52.水着
コテージの寝室で水着に着替えると、普段よりも露出が多すぎて、ちょっと恥ずかしかった。
髪は邪魔にならないように、サイドを編みこんで、後ろで一つに纏めておいた。
「ミサちゃん、やっぱりビキニが似合ってる! それに結花ちゃんのもピンクで可愛いね」
ビキニをリクエストしたリンちゃんが、私達の水着姿を見てご機嫌だ。
そういうリンちゃんのオレンジ色のタンキニも、とても良く似合っている。
カンナさんの白のビキニは、息を飲むほどに大人っぽくて素敵だった。
「日焼けには、水系の回復魔法が一番いいらしいから、美咲さんにお願いするわ」
カンナさんに頼まれて、笑顔で頷く。
あまり魔法を使うことはないけれど、役に立てるのは嬉しい。
寝室から出ると、男子もみんな着替えた後だった。
中学も高校も水泳の授業は男女別だったので、水着姿を見る機会はほとんどなかったから、何となく恥ずかしくて直視できない。
結花さんも同じようで、頬を赤らめていた。
「みんな、凄く可愛い。良く似合ってるよ」
みぃちゃんが真っ先に笑顔で褒めてくれる。
チラッと視線を向ければ、尊君は真っ赤になって横を向いていて、アルさんは驚愕の表情で固まっていた。
みぃちゃんはにこにことご機嫌な笑顔で、亮ちゃんと鳴君は、いつもと同じ顔だ。
あ、でも亮ちゃんの眉間にちょっと皺がある。
露出が多すぎだと思われてそうだ。
「みんな、早く行こうよー。泳ぐ前に夜になっちゃうよ?」
リンちゃんに腕を引かれて、コテージの外に出る。
桔梗は『いってらっしゃい~』と、飛び回りながら見送ってくれた。
空調が効いたコテージと違って、外は暑くて、太陽の熱を肌で直に感じた。
程よく風も吹いていて、海で遊ぶにはよさそうな天候だ。
灼けた砂が熱くて、リンちゃんと波打ち際まで走っていった。
「サンダルも欲しかったねー」
リンちゃんも熱かったみたいだ。
足でばしゃばしゃと海水を蹴立てて遊びながら、ご機嫌な顔で笑う。
「ビーチサンダルの再現は難しいものね。下駄で代用する?」
みんなもコテージから出てくるのを、目の端で捕らえながら、軽く準備運動をしておいた。
「夜になっても砂が熱かったら、考えよ? ミサちゃん、泳ごうよ!」
リンちゃんに腕を引かれて、沖へと歩いていった。
こんなに透明度の高い綺麗な海は初めてで、心が浮き立っていく。
ある程度の水深まで歩いたところで、泳いで更に沖に進んだ。
昔、スイミングスクールに通っていたので、少しなら泳げるけれど、足がつかないところはちょっと怖い。
リンちゃんは、深くても平気みたいで、気持ちよさそうに泳いでる。
太陽の熱で程よく水温が上がっているのか、波に揺られているだけでも心地よかった。
ゴーグルとかないから、潜るのには目が痛くても我慢する勇気が必要だ。
「リンちゃん! 潜っても平気? 目は痛くない?」
一度海に潜ったリンちゃんが、頭だけを海面に出したので、心配になって聞いてみる。
異世界の海水は、目に優しいんだろうか?
「ちょっと痛いし、しょっぱい。異世界でもやっぱり海は海なんだねー」
感心しながら笑うリンちゃんが可愛くて、自然に頬が緩んだ。
「私も潜ってみるわ」
深く息を吸い込んでから、勢いをつけて海中に潜ってみる。
恐る恐る目を開けてみると、海水が目にしみて痛かったけど、遠くをカラフルな魚が泳いでいるのが見えて、いかにも南国らしい光景に心が躍った。
考えてみれば、海に来る事さえ、随分久しぶりだ。
しばらく、綺麗な海中の景色に見惚れていたけれど、息が続かなくなったので、水面に顔を出す。
随分長いこと潜ってられたから、水面に出ると、日差しがとても眩しく感じた。
「ビーチバレーとかできたらよかったのにねぇ」
海水にぷかぷかと浮きながら、リンちゃんがのほほんと語る。
確かに、泳ぐのと釣りをする以外の遊び方が、あまり思い浮かばない。
以前海に行ったときは、どんな遊びをしただろうか?と考えてみるけれど、思いつかなかった。
本で読んだときは、スイカ割りとかしてたような気がする。
「スイカも花火もないものね。ちょっと残念だわ」
夏の風物詩を思い出したら、残念な気持ちになる。
どこかでスイカが手に入ればいいのにと思う。
キルタスの迷宮で手に入ったりはしないだろうか?
「スイカがあったら、スイカ割りしたのにね。どこかにあったらいいね」
リンちゃんもスイカが食べたいらしく、残念そうだ。
花火は、そもそも火薬がないんじゃないだろうか。
いくら魔法でも花火の再現は難しいだろうなぁ。
その時、足にするっと何かが絡みついた。
「きゃぁああああっ!」
思わず悲鳴を上げながら、ばたばたと何かが絡みついた右足を振る。
何だかぬるぬるしてて気持ち悪い。
「ミサちゃん、どうしたの!?」
「美咲っ!!」
焦ったリンちゃんがこちらに泳いでくるのと同時、亮ちゃんが驚いたように、私の名前を呼ぶのが聞こえた。
「足っ! 何かいるのっ」
涙目になりながら、足元に目をやるけれど、何かが膝下に絡み付いて蠢いているのはわかっても、さすがに見えない。
潜って確かめるのも怖くて震えていると、リンちゃんが勢い良く海に潜った。
ほぼ同時に泳ぎ着いた亮ちゃんに、海中で抱き上げられる。
足が水面に近くなって、右足に絡みつく物体が目に入った。
「蛸? どうしてこんなに浅い場所にいるんでしょう?」
正体がわかると、怖いのは消えて、気持ち悪さだけが残る。
鳴君が、蛸を掴んで足から引き剥がしてくれる間、ぎゅっと亮ちゃんにしがみついてしまった。
「ミサちゃんを驚かすなんて、悪い蛸だから、食べちゃお」
リンちゃんが鳴君から蛸を受け取って、手早く止めを刺してから、アイテムボックスに入れてしまう。
何だかとってもリンちゃんが逞しく見える。
「美咲、大丈夫か?」
私を腕に抱いたまま、波打ち際に移動し始めた亮ちゃんに顔を覗き込まれる。
まさか蛸だとは思わず、大騒ぎしてしまったのが恥ずかしくて、視線を合わせられない。
そんな私を見て、亮ちゃんと鳴君は、小さく吹き出して笑い出した。
「そんなに、笑わなくてもいいじゃない。本当にびっくりしたんだからっ」
笑われるとますます恥ずかしくなって、ちょっと不貞腐れながら文句を言う。
二人とも「ごめん」って謝るけれど、声も表情も可笑しそうで、謝られてる気がしない。
「美咲、大丈夫か?」
亮ちゃんに抱き上げられたまま砂浜に戻ると、何故かこちらを直視しない尊君に尋ねられた。
私が答える前に、後をついてきたリンちゃんが、「蛸のせいだから大丈夫」と、アイテムボックスの蛸を取り出して説明すると、まさか、こんなに浅い場所に蛸がいるとは思わなかったのか、尊君も驚いていた。
「機嫌直せ。敵討ちに、他の蛸も仕留めてやるから」
みぃちゃん作のビーチチェアに私を降ろして、亮ちゃんが宥めるように頭を撫でる。
ついでに、体を隠すように、大きなバスタオルを掛けられた。
尊君は直視してくれないし、亮ちゃんには隠されるし、そんなに水着姿が見苦しかったかと、ちょっと拗ねたくなった。
「敵討ちは任せたわ。ランスに帰ったら蛸焼き器を作ってもらって、明石焼きの刑にするんだからっ」
本当はたこ焼きが作りたいけれど、ソースがないから明石焼きだ。
私が宣言すると、リンちゃんは「明石焼き~♪」と、それはもう嬉しそうに飛び跳ねながら、蛸討伐隊に加わった。
ランスに帰って蛸焼き器を頼んだら、またディランさんに、『珍妙な物を……』と、呆れられそうだ。
亮ちゃん、鳴君、リンちゃんに、アルフさんと尊君まで加わった蛸討伐隊は、蛸以外にも色々と仕留めてきてくれた。
みぃちゃんと結花さんは島の探検に行ってしまったので、カンナさんと二人で、潮風に吹かれながらのんびりと過ごした。
その時に、「いつになったら名前で呼んでくれるのかしら?」と言われて、これからは優美さんと呼ぶことになった。
前よりちょっと仲良くなれたみたいで、照れてしまうけれど嬉しい。
そんな事があったので、みんなが帰ってきたときは、見るからに機嫌がいいように見えたらしい。
夜は、魔道具のカンテラもあったけれど、その他に焚き火もして灯りを確保した。
夏とはいえ、夜になると少し冷えるので、焚き火があると程よく暖かかった。
外での夕食後、みぃちゃん達はキャンプ気分を味わう為に、今日はテントを張ってそこで寝ることにしたらしい。
灯りがあるうちにと、アルさんと尊君が手際よくテントを設営していく。
いつでも寝られるように支度を整えてから、亮ちゃんが話があると言うので、みんなでコテージに入った。
思い思いの場所に座っているみんなに、アイスティーを出してから、空いていたソファに腰掛けた。
ちなみに、アイスティーを作るのを、桔梗も手伝ってくれた。
ふわふわと飛びながら、魔法で手伝ってくれるのだけど、その様子が可愛くて、見てるだけで楽しかった。
外で潮風に吹かれているのもいいけれど、コテージの中も落ち着く。
こうして、コテージで過ごすのも久しぶりだから、尚更だ。
「それで、亮二は何が気になるの?」
みぃちゃんに問われて、亮ちゃんはアルさんと顔を見合わせる。
目で何やら相談していたけれど、亮ちゃんが話すことにしたらしい。
「昼間、蛸退治をしてた時、一応、地図に魔物表示を出しておいたんだ。その時なんだが、一部に不自然に魔物が固まっていて、アルフと様子を見てきたけど、もしかしたら、海底に迷宮があるかもしれない。しかも未発見の」
迷宮と聞いて、リンちゃんが目を輝かす。
私が読んだ本には、未発見の迷宮の事なんて書いてなかったけれど、多分、珍しいものなんじゃないだろうか?
「見た感じ、大迷宮ってことはないと思う。入ってみないとわかんねぇけどな。届け出るにしてもある程度の調査は必要だ。だから、明日にでも入ってみようと思ってるんだが、みんなはどうする?」
「もちろん、いくっ!」
アルさんが問いかけると、リンちゃんは勢い良く手をあげた。
「私もいいペットがいないか見たいから、行くわ」
優美さんもリンちゃんに続いて参加表明する。
私はどちらでもいいけれど、待っているだけというのも退屈かもしれないから、迷宮に入ってみるのもいいかもしれない。
未発見の迷宮なんて、入れるチャンスはこれきりかもしれないし。
結局、全員参加ということになって、明日は迷宮探索をすることになった。
念のために、簡単に食べられる食事を、何か用意しておいたほうがよさそうだ。
「そういえば、迷宮を発見した時って、どこに届け出るの? 冒険者ギルド?」
みぃちゃんが、思い出したように尋ねる。
こういったことがわからない時は、アルさんだけが頼りだ。
なので、みんなの視線が一斉にアルさんに向けられた。
「冒険者ギルドでいい。領主へは冒険者ギルドから報告してくれる。ただ、ここは場所が微妙なんだよな。拠点にできそうなのがこんな小さな無人島じゃ、わざわざ攻略に来る冒険者がいるかどうかわからん。だから、どんな迷宮か調べた結果次第では、放置されるかもな。わざわざ船を出して、それでたいした収穫がないようだと、誰も寄り付かない」
この世界の迷宮は恵みでもあるけれど、迷宮の難易度と何が手に入るかも重要視される。
航路を外れていたら、船を借りるしかない。
船を借りてまでやってくるからには、確実に稼げるという保証が欲しいはずだ。
「どんな迷宮なんだろうね? また、蛸とか出てくるのかなぁ?」
リンちゃんは楽しみで仕方がないようで、わくわくとした様子だ。
「小迷宮なら、多分危険はないと思うが、初めての場所だから気を抜くなよ? もし何かトラブルがあっても、船はしばらく迎えに来ないんだからな?」
リンちゃんを心配してか、アルさんが厳しい顔で注意する。
言われてみれば、しばらく船は来ないんだから、何かあっても自分達だけで対処しなければいけない。
ポーションもあるし、回復魔法もあるけれど、十分に注意しよう。
「というわけで、今夜は夜更かし禁止。明日に備えて早めに寝る事」
最後は亮ちゃんが〆て、解散した。
コテージに残された男達の会話。
「あれ、何だ! あんな破廉恥なものが、お前らの世界では出回ってるのか!」
女性陣がいなくなったコテージで、アルフレッドが雄叫びを上げる。
初めて見るビキニは、刺激が強すぎたらしい。
「アルフなら、もっとすごいのを色々みたことがあるでしょ?」
和成にからかわれ、アルフレッドはふるふるっと頭を振った。
「商売女のどんなえろい格好より、あいつらのほうがやばいだろ! あのカグラと二人きりになったら、俺は3秒で理性を飛ばす自信がある!」
妙な断言をしたアルフレッドに、亮二と鳴が冷たい視線を向ける。
「美咲は絶対にアルフと二人きりにしないようにしよう」
「そうですね。僕も協力します。アルフは美咲さんに近づけません」
亮二と鳴が共同戦線を張り、「墓穴を掘ったぁ」と、焦るアルフレッドの隣で、放心していた尊が息を吹き返した。
「俺、むりっ! あいつら、直視できねぇし、近寄るとか絶対無理!」
いかに水着姿の女子を視界にいれず、近づかずに済ますか、尊が必死に悩む。
まだ頬は赤らんだままで、女子の水着姿が余程衝撃的だったらしい。
「尊、いいことを教えてあげます。頭に血が上りそうになったら、林原さんを見るんです」
鳴の提案に、みんな揃って首を傾げる。
「幼い容姿に言動、アルフの胸筋にも負けそうな慎ましい胸、他の3人よりは露出の少ない水着。あれを見て欲情するのは、特殊な性癖の持ち主と、彼女に惚れ込んだ男だけです。彼女は血が上った頭をクールダウンするには最適の人材です」
鳴のある意味失礼な言葉に、全員納得したように頷いた。
リンは可愛いけれど、ずっと年下の妹のような感覚で接する事ができる。
『クールダウンしたい時はリンを見る』を合言葉に、みんな揃ってコテージを出た。
そういうやり取りがあったとは知らず、みんなと一緒に遊べるのをリンは無邪気に喜んだ。




