62.報告
目が少し腫れていたので、意図的に朝寝坊して起きると、予定のある人達は出かけた後だった。
お腹を空かせて亮ちゃんが待っていたので、二人分の朝食を用意していると、厨房にみぃちゃんがやってくる。
みぃちゃんは目敏いから、目が腫れているのに気づかれそうで、俯きがちになってしまう。
「おはよう、美咲ちゃん。今日はゆっくりだったね」
何だかとってもご機嫌なみぃちゃんに挨拶され、「おはよう」と返しながら様子を見る。
すっごく、機嫌がいいのがわかる。
きらきらと眩しいほどの笑顔だ。
「美咲ちゃんにお願いがあるんだ。みんなが留守の間に話をしたいから、聞いてくれる?」
お願いと言われて、何のことやらわからないけれど、とりあえず頷いた。
大切なみぃちゃんのお願いを、聞かないわけにはいかない。
「亮ちゃんも一緒でいいのなら、食事をしながら聞くけど?」
急ぎなのかもしれないから、そう尋ねると、少し悩んでからみぃちゃんは頷いた。
個室で食事にする事にして、みぃちゃんには亮ちゃんを呼びにいってもらう。
3人分のお茶も用意して、一番小さな個室のテーブルに朝食を並べた。
ここならば、防音の魔道具もあるし、誰か帰って来ても話は外に漏れない。
「しばらく旅に出ようかと思ってるんだ。どれくらいで帰ってこられるかわからないけど、いいかな?」
私と亮ちゃんが食事を始めてすぐ、散歩にでも行くような気軽な口調で、みぃちゃんが切り出した。
いつ帰ってこられるかわからない旅って、急にどうしたんだろう?
「一人で行くのか? 結花はどうする? どこに、何をしに行くのか、聞いていいのか?」
私が聞きたい事を、亮ちゃんが聞いてくれた。
みぃちゃんはご機嫌そうに見えたけれど、ここにいるのが嫌になるようなことでもあったんだろうか?
最近、結花さんの様子もおかしかったし、何かあったのかもしれないと心配になる。
「結花ちゃんと離れるのは寂しいけど、連れて行けないよ。僕は、坂木達を探しに行くんだから。どうしても見つけ出して、奪い取りたい物があるんだ。だから、一人で行く」
坂木君の名前を口にした瞬間、みぃちゃんの雰囲気が、見た事がないほどに怖くなる。
何か、許しがたいほどに怒っていることがあるみたいだ。
結花さんを坂木君達に逢わせたくない気持ちはわかる。
けれど、いつ帰ってこられるかわからない一人旅に、みぃちゃんを出すのは心配だ。
みぃちゃんが強いのは知っているけど、この世界は旅をするには広い。
坂木君達がまだ王都にいるのなら、すぐに見つけられるだろうけど、そうでなかったり、ばらばらになっていたりしたら、下手すると数ヶ月留守にすることになる。
「坂木達は、王都にいるらしい。が、出発するなら、阿久井が帰ってくるまで待て。阿久井の話だと、王都で坂木に会ったらしいから、何か情報を得られるかもしれない。それに、阿久井は坂木から結花宛ての手紙を預かっているらしい。渡していいものかどうかわからないって、昨夜、相談を受けたんだ。旅に出るなら、その手紙を確認してからでもいいんじゃないか?」
王都までの旅なら、馬で行けばそんなに時間がかかるわけじゃないけど、まだ坂木君たちが王都にいるという保障はない。
亮ちゃんの言う通り、阿久井君と話してからの方がいいような気がする。
「手紙ねぇ。自分の罪悪感を減らすためだけの手紙だったりしたら、ちょっと許せないな。結花ちゃんには、できれば中身を確認してから読ませたい」
坂木君たちに対する嫌悪や怒りを隠そうともしないみぃちゃんの様子が、とても珍しくて、驚いてしまう。
こんなみぃちゃんを見るのは、初めてだった。
「何の権利があって、そんな事を言う? 和成が結花を好きな気持ちも、心配する気持ちも知ってるが、旅に出るというのなら、その辺りはきちんと言ってから行け。結花に惚れてるのは、お前だけじゃない」
阿久井君に同情する気持ちがあるのか、亮ちゃんがちょっと手厳しい。
けれど、わからなくもない。
阿久井君のためにも、みぃちゃんにははっきりして欲しいと思う。
中途半端な状況で、結花さんを放り出して旅に出て欲しくない。
「わかってるよ、そんなこと。阿久井、ずっと前から結花ちゃんのこと、好きだっただろ? あいつ、誰にでも優しいくせに、結花ちゃんの前でだけへたれるから、すぐわかる」
珍しく、みぃちゃんがちょっと不貞腐れたように言い返す。
みぃちゃんも阿久井君の気持ちを知っていたのか。
それも、転生前からずっと好きだったことを、知っているみたいだ。
「阿久井は僕よりへたれだけど、僕よりずっといい奴だし、もっと前なら応援できたけど、今は無理。阿久井がどんなにいい奴でも、結花ちゃんは譲れない。もう、僕のにするって決めたから。全部片をつけたら、結花ちゃんと結婚する」
みぃちゃんの暴走気味の言葉を聞いて、自分のことでもないのに頬が熱くなる。
こんな真剣な顔で口説かれて、プロポーズされたら、反則だと思う。
みぃちゃんに好意を持ってたら、すぐに口説き落とされてしまいそうだ。
友達の、意外に情熱的な一面を見せられて、驚くと同時にどきどきとしてしまう。
しかも、結婚って、いきなり過ぎると思うんだけど、結花さんは受け入れてくれたのかな?
「いきなり結婚とか、大丈夫なのか? それで結花に振られたら、目も当てられないぞ?」
亮ちゃんのからかうような言葉に、みぃちゃんはそれはもうご機嫌な笑顔で応える。
「既にプロポーズ済み。だから、早く問題片付けて、僕のにする。あ、そうだ。美咲ちゃん、ディアナさんはウェディングドレス、どれくらいの期間で作ってくれるかな? 女の子はやっぱり婚約指輪とか欲しいよね?」
幸せで蕩けそうな笑顔で、次々に問いかけられて、返答に困る。
暴走気味じゃなくて、暴走してる。
食事どころじゃなくて、箸が止まってしまった。
「一生に一度のことだから、指輪はともかくドレスは、結花さんの意見も聞いたら? 婚約指輪はこちらの世界にはないみたいだけど、好きな人からもえらるのなら、何だって嬉しいものよ」
みぃちゃんの勢いに気圧されながらも、何とか返事を返す。
正直なところ、驚くと同時に、羨ましい。
友達が幸せになるのは喜ばしい事なんだけど、おいていかれたような寂しさも感じる。
私なんて、先生と再会できるかどうかさえわからないのにと思うと、ちょっと辛い。
「美咲ちゃん、ごめんね。本当は美咲ちゃんが先生と再会できるまでは、告白する気はなかったんだ。これ以上、美咲ちゃんに寂しい思いをさせるのは嫌だったから、まだもうしばらくは、片思いでいいかと思ってた。だけど、結花ちゃんを守る役目は、他のやつに任せたくないんだ。だから、ごめんね、美咲ちゃん。結花ちゃんに対して真剣だから、きちんとしたいから、結婚するね」
謝られて、羨む気持ちを見透かされたみたいで、恥ずかしくなった。
大事な友達が幸せになろうとしているのに、それを純粋に祝福できな自分が情けない。
「私こそ、ごめんね、みぃちゃん。羨ましいって、おいていかれるみたいで寂しいって思っちゃったの。大事な友達が幸せになろうとしているのに、酷いよね。本当にごめんなさい」
申し訳ない気持ちで頭を下げると、横から亮ちゃんが手を伸ばして頭を撫でてくる。
昨夜から撫でられてばかりだ。
「美咲ちゃんの気持ち、わかるからいいんだ。僕も暴走してる自覚はあるし」
苦笑するみぃちゃんを見て、くすっと笑みが漏れた。
そうか、暴走してる自覚があるのならよかった。
自覚なしだと、結花さんが大変だと思うから。
「なんだ、暴走してる自覚があったのか」
亮ちゃんに笑いながらからかわれて、みぃちゃんがちょっとむくれた。
「とりあえず、どんな問題なんだかわからないが、結婚はそっちを片付けてからの話だろ? 変に結花を煽って、長期間放置するよりも、先に問題を片付けてしまえ。その方が結花も寂しくないだろ」
恋愛経験が乏しそうな亮ちゃんの口から出た言葉が意外で、ちょっとびっくりする。
寂しがる女の人の気持ちとか、亮ちゃんが理解してるとは思わなかった。
「何だ、そんなに意外か?」
私の表情に気づいて、亮ちゃんが人の悪い笑みを浮かべる。
私が頷くと、軽く額を小突かれた。
「ここに、煽るだけ煽られて長期間放置されて、寂しがってる女がいるだろ。見てればさすがに学習するさ。好きな女ができたときは、反面教師にさせてもらう」
笑顔でひどい事を言い切られて、「ひどい」と、拗ねてしまうと、亮ちゃんはおかしくて仕方ないといった様子で笑い出してしまう。
みぃちゃんも笑いを堪えられないようで、背中を向けているけれど、肩が小刻みに揺れていて、笑っているのが伝わってくる。
二人とも酷いと思う。
これ以上拗ねるともっと笑われるから、我慢するけど本当に酷い。
「それにしても、何でいきなり結婚なの? しばらくお付き合いしてからじゃだめなの?」
からかわれるのは嫌だから、話を逸らそうと思って問い掛けると、みぃちゃんが少し困ったように微笑んだ。
亮ちゃんのほうを見て、なにやら躊躇ってる様子だ。
「こんなことを美咲ちゃんの前で言うと、亮二に怒られそうだけどさ、両想いで一緒に住んでて、手を出さないとか僕には無理。こっちの世界で避妊とかするの大変そうだし、それだったら、最初から結婚しちゃった方がいいと思ったんだ」
考えなしに恥ずかしい事を聞いてしまった。
みぃちゃんの言いたい事はわかるし、その覚悟はまだ若いのに立派だと思うけど、生々しくて恥ずかしい。
「ぶっちゃけ過ぎだ、馬鹿。もう少しオブラートに包め」
亮ちゃんが苦笑しながら、軽くみぃちゃんを咎める。
けれど、理解はできるのか、怒った様子はない。
恋人がいたら、そういうこともあるのはわかっているけれど、今の私には、ちょっと想像もつかない。
こっちの世界では、私の歳で結婚している人だって珍しくないのに、こんなのおかしいのかな?
嫌悪感とかそういうのがあるわけじゃないけれど、自分には縁遠い話の気がする。
「正式に婚姻しておけば、変な横槍も入らないから、二人の気持ちが定まっているのなら、結婚はいいことだと思う。ランスにいればあまり心配はないが、他の街には横暴な貴族もいるからな。恋人という関係では、身分の高い貴族が出てきたときが厄介だ。俺達の身分保証はランス限定だから、外では貴族の権力に敵わないときもある。この世界は女の立場は弱いから、言葉は悪いが、早めにAランク冒険者の妻という身分にしておいたほうがいい」
急すぎる展開ではあるけれど、亮ちゃんも結婚には賛成みたいだ。
ランスに来る前、鳴君の当時の彼女が、貴族に取られてしまった事があった。
その話を聞いたときに教えてもらったけれど、平民の女性が貴族の正式な妻になるのは、とても名誉な事で、女性の恋人が貴族よりも身分が下の場合、断れないらしい。
もっとも、平民を見下している貴族が、いくら気に入ったからといって正式に妻にすることは滅多になく、愛人として囲うことの方が多いそうだ。
貴族の子供を産んだときには、その子供が男であれば、妻にしてもらえる事もあるらしい。
それでも、複数いる妻の内の一人でしかない。
鳴君の時は、お互いの利害関係が一致して、円満にすんだようだったけど、それでも、身分を笠に着た横暴なやり口は、聞いていて腹が立った。
そのときのことを思い出しているのか、亮ちゃんもみぃちゃんも苦い顔をしている。
「みぃちゃん達、もうAランクなのね。結花さんが結婚する事で安全になるのなら、先延ばしする事もないわね。平民には戸籍がないから、結婚といってもどうすればいいのかしら? 教会みたいなところで、証明書を発行してもらうの?」
貴族同士の結婚の場合は、前にエリーゼさんに説明をしてもらったけれど、平民同士の結婚については、エリーゼさんも知らなかった。
みぃちゃんは、結構用意周到だから、調べているような気もする。
みぃちゃんがわからなくても、アルさんに聞けば、きっと知ってるに違いない。
「教会でいいって、アルフが言ってた。正式な婚姻の時だけ、妻は夫の苗字を名乗れるらしいよ」
そういえば、アルさんと知り合ったときに、正式な結婚をしているから、キサラギを名乗っているというようなことを聞いた覚えがある。
教会ならば平民街にもあるし、ランスの街で手続きをするのなら、変な邪魔が入る事もないんじゃないかと思う。
その後、亮ちゃんに叱られて、冷めてしまった朝食を何とか全部食べ終えてから、落ち着かない気持ちで阿久井君の帰りを待った。
みぃちゃんと結花さんが幸せになるのは嬉しいけど、阿久井君の気持ちを考えると辛いものがある。
みぃちゃんが片付けないといけない問題というのが何なのか、結局はぐらかされてしまったけれど、それも気になっていた。
問題というのが早く片付いて、いつになれば逢えるのかわからない寂しさを、結花さんが体験せずに済めばいいのにと思った。




