5.製作依頼
女性の生態と下着に関しての話が出てきます。ご気分を害されましたら申し訳ありません。
「いらっしゃいませー」
まず最初に立ち寄った雑貨屋さんで教えてもらった、この街でも人気の服を売る店に入ると、軽やかな鈴の音がした。
ふわふわとした金髪の可愛らしい人が、笑顔で出迎えてくれる。
「何かお探しですか?」
きょろきょろと清潔な店内を見渡していると、声をかけられたので、下着や普段着を探している事を伝えた。
店内には、色とりどりの既製服が並んでいて、下着は奥においてあるようだ。
雑貨屋さんの話では、ここではオーダーで服を作ったりもしてくれるということだった。
街では古着を扱う店の方が圧倒的に多いらしいので、高級店の部類になるのかもしれない。
布も取り扱っているみたいなので、どういったものがあるのか、後で見せてもらおうと思った。
服はシンプルな形の着易そうなものが多かった。
もちろん、ゴムやファスナーはない世界なので、紐で結んで調節するのが主流みたいだ。
少し伸び縮みする生地はあるみたいで、スパッツのようなものが置いてあった。
用途もほぼ同じらしい。
色々と服や素材に関する話を聞きながら、第一に着心地と、次にデザインを重視して、次々に服を選んでいく。
一つ一つ値札がついているということはなくて、棚ごとに値段が決まっているようだ。
服の後は下着を選んだけれど、紐で結ぶだけのショーツは心許なくて、つけるのも恥ずかしい。
でも、それ以外にはないので、柔らかい生地のものを選んでいく。
そこで、ふと、大事な事を思い出した。
この世界の人は、生理の時はどうしているんだろう?
今までのように生理用品が簡単に手に入る世界じゃないし、そういう時専用の下着とかあるんだろうか?
あるのならば用意しておかなければ、後で困ってしまう。
女の店員さんでよかったと思いながら、声を掛けて聞いてみれば、店員さんではなく店主さんだった。
名前は、ディアナさんというそうで、その質問だけで私が転生者だと見抜かれてしまった。
ここの服はすべて、ディアナさんがデザインしたもので、今日はたまたま店に出ているけれど、普段は他に売り子さんがいるらしい。
「カグラ様の世界は、随分便利なものがあったのですね。こちらでは、せいぜい特殊な魔物の糸を使った下着で血を弾くようにするだけで精一杯です。形もどうしても不恰好になってしまうので、私は好きじゃありませんわ」
太ももが半分ほど隠れるような大きなショーツは、ディアナさんの美意識に反するようで、何やら不満げだ。
魔物の糸で作った下着があるほうが、私にはすごく思える。
生理用のショーツに清潔な布を当てて使うのが、この世界では一般的らしいけれど、それも平民でも裕福な人達のやり方で、お金がない人は、布を当てるだけらしい。
ショーツは何とかなったけれど、問題はブラの方だった。
こちらのものは、胸の形を整えるというよりは、保護するものらしくて、スポーツブラのような形の物ばかりだ。
胸の下のところで紐を結んで調節するらしい。
確かにこれならば、いろんなサイズに対応できると思うけれど、できればちゃんとしたものが欲しい。
恥を偲んで手持ちのブラをアイテムボックスの荷物から取り出し、こういったものを作れないかと相談してみた。
背は165cmで止まったようだけど、胸はまだ成長期みたいで、実は今のブラも少しきつくなりつつある。
使えなくなる前に、新しいものを手に入れたい。
「何て綺麗な刺繍なんでしょう。貴族のつける下着でも、これほど繊細な刺繍が入ったものは見たことがありません。それに、機能性も兼ね備えていて、素晴らしいです」
安物ではないけれど、普通の量産品である下着も、こちらではとても珍しいみたいだ。
つけ方や、細かい部位の説明をしながら、私達の世界での胸のサイズの測り方なんかも教えていく。
快適な生活のための先行投資の内と思って、恥ずかしかったけれど、実際につけたときにどんな感じなのかを、ディアナさんに説明した。
ディアナさんの胸のサイズは、私と同じくらいだったので、更衣室でブラをつけてあげた。
同性とはいえ、人の胸に触るのはとても恥ずかしかったけれど、口頭ではうまく説明しきれなくて、ブラのカップに綺麗に胸が収まるようにつけるのを手伝うと、ディアナさんが感嘆の息をつく。
「自分の胸じゃないみたいです。形がよく綺麗に見えますわね。……これは、頼まれずとも製作してみたいですっ。それで、カグラ様、物は相談なのですが……」
創作意欲を刺激されたのか、やる気になっていたディアナさんが、急に不安げに私を見る。
どうしたのだろうと首を傾げると、とても言い辛そうに口ごもる。
「貴重なものなので、とても言い辛いのですが、見ただけでは再現するのが難しいので分解してみたいのです。カグラ様さえよろしければ、譲っていただけませんか?」
何かと思えばそんなことだったのか。
何を言われるかと身構えていたので、ホッと息をついた。
修学旅行は国内だった代わりに期間が長かった。
だから、1週間分の下着を持っていたので、一つ譲ったところで問題はない。
「構いませんよ。新しいものを作ってもらうためですから、そちらは差し上げます」
あっさりと了承すると、ディアナさんが目を見開いて、勢いよく首を振る。
「いくら製作のためとはいえ、ただで受け取るのはいけませんっ。カグラ様はご存じないかもしれませんが、本当に貴重なものなんです。提供していただけるだけでもありがたいですから、きちんと買い取らせてください」
まだ、この世界にきたばかりだから、こちらのやり方とか、常識がまったくわからない。
だから、ディアナさんの言葉に素直に従う事にした。
「わかりました。それでは、買い取りをお願いします。でも、製作を依頼するわけですし、依頼料の分は、きっちり引いて、先ほど選んだ服や下着の分も引いてください」
大きなお店の店主だから、お金には困ってないのかもしれないけれど、買い取りが負担にならないように、できるだけ安くなるよう言葉を重ねる。
ディアナさんは驚いたようだったけれど、私の意図することをわかってくれたのか、柔らかく微笑んだ。
「見知らぬ世界で、頼れるものなどお金以外にないのですから、普通は少しでも高く売りつけようとするものですよ? カグラ様は人がよすぎます」
ディアナさんの言う事ももっともだけど、でも、ここで買い取りが安いほうが自分のためでもあると思う。
ディアナさんは製作者であり商人でもある。
だから、初期投資が高ければ高いほど、出来上がったものから利益を出すためには、高く売る必要がある。
そうすると、ブラが気楽に買えない値段になってしまう可能性がある。
それはそれで困ってしまうから、安めに売るのは悪い事ではないと思う。
「私の世界に、『情けは人の為ならず』という言葉があるんです。ここで少しでも安くしたことは、巡り巡って私にもかえってくると思いますから、問題ありません。それに、転生者は私だけではありませんから。同じような下着を作らせようとする人が、他にもいるかもしれません」
進学クラスということもあって、クラスは男子の方が多くて、今回転生したうちの3分の2は男子だけど、それでも女子もたくさん転生している。
みんな旅行中の荷物は手元にあるはずだから、私と同じように製作依頼をする人だっているはずだ。
中には荷物を減らそうと宅急便で送り返していた人もいたけれど、そういう人は一部だったはずだ。
「他にもおられるのですか? カグラ様と同行なさっているのでしょうか?」
複数の転生者が同時にということは珍しいのか、驚いたように尋ねられる。
「世界中に散らばりましたので私は一人です。この街には辿り着いたばかりなので、他にも転生者がいるのかどうかはわからないのですけれど」
私の言葉で、一人二人の転生ではない事を察したのか、ディアナさんは驚きのあまり絶句してしまった。
転生者はそんなに珍しいものではないと、さっき転生者だとばれた時に教えてもらったけれど、複数というのは本当に珍しいのかもしれない。
「失礼しました。私の知る限り、複数の転生者が同時にということはなかったので、驚いてしまって。何かの前触れなのでしょうか……」
例のないこととなると、不安を感じてしまうものかもしれない。
ディアナさんの不安を解消したくて、能力の底上げを神様が願っているのだと、簡単に説明した。
あの神様の言葉通りなら、神様はこの世界を愛しているのだから、その神様が送り込んだ転生者によって、悪い事がおきるはずはないと私は思う。
「カグラ様は、神様のお言葉を聞かれたのですね。貴重なお話を聞かせてくださって、ありがとうございます。お礼に、カグラ様のお役に立てるように、精一杯頑張ります。出来上がりましたら、お泊りの宿かギルドに連絡致しますね」
神様を身近に感じられる世界なのか、目をきらきらとさせて私の話を聞き、お礼を言ってくれた。
日本にいた頃は、神棚の水を毎日変えたりはしても、神様という存在を身近に感じることはなかった。
だから、神様といわれても、最初は素直に信じることができなかった。
でも、この世界では違うみたいだ。
あの神様が、なんと呼ばれているのかさえも知らないけれど、親しまれているのはディアナさんを見ればわかる。
転生者に対してこの世界の人が優しいのは、転生者を遣わした神様を信じているからなんじゃないだろうか。
ここは異世界なんだと、変に実感してしまった。
その後、ブラの代金として、金貨50枚を受け取り、受付嬢のシェリーさんのお勧めしてくれた宿に向かった。
シェリーさんの名前の効果は絶大で、雑貨屋でも随分割引をしてくれたけれど、宿でも一泊食事つきで銀貨5枚のところを4枚に値引きしてくれた。
しばらく腰を落ち着けて、色々と情報を集めたりする予定なので、一か月分の宿代を先払いしてしまった。
コテージがあるので、最悪の場合、土地だけを手に入れてコテージを出しっぱなしにするということもできるけれど、鑑定すればコテージにレベルがあることがわかってしまうかもしれないので、それは最後の手段にしたかった。
目立つのは嫌だし、それに、人がいる環境の方が落ち着くから、宿に居つくことにした。
賑やかな双子の弟達といつも食事をしていたせいで、街に辿り着くまでの一人きりの食事は味気なくて仕方なかった。
あんな寂しい思いは、もうしたくない。
雑貨屋で予想よりもずっと質のいいシャンプーや石鹸が手に入ったので、夕食の後は部屋でのんびりとお風呂に入った。
ドライヤーがなく、自然乾燥になってしまうから、長い髪は乾かすのが大変だと思っていたけれど、魔道具である乾燥用のタオルが雑貨屋で手に入った。
髪をさらさらにしてくれる効果付きで、普通のタオルと比べるとかなり高いけれど、人気商品らしい。
一日で随分たくさんの買い物をして、散財したけれど、ディアナさんがブラを買い取ってくれたので、所持金はかなり増えている。
最初は金貨80枚と言われたのだけど、あまりにも高額過ぎると思ったので、交渉してやっと50枚で落ち着いたのだった。
「この街には誰もいないのかな……」
ベッドに寝転んで、小さく呟いた。
クラスメイトと顔を合わせても、どんな反応をしていいかわからないけれど、それでも話の通じる人がいてくれたら心強い気もする。
それに隣のクラスには、何人か友達と呼んでもいいくらいに仲のいい人がいた。
いとことその友達もいて、学校ではあまり話すこともなかったけど、学校の外で逢う事は多かった。
みんな、元気にしているといいんだけど。
小さいけれど図書館はあるらしいので、明日はそこに行って、知りたいことを調べてみよう。
今、いる場所は地図で表示されているけれど、全体図がわからない。
先生を待つのに、一番よさそうな場所はどこなのか調べて、そこへ移動する手段があるかどうかも探してみないといけない。
大きな大陸が二つあるのなら、互いの大陸を行き来できる港町にいるのが一番いいように思うけれど、治安があまりよくない街だったら、女一人というのは危険だ。
ここもそれなりに活気があっていい街のように見えたけれど、多分、港からは遠い気がする。
潮の匂いがしないし、海らしきものも見当たらないから間違っていないだろう。
でも、そう考える一方で、自分のことなのに先生を基準に考えるのは依存なんじゃないかと、そういう気持ちも沸き起こる。
とりあえず冒険者になったけれど、私は何をしたいんだろう?
何となく卒業したら大学に行くつもりではあったけど、将来何になりたいとか、あまり考えた事はなかった。
料理は好きだし子供も好きだから、家政科に進んで、調理師か保母さんか、そういった仕事に就くんじゃないかと漠然と思っていた。
予定外に早く、一人で生きていく手段を考えなくてはいけなくなってしまって、少し混乱してる。
「焦っても仕方ないか」
美味しいご飯を食べられたし、心地よいベッドで眠れる。
お金の心配をすることもなく好きな買い物をして、のんびり過ごせる。
十分幸せで充たされてる。
贅沢を言ったら切りがない。
いつものようにネックレスに通した指輪を握り締めるようにして、眠る為に目を閉じた。
毎晩こうして眠っていたら、すっかり癖になってしまった。
やっぱり、私、先生に依存しているのかもしれない。
ちょっと内容が生々しかったでしょうか?
でも、女主人公なのでどうしても必要だと思ったので。