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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
80/109

幕間 過去

楠木結花視点。




 今でもたまに夢を見る。

 ガーデニングが好きだったお母さんの夢。

 私と歩いていると、よく姉妹に間違われた。

 私が童顔なのは、お母さんに似てるからだ。

 そして、私に甘くて、お母さんにはもっと甘くて、優しかったお父さんの夢。

 一人娘だった私のことを、小さい頃から可愛がって愛してくれた。

 学生時代はずっとサッカー部で、今もたまに学生時代の友達とフットサルに行ったりするお父さんはかっこよくて、小さい頃からお父さんみたいな人と結婚するんだって思ってた。

 仲のいいお父さんとお母さんみたいな恋愛は、私の憧れだった。


 クラスメイトだった翔太君と仲良くなったのは、翔太君がサッカー部で、それに親しみを感じたからだ。

 クラスでも目立たない私に、人気のある翔太君が話しかけてくる理由がわからなかったけれど、席替えで近くの席になったのを切っ掛けに、段々親しくなった。

 優しいし、サッカーをしてる姿はかっこよくて、お父さんの姿を翔太君に重ねていたのだと、今ならばわかる。

 いくつかの共通点があるだけで、翔太君はお父さんみたいな人だと勝手に思い込んで、好きになっていた。

 だから、翔太君から告白された時はとても嬉しくて、ますます好きになってしまった。


 翔太君は付き合う前は優しかったけれど、恋人になってからは、たまに冷たくなった。

 多分、私が人目のないところで二人きりになるのを、嫌がったのが原因だったんだと思う。

 あの頃の私は、付き合い始めたばかりで、手を繋いだりするだけでも恥ずかしかったのに、それ以上のことは考えられなかった。

 周りの女の子で経験済みの子がいるのは知っていても、私にはまだ早いと思っていた。

 小学生の高学年の時に、既にCカップあった胸を、いやらしい目で見られる事が多くて、性的なことに拒否感もあった。

 好きな人から、あんな目を向けられるのは怖かった。


 この世界に転生するのだと知らされた時、翔太君と一緒のパーティになることに、本当は少し不安もあった。

 修学旅行中、同じクラスで付き合っているのに、班も自由行動も別々で、時々、誰かに見せ付けるように、くっついてくる事はあったけれど、それ以外のときは素っ気無かったから。

 でも、離れたらもう逢えないかもしれない、そう思ったら、離れられなかった。

 翔太君が私をどう思っているのかわからなくても、私は好きだったから、その気持ちが勝ってしまった。

 パーティを組む時に、美咲さんだけがあぶれてしまった事に気づいたのに、何も行動できなかった。

 翔太君以外の男子は、私よりも美咲さんとパーティを組みたがっているのが伝わってきたから、下手な事を言って、一人になるのが怖かった。

 一人になった私に翔太君がついてくることはないと、薄々理解していたのかもしれない。

 翔太君のパーティに入る、その決断が間違いだった事に気づいたのは、異世界に放り出されてすぐだった。


 私達が飛ばされたのは、人里から離れたところだった。

 みんな、学校のキャンプくらいしか経験がなくて、テントを立てて、寝る場所を確保することさえ苦労した。

 焚き火に火をつけたり、飲み水を出したりするのは、生活魔法で何とかなったけれど、薪にする木を見つける事さえ難しくて、パーティの雰囲気は最初からあまりよくなかった。

 魔物と戦うどころか、普通に生活する事さえ難しい毎日。

 最初の頃、同じパーティの男子はみんな優しかったけれど、下心が透けて見えていた。

 それに、私のテントに、翔太君は断りもなく入ってくるから、着替え一つするにもびくびくとしていた。

 翔太君といたいからって、男子だけのパーティに入った自分の愚かさを後悔した。


 今思えば、よく1週間ももったと思う。

 異世界に転移させられて1週間くらい経った頃、夜中に目が覚めると、一人きりだったはずのテントに翔太君がいた。

『恋人なんだから受け入れるのが当然』だと言いながら、私を無理矢理押さえ付けて、体に触れてきた。

 抵抗しても男の人の力には敵わない。

 怖くて震える私を見る翔太君の目は、大きく育った胸だけをじろじろと見てくる痴漢のような人と変わりなかった。

 心から嫌だと思った瞬間、テントの外が騒がしくなって、そのときは難を逃れた。

 タイミングよく魔物が襲ってきただけだと思ったけれど、後になって、良妻賢母の称号に守られていたのだと知った。

 その後から、翔太君はみんながいる場所でも、隙があれば私に触ってくるようになった。

 時には、面白半分を装って、他の男子にも抵抗できないように手足を押さえられて、体に触られる事があった。

 恋人だと言いながら、翔太君が助けてくれる事はなくて、身も心も傷つけられていく。

 皮肉な事に、私の身を守ってくれたのは、邪魔するように襲い掛かってくる魔物達だった。


 戦闘も料理もできない私に、みんながどんどん冷たくなっていった。

 足手まといだとはっきり言われた事もあるし、一つくらい役に立ってみろと、翔太君以外の男子に襲われたこともある。

 そんな状態でも、パーティを離れて一人で生きていくこともできず、黙って耐えるしかなかった。

 いつ襲われるかわからないとびくびくしながらでは、安眠できるわけもなく、転生なんかしないで死んでいたほうが幸せだったんじゃないかと、泣いてばかりだった。

 一人だった美咲さんのことを思い出して、あの時、彼女を一人にしてしまったから、罰が当たったんだと思った。

 修学旅行の時は同じ班で、とても優しくしてくれたのに、あの時、自分のことだけを考えて、一人きりの美咲さんを思いやる事さえできなかったから、酷いことをしてしまった報いを受けているのだと思った。

 

 結局、みんなに捨てられて、親切だと思っていた人達に迷宮で襲われた後、再会した美咲さんは優しかった。

 私を許して、友達になってくれた。

 一人だったのに頑張って、お店まで手に入れていて、そこで私を雇ってくれた。

 夜中に、襲われたときの夢を見て飛び起きるたびに、優しく抱きしめてくれた。

 些細な事でも褒めてくれて、私がここにいてもいいのだと、言葉や態度で示してくれた。

 辛くて怖い思いをしたけれど、私が立ち直る事ができたのは、美咲さんのおかげだ。

 美咲さんの周りにいる人達も、みんな優しかった。

 その中でも、御池君は特に優しくて、私が男の人を怖がっているのにもすぐに気づいて、数え切れないほど何度も助けてくれた。

 美咲さんの従兄の大槻君は、厳しい事を言う時もあったけれど、ちゃんと見守ってくれた。

 

 みんなが優しくて、毎日が楽しくて、忘れかけていた過去を、それでも、時折思い出させられる。

 携帯の充電がなくならないと知った時。

 旅先で、御池君に写真を撮りたいと言われた時。

 そして、お店に阿久井君がやってきた時。

 忘れようとしたところで、過去は変えられないのだと思った。


 裸でこそなかったものの、みんなに襲われた時に、携帯で写真を撮られていた。

 いつか、携帯は充電がなくなるから見られなくなる、そう思っていたから耐えられたのに、アイテムボックスに入れておくと充電される事を知った。

 あの時、美咲さんと御池君の前で、携帯の操作に夢中になっている振りで顔を隠すのが精一杯だった。

 何とか話を逸らして、平静を装ったけれど、話の流れで、御池君に好きな人がいるのがわかって、更に胸が苦しくなった。

 一緒にいる事が多くて、いつも優しく気遣ってくれる御池君に、惹かれているのを自覚させられた。

 同時に、私が御池君にふさわしくない事も思い知った。


 それでも、ただ想うだけなら許されるんじゃないかと、甘い事を考えていた。

 みんなで出かけた南の島で、御池君が島の探索に誘ってくれた時、二人きりなのが嬉しくて仕方なかった。

 足元が危ないからって、初めて手を繋いで歩いた。

 水着姿を褒めてくれたのも嬉しかった。

 初めての旅の記念に、写真を撮りたいと言われた時、いくつもの携帯で写真を撮られた事を思い出した。

 もう二度と逢う事もないし、縁は切れたと思ったのに、あの人達のところに、私の写真が残っている事を考えて怖くなった。

 写真を撮るのを嫌がって震える私を、御池君は問いつめる事もせずに、ただ優しく抱きしめてくれた。

 こんな風に、下心もなく優しく触れてくれる男の人もいるのだと知って、泣き出してしまった私を、何も言わずにずっと抱きしめてくれた。

 御池君のことが好きなんだって、自覚したけれど、それを口にすることはできなかった。

 御池君に私は相応しくない。

 元の世界で御池君がどれだけもてていたか、私は知ってる。

 今は運よく、こうして近くにいてくれるけれど、本来なら、話をするどころか、遠くで見ているので精一杯な、手の届かない人だ。

 いくら御池君が優しくしてくれるからって、勘違いしちゃいけないって、自分に言い聞かせた。

 御池君は何も悪くないのに、写真を欲しがった事を謝ってくれた。

 水着姿の女の子に無神経なお願いだったって、私を気遣ってくれた。


 旅から帰ってすぐに、店に阿久井君が来た。

 阿久井君はクラスメイトだった事もあるし、優しい人だ。

 だけど、翔太君の親戚だ。

 旅をしている阿久井君が翔太君と逢っていたら、話くらいしていると思う。

 あの時に撮られた写真を、もしも阿久井君が見ていたら、見ていなくてもあの写真の存在を知っていたら、そう思ったら怖くて仕方がなかった。

 あんな写真を撮られてしまった事を、誰にも知られたくない。

 私の知らないところで、御池君と阿久井君が二人で話しているだけで、不安に駆られてしまった。

 しばらく見なかったあの頃の夢を、眠るたびに見てしまう。

 そのことをみんなに気づかれないように、普通にしていたつもりだったけれど、ふとした瞬間に、不安で泣き出しそうになる。

 細かいところによく気がつく御池君が、そんな私の状態に気がつかないはずはないということに、御池君が部屋に訪ねてくるまで思いつかなかった。



「結花ちゃん、何があったの? 阿久井が怖いの?」

  


 長く一緒にいたくなくて、部屋に入れずにおこうと思ったのに、珍しく強引に御池君は部屋に入ってきた。

 部屋に二人きりなんて、他の人だったら怖いだけなのに、御池君だと胸が高鳴る。

 好きな気持ちを再確認していると、いつものようにまっすぐ私を見つめたまま、問い掛けられた。

 一番知られたくない御池君に、話せる訳がない。

 何でもないと言いたいのに言葉にならなくて、ただ頭を振る。



「誤魔化されないよ。結花ちゃんが何かを怖がっているのはわかるんだ。僕じゃ、力になれない? 結花ちゃんの助けになれない?」



 笑顔のことが多い御池君なのに、今は真剣な顔をしている。

 瞳を覗き込むように見つめられて、胸が苦しかった。

 見つめ返す事はとてもできなくて、俯くと、涙がぽたぽたと床に落ちる。



「泣くほど辛くても、話せないような事? 美咲ちゃんが相手でも話せない? 誰にも相談するのは無理?」



 問いを重ねられて、何度も頷く。

 美咲さんが相手でも、誰が相手でも、話すのは辛い。

 だって、話したってどうしようもない事だから。

 翔太君達を見つけて、携帯を出させて、データを消去させるなんてこと、もしできるにしても難しいのはわかってる。

 あの時、ランスの冒険者ギルドで翔太君達に会った時、ちゃんとみんなに言えれば、データを消す手伝いをしてくれたと思うのに、携帯はそのうち使えなくなるはずだからと、恥ずかしい過去を隠したくて、何も言わなかった私が悪い。

 知られれば、自分の意思でなかったにしても、あんな写真を撮られた私を、軽蔑されてしまいそうで怖かった。



「でも、僕は、結花ちゃんが好きだから、そんな風に泣かせたくも苦しませたくもない。絶対に僕が何とかするって誓うよ。だから、僕を信じて話して欲しい」



 顔を上げさせられて、軽く額をあわせられた。

 近い距離で見つめられて、息が止まりそうになる。

 好きって、御池君が私を?

 聞き間違い、かな?

 あまりにも驚きすぎて、涙が止まった。



「まだもっと、時間を掛けて口説くつもりだったのに、我慢できなくてごめん。でも、辛そうな結花ちゃんを見ていたくないんだ。助けになりたいし、結花ちゃんには笑顔でいて欲しい。不安があるなら取り除きたい。僕が結花ちゃんを幸せにしたい。だから、僕の事を信じて、話して欲しい。絶対大事にするって約束するから、僕を好きになって」



 いつもの優しい眼差しとは全然違う、熱の篭った目で見つめられて、頭が御池君の言葉を理解するに連れ、鼓動が速くなる。

 夢みたいって思うのと同時に、不安はより強くなる。

 御池君は口にした言葉を簡単に取り消す人じゃない。

 軽い気持ちで、こんな事を言う人でもない。

 けれど、邪魔が入ったとはいえ、複数の男の人達に襲われたことのある私で、本当にいいんだろうか?

 すべてを知っても、それでも好きでいてくれる?

 心の中で思うだけじゃダメだ、ちゃんと考えている事は口にしなきゃ。

 美咲さんと友達になる以前の私なら、多分、何も言えなかった。

 けれど、今は違う。

 ここで暮らし始めた時、美咲さんの友達に相応しい自分になるために、頑張るって決めた。

 何も言わず、怖がって黙り込むのは、逃げるのと同じだ。

 御池君から、どんな言葉が返って来ても、黙り込んで逃げるよりは、ちゃんと言葉にしたほうがずっといい。

 過去は変えられない。

 けれど、乗り越える事はできる。

 御池君のおかげで、美咲さんと友達になったときの決意を思い出した。

 強くなりたい。

 御池君に相応しくないって、諦めるんじゃなくて、相応しい人になれるように努力したい。

 


「好きになるの……むり」



 何から話せばいいか分からなくて、そんな言葉を口にした途端、御池君がわかりやすくショックを受けて落ち込む。

 言葉の選び方を間違ったのだと、その反応でわかって、ちょっと焦ってしまった。



「……これ以上、好きになるの、無理だよ」



 今だって凄く好きなのに、これ以上もっと好きになるなんて無理だと思う。

 誤解させるといけないから、精一杯の勇気を出して言葉にしたけれど、声は震えていた。

 御池君は驚いたように目を瞠って、次の瞬間には、じゃれつくようにぎゅっと抱きついてきた。

 抱きしめられても、御池君なら怖くない。

 ただ、息が苦しくなるほどにどきどきする。

 美咲さんは時々大槻君に抱きしめられたりじゃれつかれたりしてるけど、どきどきしないのかな?

 似たようなことをされてるはずなのに、私の方がはるかに心臓の負担が大きい気がする。



「あのねっ……話、するから、離してほしいの……」



 抱きつかれたままだと、どきどきしすぎて上手く頭が働かない。

 せっかく決心して話そうと思ったのに、言葉が出てこない。



「うん、ごめん。結花ちゃんが可愛いから、ちょっと暴走した。話を聞くから、隣に座ってるのはいいよね?」



 尋ねながらも、座る気のようで、ソファに私を座らせて、その隣に腰掛ける。

 体は私のほうを向いていて、気遣うように私を見ていた。

 こういう、優しいところ、素敵だなぁって思う。

 こんな風に、自然に相手を思いやれるような人に、私もなりたい。



「最初のパーティで、私……何度も襲われかかったの。いつも、邪魔が入ったから、最後までされたわけじゃないけど……押さえつけられて、携帯で、写真を撮られた事があるの」



 できるだけ当時のことを思い出さないようにしながら、淡々と言葉にした。

 けれど、あの当時の恐怖を思い出して、体は勝手に震える。

 今はもう大丈夫だってわかっていても、怖い。

 御池君の反応を見る事はできなくて、俯いてしまう。



「今も、あの人達のところに、そのときの写真があるって思うと、不安で、阿久井君は翔太君と親戚だって聞いてたから、もし、翔太君に会った時に、あれを見られてたらって思うと、怖かったの」



 何とか、今の不安を言葉にしたけれど、御池君がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、顔を上げられなかった。

 


「だから、写真を撮られるのが怖かったんだね。ごめんね、辛い思いをさせたね」



 暖かな手が私の頬を包むように触れてくる。

 顔を上げるように頬の手に促されるけど、その手が震えてるのに気づいた。

 どうしたんだろう?と、思わず見つめてしまう。



「あー、もう、むかつく。水着姿の結花ちゃんが可愛いとか浮かれて、写真撮りたがってたあの時の僕を殴り飛ばしたい。結花ちゃんを傷つけたあいつら、ランスから追い出すだけじゃなくて、抹殺しとけばよかった。まだまだ甘過ぎだな、僕。あいつら、草の根分けても見つけ出して、記憶がなくなるくらいぶん殴ってくるか。もちろん、携帯は全部没収するから、結花ちゃんは安心していいよ?」



 何かを堪えるようにぎゅっと私を抱きしめた御池君が、段々怖い事を言い出す。

 大槻君達が御池君を腹黒って言うの、どうしてかと思ってたけど、こういう一面もあったんだ。

 安心していいって言われても、抹殺なんて言葉を聞くと、とても安心できない。

 私のために、そんなことはしてほしくない。



「写真は消して欲しいけど、殴ったりとかだめだよ。殴ったら、御池君の手も痛いから、それは嫌なの。そんなことしないで」



 本当に殴りに行かれたら嫌だから、必死に止めた。

 私のために怒ってくれた、それだけで十分だ。

 軽蔑されるかもしれない、そんな不安を呆気なく吹き飛ばしてくれた。

 私だって、御池君が辛かったり、痛い思いをするのは嫌だ。

 笑顔でいて欲しいのも、幸せでいて欲しいのも同じ。

 御池君は私の、とても大切な人だ。

 世界で一番大好きな人だ。

 


「じゃあ、結花ちゃんが怖がらない手段を、何か考えるよ。それと、阿久井なら心配しなくて大丈夫。あいつは、もしそんな写真があるのを知ったら、絶対、ぶん殴ってでも消させる奴だから。それで、一生ギターが弾けなくなったとしても、殴ると思うよ。……結花ちゃんのためなら」


 

 最後は呟くように言うから、何ていったのか聞き取れなかった。

 でも、御池君が大丈夫って言ってくれたら、信じられた。

 反対に阿久井君は優しい人だって知っているのに、疑ったのが恥ずかしくなった。



「凄く、悩んでたのが、嘘みたい。御池君は凄いね、本当に不安を取り除いてくれた。……ありがとう」



 御池君にだけは知られたくないって思ってた。

 不安で怖くて、自分の事がとても嫌いになりそうで辛かった。

 そんな私を、まっすぐな眼差しで、真摯な態度で、優しい言葉で救ってくれた。

 不安で苦しかったさっきまでとは、全然違う涙が溢れてくる。

 御池君が優しく涙を拭ってくれて、その上、「涙が止まるおまじない」って、目元にキスしてくるから、恥ずかしくて本当に涙が止まってしまった。



「好きな子を守るのは当然。絶対、何とかするから、信じて任せて。この件が片付いたら、僕だけの結花ちゃんになってくれる? この世界で、結花ちゃんと一緒に生きていきたいんだ」



 プロポーズされてるみたいって思ったら、凄く照れてしまった。

 多分、顔が真っ赤になってると思う。

 彼らを見つけて、写真を消させる事が、とても大変なことなのはわかっているから、片付くまでに、時間は掛かりそうだけど、絶対って御池君が言うなら信じられると思った。

 何て応えたらいいのかわからなくて、想いが伝わるように見つめたまま頷いた。

 御池君は、いつもと同じで優しく微笑んでくれた。





 このときの私は知らない。

 既に問題はほぼ解決していて、その鍵は阿久井君が握っている事を。

 御池君の言葉は、紛れもないプロポーズで、そう遠くない時期に、私は御池結花になることを。

 何も知らず、まだ離れたくない、泊まっていくって駄々を捏ねる御池君を、何とか部屋に帰そうと必死だった。





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