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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
8/109

6.初仕事



 3日ほど図書館に通って、いろんなことがわかった。

 まず、この街はやっぱり、栄えているけれど辺境にあるようだ。

 辺境なのに何故栄えているかというと、この街の近くには迷宮が二つあるからだ。

 しかも一つは初心者から中級者向けの迷宮で、レベル上げをするにもちょうどいいので、たくさんの新人冒険者がやってくるらしい。

 道理で門番の人も、冒険者になりたい人の対応に慣れているはずだ。

 もう一つは大迷宮と呼ばれるほどに大きな迷宮で、まだ踏破されていないらしい。

 100層以上はあるのは確定らしいけど、現在は65層までしか到達していないみたいだ。

 だから、この街を拠点にしている冒険者は新人もベテランも多いようだった。

 ちなみに、大迷宮と呼ばれる確実に100層以上あると思われる迷宮は、踏破済みと未踏破と含めて、世界に5つあるらしい。

 小迷宮とも呼ばれる100層以下の迷宮の数は20と書いてあった。

 小迷宮は、南の島々に多く、一つの街に二つの迷宮があるのはこの街だけらしい。


 この世界に二つある大きな大陸の内の一つ、アージェスタ大陸にあるティアランス国の第二の都市が、ここランスのようだ。

 大体の地理もわかったので、もう一つの大陸に行く為の港はここからだと遠いというのもわかったのだけど、反対に、南にある島々を治める国とは、こちらの方が近かった。

 海はないものの大きな河があるので、船で河から海に出て交易しているらしい。


 誰かとはぐれた時は、互いに動いていたらすれ違う事もある。

 だから、先生は待っているようにと言ってくれたんだと思う。

 それを考えると、移動手段が徒歩しかない私が、下手に違う国に動くのは危険も増えるし、すれ違いの元になってしまうような気もする。

 だから、しばらくはこの街に腰を据えて、レベルを上げたり、生活基盤を整えたりすることにしようと思った。

 この辺りに出没する魔物なら何とか一人でも倒せるし、行けるものなら迷宮にも行ってみたい。

 念のために馬にも乗れるようにしておきたいし、料理人のレベルも最低でも3、できれば4まであげたい。

 というのも、4になれば調味料作成というスキルを覚えるからだ。

 これがあれば、食べた事のある調味料はすべてスキルで再現できるらしい。

 日本食が恋しくなる前に、何とか覚えられたらと思う。


 それから転生者に関しても、資料がたくさんあった。

 今回のように同時に多数の転生者が現れたことは、ディアナさんに聞いたとおり、過去にはないみたいだけど、20年から30年に一度の割合で転生者は現れるらしい。

 神の加護を受けているとされるので、特に迫害される事もなく、大事にされている。

 能力が高く成長しやすいけれど、一人で国を滅ぼせるようなそんな桁外れの強さに育つことはないというのも、迫害されずに済んだ理由みたいだ。

 過去に王族に嫁いだ転生者の女性もいたらしいし、転生者であることを無理に隠す事もないというのは助かった。

 一般にお風呂の習慣が広まっているのも、過去の転生者の影響らしいと聞いて、深く感謝した。

 お風呂に入れない生活とか、想像したくない。

 といっても、私にはコテージがあるから、そこで入れるのだけど。







「シェリーさん、先日はお世話になりました。ありがとうございました」



 今日は忘れないようにと、先に2階でアイテムボックスの素材を売ってから、シェリーさんのいる受付に挨拶に行った。

 いいお店を教えてもらえて、本当に助かった。

 宿はご飯も美味しくて、快適に過ごせているし、雑貨屋で買ったシャンプーなんかも使い心地がいい。

 最近は、前よりも髪がさらさらになったような気がする。



「お役に立てたようで何よりです」



 言葉は仕事モードといった感じで丁寧だけど、向けられる笑顔は親しみの篭ったもので、つられるように笑みが浮かんだ。

 シェリーさんは、私よりは少し年上だろうか?

 淡い金髪の綺麗なスタイルのいいお姉さんだ。

 人気のある受付嬢みたいで、ちょっと挨拶をしている間に、私の後ろには冒険者らしき男の人が列を作っている。



「依頼を探したらまたきます」



 後ろの人たちの邪魔をするわけにもいかないので、ボードに貼ってある依頼を見に行った。

 まだ午前中だから、何か依頼を受けてもいいけれど、何か面白そうなものはあるだろうか?

 最低のEランクという事もあって、貼り出されている依頼は、街の中でできるものが多かった。

 他にも薬草集めや一角兎退治などの依頼がある。

 薬草は20本で依頼一回分みたいだけど、アイテムボックスの中に300本以上入っている。

 これを納めれば依頼達成になると思うけれど、アイテムボックスの中の物は劣化しないので、何かのついででもいいかもしれない。

 20本で報酬は銀貨1枚って、高いのか安いのかわからない。

 元がただだと思えば、高いのかなぁ。


 しばらくボードを眺めていると、食堂のお手伝いの依頼もあった。

 日給制みたいで、9時の2の鐘の後から夜までの仕事で報酬は、昼夜の賄いつきで銀貨4枚だ。

 拘束時間が長い事を考えると、安いように感じるけれど、仕事内容が給仕ではなくて調理補助の方だったので、職業レベルを上げるのと、こちらの料理を知るためにはいい依頼のように思った。

 まだぎりぎり今日の依頼に間に合いそうなので、紙をはがして受付に持っていった。



「こちらの依頼をお受けになるのですね。手続きを致しますので、ギルドカードを出していただけますか?」



 シェリーさんのところは混んでいたので、違う受付嬢のところに並んだけれど、やっぱり丁寧な対応をしてくれる。

 カードを差し出すとてきぱきと手続きをしてくれた。



「こちらにお店の場所と名前が書いてあります。書類は、仕事が終わりましたら依頼者にサインをもらってください。この書類と引き換えに報酬をお渡しする事になっています」



 店の場所が書かれた紙と、書類を一つ受け取ってギルドを後にした。

 これから、初仕事と思うと、ちょっとどきどきとする。

 お店は大通りから少し入るけれど、割とわかりやすい場所にあった。

 まだ仕込みの時間だからか、人気はなくて、暖簾も出ていない。

 この世界にも暖簾ってあるんだなと思いながら、スライド式のドアを横にずらして開ける。



「こんにちはー、ギルドで依頼を受けてきました」



 奥の厨房にいてもわかるように、入り口から大きめの声で挨拶をすると、奥から熊のように厳つい男の人が出てきた。

 料理中だったのか、腰に巻くタイプのエプロン姿で、頭には白い手拭いを巻いている。

 傭兵と言われた方が納得できそうな逞しい体格のせいか、威圧感がある。



「ここの仕事は、貴族の嬢ちゃんに勤まるような楽な仕事じゃないぞ?」



 貴族と言われて、首を傾げてしまう。

 今日は装備ではなくて、膝丈で7分袖の紺のワンピースをきて、ショートブーツを履いているけれど、街中を歩いている女の子達と、似たり寄ったりの格好のはずだ。



「私は貴族じゃないですよ? 職業も料理人です。まだレベルは2ですが」



 私の職業が意外だったのか、店主らしい男の人は驚いた顔を隠しもしない。



「料理人、しかもレベル2って、みえねぇな。まぁ、いい。エプロンは貸してやるから、その長い髪はきっちり纏めろ。料理に落ちたら困る」



 衛生意識のしっかりした人みたいだ。

 私の全身、特に爪の辺りをしっかりチェックしていたけど、何も言われなかったということは、問題ないということなのだろう。



「はい。よろしくお願いします」



 きっちりと頭を下げてから、お店の中に入った。

 渡されたエプロンをつけて、鏡がないので変になっていないか心配だったけれど、後ろで一つに結ぶ。

 髪を結ぶためのゴムを持っていてよかった。

 私の髪は癖がなくてまっすぐなので、紐で結んだくらいだと、紐がするっと落ちてしまう。



「名乗り遅れまして申し訳ありません。神楽と申します、本日はよろしくお願い致します」



 こちらではフルネームを名乗ることはあまりないようなので、苗字だけ名乗って改めて挨拶すると、既に仕込みに戻っていた店主さんは、少し居心地悪そうに頬を掻いた。



「俺はシグルド、ここの店主だ。開店前に給仕をしてくれる子も入るから、あんたにはここで俺の手伝いをしてもらう。まずは、そうだな……その貴族様みたいなしゃべり方はやめないか? 普通に話してくれ」



 よほど貴族が嫌いなのか、偏見があるのか、敬語で話されるのは嫌みたいだ。



「了解です。何からやりますか?」



 依頼主で、しかも年上の人に敬語抜きで話すのは抵抗があるけれど、慣れるしかないと思って、できるだけ口調を雑にした。

 厨房は、清潔に保たれていて、道具も使い込まれている。

 魔石を使った性能のいいコンロやオーブンなどが備えてあるみたいだ。



「とりあえず、この野菜の山を俺の指示するやり方で切っていってくれ」



 洗って山積みにされた野菜は、人参やじゃがいも大根といった見慣れたものが多い。

 見慣れないものもあるけれど、それらは少しずつ覚えていけばいいだろう。

 手を洗ってから、指示される通りに仕事を始めた。

 包丁やまな板といった調理器具は、使い慣れたものと同じで、切り方も慣れ親しんだものと同じだった。

 農薬などがないからか、こちらの世界の野菜はあまり皮をむかないみたいだ。

 千切りに乱切りにみじん切り、次々と言われた通りに野菜を刻む様子を、最初の内は時々観察するように見られていたけれど、及第点はもらえたのか、段々見られなくなっていった。

 シグルドさんは腕のいい料理人みたいで、しばらくすると厨房にはいい匂いが立ち込め始めた。

 食欲をそそるような、それでいて温かい感じの匂いがする。

 こんな風に、誰かと一緒に厨房に立つのは久しぶりだ。

 毎日、お祖母ちゃんと一緒に朝も夜もお喋りをしながら料理をしていた。

 学校の話をしたり、弟達の話をしたり、お祖母ちゃんの昔の話を聞いたり、今思うと楽しい時間だった。

 

 こちらの主食はパンなので、定食みたいなものはなくて、籠に盛ったパンを料理と一緒に出す感じだ。

 パンの種類は、料理人のスキルで醗酵があるからか、柔らかいパンはあるけれど、ほとんどロールパンみたいなものばかりで、種類が少ない。

 街中のパン屋さんも、置いているのはロールパンとフランスパンみたいなものばかりで、クロワッサンとかは見たことがなかった。

 意外なことに、食パンも見たことがない。

 型に入れて焼くという概念がないのかもしれない。


 開店直前になって、私と同じくらいの年の女の子が店に入ってきた。

 茶色の髪を後ろで一つにまとめて三つ編みにしている、そばかすが可愛い子だ。

 私の姿を見て驚いたようだったけれど、ギルドの依頼できていると教えると、ホッとした様子だった。



「カグラ、ここからしばらくは忙しいから、覚悟しとけ」



 人気のあるお店なのか、開店と同時に店内はお客さんでいっぱいになって、注文が次々と告げられる。

 給仕のアンさんは、慣れた様子でそれをさばいていた。

 私は、シグルドさんに指示されるままに、料理を盛り付けたりしながら、カウンターに出していく。

 お客さんから声をかけられることもあるけれど、返事をまともに返す余裕もないくらいに忙しくて、愛想笑いで誤魔化した。

 さすがに昼だからお酒を飲む人はいないけど、その分がっつりと食べるのか、大盛りでという注文も多い。

 お客さんの回転も早く、席が空いても、またすぐに埋まってしまう。

 これを、普段は2人で切り盛りしているというのが、まず信じられない。

 家事をやってはいたけれど、アルバイトをしたことはなかったので、働く大変さが身にしみた。







「おつかれさん。夕方まで店は閉めるから、今の内に賄いを食っとけ」



 シグルドさんが作った料理がなくなったところで、一度店を閉めるらしい。

 まだ夜の仕込があるんだろうけど、お客が一度いなくなるとわかって、ホッとした。

 ずっと動きっぱなしで足がだるいし、それに、最後は笑顔が顔に張り付いたみたいになっていた。

 お客さんと会話しながら働くアンさんも、疲れた様子のないシグルドさんも凄すぎる。



「お客さんいっぱいでしたね。びっくりしました」



 まずは一息つきたくて、水を口にした。

 店内のテーブルの一つに料理は並べられ、私の向いにはアンさんが、シグルドさんは私とアンさんの間の席に座っている。

 店内のテーブルは真四角で、4人で座れるようになっていた。

 カウンター席が7つと、4人座れるテーブル席が10ほどある店内は、結構広い。

 


「おかげでギルドに依頼を出しても、滅多に人が来てくれないのよね。いっそ、誰か雇えばいいんだろうけど、一月もたてば姉さんが戻ってくるから、雇うに雇えないのよ」



 さすがに疲れた様子のアンさんの話をよく聞いてみれば、アンさんのお姉さんは、シグルドさんの奥さんらしい。

 3人でお店を切り盛りしていたけれど、お姉さんは今は出産で実家に戻っているとのことだった。

 最初に私を見たとき、冒険者に見えなかったそうで、お姉さんの留守中にシグルドさんが浮気して、私を連れ込んだのかと心配になってしまったと、笑いながら言われてしまった。

 アンさんはおおらかな人のようだ。

 悪気なく言われてしまえば、こちらも笑って流すしかない。


 短期間では人を雇うのも大変だし、そうなるとギルドで依頼が一番いいのかもしれない。

 ギルドの依頼も、いろいろなんだなぁと、しみじみと思ってしまった。

 でも、それならもっと長い期間で依頼を出せばいいんじゃ?と思ったけれど、それにも理由はあったらしい。

 最初は、もっと長い期間で依頼を出していたけれど、あまりの忙しさに誰も続かず、一日契約という形に変わったということだった。



「この通り、忙しいが、カグラさえよければまたきてくれ」



 賄いを食べながら、ボソッと呟くように言われて、仕事を認められたみたいで嬉しかった。



「できれば来て欲しいわ。義兄さんよりも盛り付けのセンスがいいもの。今日のはいつもより美味しそうに見えるって、お客の評判もよかったんだから」



 褒められると気恥ずかしくなってしまう。

「ありがとう」と、軽く頭を下げた。

 シグルドさんの作った美味しい煮込み料理を食べながら、仕事中に気になったことを質問してみることにする。



「パンって、こういう形のものと、ちょっと固いフランスパンみたいなのしかないの? 後、麺類を見たことがないんだけど、こちらでは食べる習慣がないのかな?」



 パンをちぎって口に運ぶと、ほのかにバターの香りがするから、バターは普通に流通しているのだと思う。

 こまどり亭でもいろんな種類の料理が出てくるけれど、パンはここと同じような感じだった。



「パンはうちで焼かないで仕入れてるからあまりわからんが、カグラがいうようなパンしか見たことがないな。それと、メンルイってなんだ?」



 不思議そうに、でも、知らない料理のことだからか、好奇心が混ざったような表情で問いかけられて、できる限り詳しく説明する。

 小麦粉はあるのに、パスタもうどんも、もちろんのことラーメンもないみたいだ。

 いわゆるショートパスタと呼ばれるマカロニもないみたいで、グラタンやドリアといった料理もこちらでは知られていない。

 クリームソースは、牛乳や生クリームを使うので、どうしても素材が痛みやすくなってしまうせいか、貴族の料理でしか使わないようだ。

 パイ料理をこまどり亭で食べた事があるから、小麦粉も、薄力粉や強力粉と同じようなものがあるのだろうし、生パスタなら作り方もわかるから作れないだろうか?



「カグラは面白い料理を知ってるんだね。黒髪も珍しいし、どこの出身なの?」



 アンさんに無邪気に尋ねられて、一瞬、悩んでしまう。

 転生者とばれても困ることはなさそうだけど、言っていいものか分からない。

 


「どこの出身だっていいさ。料理が好きで一生懸命働いてくれるなら、それで十分だ」



 私が迷っていたのをわかったのか、シグルドさんがフォローを入れてくれる。

 おかげで気まずい雰囲気になることもなく、過ごす事ができた。



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