56.冒険者の資質
迷宮の26層からは、魚以外の魔物も出てくるようになった。
初めて、人型の魔物と戦う事になって、やっぱり、私は冒険者には向いていないと思った。
水中で戦う層に人魚の魔物がいたけれど、上半身が人型というだけで、変な罪悪感があって、戦うのに躊躇してしまった。
ほんの僅かな油断が命取りになることもある迷宮だというのに、どんな魔物が相手でも倒すという、覚悟が持てないというのは、冒険者としては致命的なんじゃないだろうか。
水中の層には、わかめや昆布といった収穫物もあって、普段の私ならば大喜びしていただろうけど、魔物とはいえ、人型のものを攻撃した罪悪感がどうしても消えなくて、喜べなかった。
そんな私の状態に、いち早く気づいた亮ちゃんは、いつもの過保護振りを発揮して、私がコテージに残れるようにしてくれた。
迷宮攻略に参加したい気持ちもあったけれど、どうしても憂鬱な気持ちが勝ってしまったので、コテージに残ることにした。
中途半端な気持ちでみんなに同行したら、もし、何かトラブルがあったときに迷惑をかけてしまうかもしれない。
私の覚悟のなさが原因で、みんなを危険な目に合わせるわけには行かない。
一人でコテージに残っていても、やれることは山ほどある。
アルさんのコテージでなく、島の自分のコテージに戻っていてもいいと言われたけれど、せめて、みんなのご飯とお弁当くらいは作りたくて、アルさんのコテージに残った。
コテージでは、料理の合間ににがりを作る実験もした。
料理人のスキルには、時間短縮もある。
だから、海水を煮詰めて量を減らすにしても、時間短縮を使えば簡単に煮詰める事ができる。
みぃちゃんが実験した時は、ペーパーフィルターを使ったようだけど、こちらにはないので、ためしにさらしのような布を使って、実験する事にした。
料理人には精製のスキルもあるから、質のいい塩も作り出せるかもしれない。
にがりができたらできたで、大豆を手に入れて、豆乳を作ったりもしなければならなかった。
味噌や醤油があるのだから、大豆はミシディアで手に入るんじゃないかと思うけど、豆腐を作るまでの道のりは遠い。
試行錯誤の結果、料理人のスキルで時間短縮ができたのも大きくて、思ったよりも早く海水から塩とにがりを手に入れられたけれど、このにがりで本当に豆腐が作れるのかどうかは、試してみないとわからない。
塩は鑑定してみたら、高品質となっていたので、塩を手に入れるためにも、海水が簡単に手に入る今の内に、可能な限り塩とにがりを作る作業をすることにした。
高品質の塩でおにぎりを作ったら、きっと美味しいに違いない。
こうなると、海苔も欲しいところだけど、どうやって普段使っていたあの海苔の状態にすればいいのかがわからない。
薄く伸ばして、乾燥するだけでいいのだろうか?
収穫物もできるだけ手に入れてきてくれると言っていたから、実験ができるように、たくさん手に入れてくれるように願うしかない。
昆布は、迷宮を出たら天日干しにする予定だ。
もう一つ、ソース作りもこの機会に試してみる事にした。
というのも、迷宮内でスパイスらしき物がいくつか手に入ったからだ。
使えそうな野菜や果物を用意して、まずは火が通りやすいように刻んでいく。
以前、手作りの調味料のサイトを見たことがあるけれど、うろ覚えで、作れる保証はない。
ソースもどきでもいいから、できたらいいなくらいの感覚で、使った材料や分量はしっかりメモしておく。
トマトソースやデミグラスソースは良く作っていたので、その作り方を思い出して、スライスした玉ねぎを弱火でじっくり炒めた。
トマトソースの時は、オリーブオイルを熱する段階でにんにくを使うけれど、今回は玉ねぎだけにしてみる。
ここでも時間短縮はとても役に立って、スキルを使うと、玉ねぎはあめ色に変わった。
野菜を煮込み、調味料を足して味を調えていく。
今ここで苦労して作らなくても、多分、料理人のレベルが4になれば作れるようになると思うけれど、どれくらい頑張れば4にあがるのか予測もつかないので、やれるだけの事はやっておきたい。
海水を煮詰めるのでスキルを使いすぎたのか、少し疲れてしまって、程よいところで手を止めて、休憩する事にした。
温かいお茶をいれて、ソファに埋もれるように座り込む。
みんなは迷宮探索を頑張っているんだからと思うと、一人だけのんびりと過ごすのは申し訳ない気がするけれど、適度な休憩は必要だと割り切った。
最近になってやっと、体を休めることを覚えてきた。
少し休憩をしたら、今度は大量に手に入ったマグロで、ツナ缶もどきを作ってみる予定だ。
製造方法はよくわからないけれど、オイル漬けなのはわかっている。
調味料と煮てほぐして、オイルに漬けておけば、似たような物ができるんじゃないかと
期待している。
ツナ缶もどきができれば、サンドイッチにもパスタにもサラダにも使えるし、ツナマヨのおにぎりも作れる。
用途は多いので、是非成功させたい。
みんなが迷宮を攻略している間、食事を作る以外は、食材の研究と試作などをして過ごした。
既にあるレシピの改良もして、今までよりも食感の軽いマフィンを作ったりもした。
ラルスさんの館で食事をしたときに思ったけれど、もっと腕を磨きたい。
物珍しい料理を作るだけの料理人で終わりたくない。
この世界の料理人にはなくて、私にあるものは、元の世界の料理のレシピだ。
もっと料理の腕自体を磨いて、おいしい物を作りたい。
そして、できるなら、いつかはそれを広めたい。
こちらの食材を活用した異世界料理が、世界中に広まればいいと思う。
新しい食文化として定着するまでには、長い時間がかかるだろうけれど、目標は大きい方がいい。
そのためにはやはり、料理人のレベルを上げるしかないから、日々の積み重ねも必要だ。
探究心や向上心を忘れないようにしようと、強く思った。
「お好み焼きだ~!」
何とか出来上がったソースもどきを使って、お好み焼きを作ったら、リンちゃんが涙目で喜んでくれた。
みんなが青海苔を手に入れてくれたし、鰹節はミシディアから仕入れたのがあったので、ソースが完成した事で、作れるようになったのだ。
卵と小麦粉は常に持ち歩いているし、キャベツはあったし、ずっと前に見つけた里芋に似たタロウ芋が、摩り下ろすととろろに似ていたので、それを混ぜて生地を作ったら、ふわっと仕上がった。
ソースの出来は、まだちょっと微妙ではあるけれど、一応及第点じゃないかと思う。
エビとイカは山ほどあったので、エビとイカのお好み焼きにした。
「ソースを自力で作ったんですか? 僕達が迷宮の探索をしている間に、頑張ってくれたんですね」
鳴君も、何やら感動した面持ちだ。
アルさんだけがよくわからない様子で、みんなが感動して喜んでいるのを、不思議そうに見てる。
「たくさん焼いたから、いっぱい食べてね」
焼き立てを大量にアイテムボックスに保存してある。
おかわりの準備は万端だ。
「「「いただきますっ!」」」
みんな手を合わせてから、一斉にお好み焼きを食べ始めた。
「美咲、お前は本当にすごいな。美味いよ、これ。よく作れたな」
一口食べた亮ちゃんが、感極まったようにぎゅっと私を抱きしめてきた。
腕に抱きこまれながら盛大に褒められて、恥ずかしくなってしまう。
「ソースはまだ、改良の余地があると思うけど、マヨネーズも掛けてるから、誤魔化せてるみたい。亮ちゃん、じゃれてないで食べないと冷めるわよ?」
軽く抱き返してから、食べるように言うと、それもそうかと、あっさりと腕は解かれた。
一心不乱に食べていたリンちゃんから、「おかわり~」と、一番最初におかわりの要求がきたので、お皿に焼きたてのお好み焼きをのせる。
「カグラ、これ、美味い。また、作ってくれ」
アルさんの口にも合ったようで、熱そうにしながら、美味しそうに食べてる。
みんなのおかわりの要求に答えながら、私も食べてみる。
ソース単体で味見をしたときは、微妙な気がしたけれど、こうしてお好み焼きにして食べてみると、違和感はあまりない。
もう少し改良してみたいとは思っているけれど、現状、手に入る食材では、これ以上は無理かもしれない。
「美咲ちゃん、これなら、お店で出せるんじゃない? エビはともかく、イカは消費しきれないほど手に入ったでしょ?」
みぃちゃんのいう通り、スルメにでもしようかと思うくらい、イカは大量に手に入った。
煮物にしたりして、消費しようと思っていたけれど、お好み焼きでも悪くない。
ランスで一番手に入りやすいのは、鶏肉と牛肉だけど、豚肉も手に入らないわけじゃないから、薄切りの豚肉かベーコンを乗せて焼いてもいい。
「お店で出すなら、イカはいいけど、青海苔が足りないかも。明日からの探索で、もう少し集めてくれると助かるかな。鰹節も、ミシディアからもう少し仕入れないとね」
タロウ芋とキャベツはコテージの庭でも育てているから、割と在庫があるし、市場で買えなくもない。
小麦粉も卵も大量にあるので、そう考えると、新メニューになりそうだった。
ただ、お店の雰囲気とはあまり合わない。
「美咲ちゃんも頑張ってくれてるし、僕達も頑張って集めてくるよ。あ、そういえばね、今日、森でスパイスみたいなの手に入ったよ。クミンってスパイスだよね? 何か、細長いひまわりの種みたいなの」
「みぃちゃん、それ、見せて!」
みぃちゃんの言葉を聞いて、思わず立ち上がって手を差し出してしまった。
クミンがあればカレーに一歩近づく。
みぃちゃんがもってきたのは、クミンシードじゃないだろうか。
私の勢いに驚きながら、みぃちゃんがクミンを出してくれる。
一つ種を割って、匂いを確かめると、間違いなかった。
「これを挽いて粉にして使うの。カレーに使えるから、見つけたらまた手に入れてくれる? 他にもスパイスみたいなのを見つけたら、持ってきてね」
カレーまであと少しと思うと、嬉しくなってしまう。
ランスに帰ったら、粉にするための道具と、専用のすり鉢も作ってもらわなければ。
「カレーを作ってもらえたら嬉しいから、頑張って集めるよ」
みぃちゃんと顔を見合わせて、思わず笑顔になってしまった。
カレーと聞いて、尊君がちょっとそわそわしてる。
絶対再現して、夏野菜のカレーを作って、夏野菜を集めた時の反応を、尊君に反省させるんだから!
そう思ったら、余計にやる気が沸いた。
「一般的には、船を借りてまで来る迷宮か微妙だけど、珍しいスパイスが手に入るのなら、価値はあるかもな。水中で呼吸ができる腕輪は、手に入れば珍しいから需要はあるだろうし。アルフはどう思う?」
亮ちゃんがアルさんに問いかける。
亮ちゃんの認識では、この迷宮は微妙な迷宮だったみたいだ。
「珍しい素材が手に入っても、それを利用できなければ、ランスの乳製品と一緒で持ち腐れだからな。需要があるかどうかは微妙なところじゃないか? 腕輪は珍しいが、次の探索で、確実に手に入るかどうかは、わからないからな」
今回は、魔物が飽和状態になるほどに誰も入ってない迷宮だったから、宝箱の中に必ず何か入っていたけれど、次回も同じとは限らないということだろう。
あの腕輪がなければ、26層以降の水中の層はクリアするのが大変だから、まったく出ないということはないと思うけれど、腕輪の為にだけ船を借りる人がいるかどうかは謎だ。
ここが、人の住む島から近かったら、また違ったのだろうけど。
「まぁ、需要がないならないでいいか。ここはランスよりだから、食材集めには最適だしな。いざとなったら、俺達だけで、食材を手に入れるために、この島までくればいい」
船を借りるのに、どれくらいの金額がかかるかわからないけれど、個人的には使える素材が山ほどあるから、ここの迷宮はありがたい。
それに、私がいつか料理のレシピを広めれば、この迷宮も需要が出るかもしれない。
まだ最下層まで攻略していないから、この先に、冒険者の欲しがりそうなものが存在する可能性だってある。
「お腹いっぱいー」
結局、お好み焼きを3枚食べたリンちゃんが、お腹をぽんぽんと叩く。
満腹の猫みたいな、満足そうな表情だ。
「美咲さん、とっても美味しかった。ありがとう、ご馳走様」
結花さんに笑顔でお礼を言われて、作ってよかったと思った。
やっぱり、慣れ親しんだ味は安心するのかな。
今日はみんな、特に満足そうな表情だ。
「帰ったら、たこ焼き作ってくれ。頼むな」
尊君はたこ焼きの方が食べたいらしい。
たこ焼き器の製作依頼には、一緒にいってもらおう。
ディランさんの変なものを見るような目の被害者に、尊君も巻き込むのは決定だ。
お好み焼き、たこ焼き、カキ氷といえば、屋台なんだけどなぁと思った。
こっちの世界にお祭りがあるのかわからないけれど、お祭り限定で屋台を出すのを想像したら楽しかった。
いつか、実現するといいのに。




