


「亮二、旅は、出なくてよくなった」



 脱力してソファの背凭れに体を預けたみぃちゃんが、呟くように言う。

 旅に出なくていいっていうことは、問題が解決したんだろうか?



「何からどこまで話したものかわからないけど、とりあえず、坂木達は今後は真面目にやるって。亮二に『恥を知れ』って一喝されたのが効いたらしい。今後は、小さい村を回って、物資を届けたり護衛したり、そういう仕事をするって」



 手紙の内容を、簡単にみぃちゃんが話してくれる。

 結花さんにひどい事をした人達だと思うと、許せない気持ちもあるけれど、改心してくれたのなら良かった。

 もっと楽な仕事もあると思うのに、人の役に立つ仕事を選ぶ辺り、本気なんじゃないかと思う。



「ホントは、あいつらを探し出して、記憶がなくなるくらいぶん殴ってやりたかったんだ。でも、結花ちゃんが僕の手が痛いのは嫌だって言うからさ、携帯だけ破壊しに行こうかと思ってた」



 私には、みぃちゃんが携帯に拘る意味がわからないけれど、亮ちゃんと阿久井君はそれだけで何か察したのか、表情が険しくなる。

 阿久井君は特に、怒りのオーラが出ていて、怖いくらいだ。

 普段優しい人が怒ると怖いって、本当なんだ。



「手紙だけじゃなくて、携帯ごと差し出してきたことで、あいつらの誠意は伝わったから、殴りに行くのはやめる。結花ちゃんを放り出してまでやることじゃないし。手紙も、結花ちゃんが読んだほうがいいと思うから、僕が渡しておくよ」



 感情を見せないように淡々とみぃちゃんが言いながら、手紙を封筒に戻した。

 そしてまた、阿久井君に向き直る。



「阿久井、これを運んできてくれて、本当にありがとう。阿久井のおかげで、結花ちゃんは救われる。本当に凄く傷ついて悩んでいたんだ。結花ちゃんを助けてくれて、ありがとう」



 本当に心から感謝しているのか、みぃちゃんは立ち上がって深々と頭を下げながら、阿久井君にお礼を言った。

 みぃちゃんにお礼を言われて、怒っていた阿久井君も落ち着きを取り戻したようだ。

 空気が震えるような険悪な感じがなくなって、ホッとした。



「そうか、俺、楠木さんの役に立てたんだな……」



 しみじみと、噛み締めるように阿久井君が呟いた。



「ずっと、俺のせいだって、楠木さんに申し訳ないって思ってた。俺の方こそ、ありがとう。御池がそう言ってくれて、俺も救われた。楠木さんを救う手助けができたのなら、本当に嬉しい」



 自分が原因で結花さんを酷い目にあわせてしまったと、阿久井君は自分を責めていた。

 だから、余計にみぃちゃんの言葉が嬉しかったんだと思う。

 感極まったような声で言いながら、片手で顔を覆う。

 


「阿久井は元々何も悪くない。それどころか、結花ちゃんの恩人だよ。だからもう、自分を責めるのはやめなよ。早く知らせたいから、僕は、これを結花ちゃんに届けてくる。おやすみ」



 阿久井君を慰めるように言った後、巾着に携帯を全部戻して、早く結花さんに逢いたいとばかりに、みぃちゃんは足早に出て行く。

 詳細がわからないところもあるけれど、絡まった糸が解けたような感じがする。

 阿久井君が落ち着くまで、亮ちゃんと私は、黙って阿久井君を見守った。

 昨夜、阿久井君の切ない気持ちを聞いたときのような物悲しさは、不思議なほどになくなっていた。

 それは多分、阿久井君の心が救われたのだと、伝わってきたからじゃないかと思う。




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