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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
77/109

59.吟遊詩人




「ランスにこんな場所があるなんて、知らなかったわ」



 ランスの街の西側に、牧場はあった。

 街を囲む壁よりも、少し低い壁に囲まれた一角は、馬以外の動物も飼育されていて、豚や羊の姿が見える。

 もう随分長くランスに居るのに、こんな場所があるとは知らなかった。



「ここで飼われているのは、ほとんどが馬だ。馬の繁殖や調教のプロが集まってる。貸してもくれるんだが、お前らの身分証明書があれば、購入もできるはずだ。ここの牧場の経営者は領主だからな」



 先を歩きながら、アルさんが説明してくれる。

 ラルスさんの牧場だったのか。

 かなりの規模の牧場なので、これが領主とはいえ、個人の持ち物かと思うと驚いてしまう。



「私、どういう馬がいい馬なのかわからないのだけど、選ぶのはアルさんに任せても大丈夫かな? みぃちゃんは、いい馬かどうか見てわかる?」



 みぃちゃん達が連れてきた馬を見たことはあるし、少しだけ乗馬の練習もしたけれど、馬にはなじみがない。

 転生前から乗馬の経験があった鳴君か尊君も連れてくるべきだっただろうか?



「俺も、そこまでは詳しくないが、領主の発行した身分証明書を持ってるんだから、用途を説明すれば、それに適した馬を譲ってくれるだろ。お前らの身分証明書は特別製だから、かなり融通が利くはずだ。俺の紹介は必要なかったかもしれないな」



 身分証明書の効力を話しながら、アルさんはちょっと苦笑気味だ。

 他の身分証明書と比べた事がないので、特別製だとは知らなくて、驚いてしまった。

 ランスで唯一のSランク冒険者ということで、アルさんの知名度は高い。

 ラルスさんのくださった証明書があれば十分だとしても、更にアルさんまで一緒ならば、心強いと思う。



「僕は、馬の世話の仕方は覚えたけど、いい馬の見分け方はわからないな。だから、アルフがいてくれて助かるよ。牧場の場所も、こんなところにあるって知らなかったしね」



 みぃちゃんも牧場の場所を知らなかったらしい。

 普段の行動範囲から外れているから、仕方がないのかもしれない。

 この辺りは、街から続いているとは思えないほどに、のどかな風景だ。

 元々、辺境にあるランスは、街の外に出ると自然が豊かだけど、ここは魔物の危険もないから、殊更のどかな感じがする。

 これだけ大規模な結界の魔道具を作ってもらうとなると、とても大変なのだということや、個人の牧場としては最大規模に近いことなどを、歩きながらアルさんが説明してくれる。

 ここより規模の大きい牧場は、馬の繁殖が盛んな草原の国にしかないそうだ。

 草原の国といえば、隣の大陸の獣人族の国だけど、どんな場所なのかまったく想像がつかない。

 アルさんは、昔、迷宮に入るために行った事があるらしいけれど、獣人族は、身内意識が強いので、仲間と認めてもらえるかどうかで、かなり扱いが違ってくるらしい。

 身体能力が一番高い種族なので、獣人族の冒険者は多いそうだ。

 種族ごとに村や街を作って暮らしていて、草原の国の王は、一番強く敬われている狼族らしい。

 一度受けた恩は忘れない、義理堅い種族だと聞いて、いつか草原の国に行ってみたいなぁと思った。







「えーっ! 馬を預かってもらうのって、そんなに高いの!?」



 しばらく歩き、木造の建物の前に辿り着いて、中の様子を伺おうとしたとき、中から若い男の人の困ったような声が聞こえた。

 みぃちゃんと一緒に中を覗きこんでみると、茶髪を後ろで一つに括った、痩せ型の男の人がいた。

 何かトラブルだろうか?と、首を傾げていると、みぃちゃんがその人に近づいていく。



「阿久井? ランスに来るって聞いてたけど、早かったんだね」



 みぃちゃんが、男の人の肩を軽く叩きながら、親しげに話しかける。

 カロンさんの手紙がいつ届いたのかわからないけれど、彼が阿久井君なら、すれ違いにならなくてよかった。

 夏休みに入ったばかりのときに訪ねてこられていたら、かなり待たせることになったに違いない。



「え? あ、御池!? お前、ランスにいたの? 久しぶりだな」



 みぃちゃんを見て、阿久井君は嬉しそうに笑みかけた。

 久しぶりに知り合いに逢えた事を、心から喜んでいる感じで好感が持てた。



「うん、久しぶりだね。僕達は去年からランスにいるんだよ。――美咲ちゃん、おいでよ。紹介するから」



 入り口で二人のやり取りを見ていると、振り返ったみぃちゃんに手招きされた。

 アルさんと二人で、招かれるままに近づいていく。



「僕達と同じクラスだった阿久井龍司だよ。ちょっと軽そうに見えるけど、いい奴だからよろしくね」



 みぃちゃんは、阿久井君のことを結構好きらしい。

 笑顔で言われて、頷きを返した。



「阿久井、知ってるだろうけど、神楽美咲ちゃんだよ。横に居るのは僕の師匠みたいな冒険者のアルフレッド。Sランクの冒険者で一緒に住んでるんだ」



 みぃちゃんに紹介されたので、軽く会釈しておいた。

 アルさんも気安い感じで、「よろしく」と手を上げている。



「料理人の神楽って、やっぱり神楽さんだったのか。にしても、美咲ちゃんって、親しげだな。お前ら付き合ってるの?」



 みぃちゃんと私を見比べながら、思いがけないことを言われて、少し驚いてしまう。

 普通にしてたつもりだけど、そんなに仲がよさそうに見えたのだろうか?

 


「違うよ。美咲ちゃんは大事な友達。僕程度で付き合ってるように見えるなら、亮二と居るのを見たら、熱愛中に見えちゃうよ」



 みぃちゃんが否定しつつ笑う。

 亮ちゃんといるときの私って、そんなに親密そうなのかな?

 仲がいいとは思うけど、兄妹みたいに見えると思っていたので、不思議になる。



「会長もいるのか。ってことは、生徒会が勢ぞろい? 鳴もいる?」



 一緒にバンドをやったことがあるだけに、鳴君とは親しいらしい。

 いるのかもしれない、その可能性に気づいただけで、とても嬉しそうにしてる。

 大事なみんなを大事に思ってくれる人みたいだから、できるだけの持て成しをしようと思った。



「うん、もちろん、いる。それより、何か問題あった? 馬がどうのって聞こえたけど」



 さっきまで阿久井君と話していた人が、会話に入れず、少し困ったようにしてるのに気づいたのか、みぃちゃんが、話の軌道修正をする。



「あ、そうだった。俺、移動に馬を使ってるんだけど、ここで預かってもらおうと思ったら、料金が予想外に高くてさ。馬の面倒を見てくれる宿屋に泊まるのと、ここに預けるのと、どっちがいいのか悩んでたところ。この街で、どれくらい稼げるかわからないから、安易に預けられなくてさ」



 街と街の移動は、徒歩だと大変すぎるから、馬を使うのは便利だけど、滞在中の馬の世話などは、やっぱり大変なようだ。

 馬は高価で、盗難の心配もあるから、預ける時は、それなりに信用の置けるところに預けないと、盗まれてしまう事もあると聞いた。

 それを考えると、桔梗が馬の育成と管理してくれるって、とってもありがたいことなんじゃないだろうか。



「馬なら、私の店に馬小屋があるから、そこに連れて行けばいいわ。カロンさんから、リュウジという吟遊詩人がランスにいくからよろしくと、手紙をいただいていたの。部屋は余っているし、よかったら、ランスに滞在中は私のお店に住み込みでお仕事をしない?」



 みぃちゃんや鳴君と仲のいい人なら、店に住んでもらっても問題はないと思う。

 結花さんも、最近は前ほど男の人を怖がらなくなってきたし、もし不安があるのなら、阿久井君の滞在中だけでも、私の部屋に一緒にいてもらえばいい。

 それぞれ自分の部屋があるけれど、ベッドはどれも大きめなので、結花さんはたまに私の部屋に泊まりに来ることがあるから、阿久井君の滞在中に一緒に寝る事になっても大丈夫だろう。



「ありがとう、美咲ちゃん」



 私の提案をみぃちゃんは喜んで、本当に嬉しそうな笑顔になる。

 みぃちゃんが喜んでくれるだけで、誘ってよかったと思う。



「カロンさん、わざわざ手紙を書いてくれたんだ? 俺は助かるけど、本当にお世話になっていいの? 迷惑じゃない?」



 転生前は話をしたことすらない相手なので、阿久井君はさすがに遠慮がちだ。

 


「カロンさんに頼まれているし、それにみぃちゃんや鳴君と親しい人なら、何の問題もないから、遠慮しないで。あ、今更な気がするけれど、神楽美咲です。改めてよろしくね」



 みぃちゃんが紹介してくれたけど、自分で名乗っていないのを思い出して、きちんと挨拶をしておく。

 横で様子を見ていたアルさんも、ついでのように挨拶をした。



「阿久井龍司です。しばらくお世話になります。こちらこそよろしく」



 人懐っこい笑顔で挨拶を返される。

 言葉を交わしたのは初めてだけど、記憶にある通りの優しげな人だ。


 その後、馬を買う間、待ってもらって、4人でお店に帰った。

 お店の大きさに驚いたり、リンちゃん達がいるのに驚いたり、コテージに妖精がいるのに驚いたり、亮ちゃんと私が従兄妹なので驚いたり、阿久井君が言うには、一日で数年分くらい驚いたらしい。

 結花さんがちょっと心配だったけれど、阿久井君とは前に同じクラスだったことがあったみたいで、顔見知りだったらしく、特に嫌がるような様子はなかったので安心した。

 ちょっと表情が硬いような気もするけれど、旅行の辺りから結花さんはちょっと元気がないので、もしかしたら疲れているのかもしれない。

 この日から、桜庵にはしばらくの間、吟遊詩人が住み込むことになった。




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